0.学生期の終わり ――Start point――
  一年が始まってから数日が過ぎてからの事である。
空から降り注ぐ光はだいぶ柔らかくなり、外の風ももう少しすれば半袖で問題無くなるだろう。
 そんな穏やかな空の下に乾いた打撃音が響く。響く。響く。もう一度響いて唐突に鳴り止む。
「…………はぁ〜、やっぱ通らなかったか……?」
 ここは東部大陸の更に東南部、アディカトレース王国はサントメニアの「ラテット・ルゼ・オブゲイン」。
古代語で「浜辺の盾」と言う名を持ち、騎士団を志す若者達が集い、学び、競い合って磨かれていく学舎である。
 その学校の庭で、木偶人形相手に少年が一人汗をかいている。先刻の打撃音の音源は彼なのか。
軽く一息吐いて顔を上げる少年。空はどこまでも青く、ぼんやりとした季節に相応しい緊張感の欠けた色をしていた。
その陽気な空を見上げる彼の顔は浮かない。
 理由がある。彼は既に学校の課程を全て修了済で、本来なら新しい騎士として既に配属済みの身分なのだが……
騎士団も年々供給過多に悩まされており、上層部の意向と現場の要望及び新人の志願は対立するばかり。
 結果、この時期になっても配属先未定の新人は毎年何人か現れ、その多くが最後には第三団役に落ち着く。
「第三、かな……まさか第四?」
 呟いた少年の顔を思い出したように海風が左から右に撫でる。なんとなく、その風の中に哀れみを感じた。




 歴史的な観点で「始祖王国」。地理上の特色から「辺王国」。
騎士団の脅威を示して「小さき大雷」。宗教上の「受愛聖地」。
 アディカトレース王国の印象は様々だがやはり一番印象が強いのは「騎士団」の存在か。
アディカトレースでは自国の戦力を「軍」と呼ばずに「騎士団」と呼称している。
 その中には第一から第三までの大きな枠組みが在るが実際の所その内の大半は一般人と大差ない。

 まず第一軍役。
ここに属する者達は皆王都へ配属される事から「王都隊」と称されている。
国を脅かす脅威に対し真っ先に立ち向かう、「軍隊」としての騎士団の主力である。
己が腕を、その技量を磨く為だけに日々を生きる者達が此処を志願する。
付け加えると、国王が唯一指揮権を持つ特務隊「翼の戦士」も扱いは第一団役となる。

 次に第二団役。
 国中の町や村で目を光らせ、罪人を縛り上げしかるべき罰をもって和を保つ。警察機構を担うのが第二団役である。
隣国がアディカトレースに攻め込むメリットが薄い──それ以前に隣国三国中二国と友好関係にあるのだが──現状では
第一団役よりも仕事が忙しく国内で単に「騎士団」と呼ぶ時はここを指す事が多い。
実際、田舎の村だと第一団役の仕事の方は良く知らないと言う声が多い。

 そして第三団役。
 第三団役となるとだいぶ一般人と差が無く、その内容は郵便の配達から新生児の戸籍登録まで多岐にわたる。
例外的に所属している研究員は別だが、基本的には「非常事態の時には戦えなくもない公務員」である。
国の基盤を支える大事な役割であるものの、第一・第二に比べると地味なのも事実。たまに腐ってる者も混じっている。
また、辺境の村などの規模の小さい自治体では第二・第三の区別がない場合も多い。

 最後に第四団役。
 戦争が始まる時だけ招集がかかり参加は自由意志。
少し優遇されてる傭兵も当然で、ここまで来ると「騎士団員」とは言い難い。
大体は上記の三つの団役から漏れた者達で、普段は騎士団とは全く違う職に就いているので騎士団としての自覚は薄い。



