がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜
24周年記念:『太陽の船』(第8話)
それは三日月が糸のように光る夜だった。
星の輝きを背に、天空船は上から見物していた。
船より低い空を黒い影が駆けていく。
おぞましい唸り声が闇に響き渡るのは、黒妖犬の群れだ。
「来やがったぜ」
ホリンが合図する。
見れば、馬で走ってくるファーガスの後ろから、怒り狂ったアリル王が槍を掲げて追いかけてくる。
「ほらよ!」
黒妖犬の群れとぶつかる寸前でファーガスは馬から身を躍らせた。
闇に紛れて茂みに転がり込むと、低空を駆けるアリルの亡霊軍団はそのまま真っすぐ黒妖犬の群れに突っ込んだ。
「あっち! あっち行って! 向こう側だよ!」
ラヴェルは竪琴を爪弾き、亡者の軍団を都合良い方に仕向けた。
アリルは想定外に黒妖犬の群れと乱闘、もはやファーガスなどどうでもよくなっている。
乱戦になっているその群れをラヴェルは竪琴で左へ左へと仕向けた。
左手側……西からは、ドワーフたちがキャスパルグをおびき寄せ、こちらはレヴィンが竪琴で操っている。
「運命をあざ笑う者、惑わしの蜃気楼」
ポロンポロンと怪しく響く竪琴の音色に、何やら魔道の詠唱が紛れ込んでいる。幻影で惑わす魔法だ。
「よし、ぶつかれ!!」
黒妖犬の群れと合体したアリルの軍勢と、キャスパルグをボスにケットシーなどの妖猫軍団がぶつかり合った。
低空を飛翔する黒妖犬とアリルの軍勢にキャスパルグが地上から飛び掛かるがわずかに届かない。
悔しそうに唸り声をあげ、身をかがめて構える。
その猫の怪物に、上空から黒妖犬が躍りかかり、地上の猫の群れが迎え撃つ。
身の毛もよだつ凄まじい雄たけびが響き渡る。
両軍が戦い、こぼれ落ちた犬や猫をラヴェルたちが地上班として討っていく。
「へ、へ、へぶしょい!!」
予想通り、ホリンは使い物にならなかった。
「お前は犬の相手をしていろ」
「ちっくしょう、やってやる」
距離を取ると相変わらず鼻を垂らしながら、ホリンは魔の槍に闘気を込め、黒妖犬に打ち込んだ。
黒い矢じりが嵐のように襲い掛かり、黒妖犬がのたうち回る。
「うりゃあああああああ!!」
猫の憂さ晴らしを犬に向ける。
黒妖犬にしてみれば理不尽なのだろうが、そんなことはどうでも良い。
そもそもにおいてホリンの綽名は猛犬である。
「いきゃあああああ!?」
甲高い悲鳴はラヴェルだ。
猫の鋭い爪が襲い掛かる。
「痛、いたたたた、いた!?」
猫の爪とチャンバラをするが相手のほうが早い上に上下左右と自在に動き回られる。
「ああっ!?」
巨大猫の鉤爪に、細身の剣が引っかかって払われた。剣がどこかへ飛んでいく。
「ええっ!? あ、痛!! いた、いたたたきゃあああああっ!?」
丸腰になったところを猫におもちゃにされる。
「我焦がれるは氷の女王、凍える吐息よ、美しい雪原の風」
突如、猛吹雪が吹き荒れた。
ここは溶岩の上でも何でもない。
最大限の威力でもってレヴィンの氷雪魔法が炸裂する。
「シュネーストライベン!」
一気に猫の群れを氷漬けにする。
犬よりも猫のほうが寒さに弱いはずだ。
「……ブラストフレア!」
その氷塊ごと、雷と突風で爆破する。
「うう」
何とか立ち上がったラヴェルは、暗闇で剣を見つけられず、腰にぶら下げていたものを手に取った。
「えい!」
妙な打撃音が響き渡る。
それは天空船の船室から持ち出したフライパンである。
使ってみると、打撃に、あるいは盾に、それは非常に優秀な武具だった。
……本来の用途は調理器具だが。
闇の中、閃光が走るのはファーガスの煌めきの剣だ。
妖精郷の騎士でもある彼の繰り出す剣術は、美しくも恐ろしい。
暗闇でも目が効くのはドワーフ族だ。
坑道の暗闇で松明も持たずに掘り進める彼らに、灯りは必要ない。
