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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜
25周年記念:『道開かば』(第3話)
マッシュルームカットと、本物のキノコと、二つのキノコ頭が並んでいる。
話し込んでいたのはクレイルとブリットである。
それはシレジア王立学院の双璧の頭脳であり、今は東の防衛に関して互いに意見を交わしていた。
何せシベリウスが勝手に道を作ってしまったせいで東のシュレジエンの防衛が必要になってしまったが、シュレジエン地方は大きな都市もなく、常時兵士を配置できるほどの余力はない。ベルナール男爵に預けてある騎士団もシュレジエンを護っているわけではなく、あくまで王国騎士団のうち東方面の担当というだけだ。
「なので、砦ができたら魔法起動するゴーレムかガーゴイルを置いておきたいんだ」
「なるほどなるほど。東から山を越えて人間が来たら反応するように仕掛けるわけですなぁ」
「できるかい?」
「ええ、この鉄の頭脳のブリットにお任せあれ」
ブリットはふんぞり返って胸をたたいて見せた。飛び散ったのは埃ではなくキノコの胞子だろう。
卓の上には地図や設計図やいろいろな書き散らかしたものが広げられている。
山に砦を作るノウハウは南のモラヴァ公が詳しく、建材の調達もモラヴァから運ぶのが適しているだろう。
設計の叩き台もモラヴァ公に頼んである。
「今は仮の土塁と木造の見張り台をベルナール卿が建築しているはずだから、帝国の一団が帰ったら本格的に石造りの砦を設置しよう」
「では、木造の見張り台のうちは木偶人形を配置で。石造りになったらゴーレムをガーゴイルを紛れ込ませる。そのほうがカモフラージュになりましょうぞ」
「だね」
錬金術師ブリットの専門は魔法生命で、まだその生成実験は成功していないものの、副産物として合成生物や魔法人形は作成できるようになっているという。
ゴーレムやガーゴイルといった石像、木偶や泥人形の制作はお手の物だ。
ちなみに本人がキノコ人間になっているのは何もキノコと自分を合成したわけではなく、研究のために暗くじめじめしたところに長期間籠っていたら生えてくるようになってしまったという。
一方、その頃、ラヴェルはレヴィンに頼み込んで寄り道していた。
ほんのりと生暖かい空気が漂っている。
王都にもほど近い温泉町ヴィンプフェン。
当時客に混じってよろめいているのはもちろんラヴェルだ。
足腰の痛み、背中、肩まで痛い。幾日も塹壕を掘ったせいだ。
「はぁ〜〜やれやれ」
ぬるい湯にじっくり浸かる。ぽかぽかというよりはじわっと温まる感じだ。
ラヴェルの部屋よりも広い石造りの浴槽には、他にも幾人かの湯治客がいる。
レヴィンはそれらに時折視線をやりながら、湯に浸かりながらも落ち着かない様子だった。
「どうしたの?」
「いや……」
ラヴェルから見て、レヴィンが落ち着かない様子は滅多にない。
ただ、この時は別に危険が迫っているとか、不穏な空気があるとか、そういうものではないようだった。
何か戸惑いのようなものを感じる。
「なんか変?」
「いや……」
ここの温泉の湯はかなりぬるい。
他国の温泉の湯はかなり熱いから、熱いつもりで入ると戸惑うのは確かだろう。
「水のセラフは冷たい水を好むからな。もちろん大地から熱い湯が湧くことは承知している。溶岩などで暖められた熱水は、大地や岩のセラフが好む」
「あー、温度的に合わないというか、中途半端な感じなのか」
レヴィンの正体は水のセラフだから、冷たい水を好むのだろう。
もちろん、長旅の合間に温泉なども経験はしているだろうが、この町の温泉は明らかに温度が低いため、慣れぬうちは戸惑うのかもしれない。
温泉から出ると、ラヴェルは体が軽くなるのではなく逆に重みを感じた。それは嫌な感じではなく、心地よい疲労感だ。ぐっすり眠れそうだ。
翌日の夕刻、ようやく王城へ帰る。
「道は塞いだぞ。目印も取り除いた」
「そっかぁ〜よかった。助かったよ〜ん」
レヴィンは山の道を塞いだことをクレイルに告げた。
クレイルは彼らが東へ向かっている間にモラヴァ公に砦の設計を依頼、モラヴァ公はすでに東へ向かったという。
「あれ、そういえば……」
ラヴェルは養父ベルナールと騎士の言葉を思い出していた。
確か、シレジア近隣の村を山賊か何かの集団が荒らしていたというが、トレノに見つかった日にはただではすむまい。シュレジエンの民はおっとりしているが、トレノは冷徹だ。徹底的にやり込めるだろう。
