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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜
25周年記念:『道開かば』(第1話)
木立に囲まれた丘の上にこじんまりとした城がある。一国の王城と考えればとても小さいが、それは確かに森と湖の国シレジアの王城である。
いつもは常に木材の香りが漂う城内に、あふれんばかりの薔薇の香りがむせ返っている。
「うむ、これぞ精緻の極み。さすがは森の王国、このシベリウス、いたく感動!!」
重厚な樫の扉に施された彫刻を眺め一人感動しているのは、来城していたヴァレリア帝国皇太子、比類なく高貴なる変人、もとい、白百合との誉れ高いシベリウスであった。
「で、なんでアレが今ここにいるかわかる?」
「えっと……」
中庭を挟んだ向かい側の建物から窓越しに視線を投げかけているのは、シレジア王女のマリアだった。
マリアの前には神妙な顔をしたベルナール男爵とその息子ラウディ、居候養子のラヴェルが首を並べている。
「ねぇ、男爵?」
マリアに返答を促され、ベルナール男爵は呻くように声を絞り出した。
「皇太子のご来城は来月の初旬と承っておりましたが」
「そうね。それが、もう辿り着いちゃったわけ。そのわけがわかるかどうか聞いているの」
「……存じ上げません」
男爵がうなだれるとマリアはため息をついた。
「でしょうね。私も今朝初めて聞いたもの。さて、どうしましょうか」
帝国皇太子はマリアに会うために頻繁にシレジア王国にやってくるが、帝国とシレジアの間にはかなりの規模の山塊があり、さらにシレジア王国の南側は大陸最大の大山脈が聳えている。
そのため、大陸を西のディアスポラまで迂回しなければならない。
旅にかかる日数を考えれば、皇太子が帝国にいる時間は年間を通じて恐らくほんの僅かであるはずだ。
シレジアに滞在できる時間もまたしかりである。
恐縮している養父とうんざりしているような義弟を横に、ラヴェルもまた精神力をもぎ取られていた。
「あああ、なんで皇太子はそんなに早く辿り着いちゃったんだろう」
「だから、そこよ、その対策を取りたいのよ」
マリアはそういうと手描きの地図を広げた。
「あなたたちの住んでるシュレジエン、このシレジアの東の端ね。山塊を挟んでその向こうは帝国領。でもこの山は高度が低い割には気候が厳しく、山越えは不可能といわれていた」
「そうですよね」
その山塊は一見するとなだらかそうに見えるが、年間を通じて気温が極度に低い。
山塊の北東の永久凍土、フリースランドからの戻り風が原因といわれているが定かではないようだ。
「帝国は、この山塊を通り抜けるルートをとうとう開拓したらしいのよ」
「ええっ!?」
「なんですと」
愛の暴走だろうか。
未来の妃、今はまだ幼い姫に一刻も早く会うためだけに、シベリウスはこの東の山脈を踏破したというのか。
親が勝手に決めたいいなずけだが、シベリウスはマリアにベタ惚れし、何かと用事を口実にシレジアへやってくる。
それにかかる日数を軽減するために、帝国領とシレジア領を直接つなぐ最短ルートを開拓したかったのだろう。
だが真剣な面持ちになったのは、シベリウスに接近されるマリアよりもベルナール男爵であった。
シレジアの東の端シュレジエン地方を騎士団と共に預かる彼にとってはこれは一大事である。
なにせ山脈という天然の防壁に隔てられていたのが、直接帝国領と通じることになるのだ。
国防という意味で、この防壁の崩壊は大きすぎる。
万が一、帝国と争うことになったら真っ先に対峙する場所にもなる。
今までシレジア王国の中で最も牧歌的といわれたシュレジエンには、城壁もなければ城塞もない。
皆が平和ボケしている地方ですらある。
常に内乱している隣国・中央高地と接しているモラヴァ地方は城塞や防壁、軍道が充実しているが、シュレジエンにそんなものはない。
元々帝国自体が、周辺諸国を征服して吸収、巨大化した国だ。シレジアに手を伸ばしたとて不思議ではない。
そもそも帝国によるシレジアへの軍事的侵略を防ぐ意味で、友好の印としてマリアが未来の妃に内定したという面もある。
「帝国の動き、なお一掃に油断はできませんな」
「とにかく、国としては兄さまなり父さまなりが何とかすると思うから、あなたたちはこの抜け道を何とかして」
「かしこまりました」
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木材の温もりを感じる小さな部屋で、クレイルはお茶を手に談笑していた。
