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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

22周年記念:『シャーニュブールの笛吹ブリューナ』(第1話)


 シレジア城にはその名も詩人の間という広間が存在する。
 階段下の小さな広間ではあるが、壇上は樫の木をふんだんに使った緻密かつ繊細な彫刻や手すりで覆われ、贅を尽くした造りであることは一目瞭然である。
 もちろん音響は良いが、無駄に響くことはなく、柔らかに音が反響して心地よさを感じる。
 この部屋に……なぜかラヴェルは突っ伏していた。
「うう、もうダメ……」
 蜜蝋で磨き上げられた床には涙がナメクジの跡のように光っている。
 その脇には転がっている竪琴。
「くううううっ、腕が攣れる……!」
 わなわなと腕をひきつらせながらラヴェルは何とか上体を起こした。
 ここ数日間、ラヴェルは城に缶詰めで竪琴の稽古を受けていた。
 シレジアは音楽に力を入れていることもあり、王城には高名な詩人や楽士が常時出入りしているのだが、何せ国王があのクレイルということもあってか、長居をする者はいない。
「にゃは。う〜ん、今日は限界かねぇ……」
「勘弁してください……」
 ラヴェルに稽古をつけていたのはクレイルだった。
 国王が御自ら竪琴の稽古をつけてくれるなど異例中の異例だが、ラヴェルとは古い友人ということもあり、昔から何かの度に融通を図ってくれる間柄でもある。
 ……のだが。
「もう本番は明後日だからねぇ……どうしようかねぇ?」
「そもそも人選を間違ってません!?」
 ガバッと跳ね起きるとラヴェルはクレイルに詰め寄った。
「なんでそんな歌合戦に僕を選ぶんですか!? 有名な詩人なら国内にいっぱいいるじゃないですか」
「いやぁ、だってほら、一番なんとでもなるのがラヴェルだし〜」
「どんな理由!?」
 それはスケジュールの都合か、間柄の都合か、報酬的都合か、はてまた結果的な都合か。
 シレジアの王城では数年に一度、世界中から高名な詩人や楽士が参加する大規模な歌合戦が行われる。
 小規模な歌合戦や歌合せは頻繁に行われるが、明後日行われるのは、その数年に一度の歌合戦である。
 参加者は、シレジア国王が選んで招待する者が数名と、あとは腕に覚えがある者たちがその場にて参加する。
 それは、王城の宮廷歌人はもちろん、各地の諸侯の宮廷を巡る吟唱詩人であったり、大陸をまたにかける吟遊詩人であったり、名だたる者たちが集うのだ。
 そんな歌合戦に、売れない詩人のラヴェルが参加したところで恥をかくだけである。
「いやいや、でも、ラヴェルは歌はうまいと思ってるんだよ〜僕は。歌だけは」
「だーかーらー! 歌だけってのはまずいでしょ、どう考えても!!」
 そう、ラヴェルは歌は上手いのだが竪琴が下手なのだ。
 伴奏なしの独唱をする詩人もいるが、それはまた歌のジャンルが違い、太刀打ちできるとは思えない。
 ラヴェルは竪琴の調べに乗せて歌物語を聞かせるタイプなので、どうしても演奏が必要になる。
 フィドルなど別の楽器で伴奏をするとラヴェルの声量では負けてしまうため、音量のバランスを考えるとやはり竪琴もしくはリュートが一番良い。
「うう、今からリュートなんて身につかないしなぁ……」
 疲れた右腕をもみながらラヴェルはため息をついた。
「ヴォルフさんとかエリックさんとか出られないんですか?」
「それがねぇ、一応、声をかけたんだけど、スケジュールがどうのってやんわり断られちゃってさ」
「もう、いっそのこと王子が出たらいいんじゃないですか」
「あはは〜」
 クレイルはすでに国王だが、ラヴェルはつい慣れた調子で王子と呼んでしまう。
