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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

24周年記念:『太陽の船』(第7話)


 ケルティアの海へ潜っていく。
 伝説ではこの海の下にはドヌの家といわれる冥界のような場所や、マグ・メルと呼ばれる異世界があるという。
 そもそも波の下へ潜るとは死者の世界へ赴くことのたとえですらある。
 人魚、魚、海生動物、海の精達。
 陽光に青く透けた水の世界が、やがて深みに達すると暗闇へと変貌を遂げる。
(おかしいな、思ったより冷たくない)
 凍るほどに冷たいはずの深海は、不自然に暖かかった。
(……あいつか)
 視線の先に何かがうっすら赤く光っている。
 海底に沈んでいるのは、太陽の船の残骸と思しき溶岩の瓦礫だった。
 これだけの海水にさらされれば冷えて黒く固まっていそうなものだが、なぜか赤みを残して光っている。
 これが周辺の海水を温めているのだろう。
 その乏しい光りを受けてキラキラ光っているのは、船底に使われていたアダマントの破片だろう。
(いくつか拾っておくか)
 アダマントは貴重な金属であり、拾えるのであれば拾っておいて悪くはないだろう。
 やがて大量の熱水を発している小山を発見する。
 海底火山に見えなくもないが、おそらくこれが太陽の船の心臓部と思われる。
(ほう?)
 海底にあってすらなお赤く煮えたぎる溶岩の中に、炎のように輝いている指輪を発見した。
 周囲を凍らせて冷やし、指輪を取り出す。
 指輪は冷やされるとごくありふれた金色の指輪に姿を変えた。
(こいつは大地の呪われた黄金だな)
 大地の呪われた黄金……太古の昔、地底世界のドゥエルガル族が神と争った際に、様々な武具や宝飾品に仕込んだという、いわくつきの黄金である。
 あいにくセラフ族であるレヴィンの精神には一切干渉がない。
 指輪を懐にしまい込むと、レヴィンは海上へ上がった。
 波間から見上げると、少し北東へ流されていたが、これくらいの距離ならすぐ戻れる。
 皆が待つ船室へ戻ると、深呼吸と共に身体に戻り、目を覚ました。


「お疲れさん。指輪は?」
「これだろう?」
 ドワーフに尋ねると、彼らは黙ってうなずいた。
 気付けばラヴェルの頭にシャムロックの葉が乗っていた。
「なるほど」
 ケルティアでは、シャムロックを頭に乗せると妖精が見えるという。
 どうやらラヴェルはこれでトレノの姿を透かし見ているようだ。
「で、どうすればいいんだ?」
 レヴィンに問われ、ドワーフたちは喚きたてた。
「まずは炎の指輪」
「火をおこそう」
「炎の指輪は火に当てて活動させるんだ」
「わしら同族でないとできないよ」
 ファーガスはドワーフから指輪を受け取るとターセルに任せた。
「どれどれ……」
 ターセルは指輪を船室の暖炉で火にくべた。
 黄金色の指輪が炎に包まれると青い光を放つ。
「ああ、これは炎……ムスペルの呪いだ」
 地底に伝わる大昔の伝説を嗅ぎ付け、ターセルは魔法を組み上げた。
「炎の剣を掲げ 昏き森を越えてムスペルの子らがやってくる それは運命を定める時」
 トレノを確保した状態で炎の指輪を掲げると、全員にトレノの姿が見えるようになった。
 炎の指輪に照らされて、波の指輪に文字が浮かぶ。


 九人の乙女は繋ぎ止める。暗く沈める波の下に


「ああ、また厄介な……なんで神々の呪いを」
 そう呟くと、ターセルはまた唱えた。
「母ラーンの網は裂けたり 娘たちよ、波の底より解き放て」
 魔法は使えるものの、ターセルは専門の魔導士ではない。
 ドゥエルガル族の持つ本能頼みで解呪を試みる。
「わし、魔導士ではないんだがなぁ……」
 肩で息をしているところを見ると、かなり消耗しているようである。
 戒めが緩んだところで、最後に船の指輪で波の指輪の効力を停止させる。
「船の指輪ね……船、船……うーん、ニヨルドかなぁ……」
 首を傾げ、力の源を推定すると、ターセルはこれで最後とばかりありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「ニヨルド、汝、海を、風を、船を制するもの 故に九つの波を越え行かん」
 九つの波を越えるとは、ケルティアやティルナノグにおいてはあの世へ行くことを意味する。
 だが、それだけではない。
 このミドガルドを含めた全世界は九つで構成されているという。
 一つの波は一つの世界。
 九つ全て超えた先には何があるのだろうか。
 全てを超越したかのように、トレノの指から波の指輪が外れた。




