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Stray Cat ■■
03
(ほんと肝心な時ほど、なーんも言わないんだもんなァ)
キッドがシンメトリー以外の何事かに強い執着を見せるのを、およそ見たことがないなとパティは思う。
それは、欲しがる必要がないからだ。たとえ両の手が空だろうと、望みさえすれば、彼はすべてを掌中にすることができる。そのように生まれついたキッドを、自分たち姉妹とは違う『恵まれた』存在だと、――思っていたのは最初だけだった。
「あのねえ。ゴミはブーって鳴くし、ブタはニャーって鳴くよねぇ」
「?」
言いながら、パティはいつものように笑おうとした。いひひ、と声に出してみて、けれど思ったより上手くは笑えなかった。
「ネコは鳴かないんだ、……きっと、鳴き方がわかんないんだね」
願うことを知らなければ、叶えられることもない。
誰しもが、己の掌で掴み取れるほんの僅かなものに、心を砕かずにはいられないというのに。願い方を、或いはその加減を知らぬが故に、手に入れてしまうことを恐れるが故に、彼はこうして立ち尽くすのだろう。
(……ずるいよなぁ、キッドくんは)
これからも頼む、と姉妹に告げた時の彼は、確かに神であったのに。誰に請うでなく、自分自身をどう扱えばいいのかも掴めずに、ひとり絡み縺れる感情を持て余すさまは、人の子とさして変わらぬようにも錯覚されて。その落差を目の当たりにして、手を差し伸べずにいられないのかもしれない。
ずるいよなぁ、とパティは再び胸の内で繰り返した。
いつか躊躇いもなく伸ばしたその手を、――無邪気に掴んで繋いで振り回して、あの薄暗いストリートの一角から、こんなところまで引っ張り上げたその手を。伸ばせないのはつまり、渇望を上回るほどに喪失を臆してしまうようなものが、自分たち以外に存在するのだと告げられているのと同じで。
「いいコト教えてあげよっか!」
軽い鬱憤を、晴らすように張り上げた声がホールに響く。
結局、主のごたごたは、自らのごたごたでもある。
決して面白くはない結論を導き出してなお、いつものように振舞うことしか出来はしない。宥めてすかして叱咤して、時にその背を蹴り飛ばしてでも前に進ませる。分かってはいるのだ、それが自分に与えられた役割だと。
「こないだ、お泊まり会したときに聞いたんだー。……『恋のおまじない』ってヤツ?」
「……? 呪いなど、」
「電話もかけらんないアナクロ坊ちゃんにゃ御似合いだ」
「! ……」
一瞬目を瞠り何かを言いかけて、結局何も言えず肩をすぼめたキッドに、けらけらと笑って見せる。
主がそう望むのだから。背は押さねばなるまい、……但しその方角なんか保障はしない。力加減だって、少―しばかり緩めでもいいはずだ。何しろ神様ってやつは何事につけても全力で、要領というものを知らないのだから。
そんな事を思いながら、パティは人差し指を唇にあて、何事かを思い出すように視線を天井へと逃がした。
「んっとねえ。確か寝るときに、パジャマを裏っ返しにして着るとー……」
――そしてパティから教わった『おまじない』を、律儀に遂行したキッドが果たして、夢で思い人と巡り合えたか否かは、また別の話。
[end?]
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