9.回り道を巡る ――Rollin' Rollin'――
 構図は一対三。三人が三角形を作りその中に一人が押こめられている形だ。
三人と一人は幾らかの長さを持つ、木の枝らしき物を剣に見立て打ち合っている。
 三人の連携に目を見張る程の技巧は感じられない。だが、それが実力の頭打ちだと言う事もないだろう。
 囲まれている一人の動きは明らかに悪く、連携を取るまでもなく隙だらけの背中が容赦なく打たれた。
「もっと大きく動きなさい!一対多数の戦闘は勝つことよりも負けない事を重視する!
 包囲の中心から逃れるように、端へ端へ動き回るの!!」
 声を上げたのは四人の中で唯一の女性、ヘルザ村の騎士隊長ことレザミア・コルツヘイン。
 その声に合わせてまごついていた動きを大きく疾らせたのはアルハイト・コーネアであり、
それを逃すまいと動いたのはロクス・ミハイネルとヴェノア・アザノーヴェだ。

 現在ヘルザ村で勤務している騎士の数は八人。しかしオックスは年齢と役職の両面から治安活動には参加できない。
 残る七人でヘルザ村の全員の安全を背負うことになるが、
農業を中心とし人口も決して多くないとなれば治安面に不安は無い様に思える。
 だがヘルザ村には他の村とは一線を画す特色があった。「街道」の存在だ。
 王都アディカトレースや交易都市カルクロッサに匹敵する人通りがある訳ではないが、
不特定多数が行き交う街道の上に存在する以上、いざこざは免れない。
 そして、街道を行く者達の殆どは集団で行動しているものである。

 アルハイトが動きまわるようになると、三人の連携も多少はそれらしくなってきた。
レザミアとロクスの両者が常にアルハイトの前方に回り、僅かに時間差をつけて仕掛けることで
横に逃げようとするアルハイトの動きを制している。
 そして思うように動けないアルハイトの視界の隅で、ヴェノアが大きく回りこんで背後を取ろうと動く。
囲まれるのを嫌いアルハイトはレザミアに突撃、勢いを殺さずにその横を走り抜けようと試みる。
 レザミアもその意図を読むが反応が僅かに遅い。
アルハイトの進路を塞ぐように枝を振り上げるが、逆に勢いのある振り下ろしで叩き落される。
 そしてレザミアの妨害を突破した瞬間、下から顔面を狙う軌道で他の枝が振り上げられた。
「な、ぁたっ!」
 振り下ろしの勢いが残る体は自由に動かせない。咄嗟に体を捻り、肩で一撃を受けて堪える。
攻撃を受けるために踏みとどまった一歩分の停滞に、ロクスは前に出てアルハイトに体を当てた。
両者の体格はほぼ同等、アルハイトの姿勢は殆ど乱れず一歩を踏みとどまりすぐに立ち直る。
 だが一連の停滞はアルハイトが再び囲まれる時間を生むには充分すぎた。

 再び三方を囲まれる。だがアルハイトは次の手を考える前に動いた。いや、動かされた。
(……後ろっ!?)
 背後から感じた違和感に従い振り返る。回る体の勢いで振り上げた枝が、ヴェノアの奇襲を防いだ。
詰められた距離を再度離すために、振り上げた枝の下をくぐる形で体を当てに行く。
 はたしてヴェノアの体は大きく後退した。
だがアルハイトが突き飛ばしたと言うよりも、衝突を嫌ったヴェノアが下がった形である。
 アルハイトは稼いだ距離に満足せずさらに身を翻す。
ヴェノアを相手取る隙を見逃すことなく、レザミアとロクスが同時に仕掛けてきていた。
 二人を同時に相手するほどアルハイトも無謀ではない。
レザミアの横に踏み込み、ロクスをやり過ごそうと一歩を出したとき――
「……ぉわっ!?」
 場に残った軸足を引っ掛けられて、アルハイトの体が派手に転んだ。