「おお」
 歓声を自分で上げ、ターセルはその場に突っ伏した。
 頑強なドワーフ族ではあるが、力を使い果たしたらしい。
「どうだ?」
「やれやれ……」
 ようやく元に戻ったトレノは自分の身体の状態を確かめているようだった。
 ラヴェルが見た限り、大きなけがはしていなそうだが、擦り傷や切り傷、痣など、細かな傷がたくさんついている。
 ようやく生者に戻ったことで、手当てはできそうだ。
「この傷はどうして?」
「かなりの揺れでな……石壁のようなものと擦れた」
「うわ、痛そう……」
 トレノが捕まっていたのはメノウの洞結晶の中だった。
 細かな水晶のような結晶がぎっしりと壁面を覆っている。
「ああ、これは痛いね……血もついてる」
 手当てが効くようになったとはいえ、あいにくクレイルもマリアもいない。
 施療師の使う白魔法は誰も心得ていなかった。
 唯一、ラヴェルが効果の乏しい回復魔法をかけられるが気やすめだろう。
 何もしないよりはマシ、擦り傷くらいは何とかなるだろうということでラヴェルが回復役をすることになったが、ファーガスはトレノの眼がまだ見えていないことに気づいた。
「そうか、こいつは別問題だったな」
 それは指輪の呪いではなく、妖精の薬によるものだ。
「ちょっと薬草を探してくるから待っていてくれ」
「はーい」
 ラヴェルはファーガスを送り出すと手拭いを絞ってトレノの腫れた肌にあてた。
 レヴィンやターセルはベッドに潜り込んで休んでいる。
 かなり消耗したらしい。
 ドワーフは縛り上げてホリンが見張っている。
 それらを船に残し、ファーガスは陸地に上がった。


「さて、と、どの草だったかな」
 爽やかな風が草原を抜ける中、ファーガスは腰を折って薬草を見定めていた。
 そこへ、黒い鴉がやってきた。
「ん? なんだ?」
 それは彼の相棒であった。
 何か伝えようとしている。
 何の用事か察するとファーガスはげんなりとため息をついた。
「このタイミングでか??」
 妖精の目薬を解くための軟膏には幾つかの薬草が必要だが、ここにあるだけでは足りないようだ。
 もう少し探さないといけないが、告げられた用事、いや、遣いをよこした相手を放置しておくとファーガスですら青ざめる事態になりかねない。
 深くため息をつくとファーガスは船に戻った。
「悪い、知人に呼び出された。すぐノックナリアに行かなければならない」
「ぶ!?」
 噴き出したのはホリンだった。
「ハァ!? よりによって!?」
 ノックナリアとは、ホリンの故郷であるコノートに古くから存在する塚だ。
 そう、当初ドワーフたちが猫過敏症のホリンに見切りをつけ、ファーガスに頼もうと向かった場所だ。
 コノートの人間は誰も近づきたがらない場所である。
 もちろん、頭目のホリンですら、である。
「歩いていくのか? 馬も何もいないぜ?」
 ホリンに問われ、ファーガスは肩をすくめた。
「仕方ないだろ」

 ぎしぎし?