「陛下、入りますよ」
「何かな?」
手押し車を押しながらやってきたのはブリットだった。
「ブリットさん? なんですか、それ」
「これはだね、我が偉大なる発明品だよ」
台車に乗せられていたのはガーゴイルとゴーレムの試作品だ。小型で、城内の彫刻や置物といわれても違和感がない仕上がりだ。
「動物や風の揺れには反応せず、怪物と人間に反応するよう設計しておいてある。また、特定の方角から来た場合に優先的に迎撃するようにしておいた」
そうやら東の防衛に向けて開発されたもののようである。
「そっか、ブリットさんはそういうの得意……あれ? レヴィンどうしたの?」
レヴィンは視線で窓の外を示した。
「周辺の木立がざわめいているようでな。何かが潜んでいるかもしれんぞ」
部屋にいた全員が顔を見合わせた。
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襲撃があったのは夜半過ぎだった。
「いったい何が?」
「反逆者というわけではなさそうだ」
城内を駆け回る兵士たちの会話が聞こえる。
何者かが集団で襲ってきたが、どうやら賊の類のようである。
「王城を襲うとは不届きな」
「先代陛下はいずこに」
「まず大臣を守れ!」
ラヴェルもレイピアを握りしめて城内を走り回っていたが、誰もクレイルの心配をしていないようだ。
そのクレイルは呑気にお茶のおかわりを取りに行く最中に賊に遭遇、真っ先に交戦していた。
魔法を一発、耐性を崩した敵を小脇に抱えて華麗に階段落ちだ。
本人は一段一段尻もちで降りてくるが、脇に抱えられた哀れな侵入者は顔面を打ちながら降り、いや、落ちてくる。
「どいてーー!!」
響いた悲鳴はラヴェルのものだった。
うっかり段差でバランスを崩して階段の手すりに乗り上げ、そのまま滑り落ちる。
本当に全員どいた。
「ぎゃああああああ!!」
遮るものがなく、おかげでラヴェルは壁に突っ込んだ。
珍妙な振動が壁を震わせる。
「ううむ、いったい何事か」
騒ぎにシベリウスも出てきた。
廊下には到底堅気とは思えない集団が暴れている。
「なんと! 曲者め! 出遭え出遭え!」
従者たちの部屋に向かって声を上げるが、黒子の従者隊は皆ぎっくり腰で動けないはずだ。
「ぐ、仕方あるまい! かくなるうえはこのシベリ……あぐはっ!?」
つるはしを振り上げてそのまま腰が逝かれる。
騒ぎは城の奥まで伝わっていた。
「何事だね?」
駆け付けた従者に尋ねたのはヴァーツラフだった。
「侵入者があった模様です」
「何者か?」
「騎士や貴族ではない様子、強盗かと思われます」
「はて、この城に金目のものなどあったかね? 商人ギルドのほうがよほどに裕福だろうに」
冗談気に呟くと、ヴァーツラフは腰を上げた。
「なかなかこのような機会はないぞ。どれ、この目で見張るとするか」
「危ない真似はお控えください」
慌てたような騎士に、ヴァーツラフは横眼を向けた。
「何を言うか、ワシが見張るのは曲者ではないぞ? 一番厄介なのはこういうことが起きると張り切る倅じゃからな、せがれ」
「は……た、確かに……」
従者の顔が引きつった。
このような時に何が厄介かって、そう、国王クレイルである。
何かを察した、いや、あきらめたような従者を尻目に、ヴァーツラフは階段のわきに腰をかがめて周囲を伺った。
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「さぁ往け! 我らが魔導人形よ!」
意気揚々とブリットが試作品を起動させる。
この混乱こそ、動作テストをするのに丁度良いと判断したようだ。
「さぁ、一番怪しい奴から殴りたまえ!」
次の瞬間、真っ先にゴーレムに殴られたのは当のブリットだった。
「何故だ!?」
「そりゃそうだろうよ……」
ぼそっとこぼしながら脇を騎士が駆け抜けていく。
「あなたなんかヒールで十分よ!」
甲高い声で叫んだのはマリアだった。
どうやら彼女も侵入者と遭遇してしまったようだった。
「なんだ小娘、ヒールなんて有名な回復魔法じゃねぇか、どうやってその魔法で倒すつもり……あ!?」
賊の目には、高速の軌跡が捉えられた。
それはマリアのフルスイングだった。
「がっは!?」
「魔法で倒すなんて一言も言ってない」
杖を手でもてあそびながらマリアは勝ち誇った。
そう、物理。杖は鈍器。
次々と現れる曲者に、マリアは手の中のものをくるりと返した。
「散々、にーさまの頭を殴り倒してきたこの杖で!」
治癒の杖が頑丈なのか、クレイルの頭が頑丈なのか?
