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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

24周年記念:『太陽の船』(第6話)


「うわ、スピードを上げたよ!」
 光りながら飛んでいく太陽の船が速度を上げた。
 距離が少し縮まった時によく観察すれば、それは確かに浮遊する島だった。
「アスガルドだってたくさんの島が浮いていたけど、こんな飛び方する島ってみたことないよね」
 太陽の船である島は全体が火山で覆われているようで、赤く燃え、泥や岩石をまき散らしながら飛んでいく。
 散った岩石が溶岩の海に降り注ぎ、激しく火花が散る。
 追っ手を振り切ろうというのか、輝く島は大きく旋回した。

 ギシ……ギシィ……

 ラヴェルの乗る天空船は太陽の船の旋回する先を見極め、最短距離を選択したようだ。
 溶岩の海に浮かぶ群島を小刻みに避けながら猛追する。
 速度を上げれば上げるほど、太陽の船は燃える泥をまき散らす。天空船は飛んでくるそれらを避けながら追っていく。
 追跡に入ってから、船の揺れは幾分マシになった。
 右に左に大きく揺れるのは相変わらずだが、少なくとも縦に大きく揺れることはなくなった。
 水を飲んで胃の不快さを何とかごまかし、太陽の船の行く先を注視する。
 二艘の船は溶岩の海から吹き上げる炎や溶けた岩、ガスを潜り抜けていく。
 レヴィンは船体が燃えないよう、ずっと水の魔法を制御している。
 気が抜けない。大地が赤く煮えたぎる上を飛んでいるのだ。
 気が緩んだら船は一気に燃え上がってしまうだろう。
 天空船は激しい蒸気と湯と化した飛沫をまき散らして飛んで行く。
 赤い溶岩の海の上を、黄金色に光りながら疾駆していく太陽の船、白い霧の尾を引きながら追いかける天空船。
 それらに刺激されたのか、赤黒い波の間から火竜や見たこともない炎の化け物が現れ、追いかけてくる。
 それを振り切り、船は溶岩の海の上を疾駆していく。
 追従する二艘の船。
 天空船を振り切るべく、太陽の船はさらに速度を上げた。
 地底の住人達から見たら、まるで流星のように見えるかもしれない。火山から炎と溶岩を噴き出しながら飛んでいく。
「どうやら小回りは効かないらしいな」
 輝く島を見つめながらファーガスが呟いた。
 太陽の船と言えど、その本体は浮遊する島。小回りは効かないらしい。
 一方の天空船は、最初から航行するための体をしている。さらに風のセラフが憑依しており、空気抵抗などないも等しい。
「しかしあちらさんは強引だな」
 見ていれば、太陽の船は、周囲の山などにぶつかり破壊しながら強引に飛んでいく。
 そのたびに島も外周から崩壊していくが、お構いなしだ。
 一方の天空船は巧みに避けて追い続ける。
 プロミネンスやフレアのように吹き上がる溶岩の潮を潜り抜け、天空船が距離を詰める。
「おい、来るぜ!」
「動きやがったな!」
 太陽の船から炎の犬が放たれた。
 ファーガスとホリンが迎え撃つ。
 冷気を制御しているレヴィンは動くわけにいかず、彼に近づいた炎の犬はターセルが鈍器で殴った。
 はて、先ほどまでターセルは斧を手に持っていたはずだが。
 不思議に思ったラヴェルがターセルに声をかけようとすると、ターセルのほうから言葉を発してきた。
「そんな細い剣では熱に負けてしまうよ」
「えっと……」
 ラヴェルは差し出されたものをつい反射的に受け取り、手に握ったものを確かめると呻いた。
 たしかに、細身のレイピアよりは頑丈なのだろう。
 それはなぜか船内にあったフライパンだった。
 熱に絶対負けない武器……で、あるらしい。
 開き直ると、ラヴェルはフライパンで炎の犬を殴りつけた。


 ごん! ばん! がん!