 天空船の船長が会話に混じりこんでくる。
「何て言ってる?」
「それはどこだ、とさ」
 ベッドの中からレヴィンが通訳してくる。
「あー、ここからだと南、南南西くらいかね?」
 ファーガスがそう答えると、天空船は海から船体を浮上させた。
 南南西へ移動を始める。
「お、連れて行ってくれるのか」
 天空船の船長にとって見知らぬ世界だが、知的好奇心のほうが勝ったようだ。
 風のセラフである彼は常に旅人なのだろう。
 ティルナノグ、接するミドガルド、異界をまたぎ、どこからか地上のケルティアに出ると、森を越え、草原を越え、いつしかまたティルナノグを渡り、またミドガルドに戻り……やがてケルティアの最南端の地方へとたどり着く。
 そこはコノートと呼ばれる地方だった。
 赤茶けた大地が一面に広がっている。
「向こうだ」
 ファーガスが船を降りて向かう。
 ラヴェルたちもついていくと、しばらくして川を天空船が流れてきた。
「飛ばないの?」
 ラヴェルが声をかけると軋む音が答えた。
 どうやら水に浮かんでいるのが面白いらしい。
 船なのだからこれが本来の姿なのだろうが、人間でいえばちょっと水遊びで泳ぐ感覚なのだろうか。
 やがて丈の身近な草に覆われた先、巨大な塚が威容を現した。



 その巨大な塚は、コノートの古代の女王メイヴの墓であった。
 誰もが恐れる塚に、ファーガスはいつもの飄々とした様子で入って行った。
「よう、戻っ……」
「おのれえええええええええ!?」
「……は?」
 ファーガスがメイヴの石棺がある室に入った途端、何かが湧きたった。
 それは怒り狂ったアリルだった。
 あの女王メイヴの夫である。
「貴様ぁああああああ!! どのツラさげてここへーーーー!!」
「ウソだろ!?」
 部下の亡霊を引き連れ、怒り狂って槍を振り回すアリルに追い回され、さすがのファーガスが逃げ出した。
 塚の外にいたホリンだが、飛び出してきたファーガスと、それを追いかけてくるものにさしもの猛者も顔色を失う。
「おい!? ふざけ……」
 メイヴの夫がファーガスを目の敵にする理由はただ一つ。
 ファーガスがメイヴの愛人だからである。
「まさかアリルのやつ、起きてやがったとはな」
「不倫したお前が悪い、圧倒的に悪い!!」
「俺からは誘ってないぞ、惚れられちまったんだから仕方ないだろ?」
「「ふっざけんなーーーー!!」」
 アリルとホリンの雄たけび、悲鳴が重なった。
 アリルの軍勢が追いかけてくる。
 それは亡者、死霊と妖精の群れだ。
 すっかり巻き込まれたホリンと当事者のファーガスだったが、何とか森の中でアリルの軍勢を撒くと、赤枝の砦へ逃げ帰った。
 近くの池には天空船が浮かんでいる。
 これでは完全にただの船だ。
「お帰り。どうしたの?」
「えらい目に遭った」
 英雄らしくない疲労困憊といった姿で戻った二人をラヴェルは出迎えた。
 一足先に砦に戻って待っていたラヴェルは、すでに夕食にしていた。
「それっぽい薬草を摘んであるんだけど、使えそうかな?」
「ああ、助かる」
 ラヴェルが近くの森で摘んだ薬草を見定め、ファーガスは妖精の薬を作った。
 混ぜ合わせて軟膏にすると、トレノの眼の下に塗り付ける。
「どうだ?」
 トレノはしばらく目を片方ずつ閉じたり明けたり細めたりしていたが、やがて頷いた。
「ああ、見えるようになった。礼を言う」
「なら良かった」
 そう答え、ファーガスはまだトレノの顔を覗き込んだ。
「まだ何か影響があるな。こりゃ、他の薬もさされてるな」
「あ、そいういえばさ、ドワーフがチェンジリングの子供には目印の目薬を差してあるとか言ってなかったっけ?」
 硬いパンを噛みながらラヴェルが指摘すると、ファーガスは頭を掻いた。
「ああ、それか」
 薬草の組み合わせと量を変え、今度は水のような目薬を作るとトレノの眼にさした。
 何かの呪いのようなものが打ち消された様子が伺える。
「そうそう、こいつを返しておかないとな」
 モラヴァで拾った剣を返す。
「ああ、あと、ドワーフたちの話……チェンジリング、取り替え子に心当たりはないか?」
「取り替え子? エルフどもが行うという奴か?」
「そう、モラヴァ公、何か心当たりはないかね?」
「俺がか?」
 トレノは訝しそうに声を低めた。
 ターセルが縛り上げられている同族を嘆かわしそうに見やる。
 地下の同胞に促され、ドワーフたちは渋々口を割った。
「エ、エルフがキャスパルグを送りつけてきて、ワシらでは倒せないし、人間にも無理だっていうし、じゃぁどうしようってなったら」
「東の同胞が、しばらく前に地底の同胞が取り替え子したから、それをもらって、黒妖犬に捧げてキャスパルグを倒してもらえばいいって」
「東に行って、地底まで行って、古の地底の同胞に相談したら、ティルナノグの魔法を教えたら子供を連れてきてやるっていうから」
「ティルナノグで魔法の金属を製錬する方法を教えたよ」
「その間に連れてきてくれるって」
 結局、太陽の船に囚われていたのはトレノだけだったようだ。
 ということは、トレノが取り替え子本人であることは確定とみて良いだろう。
「俺がその取り替え子ということか」