大きな魔法石の付いた鈍器、もとい、杖でマリアは次々と侵入者を殴り倒した。
「きゃ!?」
「このガキ!」
「……。なにすんのよ!!」
「ギャッ!?」
賊に抱え込まれるが、杖で顎を下から突き上げる。
段差へ飛び乗ると、その上から飛び降りながら杖を振り下ろす。
シレジア城は小高い丘に建てられた城で、町からは急坂を登らなければならない。
城の敷地内も段差が多く、庭やバルコニーは階段だらけ、もちろん城内も階段や中二階、半地下、階段通路など段差だらけである。
そこを幼いころから駆け回ってきたのだからタフだ。脚力もある。
小柄な体で曲者をほんろうし続ける。
一方、最初の遭遇から場所を移動し、クレイルは周囲を見回していた。
生まれ育ったシレジア城はいつも通り、ツヤツヤに磨かれた木の床が光っている。
「そうそう、昨日ワックスがけをしたばかりだったねぇ」
ぷにっとした手を掲げる。
「ベ・ヘント」
廊下を走ってくる侵入者に魔法をかける。
それは動きが機敏になる魔法だ。より一層こちらが窮地に陥りそうだが、つるつるに滑る床では真逆の結果になった
足の動きとバランス感覚に乱れが生じる。さらに段差だらけの城内。転ぶと立ち上がれない。
「ほいっと、ウィンツブラオト」
耳がきしむような音と共に幾筋ものつむじ風が廊下を駆け抜け、段差では吹き上げ、荒れ狂う。
賊どもは吹き飛ばされ、壁に激突すると落下して廊下を滑り、恐ろしいスピードでスピンを繰り返し、段差に激突した。
「クレイルめ、張り切っておるな」
奥の私館から本館へ様子を伺いに来ていたヴァーツラフは、隠れていた陰でほくそ笑んだ。
「ただ隠れているというのもつまらないものでな」
柱の陰から手にしたロープを引く。
幾つもの悲鳴がこだました。
侵入者が一気に転び、雪崩を打って段差を転がり落ちていく。
その脇では、壁からずり落ちたラヴェルがようやく身を起こしたところであった。
どうやらしばらく失神していたらしい。
「くうう、頭が重だるい〜〜」
どうやら侵入者はまだ七、八名いるようだった。
倒れている者を含めれば結構な人数だ。
かなり大規模な山賊集団だったのだろう。
「バーストフレア!」
突如響いたのは聞き慣れた声だった。
爆発の炎が見え、悲鳴が響き渡る。
「ちょっと、城内で使って大丈夫なの??」
慌てて駆け寄ってレヴィンに問えば、レヴィンは肩をすくめて見せた。
「木は一瞬の高熱では燃えない。継続して熱すると燃えるがな」
そういうと、高熱と冷気と交互に繰り出していく。
一応考えて魔法を使っているようだ。
言われてみれば、むしろ石造より木造のほうが温度変化には強い。石を積んだ構造よりも、複雑に組み合わせられている木材のほうが爆破にも強い。この城は石造りと木造を組み合わせて作られていて、見た目の美しさと裏腹に強靭さも兼ね備えている。ましてや、頑強さで定評のあるオーク材だ。
そもそもレヴィンの魔法で吹き飛ぶなら、それ以前にクレイルの魔法で吹き飛んでいてもおかしくない。クレイルが生まれてから今まで無事に建っているのだから頑丈なのだろう。
「ぐ、ぐふふふふ……」
「えっ、何?」
奇妙な笑い声に振り替えれば、そこにはあざだらけのブリットがやってきていた。
懐から怪しい結晶の粉を取り出す。
「何それ?」
「これはだね、家畜小屋の糞尿と石灰、藁を発酵させて作った粉に錬金術で余った硫黄と塩、木炭を加えたものだよ」
「……あんまりきれいじゃなさそう……」
「……火薬か」
材料を聞いて即座にレヴィンは気づいた。
「いかにも! みていたまえ!」
ブリットはそれを振りまいた。
空気がビリビリと帯電する。
雷の魔法だ。
「わが名はブリット!」
ブリットが宣言すると同時、それが呪文だったのか火花が散った。
……それはラヴェルの魔法と同レベルの、どう見ても静電気レベルの火花だった。
だが。
同時に爆発した。