「……腐ってても仕方ないか。悩んでで望みが叶う訳じゃなし……」
「おー、いたいた! おい、無事に第二団役で通ったぞ! 配属先も決まったぜ!」
 木偶人形に構え直して打ち込みを再開しようとして、不意にかかる声。
振り返るとさんざん世話になった教官が嬉しそうに手招きしていた。その手招きに応じて小走りで教官に近よる。
「本当ですか?そろそろ第三団役行きを覚悟してたところなんですけど」
「そう言うなっての……なんか知らんがお前の配属は妙に揉めたみたいだな。まぁ、配属が決まれば関係ねぇか」
「そうですね、まぁ振り回された俺はいい迷惑ですけど……それより、俺の配属先はどこになるんですか?」
 冷静に振る舞おうとしてるらしいが、その声にはかすかに昂揚の色が滲み出ていた。。
「それはこの書類の中に書いてあるのだが、実は俺もまだ見ていない。と言う訳で開けるぞ。良いな?」
「…は、はいっ」
 少年が固唾を飲む中で教官の手が書類の封にかかる。ついに開封される書類。そこに書かれていたのは────



 六日前の事を思い出しながら少年は荷馬車の上に寝っころがっていた。
ちゃんとした馬車を選んでも良かったのだが、四日の道程ならば荷馬車で十分だと思ったのだ。
騎士団の新米だと言ったら護衛役を務める条件で値引きしてくれたし、安く済めば安く済むほど差額は自分の懐にしまい込める。
 と言っても配属先に着いてもあまり散財しないかもしれないが、まぁ節約するのは悪い事じゃないだろう。
幸い、積荷の一つが柔らかいのでその上でゴロゴロしてれば下手な馬車よりもずっと居心地がいい。
 ただ一つ重大な問題があった。
寝転がりながら見上げる空。山頂街道の木々に阻まれて少し狭くなっているが、すっきりと晴れた青空が眩しい。
耳を澄ませば風に揺れる木々の音、すぐ近くから聞こえる鳥のさえずり。差し込む陽光は山頂の涼しい風にちょうど良い。
「…………暇だな」
 サントメニアを出発して二日と数時間ほどか。魔物や山賊はおろか只の獣すら出てくる気配がない。
せいぜい他の荷馬車とすれ違ったり、特急車に追い抜かれたりする程度である。
山頂街道の中でも特に人通りの多い区域だから当然と言えば当然なのだろうが。
「な〜に、別に何も出てこなくたってちゃんと値引きしてやるって。面倒が無いに越した事はないだろ?」
「えぇ、まぁそうですけど…………」
 呟いてマントを被る。面倒が起こるのも面倒だが、暇なのもそれはそれで暇だ。
人間そんなものである。
 少年の配属先まで残りほぼ一日。唯一の幸いと言えば、いい天気のおかげで眠るのに苦労しない事だろうか。



「兄ちゃん、起きな。良いもんが見えてきたぜ」
 煩雑なリズムの子守唄にノイズが混じる。ノイズに従って体を起こす少年。
「ん……どうしたんですか?」
「もうすぐ山頂街道からヘルザ街道に入るんだけどな。確か兄ちゃんサントメニアから出たことないんだよな?」
 運び屋のおっさんの言葉に無言でうなずく。おっさんの顔に楽しそうな顔が浮かんだ。
「まぁちょっと起きてな。良いもんが見られるぜ」
 そう言う間にも馬車が道を曲がる。どうやら先はすぐに下り坂らしく先が見えない。
馬車が坂にさしかかる直前になって急に視界が開ける。
 その先に見えたのは――


――果てのない「緑」だった。




丘陵の緑




「ほれ、ヘルザ村が見えてきたぞ。荷物は出せるか?」
「えぇ、大丈夫です」
 手元のバックを担いで答える。殆どの荷物は既に先に送ってあるので手荷物はさほどの量じゃない。
ゆっくりと近づいてくる城壁はヘルザ村が普通の村と違う事を暗に示しているように見えた。

 大陸の海岸沿いに作られた「海岸街道」だが、このアディカトレースには唯一海岸沿いを通らない「山道」がある。
その「山道」を「山頂街道」との交点から西に向かうとヘルザ村に辿り着く。
「山道」はアディカトレースを横切るために作られた街道なので、人通りは少なくない。
 人が多ければ悪人も多い。ヘルザ村は他の村よりも警備を厳しくする必要があるのだ。