 もっとも呼ばれた本人はいたって気にしていないようだが。
 へらへら笑って見せたクレイルだが次の瞬間、真面目な表情になった。
「うん、別に僕が出たっていいんだけどさ、僕の歌、聴きたいと思う?」
「……遠慮します」
「でしょ?」
 クレイル自身、名高い楽士である。
 楽器演奏はお手のものである。
 だが……歌に関しては、ラヴェルの竪琴と同レベルであった。



「また聞こえる」
 その夜、目を覚ましたのはクレイルの妹マリアだった。
 木々のざわめきの合間に、微かに高い音が聞こえる。
「嫌な音。何なのかしら」
 ここしばらく、夜になるとどこか遠くから笛のような不気味な音が聞こえてくるのだ。
 夜に吹く笛は、悪魔の使い、蛇を呼ぶとか、嵐を起こすとか言われ、忌むべきものとされている。
 明後日に行われる歌合せのため、国内には各地から吟遊詩人や歌人が集まり始めている。
 その誰かの笛なのだろうか。
 それにしても心地よくない音色だ。
「ちょっと良いかしら?」
 鈴を鳴らすと侍女長が現れた。
「御用でしょうか」
「誰かが笛を吹いているようなのだけれど、やめさせてもらえないかしら」
「笛ですか?」
 侍女長は怪訝そうな表情を浮かべた。
「ええ。高い音だし、笛じゃないかしら。小さな音なのだけど、耳の奥に響くというか、何だか薄気味悪い音色なのよ。ほら、聞こえない?」
「いえ、わたくしには何も聞こえませんが……?」
 二人で耳をそばだてるが、年老いた侍女の耳ではその音色を聞き取ることはできないようだった。
 しかし、マリアが嘘をついているわけではないのはわかったようで、侍女長は頷いた。
「かしこまりました。誰か他の者に対処するよう伝えておきます」
「お願いね」
 王女の部屋を辞すと、侍女長は王族の居館から騎士の館へ向かった。
「隊長、少しお話が」
 侍女が扉をノックしても返事がない。
 鍵はかかっていないようだ。
 試しに扉を開けると……爆睡しているバルバロスの姿があった。
 今の時期は西方部隊のバルバロス隊長が登城して警備の番に当たることになっているのだが、勤務態度はあまりよろしくないという噂だ。
「……ダメね、この男は」
 ため息をつくと、侍女長は向きを変えた。
 仕方ない、彼に頼むしかないだろう。
 咳払いを一つ、背を伸ばすと侍女長は別の部屋の扉をやや緊張感をもってノックした。
「誰か?」
「私、マニヤでございます」
 名乗ると音もなく扉が開けられた。
「侍女長殿が直々に、こんな時間に何の御用か」
「姫のお申しつけで少々お願いしたいことが」
「姫が?」
 廊下に出てきたのは、モラヴァ公爵トレノだった。
 バルバロスと同格の騎士部隊を預かる身だが、今期は当番ではなく、あくまで国王に使える行政官の一人として出仕している。
「こんな夜中に、何かお急ぎの用か」
「いえ、急ぎというよりは」
 そう答えると侍女長マニヤは視線で窓の外を示した。
「夜になると薄気味の悪い笛の音色が聞こえるのだそうです。吹いている者を探し、やめさせるようにとのご要望です」
  「笛の音?」
 試しに窓を開ければ冷え冷えとした夜気が流れ込んでくる。
 耳をそばだてるが、マニヤにはやはり聞こえないようだった。
 トレノも整った眉を顰める。
「聞こえるような聞こえないような……微妙な加減だな」
 はっきりとした音は聞こえないが、何かが鳴っているような気はする。
「わかった、何とかしてみよう。バルバロスには話したか?」
「爆睡しておいでです」
「……承知した。明日の朝で良い、一応、話は通しておいてもらいたい」
「かしこまりました」
 マニヤが礼をして去ると、トレノはサッとマントを羽織った。
 バルコニーへ出てもう一度、耳を澄ませる。
(ただの音ではなさそうだ)