 微妙な剣戟音が鳴り響く。
 炎の犬や獣、鳥といった怪物の襲撃は第三陣まで続き、それらを倒すと攻撃は一旦止んだ。
 逃げる方に専念したらしい。
「あ? そういや」
 何かを思い出したようにホリンはファーガスに振り向いた。
「お前ェの剣って、山の頂を切り落としたっていういわくつきの剣じゃなかったか?」
「うん?」
 遍歴騎士は何か察したようだった。
 太陽の剣に劣らず黄金色に光り輝く刀身を、ファーガスは太陽の船めがけて大きく振った。
 稲妻がほとばしる。
「ま、こんなもんかね」
「お見事」
 それは太陽の船……浮遊島の底部、浮力の源になっているアダマントがあると思われる辺りを破壊した。
 激しい火花が散り、太陽の船が大きく揺れたのが見えた。
 高度が落ち、周辺の山や土手を削りながらもなお前に進んでいく。
「諦めの悪い島だな」
 果たして追いつけるのだろうか。



 ドワーフのせわしない足音、喚き声、雄たけびに悲鳴。
 トレノは周辺のドワーフらしき気配がかなり焦っているのを感じ取っていた。理解できない悲鳴や喚き声が飛び交っている。
 やがて気配が近づき、喚きながらトレノを掴んで狭い空間に押し込んでくる。
「おい、どういう状況だ?」
 返事はなく、そのまま閉じ込められる。
 箱に突っ込まれたのかと思ったが箱ではないようだ。
 まるで岩肌のようで、ごつごつしているせいで揺れる度に体にあたって痛い。
 その狭い場所は完全に独立した空間のようで、灼熱感はかなり和らいだ。周囲の音も聞こえなくなる。
(ああそうだ、こいつが何か悪さを……?)
 捕まった時に指にはめられた指輪を何とか外そうとするが、肌に吸い付くように全く動かない。手は縛られているので指の力だけで外すのは難しいようだ。
「…………!」
 周囲ががくっとと大きく揺れた。
 崖を数段、落下するような揺れ方だ。
 さすがにかなりまずい状況なのだろうとは思うが、周囲の状況を探れない。
 どうしたものか。




 天空船は、船体を右に左に振って太陽の船を追い立てている。
 先を行く太陽の船は焦っている様子が伺えた。
 全身の火山から溶岩を吐き出し、もはや燃える島となっている。
 追い立てる天空船の甲板から、ファーガスは煌めきの剣の放つ稲妻で、ホリンも魔の槍の放つ闘気の矢じりで太陽の船に攻撃を加えている。
 狙いは島の底の辺り、何らかの浮力を生み出していると思われる部分だ。
 太陽の船は半ば崩壊しつつも西へ西へ向かっている。
 やがて急峻な斜面に船底をこすりながら一気に駆け上った。
 天空船も間髪入れずに上昇、後を追う。
「うわ」
 一気に視界が開けた。
「うう、眩しい」
 思わずターセルは目をつぶった。
「ティルナノグへ抜けたようだな」
 太陽の船は針路を北に取った。
 天空船も追う。
「これが伝説の妖精界……アールヴヘイムなのか」
 闇、つまり光の届かぬ地底の妖精界をニダヴェリル、光、つまり太陽や月星の光りに照らされる妖精界をアールヴヘイムというらしい。
 あちこちの世界と接しているアールブヘイムは、その土地その土地で様々な呼ばれ方をしている。
 中津国の西方ケルティアで接している辺りはティルナノグ、一部の者たちからはアヴァロンとも呼ばれていた。
「ああ、わしが光りの国へたどり着くなんて」
 ターセルは呆然と周囲を見渡している。
 地下の妖精族ドゥエルガル、つまりドワーフであるターセルですら、ティルナノグは初めてであるようだ。
 伝説に聴く妖精の国は、地下のドワーフにとってもおとぎ話の世界であったらしい。
 目まぐるしく風景が変わる中、船はやがて海上へ出た。
 太陽の船の熱に湯気が上がる。
「……ふう」
 珍しくため息などつきながら、レヴィンはようやく水の制御を解いた。
「さすがに疲れた」
 息を整える。
 天空船の船長も相当疲れているだろうが、速度を落とす気配はない。
 船の下は陸地になったり水になったり、変化が目まぐるしい。湖水地方になったり森になったり、突然夜になったと思ったら明け、海かと思えば草原になる。
「あ、ダメだ、目が疲れる」
 風景の変遷があまりにも早く、ラヴェルは目を閉じた。強く瞑ると疲労で硬くこわばった瞼が痛い。
 太陽の船は木々を薙ぎ倒しながら進んでいく。
 やがて雲か霧かかわからない白い塊に突っ込み、まき散らして突き抜ける。
「向こうはかなり崩壊が進んでいるな」
 太陽の船は浮遊する力がかなり低下したようで、島の底部を大地に擦過しながら進んでいく。
 そのためだろう、船の軌跡から赤い溶岩が火花となって散っている。
 周辺から妖精たちが逃げているのが見える。
 あまり島に近づくと島の噴火の巻き添えになる。
 船長の判断なのだろう、天空船は適度な距離を保って追いかけている。

