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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

25周年記念:『道開かば』(第2話)


 手早く身支度を整えるとレヴィンは部屋を出た。
 同時、隣の部屋からラヴェルが飛び出してきた。
「置いて行かれたー!」
「やれやれ……」
 どうやらシュレジエンでの大事とあってベルナール男爵の居候養子であるラヴェルも手伝う事つもりだったらしいが、置き去りになったようだ。
 支度から察するにすぐに東へ発つつもりの様子である。
「行くのか?」
「うん。レヴィンも来る?」
「ああ。クレイルに頼まれごとをしてな」
「そっか」
 軍馬で移動する彼らに徒歩で追いつくのは、いくら旅慣れている二人でも至難の業だ。
 シュレジエンについたころには幾日もの差が開き、すでに騎士隊は陣地を張って拠点を固めていた。
「おや、二人も来たのか」
「うん」
「クレイルから頼まれてな」
「そうか」
 ベルナール男爵が責任者となり、周辺の哨戒にあたっている。
「山道がどこなのか、全く見当がついていない。陛下が皇太子から聞き取った話からするとこの周辺の岩場の影へ出たようなのだが」
 この辺りの麓は所々に山体の大きな岩が露出している。
「道は俺が探す。ラヴェルは男爵を手伝ってやれ」
「わかった。父さんは?」
「いずれは本格的な防衛と見張りの拠点を建設することになる。今はその前段階として、ベースとなる場所に土塁と見張りやぐらを立てることになっている。私はそちらに着手する」
 一晩明けると、レヴィンは山に足を踏み入れていった。
「我が目となれ」
 鳥を使い魔として放つ。
 空の高みから、あるいは物陰から、森の木々の中から、飛び交う鳥の目で周囲を探索する。
「あれか」
 見つけた目印は、赤い糸を結んだものだった。
 皇太子たちが歩いてから時間が経ち、踏みしだかれた足跡の痕跡は人間の目では見つけることが不可能なほど自然の回復力にかき消されていた。
「……いちいち俺が修復しなくても道は消えそうだがな」
 とはいえ少なくとも目印だけは取り除いておいたほうが良いだろう。
 皇太子たちが自ら切り開いた道を見失わないように結んだ目印はいくつも見つかった。
 山道に不慣れな彼らは茂みや岩陰に難儀したのか、かなり遠回りしていて、ほぼ迷ったようにぐるぐる回った形跡も見つかった。
「わが友よ」
 精霊語で大地と森の精霊に語り掛ける。
「引き裂かれた傷を腕に抱え、己の中に帰さん」
 人の手で切り開かれた道を塞ぎ、自然に還すように頼み込む。
 山の所々から、がけ崩れの音が聞こえた。道を埋めた音だ。
 やがて風の音がし、草草が獣道を吹き閉じる。
「山の向こうも頼む」
 一声啼き、魔の鳥たちが飛んでいく。
 精霊なら、セラフなら意識の一瞬で目的の場所まで移動できるが、人の身の今は歩ける範囲しか移動できない。一日で探索できる範囲には限りがある。
 かすかにセラフ時代の記憶があるせいか、不意に不便に感じることがある。だが、これが人間だと思うと、この不便さがいとおしくもある。
 自分以外に誰もいない山中で夜を過ごす。周囲は精霊や使い魔が見張っているので怪物は近づいてこないだろう。
「意外と寒くないな?」
 山中は話に聞いていたほどの寒さではなかった。
 フリースランドからの冷たい風は帝国側に吹き戻るのか、こちらには吹き降りてこないようだ。
 標高自体が他の山脈ほど高くないのも一因だろう。
 大地や風の精霊、森の精霊、鳥や小動物の精霊を使い魔として四日ほど経った。
 通常の人間にはできない広範囲の探索をやり遂げる。
「道は閉じたか」
 風の精霊が告げたのを聞くとレヴィンはうなずいた。
 山の中に人間は己一人のみ、野営をまとめ、レヴィンはシュレジエン側の麓へ降りた。



 シュレジエンの麓では騎士たちが塹壕を掘っていた。堀を作り、その内側に土塁を作り、いずれは見張りの砦を作る予定だという。
 その人足の中にはラヴェルの姿もあった。
 塹壕堀りである。
「くうぅ、腰に来るぅ〜〜」
 筋肉痛なのはもちろんだが、ずっと前傾姿勢でいたために腰も背中も固まってしまい、体を反らすと痛みが生じる。
「年寄よりまだひどそうだな」
「あ、レヴィン、おかえり」
「男爵は?」
「あっちにいるよ」
 ラヴェルが指さしたほうに行くと、陣ではベルナール男爵が部下と共に建設予定の砦の配置図を見ながら何か話し合っていた。
「道は閉じたぞ」
「おお、よくやってくれた」
 ひとまずベルナール男爵に道を閉じたことを報告する。
「ならば早いほうが良い、陛下にも報告してくれないか。ああ、あと……」
「わかった。連れていく」
 聞かないうちに察すると、レヴィンはラヴェルを連れて行くことにした。
 非力なラヴェルなど、ほとんど塹壕掘りの役に立っていなかったようだ。
 腰を曲げたまま歩いているラヴェルだったが、土木作業から解放されてほっとしているのが本音であった。
「ああそうだ、詩人殿」
 周囲の哨戒から戻ってきた騎士が声をかける。
「周辺を見慣れぬ集団が荒らしまわっている模様です。お気を付けを」
「わかった」
 息子と相棒が陣を出ていくのを見送ると、ベルナール男爵はつぶやいた。
「……気を付けるのは山賊のほうだな……」