 城門の手前で門番の騎士と目が合う。
 前にどこかでみた西の剣、「カタナ」と配給品の剣との二刀を腰に携えた黒っぽい肌の青年。
年は自分よりと大差ないであろうその騎士の目は、鉄の棒を簡単に切り抜くカタナのように鋭く、
目が合っただけで少年の背中を冷たいものが撫でる。
 これが、アディカトレースが世界に誇る「騎士」なのか。
(…………凄い)
 噂は聞いたことはあった。
下手な市街の騎士よりも、少ない人数で人を守らなくてはならない奥地の騎士の方が一人一人は強い、と。
 行く先がどうであろうと、彼はここで騎士となる。それはもう引き返すことの出来ない事実。
ならば自分もそんな騎士になれるのだろうか?
 そんな思いを馳せる間もなく、馬車はのんびりと城門をくぐり抜けていった。


 村の中ほどまで進んだ所で宿が見えてきた。一階が食堂・酒場、二階三階が宿の典型的な宿屋だ。
「じゃあここまでだな。俺はこの村の地理は分からねぇから、ここの宿屋の主人にでも聞くと良い」
「えぇ、そうします。格安で連れて来てもらって助かりました。ありがとうございます」
「なぁに、細かいこと気にしてないで、立派な騎士になれよ?」
 おっさんが一言言って嬉しそうに笑うと同時に馬車が動き出す。その馬車を見送ってから少年も食堂に入っていった。
「いらっしゃいませ♪今は空いてますからお好きな席にどうぞ!」
 いきなりの店員の応対に少年がとまどう。
流石にどんな食堂にでも店員の一人や二人はいるはずだ。それは意外でもなんでもない。
 だが、そう言う時は大抵恰幅の良いおばさんと相場が決まっていて──
「……どうかしましたか?」
──自分と年が近いであろう可愛らしい少女が出てくるはずが無いと思っていた。
「あ、えっと、騎士団の宿舎までの道を聞きたいんだけど……」
「騎士団の宿舎?という事は……もしかして貴方が村に来る新人さんですか?」
 少年の言葉の中から「騎士団」の単語を見つけたとたん、少女の顔が明るくなる。
「え、あ、うん。そう、だけど……」
「お父さん!新人さんが来たから私、宿舎まで案内してくるね!」
 その台詞を聞くや否や少女は後ろを向き、カウンターにいるマスターらしき渋い中年に声をかけ、
 マスターが無言で答える。このドッキリの仕組みはそう言う事だったのか。
 確かにマスターの娘さんならば店の手伝いをしていても不思議はない。
「宿舎は村の中心の方にあるんです。こっちですよ♪……あ、そうだ!大事なことを忘れてましたね。
  私、ティアナ・ミューテです。ティアって呼んでください。新人さんは?」
「ティア、か。よろしく。俺は──