目の前にいるのは呼んでもいない客、シベリウスである。
このシレジアで、神経をすり減らさずにシベリウスの相手をできる唯一の人間がクレイルだろう。
「おやおや?」
クレイルはシベリウスの細長い指に手を止めた。
その手はマメだらけであった。
「これは痛そうだねぇ、ちょっと手を伸ばしてごらん?」
「このような無様な我が手を晒すことになろうとは、いや、お恥ずかしい」
真顔のシベリウスに、クレイルは気にも留めずに手をかざした。
治癒の魔法が光る。
腫れあがり、水が溜まっていた幾つものできものが消えていく。
「おお! これは! 何という慈愛の力!」
感動して己の手をまじまじと見つめるシベリウスに、クレイルは声をかけた。
「それにしても何でそんなにマメだらけになっちゃったのかな?」
「それは」
手を痛めた理由をシベリウスは説明した。
「一刻も早く姫にお会いするためには、長旅の道中を少しでも短くできぬものかと考えまして」
「うんうん?」
「往来が短時間で済むならもっと頻繁に会いに来られる。そのためには、わが帝国とこのシレジア王国を隔てる山地帯を抜けられるようにすれば良いと、山道を切り開くことにした所存」
「それで、自分でも開拓に携わったと」
「ひとえにマリア姫に早く会いたいが故に。はっはっは、我が真の愛の前にはいかな大山脈であろうが大海溝であろうが、立ちはだかるも無駄なこと」
「君は本当にマリアがお気に入りなんだねぇ〜」
クレイルの様子は感心しているように見えて実は呆れている。
クレイルの武器はもちろん魔法や頭脳だが、この表情が分かりにくいというのもまた一つの武器である。
紅茶を注ぎなおすとクレイルは再びシベリウスに問いかけた。
「皇帝陛下や皇妃は君が危ない道を通ってくることを知っているのかな?」
シベリウスは真面目な顔をして首を横に振った。
祖国では、帝国皇太子ともあろうものが危険を冒す必要はない、安全に西回りで行けと言われている。
「だが、しかし!!」
シベリウスはこぶしを握った。
「すべては愛ゆえに! 帝国皇太子であるからこそ、危険を避けるなど弱気な態度は言語道断! 凍える風だろうが山脈の雪渓だろうが永久凍土だろうが、我が愛の炎に溶けるのみ!!」
がっしりとクレイルの手を握って熱弁する。
まぁ要するに、マリアに早く会いたい、頻繁に会いたい、マリア大好き、ただそれだけであるが、それを回りくどく長く御託を述べているだけである。
「おかわりどうぞ」
何の脈絡もなく、クレイルはポットを手に取った。
めちゃくちゃに熱いお茶を淹れる。
「ほあちゃあああ!?」
反射的にカップで受け止め、口に運んだシベリウスがのけぞるが、その瞬間に身が硬直する。
「あ、あがががが……いかん、いかん!」
激烈な腰痛に見舞われたようだ。
なにせ帝国城で従者に囲まれて優雅な生活をしている身分だ、慣れないつるはしなどをふるったせいですっかり腰を痛めていた。
「そういえば、黒子の従者の皆さんは?」
「それが……皆、山道の開拓で力尽き、腰を痛めて従者の間で寝ております。何とも申し訳ない。あ、痛たたたたた……」
「いやいや、それは体を痛めるから。うん、ゆっくり寝ていて」
詳しく聞いてみると、どうやら東の山道はシベリウスが勝手に掘り進めたものらしい。わずかな人間の手で開通できるものではないから、自然の谷筋や獣道に沿って進み、要所要所を切り崩しただけの簡易的な道だろう。
「そっか、痛いのか〜大変だねぇ。痛むということは炎症だから、よ〜く冷やしたほうがいいよ」
「なるほど」
この状態で冷やしたら余計に悪化させるだけだがシベリウスは真面目にうなずいている。
ほんの少し、クレイルがまた魔法で治してくれないかと期待したようだったが、それはなさそうだとすぐに悟ったようだ。
「では、恐れながら氷を頂けますかな? 腰に当てて冷やしたく」
「うん、すぐに用意するよ。後ろを向いて」
クレイルの言葉にシベリウスは素直に背を見せた。
「シュネーラヴィーネ!」
「のおおおおおおお!?」
なぜか室内に雪崩が起きる。
まさかの室内で黒魔法が炸裂する。
「じゃ、後は頼んだよ〜ん」
クレイルはシベリウスを分厚い雪の層に固め込むと、従者に外へ運び出させた。
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崩れかけた納屋だろうか。
夕暮れの寒村で、得体のしれない集団が暗がりで何やら相談しているようだった。
「ちっ、山の中で襲うはずだったのにな」
彼らはいわゆる山賊の類である。
その言葉にはヴァレリア帝国南西部の訛りがあった。
「こんな山のはずれ、あんな煌びやかな集団なんぞめったに来ねぇからな、稼ぎ時だったっつーのに」