 ギシギシ?

「さてどうするか」
「いつまでも追いかけっこをしているわけにもいかないな」
 向こうの船、いや、島にはトレノがいる可能性が高い。もっとも、無事かどうかは甚だ疑わしいが。
「救出するといってもまず向こうの船を止めて乗り込まなきゃならないぞ」
「止まるかぁ? あれ」
 島本体を崩壊させまで逃げているのだから、止まる気はないだろう。
「そもそも逃げてるわけじゃなくて、目的地へ急いでるのかもしれんよ?」
「まぁ確かにな」
 島を止める手立てはない。
 島を浮かせる力の源と思しき底部を破壊したのにこの速度で前進し続けているのだから、動力は他にあるはずだ。
「それも島の中だろうよ」
「面倒臭ぇ、島ごと破壊しちまったらどうだ」
「俺は異存はない」
「ちょ……それはさすがに……ええと」
 いくらなんでもそれはと思ったラヴェルはレヴィンを止めようとしたものの、ファーガスが頷いて見せる。
「そうだな、あの公爵、結構頑丈そうだったぜ。多少破壊しても大丈夫だろ」
「えええええ!? でも人間だよ!?」
 ターセルが泡を吹きそうな勢いでおろおろしている。
 頑丈なドワーフならともかく、人間が生身で破壊に耐えられるとは思えない。
 そもそも、捕まっている人間がトレノだけとは限らない。
「さすがにまずいでしょ」
「うんうん、もうちょっと穏便に……ねぇ?」
 なんとかその場を穏便に済まそうとするラヴェルとターセルだが、レヴィンにホリンにファーガスと揃っている。止めようという方が無理だ。
「そうと決まれば一気にやっちまおうぜ」
 ホリンが魔の槍に闘気を込めた。




「えええええ!? 本気!?」
 レヴィンが何かの詠唱に入る横でファーガスが剣を振りかざした。
「稲妻よ!」
 凄まじい雷光がほとばしるのと同時、レヴィンの放った魔法とホリンの放った矢じりの嵐が太陽の船を直撃する。
 手加減というものを知らぬ人間が集まるとこういうことになる。
「あああああ」
 太陽の船、島の底、アダマント部分を完全に破壊すると島が海面に叩きつけられた。火と蒸気を吹きながら崩壊して海に沈んでいく。

 ギッシギシ

 もくもくと上がる蒸気を眼前に、天空船は海上に船体を降ろした。
 さすがに熱かったらしい。
 船体を冷やしている。
 もっとも、天空船という正体を知らない存在から見れば、海に浮かぶ様子は普通の船だろう。
「やれやれ……」
 ファーガス以外が甲板に腰を下ろした。一息つく。
「た、助けてーー!」
 波と風の音に混じり、微かに聞こえたのは助けを乞うような悲鳴だった。
 よく見ると、海面にドワーフたちが溺れている。
 太陽の船に乗っていたドワーフらしい。
「連中がすべて知っているはずだ。回収するぞ」
 甲板から縄や板を投げ、溺れかけていたドワーフたちを回収したが、肝心のトレノの姿は見当たらない。
 出身は違うものの同族であるターセルを通訳に問い詰めようとしたもののそれぞれ訛りがかけ離れていてうまく言葉が通じない。
 どうやら島に乗っていたのは、ティルナノグのドワーフたちであるらしかった。
 ケルティア出身のファーガス、レヴィンも交えて何とか会話を試みる。
「お前らがモラヴァの城で連れ去った人間の男はどうした?」
「わ、わしらが連れ去ったのではないよ、連れ去ったのは地底の同胞で」
「頼んだのはワシらだけど」
「あ、あいつは重要だから、に、逃げられないように目が見えなくなる薬を塗った」
「ちっ、お決まりの手を使いやがって」
 目に薬を塗るのはティルナノグの妖精族の常套手段で、エルフやフェアリーだけでなくドワーフもこの手を使うようである。
「それで? それでどこにいる」
「それで、ええと」
 怯えたようにドワーフは縮こまった。
「取り返されても困るから、姿が見えなくなる指輪をはめて、岩に閉じ込めた」
「そしたら岩ごと沈んでったよ」
「おいおいおい」
 ファーガスが組んでいた腕をほどいた。
「さすがにまずくないか?」
 どうやらトレノは海の底に沈んでしまったらしい。
「沈んだぁ!? どうやって回収しろってんだ?」
 ホリンが片眉を吊り上げる。

