home, Sweet home


01

 足元に散らばる様々の破片を、踏まないように気をつけながらソウルは大きめの陶器の欠片を広いあげる。これは確か、ロンボク焼きの壷、だったはずだ。数日前にキッドが死神様の任務でアジアの方へ訪れた際、偶然寄った骨董屋で手に入れたのだと嬉しそうに語っていたから間違いない。
 さして焼き物に詳しいわけでも興味があるわけでもないソウルが、はあそうなのと気の無い相槌しか打ちようのなかったその素朴な味わいの壷も、こう無残に砕かれてしまうと、さすがに少し同情する。
 勿論、壷自体の美術的価値がどうとかいう話ではなく、それ自体がシンメトリーなうえ自らの所有する骨董品とも対になる、という、およそ彼にしか理解できない価値観の上で、それは最上級の代物だったのだ。
「同じ模様のは……と」
 欠片を探すソウルの視界の端で、キッドはさっきからずっと膝を抱えて座り込み、ふて腐れた子供のように黙り込んでいる。……いや、口を開く気力もないのかもしれない。なにせこの部屋の惨状を目にしたときのキッドの嘆きようといったらなかった。
 鬱だの何だのといういつもの口癖を、言うだけの力も残っていないのだとすると、少しばかり心配だ。ソウルは一つ溜息をつくと再び注意深く足を運び、キッドが蹲っている部屋の隅まで移動すると、傍らに膝をつき、その黒髪をくしゃりと撫でた。
「……んーな落ち込むなよ。ホラ手伝ってやるから……このでかいやつとか、まだ修復できるだろ」

 元々は俺らが壊したもんだし、『手伝ってやる』なんて恩着せがましく言えた義理でもねーんだけど、な。
 そんな考えがソウルの頭を掠めたが、敢えてそこは黙っておくことにした。なにせ不可抗力だったのだ、仕方がない。
 幸いと言っていいのか、今のキッドにはキッチリカッチリ責任の所在を明確にする気力は残っていないようだった。ソウルの声に応えてのろのろと顔を上げたキッドは相変らずこの世の終わりのような暗い目をしていたが、眦に浮かんだ涙を拭ってやると、幾分か気持ちが落ち着いたのか、その瞳に少しだけ生気が戻った。
(まあ泣き顔も偶には可愛いけど)
 それこそ子供のように鼻を啜り上げたキッドを、安心させるようにソウルは笑みを浮かべ、髪を撫でてやりながらできるだけ明るい声で言う。
「今マカがあの二人を呼びに行ってるからさ。五人もいればこの部屋もなんとか……」
 なるだろう、なればいいなと願望を込めて言おうとしたところで、ギィと低い音が室内に響きソウルは顔を上げ、音のした方に目をやった。ゆっくりと開いた部屋の扉の隙間から、ぴょこんとアッシュブロンドのツインテールが覗く。
「遅かったじゃねーか、マカ。手伝えよ、この惨状、二人じゃどーにもできねーし」
「あー……うん」
 開いたドアから身体を半分だけ覗かせたマカが、歯切れ悪く言葉を返す。いつもの彼女らしくないその反応に、何とはなしに嫌な予感を抱き、ソウルは立ち上がると開いた扉の向こうを覗き込むように見やった。彼女が連れてくるはずだった、拳銃姉妹はそこにはおらず、マカは視線を明後日の方へ向け何かを言い難そうにしている。
「……?どうしたんだよ、リズ達は。何かあったのか」
「えーっとね」

 帰りたく、ない、って。

 言って、マカは申し訳無さそうに笑い、人差し指で頬を掻いた。