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「ふはははははははは!」
黒こげのキノコ男が黒煙の中に立っている。
「ははは……ぐはっ!?」
無言で殴り倒したのはレヴィンだった。
ブリットの頭から湧き上るのは大量のキノコの胞子だ。
「何をする!?」
がばっと起き上がったブリットが言い終わらぬうち、
「バーストフレア!」
ラヴェルが逃げる間もなく、粉塵爆発が起きた。
だいたい撃退しただろうか。足元にはつるはしとシベリウスが転がっている。
「む、無念……」
けいれんを起こしながら、つぶやき、失神したのはもちろんシベリウスである。
侵入者の最後の一人を倒して捕らえる。
「ちくしょう、きらびやかな一団だっていうから金をたんまり持ってると思ったのによ」
「きらびやかな一団て皇太子のこと??」
「無駄に目立つのも問題だな……」
クレイルたち王家の人間が意外と腕が立つこともあり、もちろん騎士や衛兵たちの尽力もあって、比較的短時間で事態は収束した。
捉えた侵入者を尋問すると、彼らはここがシレジア領であることに気づいていなかったらしく、この建物がシレジア王城であると告げると相当に驚いたようだった。
「あの冷たい魔の山を下りたんじゃなくて、抜けちまったのか」
どうやら帝国側に降りたと思っていたようだ。
魔の山。
東の山脈はシレジア領である西側よりも、帝国領である東側のほうが過酷であるようだった。
「ま、君たちが通ってきた時より今のほうが危険だろうけどね。二度と通らないほうがいいと思うよ〜ん」
クレイルが意味ありげにニンマリするのは意味がある。
東へは、今は恐らくトレノが辿り着いている。
騎士団も土塁を立てて見張っている。
砦ができるまでの間はレヴィンが見張りと迎撃用に使い魔を置いている。
この後はブリットの奇怪なゴーレムが配置される。どんな動作をするのか保証はしかねるらしい。
「……危険だね」
「確かに」
思わずつぶやいた黒焦げラヴェルに、無傷のレヴィンもうなずいた。
いろいろな意味で危険だ。
ふと、何かのにおいが鼻を撫でた。
こんがりと焼きキノコのにおいが近づいてくる。
「いいにおい……?」
振り向くと焦げたブリットがよろよろ歩いてくる。
「…………」
見た瞬間、ラヴェルはちょっとでもおいしそうと思った自分を呪った。
「ああ、まことに名残惜しいが、我が祖国が待っておりますが故」
腰痛がより一層悪化しながらも、シベリウスは故郷へ帰る時を迎えていた。
「とにかく時間を短縮せねばならぬ。皆の者、山道は覚えていような?」
「はっ、しかと目印をつけてございます」
黒子の従者たちに声をかけているシベリウスをマリアは止めた。
せっかく塞いだ山道をまた開拓されては意味がない。
「そのような危険な山道、今の殿下ではお体に障ります。どうか平らな道をお行きください。お早いお帰りのために、特別に馬車を選びました。どうぞお使いくださいませ」
「おお、何と心優しい姫、お心遣い、感謝申し上げる」
シレジア王国にしてはありえないくらいに飾り立てた馬車にシベリウスは乗り込んだ。
「では皆の者、参るぞ!」
御者となった黒子の従者が鞭を入れる。
急坂を馬が嘶きながら駆け去っていく。
「あれって……暴れ馬じゃない?」
「そうよ。当り前じゃない」
クレイルの問いかけにマリアは答えた。
ごつごつした石畳の急坂を馬車が爆走していく。
マリアはあり得ないくらいに揺れる馬車を調達、プレゼントしたのだった。
「これで当面は腰を痛めて身動き取れないわね。そのまま帝国で永遠に療養していて頂戴。まったく」
坂下の屋並みに馬のいななきと蹄鉄の音が掻き消えていく。
こうして、頻繁にシレジアにやってくる迷惑な客は……この後二か月ほどはおとなしかった。
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