 何かが鳴っているような感覚はするが、音を聞き取ることはできない。
(姫は笛とおっしゃっているようだが)
 笛であればもっとはっきりした響く音だろう。
 だが、聞こえないながらも確かに鳴っているその音は、妙な不快感を覚える。
 城内、そして城の敷地内をくまなく歩いて回るが、音の発生源は存在しないようだ。
 ならば町か。
 馬で乗り出し、大通りの角へ出ては耳を澄ますが、やはり音の発生源はわからない。
「何か聞こえないか? 笛のような高い音のようだが」
「いいえ」
 衛兵に声をかけて見ても、音を聞き取った者はいないようだった。
 城壁の上から町を見下ろしても、不審な影は見当たらない。
(夜ゆえに見えにくいが……町の中ではないとすれば厄介だ)
 どこか建物の中が音の発生源であれば、城までは音が届かないだろう。
 音を出している者は屋外にいると思われる。
「…………」
 無言でトレノは森を見た。
 もやもやする。
 聞こえない音がする。
 耳に音としては認識できないが、確かに何らかの音が続いているのだ。
 街、城壁内にそれらしいものがないとすればあるのは……。
(仕方ない、行くか)
 顔を見合わせる衛兵に視線で合図をすると、トレノは城門脇の通用口を開けさせた。
 夜の野外は危険だ。
 まして周辺は森が多い。
 己の馬の足音と、枯葉を踏む音。
 風の音に、木々の葉擦れ。
 夜鳥の鳴き声。
 耳を澄ませば澄ますほど、普段は聞き流している音が耳に重なり合って押し寄せてくる。
 夜の屋外がこんなに音が豊かであったとは。
 だが、それゆえに、目的の音はより一層聞き取りにくかった。
(さほど遠くではなさそうだが……)
 街の東や北へ行くともやもやした感覚もなくなるから、音の発生源は町よりも南か西だろう。
 さらに、城の南側が町であるから、音の発生源が町より南であるならば音は街に遮られて城まで聞こえないはずだ。
 トレノは用心深く街の西を中心に探り歩いたが、結局音の発生源はわからないまま朝を迎えた。



「やあ、おはよう」
「おはようございます……」
 翌朝、どんよりとした顔でラヴェルは起き出した。
 クレイルは朝のお茶としゃれこんでいるが、ラヴェルはそのような気分になれない。
「くううううっ、腕が重い〜〜。温泉行きたい〜〜」
 連日、竪琴の練習を長時間行っていたせいで腕が疲労しきっている。
 腕が疲労するのは無意識に力が入っているからで、演奏の腕前が下手な証拠である。
「温泉かぁ〜行ってくれば? もうこれ以上どうしようもなさそうだし。後はゆっくり休んでさ〜」
「これ以上どうしようもな……」
 ラヴェルはがっくりと肩を落とした。
 王城からであれば、バート・ヴィンプフェンの温泉街がすぐ近い。
 今すぐ城を発てば、午前中にたどり着く近さだ。
 ゆっくり湯につかり、昼食を食べてのんびり休んで帰ってくればよいだろう。
 問題があるとすれば……財布が耐えられるかどうかだが。
 ラヴェルが何も言わぬうちに察したのか、クレイルが手を差し出した。
 銀貨が二枚握られている。
「はい、御駄賃。ま、明日の出来はともかくとして、出演料とでも思って」
「あ、ありがとうございます……」
 明日の歌合戦で優勝すれば、かなりまとまった報奨金が出る。
 もっとも、多くの詩人や歌人が欲しいのは、その場の金よりも名声や讃辞といった評価であろう。
 金に困って一発逆転を狙う者もいないとは言い切れないが、少なくともラヴェルの竪琴の腕前ではその一発逆転すらも、ない。
 懐に銀貨をしまうと、ラヴェルは相棒の所へ向かった。
「温泉に行ってくる。レヴィンはどうする?」
「俺はいい。一人で行ってこい」
「そっか」
「お前が留守の間に寝ておくとしよう。ここ数日、ずっと下手な竪琴の音が響き渡っていて寝るに寝られなかったからな」