──アルハイト、アルハイト・コーネアっていうんだ




 これが、ヘルザ村の些細な歴史に些細な名を残す、大きな騎士の始まり。


 
1.新米騎士 ――The novice knight――
 静かだった。サントメニアに住んでいたアルハイトには、異様に思えるくらいの安定な静寂。
遠くから微かに聞こえる子供の声と、辺りに立ち並ぶ家々がなければここは既に廃村だと言われても疑わないかもしれない。
 むしろこの家々があるからこそ、違和感か。
 アルハイトにとって生活感と喧騒とはほぼ同義。それ位サントメニアは大きな街だった。
そしてあのレンガ建ての建物が隙間なく密集した街と、この木造の民家がぽつんぽつんと並ぶ村と。
 ……なんか、落ち着かないな。
 軽く見比べて、自分が適応するにはもう少し時間が必要だと実感する。
 重苦しささえ感じさせる昼下がりの空気を切り裂いて進む、機嫌が良さそうな歩きぶりの少女に付いて歩く。
 森と空と家の深海を息苦しいまま歩き、先刻から視界の隅に映り続けていた違和の全貌が遂に目の前に晒される。
「さて、アルハイトさん。さっきから気になってたと思いますが……その通り。この建物が騎士団の宿舎ですよ」
 木造の民家が並ぶ村の中で、唯一セメント造りの建物。三階建てだが横の広さも他の民家よりは間違いなく広い。
屋根は他の民家同様に傾斜が付いているが、宿舎には小さな塔が生えていた。
 この隙間だらけの村で主張する必要もないだろうに、視線を下ろすせば鉄柵が地面を広く切り取っていてその中が庭だと分かる。
その中には何故かベンチと若い──と言うには少し経験を積んでいそうな──男。
「ロクスさーん、連れてきましたよ。釣れ立てでピチピチしてますよ」
 若干、自分の前でなされた乙女の発言に納得のいかないものを感じるが、それを除けばあの男性は「ロクス」と言うことが分かる。
 あぁ、と人の良さそうな微笑みを浮かべると、ロクスは自分の読んでいた本をベンチに置いて近づいてきた。
 離れて見たときは自分と同じくらいかとも思ったが、近くで見ると遠目で見るよりは若くない。
まだ30は越えていないだろうが、それはあくまで肉体的な話。
その表情と、周りに漂わせている空気はアルハイトが学校時代に見かけた「熟達し過ぎた者たち」のそれに良く似ていた。
 根も葉もなく本人の自尊心やらなにやら一切合切を考慮することなくきっぱりさっぱり言ってしまえば、年寄りくさいのだ。
「えーと、初めまして、アルハイト君。ヘルザ村へようこそ。僕はロクス・ミハイネル、ヘルザ村分隊の副隊長を努めてる」
「副隊長…………さんですか?」
「そう、アディカトレース騎士団ヘルザ村分隊副隊長。それが僕の肩書だよ。これからよろしく、アルハイト君」
 こちらこそ、と答えて差し出された手を握り返す。そしてもう一度ロクスの顔を正面から見る。
温和と言う字を体現したような優しく人当たりの良い表情。そこから威厳というものは感じられない。
 そして彼が漂わせるどことなく疲れたような諦めにもにた空気。
こうしてみると、彼ほど副隊長に向いてる人間もそうそう見つからないと思う。
 隊長の指示と退院の主張との間で板挟みにされて、苦悩している様子。
それが目を閉じただけで哀れに思えるほど明確に思い浮かぶ。
 ……あぁ、この人の人生に幸いあれ。
「アルハイト君……どうしたの?」
「いえ何でもないです……頑張りましょう、俺も頑張りますから」
 そうだね、とよく分からなりに上手く返事を返すとロクスは宿舎のドアを開けて、態度で中に入るように促す。
「さ、『入団の儀』が待ってるよ?」
「『入団の儀』……ってことは、まだアルハイトさんは騎士じゃないんですか?」
 一人、騎士団の「伝統」を知らないティアナが当然の疑問を発する。
ロクスは真意を隠した微笑みで返し、アルハイトも緊張した苦笑で答える。
答えが気に入らない空気を背中越しに感じながらも、アルハイトは黙ってそのドアを通った。
 宿舎は、思っていたよりも内部が薄暗い。ロクスがその中を先導し、それに従い廊下を奥へ。
僅かに軋みをあげる廊下を歩きながら、誰一人として口を開かない。張りつめた重さと肌を指す様な緊張。
何があるのか分からないティアナでも感じ取る。はっきりと、今この廊下には余計な言葉を拒むだけの意志が充満していた。
 やがて歩みが止まり、目前にはドアがある。視線とほぼ同位置の場所に飾られたプレートには「隊長室」と刻まれていた。
二度のノックの後にロクスが形式的に部屋の中へ問いかける。
「レミィ、入るよー?」
「どうぞ」
 鮮やかさと冷たさと鋭利さを交えて、整合性を取ったような声がややくぐもって届く。
開かれたドアの向こうでその女性は、自らの声にたがわぬ容姿をもって其処に座っていた。
 年齢はアルハイトより若干上だろうか。少なくとも彼の目には25前後に見えるが、
分隊の隊長である事やその落ち着いた雰囲気を考えればもう少し上であるかもしれない。
 だが、そんな事はさておくべきほどの美人であることは間違いない。
(……もしかして俺、騙されてる?)
 不意に、そんな考えが脳裏をよぎった。
 副隊長は人畜無害を通り越して実力不審、隊長はその辺に居るようなレベルじゃすまない美女でまだ若い。
学生時代は主に騙される側だったアルハイトとしては、どうしても何かを疑いたくなる状況である。
「あぁ、今日来る新人君……ここまで人相書きの通りだと楽で良いわね。辞令を見せて貰えるかしら?」
「あ、は、はい。これです」
 バックから辞令を取り出して手渡す。
封筒の開封口の近くには塗料で薄く印が描かれていて、そこから開封口を囲む円も書かれている。
 辞令を渡された女性はその印の上に軽く指を当てて口を開いた。
『輪環にて記されし、光流るるままに辿るべき道よ、今此処に照らされよ』