 ギシギシ?

 天空船の船長が会話に混ざってきたのはその時だった。
「何て言ってる?」
 レヴィンに尋ねると、彼は首をすくめた。
「俺に、海底に行けないのかと聞いている」
「水のセラだからってこと?」
 ラヴェルが尋ねると、レヴィンはどこか投げやりに答えた。
「そういうことなんだろうが、あいにく今は人間の身体だからな、海底まで潜るのは無理だ」
「うーん、じゃぁどうする?」
「まぁ待て」
 そういうと、レヴィンは竪琴を抱えた。
 音が鳴り響くと、何かが波間に寄って来た。
「人魚? じゃないな、人獣??」
 それは上半身は人間の女性、下半身はアザラシという生物だった。
「セルキーか」
 感心したようにファーガスがその正体を見破った。
 集まって来たセルキーにレヴィンは声をかけた。
「海底に沈んだ岩を探してくれないか?」
 頼まれごとを察したようで、セルキーはすぐ波の下へ潜っていった。
 しばらく待っていると、やがて近くの浜へ大きな岩を揚げて去って行く。
 浅瀬で船から降りると、ラヴェルたちは浜に揚げられた岩に近づいた。
 玉髄とはよく言ったものだ。脳のような外見の玉石である。
「割れるか?」
「うん、任せて」
 気合を込めるとターセルは斧を振り下ろした。
 綺麗に真っ二つに割れる。
「あれ?」
「空っぽじゃねぇか」
 岩の中は空洞だった。
 だが、ファーガスは注意深く中を見つめていた。
「いや、いる。気配がある」
「うん、いるみたいだよ」
「何?」
「見えないのか?」
 ファーガスとターセルにはうっすらと中身が見えているようだったが、レヴィンには見えないようだった。
 妖精や魔法に詳しく、精霊魔法を駆使するレヴィンに見えないというのはかなり謎である。
 もちろんラヴェルやホリンにも何も見えない。
 恐らくレヴィンも彼ではなくバロールの魔眼であればトレノの姿を見て取れるのだろうが、それをしたら魔眼をトレノに向ける事態になってしまう。
 それは避けなければならないだろう。
「これはどういうことだ?」
 ファーガスが問い詰めると、ドワーフたちは後ずさりしながら答えた。