「えっと」
「音が外まで漏れていた。皆に聞こえていたぞ」
「うっ……!」
 そういえば、風が気持ちよくて部屋の窓を開けたり、竪琴を庭でつま弾いたりしていた。
 城中にラヴェルの下手な竪琴を披露してしまっていたらしい。
「くうううう、恥ずかしい……!」
 ラヴェルは歌は上手くても、竪琴が致命的である。
 その竪琴だけを必死に練習していたのだ。
 これからは歌の上手いラヴェルではなく、竪琴の下手なラヴェルとして認識されることだろう。
 ラヴェルの竪琴は音は小さいものの、本体に共鳴弦がついていて豊かな響きを持つ。
 そのため、音の小ささの割にはよく響いて聞こえるのだ。
 恥ずかしさで人目を避け、ラヴェルはそそくさと城を出た。
「おや、ベルナール殿」
「あ、隊長」
 街の城門を西へ出ようとすると、守備隊のバルバロスと鉢合わせになった。
「おはよ。お出かけかね」
「ええ、バート・ヴィンプフェンまで」
「おー。温泉ね。よいですなぁ。小官はしばらくここに缶詰。聞いた? 西の方から変な笛の音がするんだって」
「笛?」
「うん、笛。なんでも夜中になると聞こえてきて、それが気味悪い音だというでないの。街の外らしいから、気をつけるように」
「今、朝ですよ?」
 ラヴェルは周囲を見回した。
 街から伸びる街道は西へ続き、両脇に小さな森が広がっている。
 しばらく進めば道はやや南に曲がり、穏やかに開けた草原の丘陵地帯となる。
 温泉までは一刻ほど歩けば辿り着く近さだ。
 小鳥のさえずりを聴きながら、ラヴェルは歩みを進めた。



 ハーブティーが湯気を上げる。
「レヴィンさんもいかがですか?」
「頂こうか」
 レヴィンは本を閉じた。
 窓から中庭が見えるこの部屋は、城で働く者が休憩に訪れる。
 クレイルは紅茶セットを手放さないが、妹もまた、ポットを手放さない。
 ティーカップに、ほんのわずかに蜂蜜を垂らす。
 お手製ハーブティーを入れると、マリアは椅子を引いた。
 疲れたように座り込む。
「随分な様子だな」
「もう、本当、嫌になっちゃう。夜になると笛が響いてきて、嫌な音で寝られないんです」
「笛?」
「ええ。小さい音だけど、高い音で、何だか不気味な音なんです。吹くのが下手、というのともまた違って、嫌な音というか」
「ふむ……?」
「姫」
 声をかけてきたのは、室内で休んでいたトレノだった。
「そのお話、もう少し詳しくお願いできますか?」
「え? あ、はい」
 マリアはうなずくと視線で外を示した。
「ここ数日なんですけど、夜、寝てしばらくするとその音が響いて来るんです。遠くから聞こえてくるような感じの割には、耳に響くんですよね……。何だか頭がざわざわして、薄気味悪い気がするんです。マニヤには聞こえないそうだけど。お二人には聞こえていました?」
「いいえ」
 すぐに答えたのはトレノだ。
「侍女長からその話を聞き、外へ出てみましたが、はっきりと聞き取ることはできませんでした。お前は?」
 トレノに振られ、レヴィンは腕を組んだ。
「ここ数日はどこぞの下手な竪琴に気を取られていたからな。笛の音は気づかなかった」
「姫がお休みになってしばらく経ってからというと結構な時間になる」
「夜中か。寝ていたな」
 当たり前だがレヴィンの耳は良い。
 ただし、耳が良すぎて余計な音まで拾ってしまうため、時と場合によっては何かの音をピンポイントで拾うのは苦手となる瞬間もある。
「マリア〜? あ、いたいた。お湯、分けてくれないかなぁ? 終わっちゃった」
「いいけど」
 そこへ現れたのは空のポットを手にしたクレイルだった。
 この茶道楽は、執務しているよりもお茶休憩の方が長いのではといわれている。
「陛下」
 とはいえ、仕事は常に追いかけてくる。
 大臣付きの補佐官が持ってきたのは手紙だった。