 トレノには小さい頃から感じている違和感があった。
 モラヴァ公爵の一人息子である彼だったが、モラヴァの城で育ったわけではない。
 うろ覚えだが、そこは木造の小さな家で穴ぐらのような室内だった。
 子供の頃のおぼろげな記憶で思い違いだと思うことにしていた。
 城ではないとしても、せいぜい別邸かどこかだったのだろうと思っていた。
 不思議に感じていたことはいくつかあるが、何かにつけて乳母のような老婆が目元に薬を塗りつけてきたのが幼いながらに理解不能だった。
 なぜそんなことをされなければならないのか。
 それを塗られると見えなくなったり見えるようになったり、見え方が変化したのを覚えている。
「なるほどね」
 ファーガスはうなずいた。
「数年とはいえ妖精の食い物で育ったんだ、そういう気配になるわな」
 ファーガスがトレノに感じていた違和感の正体はこれだったようだ。
 ファーガスは、トレノがどこか妖精郷の騎士のような気配を持っていると感じていた。
 とはいえ、精霊語はわからないようだし、独特の霊感のようなものもないようだ。妖精界は身に合わなかったのだろう。
「それで……現状はどういった状況だ?」
 トレノは自分の状況しかわからない。
 目も見えず、暗い岩の中に押し込められていた間、周囲のドワーフたちが慌てふためいていたことしかわからなかった。
 今にして思えば、天空船で追われていて必死だったのだろうと想像する。
「現状ねぇ」
 ファーガスはちらっとドワーフたちを見やった。
 背の高い遍歴騎士に見降ろされ、小人達は縮こまっている。
「あの、だから、ええと、エルフの送りこんだキャスパルクに」
「追い立てられて、ワシら、困ってるんよ」
「黒妖犬に倒してもらおうというのも、もう無理だよねぇ……」
 ドワーフの口にレヴィンは呆れたように口をはさんだ。
「エルフとドワーフの戦い、いつまで続けるつもりだ?」
「ああ、古代からずっと対立してるからな。もはやそれが生きがいなのかもな」
 ファーガスが同意する。
「もう、こっちでさっさとその犬と猫を倒しちまおうぜ。手駒を失えばちったぁ大人しくなるだろ」
 その猫に酷い目に遭ったホリンだが、ファーガスとチンピラがいるならば何とかなると思っている節が伺える。
 それに、あの溶岩洞窟の竜よりはマシだろう。
「いや、さすがに黒妖犬の群れとキャスパルグを一緒は……」
 そういいつつ、ファーガスは何か思いついたようだ。
「そうだ、アリルのおっさんに倒させるってのはどうだ?」
「……お前ェ、性格悪いだろ?」
「何を言う、俺はいい男だぜ?」
「どの口がだよ」
 ホリンは呆れた。
 あのメイヴの夫、アリルの軍勢を挑発して黒妖犬とキャスパルグにぶつけようという寸法である。
「名だたる勇者どもの亡霊と、アリルの御本尊、妖精に妖魔に、地獄の軍勢とも呼ばれる連中だ。打撃力はなかなかだぜ」
 ついでにアリルがぶっ倒れてくれれば言うことなしなんだが、と付け加え、ファーガスはにやりと笑って見せた。


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