Nightmare


01

「「Trick or treat?」」

 道化たカボチャの面を被って現れた、自らのパートナーである姉妹を交互に見比べて、なにをやってるんだお前らはとキッドは少し呆れた声を上げた。
「見たら分かるだろ?ハロウィンの仮装だよ」
 背の高い方のカボチャが、バカにした様に言ってひらひらと手を振り、背の低い方がうぇへへと笑う。二人の被った面はジャック・オー・ランタンを模して生のカボチャを刳り貫いたもので、その完成度の高さから、恐らくパティが非凡な才能を発揮した成果なのだろう。その出来栄えに少し感心しつつも、キッドは怪訝な顔をした。
「……リズお前、オバケは苦手じゃなかったのか?」
「何言ってんのさ、ハロウィンの仮装なんかが怖いわけあるかっての!私が怖いのはもっと、……そんなことより、ホラお菓子お菓子」
「そうだそうだー!お菓子よこせー!!イタズラすんぞー」
 お菓子、お菓子、と喧しいカボチャ二体を相手にキッドはやれやれと肩を竦め、仮装行列など子供のやる事だろうにと文句を言いながら予め用意してあった焼き菓子のアソートを二人分差し出した。
「おおぉぉー。お菓子ゲットだよ!やったね、お姉ちゃん♪」
「なんだよ、ちゃんと用意してんじゃん。んならケチケチしないで最初から出せよなー?」
「お前らのために用意していたのではない!」
 元々は屋敷に訪れるであろう子供達のためにと用意したものだったが、無邪気にはしゃぐ姉妹の様子に、まあいいかとキッドもつられて笑みを浮かべる。
 ちょっくらその辺回ってくる、と屋敷を出て行く姉妹を見送って、邸内へ戻ろうとしたその背を「おいコラ閉めんな」と乱暴な声がひき止めた。



「……今日はハロウィンだったように思ったが」
「ん?だからこうやってコスプレしてんじゃん。おらお菓子よこせ」
「もう、だめよブラック☆スター……ちゃんと決まりの台詞を言わないと」
 Trick or treat?と少しだけ遠慮がちに手を差し出した椿は、全身を赤い衣装に包んでいた。ナイトキャップのような赤い帽子に、同じく上着と、短めの丈のスカートも赤。ふわふわとした白い縁どりのされたそれは、所謂サンタクロースの扮装だった。とすると、ブラック☆スターの着ているものは、トナカイだろう。角のついた獣の着ぐるみに、顔には赤い鼻を付けている。
「……まあ、そういう映画もあった気はするが……」
「おう。細けー事は気にすんな!もう大分回ってきたぜ」
 言って、ブラック☆スターは担いだ袋を自慢げに掲げてみせた。
 成る程、サンタとは違って、家を回るほどプレゼント袋が膨らむというわけか。
「でも逆に、プレゼント頂戴って子供に囲まれちゃって……あはは」
 少し困ったような笑みを浮かべた椿が、そういえば、と人差し指を顎に当てた。
「キッド君は、仮装とかしないんですか?」
「時々着てるあの死神衣装でいーんじゃん」
「あれは正装だ!仮装と一緒にするんじゃない、戯け。……それに、俺まで出て行ったら、誰が菓子を配るんだ」
「ああ、そっか」
 んじゃもう行くわ、と大きな袋を背負いなおし、大股で去っていくトナカイの後を追いかけたサンタが足を止め、振り返る。
「さっきそこで、マカちゃん達に会ったわ。……もうすぐ、来るんじゃないかしら?」
 イタズラされないように、気をつけてね?と。
 誰が、誰に、とは敢えて語らず、にっこり笑う彼女になんと応えていいものか、図りかねてキッドは引き攣った笑みを返し、小さく手を振る椿を見送った。



 その後も死刑台邸には小さな客人が次々と訪れた。死神の扮装をするものが多いのは土地柄だろうか。手作り感溢れるものからやけに既製品めいたものまで、様々の死神装束に身を包んだ自分の背丈より小さな「死神様」に菓子を渡してやりながら、ひょっとして死神衣装もハロウィンの定番コスチュームとしてファンシーショップの店頭に並んでいるのだろうかと、キッドは複雑な思いを抱く。
「フリークスや流行のキャラクターと一緒になって、大小の父上がそこいらをうろうろする様は見ていてちょっと、な」
「ええと……、それだけ人気があるっていうか、親しまれてるってことじゃないかな!うん」
 ウィッチハットを被りノースリーブのワンピースに身を包んだマカが、苦笑いを浮かべ精一杯のフォローをした。ブレアのものを借りてきたというその衣装は、大きく広がるスカートが可愛らしい。ただ、ぴったりとボディラインに沿うデザインで、本来の持ち主より若干色々なところが何と言うか、残念な感じではあった。
(……本人にはとても言えそうにないが)
 そんな事を考えてキッドはこそりと苦笑する。彼女のパートナーなら、見たままを口にして手痛い制裁を食らうのだろうが。
「……ところで、ソウルは」
 飽きるほど聞いたお決まりの台詞の後に菓子を手渡しながら、キッドは辺りを見回した。いつもなら彼女の傍らにいるはずの魔鎌が、今日は見当たらない。
「一緒ではないのか?」
「うん、先行ってるって言ってたんだけど……別の家にでも寄ってるのかも」
 小さな魔女は軽く首を傾げてから、「そのうち来るんじゃない?」と言ってキッドを見据えると人差し指をぴんと立て、形のいい眉を顰めてみせる。
「イタズラされないように、気をつけてね!」
……本日二度目の忠告だった。