 指先の印が淡く光り、さらには塗料の上を流れるように広がっていく。
後ろに居るティアナが微かに感歎の息を漏らす間にも、光の道は開封口を囲みやがて塗料と同じ円形に光る。
 一度開封されると半円しか光らずに開封済みである事を示す、内容保障の仕組みになっている。
 この封印と確認の呪文を知っていると言うことは、流石に偽者の隊長と言うわけでもないらしい。
 かくして保障された書類を開き、その内容に女性が目を通していく。
とはいえ、その様子からすると単に内容を再確認する程度の流し読みのようである。
 そして、辞令を読み終えた彼女がその紙を丁寧に元の形に戻して視線を上げた。
上げられた視線の先にいるのは、辞令に記された中心人物。アルハイト・コーネア。
「確かに、本物の辞令ね。これで貴方は騎士団への入団資格を証明されたわ。
 でも一歩でもコッチ側に来れば貴方は死ぬまで、いいえ、例え死のうとも未来永劫コッチ側よ。
 ……その覚悟は出来てるのかしら?」
 問われ、アルハイトは無言で姿勢を正す。左手は腰に、都合よく今は帯剣しているので本来の意味に則り鞘を持つ。
右手は胸、中心よりやや左に握り拳を置く。盾を構え、その下に在るものを守るという意味がある。
「覚悟ならば既に此処に。俺は剣を振るい盾を持ち、民を守る名誉の座を望みます」
 多少語調などは崩されているが、古くから伝わる宣誓の言葉である。
一回二回しか練習してないが、思ったよりはすらすらと口から言葉が出てくる。
「栄誉の座に着かんとする若者よ。ならば名乗りなさい。貴方の誇りを記す為に」
「我が名、アルハイト・コーネア。国の剣と成り、民の盾と成り、騎上にて猛る者なり」
「迎え入れましょう、アルハイト・コーネア。誇りをその胸に掲げ、未来永劫にアディカトレースを守る者となりなさい。
 故に貴方は今この時から『騎士』を名乗るのです。その証としてこの剣を」
 隊長が窓際に立てかけてあった細長い袋を取ると、その紐を解いて中に在るものを取り出す。
袋の中から現れたのは、鞘にアディカトレースの紋章が刻まれている以外は簡素な一本の剣。
 アルハイトはその剣を一歩前に歩み寄り、その両手に確かに受け取ると穏やかに抜刀。
 鈴にも似た響き。
 業物とまではいかないものの、中々に上等の剣である。平均的な剣より僅かに短く、扱いやすさを重視されている。
「そしてようこそヘルザ村へ。特にこれと言って何かある村じゃ無いけど、悪くない村よ」
 隊長の口調が変わる。既に儀式は完了し、この部屋の中に騎士が一人増えたのだ。
 剣を鞘に納めたアルハイトの背中から、祝福の声がかけられる。
「おめでとう、アルハイト君。改めてよろしくね」
「わー、騎士様の入団の儀って始めてみました」
「……これで、私も遂に先輩です」
「ふむぅ……健康そうな若者じゃのう。わしの仕事は無さそうじゃ……」
 次々にかけられる祝福の声。だがアルハイトは、
 ……ちょっと待った。
この館に入った時と食い違う発言数に、心持ち急いで振り向く。
 自分とドアの間、人が何人か並べるスペースに四人が並んでいる。
 アルハイトから見て左から順番に、メガネをかけた騎士の制服を着た女の子、騎士の制服の上から白衣を着たお爺さん、
副隊長のロクス、村娘のティアナ。
「……えーと」
 言葉に詰まりながら二人に視線で、自己紹介してください、と訴えかける。
 果たしてアルハイトの見知らぬ人々は、お互いに視線を交わすと女の子の方が居住まいを正し、アルハイトに向き直る。
 制服のスカートの裾をもってちょこん、とお辞儀をすると何とも可愛らしい声が響く。
「……初めまして、マリア・テューラーです。先手を打っておきますけどあなたの先輩です」
 もしかして自分よりも若いのだろうかと思うアルハイトの耳元でマリアさんは二十歳ですよー、
とティアナが釘を刺す様な助言を囁く。だが、自分より年上だと言われても目の前のマリアの容姿からはとても思えない。
「え、二十歳?」
「……何か、文句でもあるですか?」
「ふむ……儂はオックス・ノーザン。この村の医者の様な者じゃな。儂は残念ながら六十二じゃ。
 お前さんが二十歳に間違えるのも無理は無いが、もう少し人を見る目を養ったほうが良いかのう。ふほほほほ」
 会話に割り込む様に老人が自己紹介を始めた。
 曲がった腰と微妙に振るえている足、それに白い髭と毛の後退した頭がこれ以上無い程に高齢を主張する。
「あ、はいはい。お爺さんは医務室で診察待ちしてようねー、ボケ始めてても僕たちは見捨てないから大丈夫だよー」
「ぬ、こら。
 誰がボケ始めか儂はまだまだって腰を抱えて引きずるのは止めんか儂には新人を祝福する権利が無いとでも老人虐待反対ー!」
 副隊長が何食わぬ顔でズルズルとオックスを運んでいく。アルハイトには、その動きがやたら手慣れているように見えた。
『…………』
 場に沈黙が残される。
マリアは冷静な顔で、ティアナは困った様な笑顔で、アルハイトは呆然とした顔でそれぞれ何を言えば良いのかを模索している様だ。
 なんとなしに気まずい雰囲気に押されるようにして隊長へと振り返るアルハイト。
「自己紹介がまだだったわね。私はレザミア・コルツヘイン。一応このヘルザ村分隊の隊長を務めてるわ。
 今日は荷物の整理があるから大変でしょうけど明日からよろしく、アルハイト君」
 マリア、部屋に案内してあげて、の一言にマリアとそれに続くアルハイトが部屋を出て行く。
 残されるのは隊長レザミアと看板娘ティアナ。
「……えーと」
「そうね、ティアには連絡役を頼もうかしら」
 その一言に、ティアナの記憶が刺激される。だがそれは、いつもマリアの役目だったはず。
「え、その、私部外者ですよ?」
「……何を言ってるのかしら。私は単に今夜の宴会の準備をしておいて欲しいだけよ?」