「アルハイト君が相手してくれない……嫌われたのかなぁ」
「ローク、それ言ったら私はアルハイト君に太刀筋見切られてるって事?」
 しゃがみこんでアルハイトを枝で突付くロクスの横で、レザミアがため息混じりに答える。
「……一応、どっちも違いますと主張させてください」
 当のアルハイトは、床の上で大の字を描きロクスに突付かれるがまま。
息はまだ荒く、汗が額からこめかみに流れる。終わってみれば自覚していた以上に体力を消費している。
そして、べしべしと足を叩き続けるヴェノアに抗議する気力も沸かなかった。
「派手に背中から落ちたみたいだけど、頭打ってない?」
「えぇ、流石に受身はとりましたよ」
「じゃあオックスの所に連れて行かなくても大丈夫ね。
 それじゃあ、アルハイト君とヴェノアは午後は非番でロークはアーゼンと交代。
 訓練を切り上げて、お昼にしましょう?」
 レザミアとロクスは足早に訓練場を後にした。
アルハイトも此処を出ようと上体を起こしたところで、先ほどから無言だったヴェノアが口を開いた。
「なぁ新入り、さっき俺の奇襲に何で気づいた?」
「何でといわれても……なんとなく、違和感を感じたからですよ。只の勘じゃないですか?」
「ふぅん…………?」
 関心深いと言った様子でヴェノアは呟く。だがその興味も長く続いたわけではなさそうだった。
「ま、それはさておき俺達も飯にしようぜ。少なくとも俺は早く飯が食いてぇよ」
 ヴェノアが起き上がったアルハイトの背を叩き先を促す。
その提案にアルハイトが異論を挟むはずも無く、手早く枝を片付けて訓練場を後にする。


 ティアナの朗らかな笑顔と共に円卓に料理が運ばれる。ホッフルの中に限れば、彼女の笑顔が途切れたことは無い。
その意味で、今の仕事は彼女にとって天職と言えるのだろう。
 運ばれてきた料理を前に男二人は綺麗に揃った動きで一礼。頂きます、の一言を合図に熾烈な競争が繰り広げられる。
 勝敗は付かず。空になった皿がティアナに運ばれていくのを見送って二人はようやく会話を始めた。
「そういや、新入りは何で騎士になったんだ?」
「……それは、話さないと駄目ですか」
「別に。なんとなく聞いてみただけさ」
 夏と言うにはまだ早い涼しさを持つ風が吹き抜けて、食後の気だるさの上に沈黙が被さる。
ヴェノアがこのまま寝てしまおうかと思った時、アルハイトが何かを閃いた表情を見せた。
「珍しいですよね。ヴェノアさんから振っておいてあっさり引くのって」
「それはあれか新入り。もっと俺に根掘り葉掘りしつこく聞きまわって下さいと言う事か」


 間の抜けた後輩と別れ、再度訓練場に足を運ぶ。
午前の訓練も準備運動には悪くなったが、準備とは本番をこなして初めて意味がある。
 最後に出た自分達が窓を閉めなかった為に訓練場は採りこんだ外の光で充分に明るい。
 さてと、と呟いたヴェノアはその明るさを厭う訳では無いがその目を閉じた。
 沈黙が静寂となり、訓練場が静止する。その中に残る僅かな胎動を丁重に感じ取り、静と動の折り合う時を求める。
 そしてそれが来た。
「――――」
 鞘と鉄のすれる音に乗じ、動きは前方に一線を描く。振るわれる絶ちの意思に押しやられ空気が抗議を叫んだ。
空気が風となり叫んだ抗議が止まり、再度静寂へと還る。
 その静寂を再度動かしたのは鉄ではなく人の呟き。
「まぁ、早すぎるよな。俺にも、あいつにも」
 空気が二度目の悲鳴をあげる。
その悲鳴が消えるまで待ち、手に持つ刀を胸元まで引き寄せるとその感触を腕全体で揺らすようにして確かめる。
 そして唐突にその刃に指を押し当てると、力を込めて根から切っ先までを勢いよく滑らせる。
「…………ふむ」

 呟いたヴェノアの見つめる、刀の刃をなぞった指先。そこに怪我らしい怪我は無かった。

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