背が小さくとも屈強で、斧や鈍器を振り回している。
さらに、ティルナノグのドワーフやニダヴェリルのドワーフは魔力も高い。
「ヒーロホー!」
ティルナノグのドワーフには魔導士もいるようだ。
木々の根を断ち切りながら大地がせりあがり、岩つぶてが雨あられと降り注ぐ。
それらの様子をトレノは少し離れた場所でじっくりと観察していた。
戦える身体状況ではないが、モラヴァではめったに遭遇しない妖精族どもの情報を得るにはよい機会だ。
篝火を焚き、犬の群れと巨大な猫を観察している。もちろん、見知らぬ王と、ケルティアからの訪問者の様子も。
その場にいるドワーフですら、モラヴァで人間と接して暮らしているドワーフ族とは違う。
その特徴や能力を把握しておくことは、モラヴァを納めるトレノにとって都合が良い。
「ふむ?」
観察しながら、トレノは己の足元に気づいた。
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草花が咲いている。
気付いて屈みこめば、それはレースのような繊細な花だった。
篝火に照らされて赤っぽく見えるが、恐らく白い花であろう。
糸のように細い葉をちぎって見ると、独特の香りがした。
「ほう、野生のリークか」
それは野のヒル、野蒜と呼ばれる、ネギの仲間であった。
みれば、火に照らされている範囲だけでもかなり生えている。
「なるほど」
トレノは何を思ったか、戦っている面々の後ろでその花と葉を大量に摘むと、火にくべて燃やし始めた。
周囲にネギ臭いにおいが立ち込める。
「何これ!?」
思わずラヴェルは振り返った。
そこにはトレノが冷ややかな表情で立っていた。
ただひたすらに、もくもくとネギ臭い煙が漂っている。
ふいに、妙な遠吠えが響き渡った。
力のない、なにか酔ったような、困惑したような鳴き声は黒妖犬の群れによるもののようだった。
明らかに黒妖犬と猫の様子がおかしい。
「え? あ……もしかして?」
強烈なネギ臭にラヴェルは思い当たることがあった。
ネギは毒なのだ。
人間には無害だが、いくら妖精と言えど猫と犬には毒性が強い。
まさかのネギで弱体化させられた黒妖犬と猫の群れは、怒り狂って混乱したアリルの軍勢に一瞬で蹴散らされた。
「えええ、うそ!?」
呆気にとられるラヴェルの眼前で、黒妖犬と巨大な魔猫の群れが塵となって消え果ていく。
「ま、かつては妖精の王国へ攻め入ったことすらある一団だ。ああ見えてあり得ないくらい強いんだぜ、あいつら」
ファーガスの言う通り、かなりアリルの軍勢は妖精たちには悪名高いようだった。
警戒したのか、背後に感じていたエルフたちの気配が一気に遠ざかっていく。
最後に残った黒妖犬の一頭とキャスパルグを仕留めれば、目の前にいる怪物に関しては一件落着だ。
「よし、やった」
槍で串刺しに仕留めると、ホリンはファーガスに問いただした。
「猫をけしかけてきたエルフってのはどうするんだ?」
「アリルが突っ走って行った。奴が何とかするだろう」
実際、アリルの軍勢の旗を見るとエルフたちは顔色を失い、奥地へ逃げていった。
アリルとその配下の軍勢はかつて妖精郷に攻め込み、妖精の国の一つを滅ぼしているため、一部の妖精たちに恐れられているのだという。
ラヴェルの眼には見えぬ闇の向こう、いや、恐らく向こう側の世界から、勝利を告げるラッパの音が響いて来た。
妖精の女王を仕留めたのだろう。
「今のうちに引き上げるぜ。アリルが戻ってきたら厄介だからな」
「それはお前ェが戦え。お前ェが悪い」
「一対一ならまだいいが、軍勢ごとってのはちょっとな」
どこかで雄鶏が鳴いた。
嘘のようにあたりが静まり返る。
妖精も亡霊も、夜明けを告げる音に己の世界へ一目散に逃げ帰ったのだろう。
やがて朝日に霧が輝いた。
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「ああ、ああ、申し訳ない、申し訳ない」
