Dance with me.



02

「幸い、告白されるような相手もいないしな」
 寄越した視線が何か痛い。言葉に含まれた見えない棘がちくちくと肌を刺す。
 というか、さっきから何故こいつはこんなに機嫌が悪いのか。思い当たる節は、まあ無いわけでもないんだが、しかし。

 当たって欲しくない予感ほどよく当たるもので、キッドがその形のいい眉を吊り上げ、続けた言葉は先程の笑みより明らかに冷ややかだった。
「お前には、いるんじゃないのか。……誘われていたんだろう、何人か」
「えー…ええ、ちょ、何で知ってんだよ」
「マカから聞いた」
「…………マジか」
 あのやろう、どうしてくれようかと思いながらも、『だって本当のことでしょ』と返されるのがオチだなと頭のどこかで既に諦めをつけている自分がいる。こういう事態になるのが容易に予想できたから、あいつにだけは話すまいと思っていたんだが。どこをどう回ってきたんだか知らないが、女子のネットワークというのは本当に侮れない。

 確かにマカの話は単なる事実に過ぎず、そしてそれは俺がこんなところで所在無く時間を潰していたもう一つの理由でもある。学園祭の前日に一回、当日の休憩時間に呼び出されて一回の計二回。それぞれ別の女子から、後夜祭で一緒にダンスを踊ってくれないかとのお誘いを受けた。勿論丁重に断ったが。
 撤収作業が忙しいからとかなんとか適当に理由をつけたのだが、勘のいい女子ならそれで分かってくれただろう。泣かれたりしなかったのは助かったが、それでもなんとなく気まずくて、できることなら顔を合わせたくはなかった。
 元々乗り気でなかったこともあり、結局不参加を決めてこうして屋上でぼんやりしていた訳なんだが、しかし、それがキッドの不機嫌の理由なのか。だとしたら、それって、いや、まさか。
「……で、誰が健気なんだ」
「え?」
 健気って何の話だっけ、ああさっきの独り言かと記憶を辿っているうちに、何かを勘違いしているらしいキッドが、どうせその女子の事でも思い出していたんだろうと、言って面白くなさそうにふいと顔を背ける。

 ……嫉妬だと、思ってしまっていいのか、その態度は。だとしたら、大した愛されようだ、全く。そこまで自惚れてしまっていいもんなのかどうなのか、とりあえず既に顔もよく思い出せないその女子に心の内で再度詫びながら、なにか笑いが込み上げてくるのを止められない。
「誰がって。こーやって、恋人に操立ててる俺が」
「……ふざけているのか?」
 くつくつと笑う俺にキッドがますます眉間の皺を深くする。そんな様子でさえ、今は可愛く思えるから不思議だ。誤解だと簡潔に説明する間に、流れる曲は途切れ、サークル・ワルツに切り替わった。
 微妙に納得いかないような顔をしたキッドが、それでも一応は機嫌を直したようで、さっきより少し険の取れた表情で、フォークダンスももう終りかと呟く。
  ……そうだな、どうやら誤解も解けたようだし、このままぼんやり炎が消えるのを見てるだけってのも芸が無いよな。
「折角だし、踊ろうぜ。一曲ぐらい」
 お相手願えますか、と手を差し伸べる。そしてキッドの手が乗せられ、……るのかと思いきや、掌はいつまでたっても指の重みを感じる事はなく。
 差し伸べられた手と俺の顔とを見比べて、キッドはなにやら思案顔だ。
 ……なんだ、この間は。外したのか、俺は。
 断るなら断るで、何かしら言ってくれないと格好がつかねぇんだけど?
 虚しく空を掴むその手を引っ込めるのも躊躇われて、内心穏やかでない数秒を過ごした俺に、眉を寄せじっと掌を見つめていたキッドが漸く口を開いた。
「お前が男子パートなのか」
「……や、俺、女パートとか覚えてねぇし」
 ものすごく基本的なところを突っ込まれて、逆に何と返せば良いのか一瞬答えに詰まる。当然自分がリードするつもりでいたんだが、それは相手も同じ、ってことか。
 気が合うんだか合わないんだか、やっぱりいまひとつ通じ合ってるとは言い難いのか、俺達は。
「……」
「……」
 短い沈黙のあと、キッドはやれやれと言った風に嘆息して、俺の手に指先を乗せた。
「仕方がないな。では俺が女子パートを踊ろう」
 俺は俺で、どうにか格好がついたことに内心安堵の溜息をつき、その細い肩を抱き寄せる。常になく近い距離に、胸が高鳴るのが分かる。なるほど、こんな雰囲気で告白なんかされたら確かに深く考えずにオッケーしてしまうかもしれない。学園祭マジック恐るべしだ。
 流れる音楽に身体を乗せる。リードされながら、慣れない女子パートを踊るキッドが上目遣いに見上げてくる。
「そのかわり、足を踏んでも知らんぞ」
「まかせとけよ、リードすんのは慣れてっから」
「……ほぉ」
 声のトーンがやや下がる。しまった今この発言はまずかったか、と思った時にはもう遅く、軽やかなステップを踏んだキッドの踵が、体重を乗せて俺のスニーカーの甲にめり込んでいた。
「ああすまん、慣れないものでな」
 しれっと言い放ち、良い笑顔を浮かべた恋人に、どのタイミングで仕返ししてやろうかと考えながら、俺は少し涙目の引き攣った笑顔を返した。






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