 医務室やら隊長室やら武器庫などのある一階から二階をスルーして三階へ。
マリアによると二階は普段使われない大部屋があって、三階が個人部屋の階になっているらしい。
そしてアルハイトが入居してもまだ空きが在るともマリアは告げる。
「……個室は部屋ごとに内側からちゃんと鍵をかけられるのでセキュリティも安心です」
「って言うか、鍵がかけられない方が問題あると思うんですけど」
 廊下を奥へ奥へ歩く。立ち止まるのは突き当たり、最後の部屋の前。
「……ここです。向かいは隊長の部屋になってますから、気をつけてください」
「何をですか?」
「……ちなみに私の部屋の向かいに住んでるヴェノアの場合は全治一ヶ月でした。オックス爺さんが治してなければ、ですけど」
「いやだから何がですか?」
「食事は皆で一緒に食べることになってますから、その時に誰かが呼びに来ると思います。
 誰も来なかったらホッフル……って分かりますか?」
「えーと…………」
「そうですか、じゃあまた後で」
「……だから、結局何に気をつけるんですか!?」
 小走りで駆け抜けた廊下の向こうでマリアが角を曲がったのを見てアルハイトは嘆息。
追いかけた所で自分の聞きたい情報は手に入らないと判断。
 ……なんか、学校の時と大差ないなぁ。
 何をしようかと思いながらも、左も右も分からない状況に自然と手は自室のドアノブに伸びる。
微かな軋みを歌いながら開く木製ドアの向こうに、まずは送りつけておいた自分の荷物とベット、それに簡素な机が目に入る。
 流石に一つとして新品の物は無いが、埃は積もっていないし部屋の中の空気も淀んでいない。
誰かが顔も知らぬ新人の為、と丁寧に掃除してくれたのだろう。
「……なら、初日から散らかしておくのは流石に失礼だよな」
 日が沈む前に全てを整理するのは無理だろうが、とにかく手をつけないことには始まらない。
一つ目の包みにアルハイトの手が伸びた。