「ここならわしらの縄張りだ」
「いくらでも何でも作れるぞい」
「たくさんの草、花、つる、茸、水」
どうやらお詫びであるらしい。
ティルナノグのドワーフたちは薬草をふんだんに使い、不思議な薬を作り上げた。
「これはどんな傷にでも効く」
ドワーフたちのアジトに戻ると、彼らは妖精の薬でトレノの手当てにあたった。
不思議、という言葉でひとくくりにするのは難しいが、ティルナノグのドワーフは地底のドワーフともまた違った不思議な雰囲気を持っている。
より一層妖精らしいといった感じだろうか。
「昔な」
ドワーフの中でも長老であるらしき者が口を開いた。
「先祖の一部が、深い割れ目を渡り、東の地下世界へ移住したそうだよ。そこにはティルナノグには存在しない不思議な鉱石がたくさんあったという」
ティルナノグにはない鉱石があり、ティルナノグにはない魔法があり、ティルナノグにある鉱石がなく、ティルナノグにある魔法がない。
ティルナノグのドワーフにも、ニダヴェリルのドワーフにも作れないものがたくさんあった。
しかし、同胞たちの邂逅により、互いの鉱石や知識、魔法を組み合わせることができ、神々に奪われた伝説の武具や宝飾品に劣らない逸品を作ることができたという。
「先祖たちが混じり合い、その子孫は互いの一族から受け継いだすべてを動員して、力持つ三つの指輪や太陽の船を作ったそうだ。わしらだけでは作れないものを、地底世界の英知を得て作り出した」
今回のニダヴェリル行で、彼らは新しい時代のティルナノグの魔法や知識を伝え、そのお礼に指輪と島を譲り受けたのだという。
その指輪をトレノにはめて隠し、太陽の船を動かした。
「さ、これで傷の手当はおしまい。すぐに良くなるじゃろ」
「これを持って行くと良い」
「わしらはもういらない」
「さようなら」
ドワーフたちが言うと、トレノの手のひらに三つの指輪が残った。
「もらっても困るのだが」
トレノが呟き、ラヴェルが視線を上げると、彼らはいつの間にか野原のど真ん中に立っていた。
ドワーフたちが住んでいた岩山と穴ぐらはどこにも見えない。
振り返れば、山の手前に天空船が浮かんで待っている。
「で、どうするんだ、その指輪」
ホリンに問われ、トレノは考え込んだ。
姿が消えるのは便利かもしれないがはめている間は死霊と同じでは厄のほうが大きい。しかもはめたら自分では外せない。
しかも大地の毒、呪いの黄金でできている。使えば使うほど蝕まれていくだろう。
「じゃぁ溶かしちゃえば?」
ラヴェルはそう言ったものの、呪いの黄金を無効化させる方法など知るはずもない。
「ターセルさんは何かわかる?」
尋ねるとターセルは口を開いた。
「愚か者の金と呼ばれる金属と混ぜてしまえばいいんじゃないかね」
「愚か者の金?」
「そうそう。普通の金とは違ってね。その鉱石がある鉱脈なら知っているよ」
ターセルが知っている鉱脈というのだから、恐らく地底世界だろう。
手前まで天空船に乗せてもらうと、灰色に包まれたニブルヘイムへたどり着く。
「ここから先は歩きだな」
暴風の吹きすさぶギンヌンガの深い切れ目を船は天空へと舞い上がって行った。
それを見送ると、一行はより深みから地底世界へもぐりこむ。
再びのニダヴェリルはやはり赤い溶岩と茶色い大地だけが広がる異世界だった。
「こっちこっち」
時間の経過がわからないが数日掛けてある山へたどり着く。
「これがその鉱脈。あ、あったあった、この光るのが愚か者の金だよ」
その正体を見抜いたのはトレノだった。
「こいつはパイライトという金属だ」
それは地上の鉱山でも時折見かける金属だった。
硫黄と鉄が合わさった金属で、不思議な金色に光り、水晶とぶつけ合うと火花を散らすという。
人間は金と間違えて喜んで掘り出し、金ではないとわかってがっかりする。火打石としては便利だが、さほど値打ちがするものではなかった。