無駄にきらびやかなのも考え物だ。余計な者たちの目についてしまう。
山賊たちが追っていたのはもちろん、シベリウス一行だった。
彼らはヴァレリア帝国南西部、山の向こうの麓に巣くう山賊である。
「山の中って言ったって、俺たちが動く山の中よりあんなに奥までいかれちゃぁ危なすぎる」
「だから見送ったんだろ」
山賊だって、人が通らなければ仕事にならない。
普段は山のごく麓、田舎の村々が点在する辺りでしか仕事をしていないが、人気のない山奥へ煌びやかな一行が入っていったのを見つけ、後を追った。
人気のない場所で襲うつもりだったが、道がないに等しい場所では彼らですら自由に動けなかった。なにせ、隠れるにも先回りするにも不自由だったからである。
それでひたすら尾行したところ、シレジア領に入ってしまったのだが、彼らはここが他国であることに気づかず、帝国内のどこかに降りたと思っている。
今、彼らがいるのはシュレジエンの麓であった。
周辺の村を見つけ、夕闇に紛れて試しに人家に押し入ってみたが、さほど裕福でもない。
何せ農村だ。土地はあるが金はない。
「かなりの距離を移動しちまったが、まだあいつらを追ったほうが金になりそうだな」
そう、周辺のシュレジエンはこののどかなシレジアの中ですらド田舎といわれる地方である。ここで大金を稼げるはずがない。
一行は結局あの派手な一団を追ったほうが金になると判断、聞き込みをして後を追うことにした。
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「なんと、自分で道を開拓したと?」
「らしいよ〜ん」
すっかり暗くなったシレジア王城。
その奥の部屋で向かい合っていたのはヴァーツラフとクレイルだった。
ヴァーツラフはしばらく前に譲位した、先代のシレジア国王でクレイルの父である。
寝込んでしまったシベリウスから開拓した山道に関して聞き取ったところ、通れるのは人間一人がやっと位の広さらしい。基本的には獣道や谷筋、尾根筋を頼りに、時折行く手を阻む岩をどかしたり砕いたりして進んできたようだ。
「つまりその道はまだ皇太子と従者たちしか知らぬわけだな?」
「そうだね」
シベリウス個人はあくまでマリアに会うために都合の良い抜け道を作ったくらいの感覚でいるようだが、シレジア王国としてはこれは一大事である。
国と国同士の交通の要所というのはだいたいどこも防衛上、重要であるからだ。
開拓された道は細く、また人里離れた山の中で誰も通らず、シベリウスたちは自分たちが見失わないよう、あちこちに目印をつけてきたらしい。
「まずは目印を取り除いて道を塞ぐ。なおかつ、シュレジエン側に見張りの砦を設けることになろうな」
国の地図を見ながらヴァーツラフは腕を組んで考えた。
「その役はシュレジエンを管轄している東の騎士団と、ベルナール男爵が適任だろう」
しかしそれには問題もあった。
「ただ、帝国側から悟られぬよう、人知れず山脈を行くことができるか否か」
「う〜ん、そうだねぇ……?」
シベリウスが作った道を反対から踏破すれば、いずれは帝国側に出てしまう。
向こうの領内に見張りの砦などがないとも限らない。
「まぁ、知り合いに頼んでみるよ〜」
クレイルは部屋を出るとラヴェルの部屋……の、隣室へ向かった。
「入るよ〜ん」
「呼んだ覚えはないが」
「まぁそういわずに」
ラヴェルが来ているときはほぼ間違いなくレヴィンも来ている。
勝手にレヴィンの部屋に入ると、クレイルはこれもまた勝手に椅子を引いて座り込んだ。
「ちょっとお願いがあってね、シュレジエンの東、帝国との境の山脈があるじゃない?」
「東の山脈がどうかしたか?」
「うん、それがね、皇太子が勝手に道を切り開いちゃってねー?」
「何?」
常識的に考えて、人間が短時間かつわずかな人数で山脈を抜ける道を開拓できるはずがない。
が、何せシベリウスである。
マリアが絡むと常識が吹き飛ぶのだ。
愛の暴走は時として火事場の何とやらどころではない力を発揮する。
「面倒な奴だな」
「うん、まぁそんなわけでさ、東の道を閉じてくれないかなぁ? 人は住んでないから、ちょっとがけ崩れでも倒木でも、森を茂らすとかでもいいからさ」
要するに、レヴィンの魔法で何とかしてくれということだろう。
なんで俺が、そう言いかけたレヴィンだったが結局引き受けた。
何故か?
彼もシベリウスが気に食わないからである。
「ベルナール男爵や騎士たちはもう向かっているはずだから、彼らと合流して話を聞いてみて」
「了解」
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