 日が沈みかけ、空が赤一色になった頃にアルハイトのドアが叩かれる。
どうぞ、の一言を受けて入ってきたのは副隊長ことロクス・ミハイネル。
「どう?荷物の整理は進んでるかい?」
「まぁ、そこそこですね。今日中は無理かもしれないですけど明日も取り掛かれば問題ないですよ」
「そろそろ暗くなってくるけど……明かりの使い方分かる?」
 言われてからアルハイトは始めて部屋の中に光源となりそうな物を探す。
が、天井にも卓上にもそれらしい物体や魔術文字の刻印が見当たらない。
「……使い方の前に、明かりはどこにあるんですか?」
「あれ、机の上に無い?」
「ないです」
 丁度ロクスの位置からはアルハイトが邪魔で机上が見えない。一歩引いてアルハイトは卓上の主らしき物体の不在を表す。
「ありゃぁ……ちょっと待ってて、倉庫にはあるはずだから今取ってくるよ」
「そんな――」
 俺が行きますよ、と言う隙すら与えずロクスは既に廊下の向こうにいる。
仕方なく荷解きを再会すると程なくしてロクスが息も荒く部屋へ飛び込んでくる。
「おっ、お待たせ。これっ、これがウチで使ってる、明かり、なん、だけど、使い方、わ、分かる?」
「使い方は分かりませんけど、もう少し落ち着いてもらわないと説明されても分からないと思います……」
 アルハイトに制されて始めて落ち着きを取り戻すロクス。
肩で息をしている副隊長を見てアルハイトは改めて彼の人の良さを実感する。
 ……これで、横暴な部下がいたら完璧だよなぁ。
 そんな発想に至ってから思い当たる。三階は全部個室である事とそこに空白が含まれることは聞いた。
だが、何人が其処で暮らしているのかを聞いた覚えが無い。
その「何人」の一員となったアルハイトとしては、是非聞いておきたい事ではある。
「そう言えば、ここのヘルザ村分隊って何人くらいなんですか?」
「ん? えーと、七人……じゃないか、アルハイト君が入ったから八人」
 一人は村に入る前に見た。街道の上に在る村だから、反対側にもう一人は間違いない。
となると、そこに隊長室で顔を合わせた四人と自分を含めて、
 ……七人だと思ったんだけどなぁ?
「結構多いんですね」
「そうだねぇ、ヘルザ村はちょっと広いけどやたら豪華に城壁があるし、
 近隣に凶暴性の強い魔物も居ないし、実際のところ余ってるよ」
「……そんなものですか?」
「そんなもの。最近は新人過剰だって話だし、あと数年で新規採用はなくなるかもしれないねー」
 良いタイミングで生まれたよねー、といいながらロクスは明かりを発光させるとその根元を捻る。
 揺れる明暗を在る強さで落ち着かせるとそれを卓上に置いて、不意に窓の外に目を向ける。
「すっかり日が沈んじゃったね。そろそろ時間かな」
 さぁ行こうか、とアルハイトに外出を促す。本人は何かを隠してるつもりの様だが、態度がそわそわしていて少しも隠せていない。
そんな副隊長殿の様子を知ると、アルハイトは部屋の外へ歩き出すと同時にさぁさぁ早く早く、とせかすロクスに問いただす。
「いったい、何の時間なんですか?」
 返答は、言うまでもなく予測どおりだった。

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