本物の金ではないだけでなく、他の金属を黒ずませて輝きを損なわせる性質があるためだ。
「じゃぁ溶かそう」
「どうやって?」
「かんたんだよ」
そういうと、ターセルは愚か者の金の塊を掘り出した。
近くの火口に指輪と愚か者の金を一緒に投げ込む。
それは天然の溶鉱炉のようなものだった。
愚か者の金が呪いの黄金と混じり合い、忌まわしい力を打ち消していく。
指輪は溶岩の熱に青い光を上げ、やがて光りを失い、溶けて形を失った。
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ドワーフの案内なしに地上まで洞窟を上がっていくのは想像以上に骨が折れた。
暗闇に目が慣れ、地上で目を開けられない。
「ああ、鉱山モグラになった気分」
ようやく地上の明るさと空気に慣れると、坑道を後にしてモラヴァの城へ戻る。
「おお、お館様、おかえりなさいませ。よくぞご無事で」
ブルノの都では、騎士や兵士、従者たちがトレノをずっと探し回っていたらしい。
周辺の村や森、鉱山まで調べたとのことで、かなり広範囲に調べ周ったようである。
城主の帰参に、ひとまず城の者たちは安堵した様子だった。
「しばらくゆっくりさせてもらおうぜ」
「好きにするといい」
ファーガスの提案にトレノはうなずき、どこかへ出て行った。やるべき仕事が山積みになってしまっているのだろう。
「落ち着かねぇな」
「そうか?」
荒くれの集まる無骨な砦とは違い、洗練された騎士貴族の城はホリンにとって居心地はあまり良くないらしい。
「アルスターの城だってこんなもんだぜ?」
一方であちこちを遍歴しているファーガスは適応力が高いようで、早速酒と食い物を調達してくると部屋で楽しんでいる。
トレノに言いつけられ、ラヴェルたち一行の世話をあれこれと焼く侍従長に、レヴィンは尋ねてみた。
「公爵のチェンジリング、取り替え子を覚えているか?」
「公爵の、ですか?」
怪訝そうに老爺は顔を上げた。
「それは、お館様が取り替え子だったということでしょうか」
「どうやらそうらしい」
「はて……」
侍従長は何か思い出すように考え込んだ。
「断言は致しかねますが、もしかすると……」
トレノが産まれた時、それはもうお祭り騒ぎだったという。
シレジア国内でも広大な領地と強い権力を保持するモラヴァの公爵に跡取り息子が産まれたのだから、そんな騒ぎになってもおかしくはない。
珠のように美しい男の子ということで、皆に祝福されていた。
「産まれてから数日は、泣き喚くことも少なく物静かで、非常に聡明そうなお顔立ちをしておりました」
トレノは元気だったが、母親は産後の容態が悪く、しばらくしてから亡くなった。
その直後から、赤子がかんしゃくを起こすようになったという。
「産まれてすぐとはいえ、やはり母親が亡くなったというのは赤子ながらに感じていたのだろうと当時は思っておりました」
あれほど静かだった赤子が、酷い夜泣きや物の投げつけで乳母が手を焼いていたという。
産まれてしばらくは順調に成長しているように見えていたが、やがて立つのも言葉をしゃべるのも遅いことが表面化し始め、育つにつれて噛みついたり叫んだり酷くなったという。
「珠のように美しかったのが、目つきもおかしく、成長につれて容姿が醜くなって参りました。これは何か病気かもしれないということで、様々な薬を試しましたが何も効きませんでした」
とうとう、先代の領主である父親は、こんなのは自分の子供ではないと言ってどこかへ捨てに行ったという。
「ところがそのまま行方不明になられてしまいました」
父親は四年ほど経って、盲目になって返ってきた。
一方で、父親に捨てられたはずのトレノは別邸の長持ちの中でスヤスヤ寝ているところを見つかった。