「あ、いや、さっきもいったけど、取り返されると困るから、姿を隠す魔法の指輪をはめてあるんだ」
「姿を隠す指輪?」
「そう、波の指輪。地底の同胞たちから譲り受けた」
「魔法の金属精錬のお礼にくれたよ」
 ドワーフの答えにレヴィンとファーガス、そしてターセルはお互いに視線で探り合った。
 三人ともその指輪に心当たりはないようだ。
「で、その波の指輪ってのは何なんだ?」
 ファーガスに問われ、ドワーフはさすがにこれ以上の抵抗は無理と思ったのだろう、素直に説明を始めた。
「波の指輪っていうのは、波の下に隠す指輪だよ」
「波の下……死者の国ってことか」
 波の下という言い回しは、ケルティアやティルナノグでは死者の国をさす。
 つまり、死者の国に隠す指輪、ということになる。
「そう、だから、その指輪をはめている間は死霊と同じ。なので、それ以上死んだり傷ついたりはしない」
 ドワーフたちが口々に喚く。
「水に沈んでも平気」
「死者と同じだから、それ以上回復もしない。だから手当もできない」
「何も効果がない」
 面倒そうにファーガスはため息をついた。
「そこそこケガしてるぜ」
 どうやらトレノはかなり傷を負っているようだ。
「どういう状態になっている?」
「どうっていってもな」
 ファーガスは困ったように頭を描いた。
「何かこちらに言葉をかけている様子もあるんだが、会話が通じないんだよ。口元が動いてるのはわかるんだが、声が聞こえない」
「聞こえない?」
 ドワーフが口をはさむ。
「死人に口なし!」
「生きてるけどしゃべれない」
 全くもって厄介な状況だというのだけはラヴェルにもわかった。ホリンにいたっては理解するのを諦めたらしく、居眠りを始めている。
「じゃぁ、その指輪を外したらどうかな?」
 ラヴェルの問いかけに、ドワーフたちは首を横に振った。
「波の指輪は、三つの指輪の一つ。他の指輪で力を制御しないと外れないよ」
「うっわ、よりいっそう厄介!」
 ドワーフの説明によれば、波の指輪に隠された姿を見るには、炎の指輪で照らし出して見る必要があるらしい。その波の指輪と炎の指輪を制御するために船の指輪というものも必要になるという。
「炎の指輪は、太陽の船の動力源にも使っていたんだ。船の指輪は偉大な制御の力があって、船の制御に使っていたよ」
 あの島を動かすために、力を持つ不思議な指輪を使っていたということか。
「ん? てことは、指輪も海に沈んでるんじゃ?」
 ファーガスの指摘に、レヴィンは再び竪琴を奏で、セルキーに指輪探しを頼み込んだ。
 彼女たちが戻るまでの間、ひとまずトレノを縛っている鎖をドワーフに解かせた。
 これで手は動くだろう。
「うっわ、冷たい」
 トレノに触れると死人のごとく冷たいが、反応があることから意識はあると判断する。
 やがて浜にセルキーが這い上がってきた。
 不思議な言葉を話すが、これはファーガスが聞き取ることができた。
「一つしか見つからないそうだ」
 ファーガスが受け取った指輪をドワーフたちが覗き込む。
「これは船の指輪だ。航海の守護、船の制御の指輪」
 船の指輪は見つかったが炎の指輪が見つからない。

 ギシギシ?

「そうは言われてもな」
 天空船の言葉に、レヴィンはため息を吐いた。
「何て言っている?」
「俺が行くのが一番良いとさ」
 元々水のセラフであるレヴィンが行くのが一番良いのは彼自身もわかっている。
 しかし、人間に転生している今はそんなに深く長時間潜ることはできない。

 ギッシギシ

「手伝う? 何を?」
 レヴィンが訝しがっていると、船の中から毛玉がモフモフと現れた。
 そのままレヴィンの周りを這って回る。
 腰を下ろしてモフモフに触れ、レヴィンは船長の意図を介したようだった。
「どうやら精神体を開放しろということらしい」
「できるのか? そんなこと」
 さすがにどうかといったような雰囲気でファーガスが言葉をかけるが、レヴィンは肩をすくめた。
「やってみないとわからない」
 レヴィン自身、今まで精神体を開放したことがないわけではないが、自分の意志ではかなりの一か八か、大抵の場合は外的要因で無意識に分離していたことのほうが多い。
 それでもレヴィンは胸に手を当てると、不思議な輝きのオーブを取り出した。
「ほう……」
 感心するようにファーガスとターセルがため息を漏らした。
 大半が欠けたヒビだらけのオーブ。
 美しいオーブはセラフの本体だ。
 レヴィンは天空船の船室に入り込むと、炭に腰を下ろして念じた。
 ラヴェルも息を殺して見守っていると、船長のモフモフが何やらレヴィンに干渉している様子だった。
 やがて、すっと眠るようにレヴィンの体が崩れ落ちたが、同時に白い翼をもった何かの姿が現れる。
「お……おぅ……」
 ターセルが呆然としている。
 それは本来の、セラとしての姿のレヴィンだ。
 残した身体を見張っていろというのだろう、ラヴェルに目配せをするとレヴィンはそのまま海へ飛び込んだ。
 船の軋む音が、ラヴェルには気をつけて行ってらっしゃいというように聞こえた。



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