 精緻な木彫の施された美しい城内を、杖にしがみつきながら歩いているのはシベリウスであった。
「なんとしても姫にご挨拶をば……はぐぁ!?」
 段差を踏み越えるたびに腰に響く。
 挨拶は一日の初めと終わりだけで良さそうなものを、シベリウスはマリアに朝だけでなく午前のお茶、昼、午後の挨拶、午後のティータイム、夕方、夕食前、寝る前にまで挨拶に来る。
「本ッ当、鬱陶しいわね……」
 目の前に現れたシベリウスに聞こえないように呟くと、マリアはため息をついた。
「悪化したら大変ですから、お部屋で寝ていてくださいませ」
「いや、愛しき姫に対して不義理は我が恥、挨拶は欠かせませぬ」
 来なくていいのだが……何を言っても無駄だろう。
 マリアは少し考えた。
 シベリウスに聞かせるには、ただ単に言葉をかけるのではなく、情に訴えるのが手っ取り早い。
 マリアは祈るように手を組んで訴えた。
「殿下のお体が悪化して苦しんでいるのを見るのは心苦しいものです。私まで心穏やかでいられません。私を愛しいとおっしゃるなら、どうか、安静になさってください」
「お、おおぅ、なんと」
 マリアの言葉をそのまま受け止めたのだろう、優しさに感動して涙など流しつつシベリウスはマリアの手を握った。
「心優しき姫のお言葉、このシベリウス、しっかと心に刻み申しましたぞ! 必ずや安静にしてせしめ、一刻も早く直して見せましょうぞ!」
「ええ、ですので早く部屋へお戻りくださいませ」
「かしこまりまし……はうっ!?」
 優雅に礼をしかけてそのまま固まり、やがて気を取り直すとぎくしゃくと部屋へ帰っていく。
 シレジア城は丘の上に建っているため、城内は段差が多く足腰に負担が大きい。
「ふ、ふふふ、姫を悲しませるわけには、わけにはぁッ……!!」
 もはや杖は捨て、木彫りの美しい手すりにしがみつきながらよろよろと進んでいく。
 そうでないと歩けない。
「あ、ああ……ぐはぁ!?」
 よろめいてとうとう階段から落ちた。
 悲鳴とともに落下するが、何か弾力のあるものを下敷きに止まった。
 一瞬意識が飛んだが、気を取り直すと手で探る。
 むっちりした何か。
 どうやらこれがクッションになって助かったらしい。
「おおう、これは何と巨大なマッシュルーム!」
「失敬な!」
 シレジア城の中は巨大なきのこが生えるほど湿っぽいのか?
 いや、さすがにそこまではひどくない。
 ひどくないが、そこにあったのは確かにキノコ頭だった。
 それはシレジアの二強、いや、二凶、クレイルと並び称される頭脳と変態、錬金術師のブリットだった。
「誰がマッシュルームとな!? 胞子飛ばすぞ! おるぁ!?」
 そういうところがキノコなのだが、視界が緑っぽい埃色に染まる。
「も、申し訳ない! あ、痛、あたたたたたぁ!?」
 激しくむせるたびに腰が悲鳴を上げる。
 シベリウスはもはや立ち上がれず、這うようにして自室へ戻った。



 その頃、その部屋では何ともかぐわしい湯気が漂っていた。
 ハーブティーを調合していたのはマリアだった。
 幼いながらに薬草に詳しい彼女はハーブティーの調合などお手の物だった。
 セージ、ノコギリソウ、ヘンルーダ、カノコソウ。
「さすがに苦いわね……においも強いし」
 あまりにも薬っぽい香りが強すぎたため、少量の山羊乳を混ぜてハーブ入りミルクティーにする。
「さてできたわ。冷めないうちに、っと」
 陶器の美しいカップにそそぐと、マリアはシベリウスの部屋の扉を叩いた。
「痛みによく効くハーブティーをお持ち致しました」
「なんと、姫がわざわざ私めのために」
 愛しきマリアが自分のために持ってきたことにいたく感動すると、シベリウスは感激しきりでカップに口を付けた。
 皇太子が飲み干してベッドに横たわるのを確認するとマリアは自室に戻った。
 これで夕方くらいまでには痛みが……筋肉が収縮して余計に痛みが増して動けなくなっているはずだ。
「……何を飲ませたのかね?」
 察したようなヴァーツラフに、マリアはただのハーブティーですと答えた。
「そうか」
 父はそれ以上聞くのはやめた。
 シベリウスも従者たちも静かだ。城内へ出てこない。
 幼姫のおかげでシレジア城は久しぶりの静かな、平和な夜を迎えることができた。


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