「陛下宛に書状をお預かりいたしました」
「あ〜ありがと。うん、読んでおくよ」
 部下を下がらせると、クレイルは紅茶にちゃっかりと蜂蜜を垂らした。
「あ、蜂蜜、それ私の!」
「ああ、甘くておいしい。で、手紙は〜と?」
 クレイルは開いているのか開いていないのかわからない目で手紙を読み取ると、視線を止めた。
「んー」
 何かを察知したのだろう。
 トレノはクレイルに声をかけた。
「いかがいたしましたか?」
「ん? ああ、これね。ちょっと厄介かもねぇ〜」
 クレイルは書状をトレノに手渡した。
 読めということらしい。
 トレノが読んでみたところ、差出人はベルナーという者で、吟遊詩人らしい。
 明日の歌合戦の主催者でもあるシレジア国王に、歌合戦の報酬を尋ねるという、考えようによっては無礼な手紙だ。
 いや、より正確に言うなら、報酬を尋ねるのではなく、そのベルナーとかいう差出人が希望する報酬の確約を求める内容だった。
 自分が歌合戦で優勝した暁には、街を一つ所望する。
 荘園ではなく街ということは、田舎ではなく、ある程度発展した都市ということである。
 それを治めるということは、かなりの大貴族として取り立てろということだろう。
 何でも、歌合戦の前に城に参上し、報酬について国王と直に協議したいという。
「……随分と大胆なことだ」
 手紙を届けたのは本人なのだろうか。
 トレノはクレイルに問いかける。
「いかが致しましょう。捨ておきますか?」
「うーん、そうしたいけど、この手のタイプは捨ておいても押しかけてくるんだよねぇ。うん、とりあえず捨て置いて、来たら来たでその時対応するしかないかなぁ」
 領主や城主にとって、城を訪ねてくる吟遊詩人は貴重な情報源であり、娯楽源であり、来賓としてもてなすのが常だ。
 だが、厄介な面もある。
 うっかり対応を間違えると、悪評に仕立てた歌を各地で吹聴して回るのだ。
 悪い噂というのは早く回るし、世界にはそれが原因で退位した王もいるほどだ。
「ベルナーだっけ? 彼が優勝しなければそれで済む話ではあるけどねぇ」
「そもそもそんな欲にまみれた者が人の心を打つ吟詠ができるとは思えませんが」
「だねぇ。でも、世の中、とんでもないことが起こるもんだよ。例えば、魔法で聴衆を惑わして、上手いと思わせちゃうとか」
「……なるほど」
「レヴィンさんに出てもらえばいいじゃない」
 口をはさんだのはマリアだった。
「本業の吟遊詩人なんだし、歌も竪琴もうまいんだし。何より、もし怪しい魔法とか変な動きをする奴が紛れ込んでいても、一発で見抜いてくれるでしょ」
「俺はあまり煌びやかな場は好きではない」
「え〜〜? だってレヴィンじゃ、万が一の際に城ごと吹っ飛ばしちゃいそうな??」
「お前は俺をなんだと思っている?」
「にゃは」
 クレイルは笑ってごまかすとカップに口をつけた。
「んー、ひとまず明日にならないと何とも言えないなぁ。ユリディーシェ嬢が光の竪琴を持って参加するって言っているから、彼女にも話しはつけておこうかな」
「そういえば、お前は笛の音というのは聞いたか?」
「笛? うんにゃ。誰か吹いてるのかい?」
 クレイルの言葉にマリアはがっくりと肩を落とした。 「気楽ね……こっちはろくに寝られないっていうのに。誰かが夜中に笛を吹いているのよ。薄気味の悪い音色ったらありゃしない」
「夜吹く笛は悪魔の笛っていうくらいだからねぇ」
「悪魔の笛、か……」
 そう呟き、トレノは何か思い出したように動きを止めた。
「うん? どうしたのかな?」
「いえ、思い過ごしかと」
 そう答えるとトレノは立った。
「それでは執務に戻ります。ごゆるりと」


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