「先代の公爵様はわけのわからないうわごと、まるで人間の言葉ではなさそうな聞き取れない何かをずっと呟いていらっしゃいましたが、それからほどなくしてお亡くなりになりました」
城に戻されたトレノのほうは、あれほどの酷い癇癪も全くなく、容姿も見違えるほどであったという。
「もしや、あの珠のように美しかった赤子がお館様で、醜い赤子は妖精の子供だったのでしょうか」
「だろうな」
侍従長はトレノ自身から子供のころの記憶を聞いたことはない。
ただ、一度だけ、あの目元に薬を良く塗っていた乳母らしき女性は誰だったのかと聞かれたことがあるが、侍従長にはそのような女性に心当たりはなかった。
「そいつが妖精の乳母なんだろうな」
「だいたい、妖精の乳母自身も連れ去られた人間のことが多いぜ」
「そういうものらしいな」
父親がどうやって妖精の子供を捨ててトレノを取り戻してきたのかはわからないが、トレノは産まれて数年間は妖精郷のどこかで育ったのだろう。
父親は盲目にされ、更に残念ながら亡くなってしまったようだが、たった一人で我が子を地底の妖精から取り戻してきたというなら、相当な強者である。
「やぁ、様子はどうですかね?」
しばらくすると、モラヴァ周辺に住んでいる地上のドワーフとノッカーたちが訪ねてきた。
彼らにもかなり世話になったが、彼らは他の人間たちに濡れ衣を着せられて散々だったようだ。
「まぁわしらは細かいことは気にしないけどね」
「地底の旦那はもういらっしゃらないんですかい? 一緒に酒を飲みたかったのに」
「ああ、見知らぬ地底の話をもっと聞きたかったなぁ」
みれば、ドワーフたちは酒樽を山積みに持ってきていた。
城主の無事を記念して、という口実で酒盛りをしたかったのだろう。
地上のドワーフたちとの付き合い方はトレノも心得ていた。
別の侍従に呼ばれて行けば、大広間は宴会場としてしつらえられている。
「おお、こいつはいいや!」
ドワーフたちが歓声を上げる。
酒、肉、色々な煮込み、干し果実や木の実、様々なパン、甘味。
普段はすました顔の給仕がテーブルに運んでくるそれらが、見た目など構わず山に積まれている。
これがドワーフたちの宴会だ。
ひたすら飲む者、食う者、笑う者、酒樽を太鼓のように叩いてご機嫌な者、踊る者。
「まったく、賑やかだな」
「皆様こちらへ」
広間の一角に食卓を用意されると、ホリンはドワーフ顔負けの喰いっぷりで食物を胃袋に押し込み始めた。
「よく食う奴だな」
「そんなに詰め込んで、喉につっかえないのかな」
半ば呆れつつも、ラヴェルはパンに手を伸ばす。
久しぶりの、口に身に慣れた食事である。
ドワーフたちの溶鉱炉の火に焼けて赤い肌が、酒のためかますます赤い。
「ああ、良い酒だ」
ファーガスはワインが気に入ったらしい。
ケルティアは穀物エールやウィスキーが主流であるから、果実酒のワインはあまり飲まれない。
焼いたキノコにハーブとスパイスを利かせ、チーズをのせて口に運ぶ。
山羊のロースト、川魚のグリル、木の芽の入ったグラタン、ブドウやベリーのたっぷり入ったパンに蜂蜜、様々な果実。
モラヴァは山の幸の豊かな所だ。
ドワーフの酔っ払いの笑い声、靴音に調子っぱずれの歌声に手拍子。
「ほら、詩人さんも歌って歌って!」
「えっ!?」
蜂蜜酒にほろ酔い加減だったラヴェルは手に竪琴を握らされた。
レヴィンは知らん顔をしている。
恐らくドワーフから見て彼は詩人に見えないのだろう。
「え、ちょっと……」
何度か視線で助けを求めたが、相方は完全に他人のふりを決め込んでいる。
仕方ない、覚悟を決めるとラヴェルは竪琴を弾き、即席で今回の旅を詩に歌い始めた。
……結局ラヴェルは喉が枯れるまで歌わされ、ドワーフたちの間で『歌はうまいが竪琴はヘタな吟遊詩人』として名を馳せることになった。
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