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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜

第16話:アールヴヘイム(後編)


 既にバロールは目を覚ましている。


 その事実。
 うすうすレヴィンは気付いてはいた。
 もしあれが本当に眼だけに宿っているなら、彼が失明した時点で消え去るはずだ。
 しかし、彼が魔眼を失ってもバロールの力はレヴィンに扱うことができた。
 そう、バロールはもう瞳だけではなくレヴィン自身を蝕み同化し始めているのだ。
 抑えきるのか。
 抑えきらなければ行きつく先は見えている。
 すなわち消滅。
 それは死ですらない。
 無言のレヴィンの横でラヴェルは眉を潜めた。
「なんだろ、あれ」
 レヴィンの姿をした死妖精を黒く渦巻く何かが蝕んでいる。
 魔力だろうか?
 それにしてはどす黒く澱んでいる。
 それは青い衣の中から染み出しているように見える。
 ラヴェルの横にいる本物のレヴィンが偽者に向かって手をかざす。
「天空より舞い降り来たりて……ライトニング!」
「天空ヨリ舞イ降リ来タリテ……ライトニング!」
 全く同じ魔法が同じタイミングで互いに放たれた。
 威力も互角。
 炎や雷撃が明滅し、冷たい霊気や暴風が吹き荒れる。
 立て続けに繰り出される技も互いに打ち合いぶつかり合って共に消えていく。
「……クレイルと合流してから来るべきだったかもな」
「え?」
 二人の視線の先で偽者のまとう青い衣が黒く染まっていく。
「地ノ底ニ揺ラメク冷タキ炎ヨ」
「ちっ」
「ひゃああああああっ!?」
 反応し遅れたラヴェルを地獄の炎が襲う。
 炎の熱さを熱いと感じながらも、同時に芯まで凍えるような異様な冷たさも共に襲ってくる。
 暗黒魔法だ。
 敵が何か唱え始めたのを見るとラヴェルは反射的に地面に身を投げた。
 頭上を何かが飛び越えていく。
「シャッテン」
「シャッテン」
 闇を撒き散らしながら影の弾が放たれぶつかり合う。
 死妖精だけある。
 敵の方がわずかに今のレヴィンを上回った。
「ッ!!」
 さすがのレヴィンでも暗黒魔法では敵に分があるらしい。
 咄嗟にかばった腕を闇がかすめ、溶けるような妙な火傷をこしらえていく。
 腕を下ろしレヴィンは相手を見つめた。
 敵の青い衣服が黒く染まり、どろりとした魔力を放って渦を巻いている。
 その中心は敵の胸元だ。
 黒い魔力が強まり渦を巻けば巻くほど、敵の姿はレヴィンの形を保ちながらも化け物じみていく。
「…………」
 ちらりとラヴェルはレヴィンの表情を盗み見た。
 ……無表情だ。
 澱んだ重い魔力が瘴気と闇をバラまき、黒い陽炎が景色を怪しくギラつかせる。
「レヴィン……どうする?」
「知らんよ」
 敵の黒い姿が歪む。
 身体からほとばしる黒い魔力が敵本体を蝕んでいく。
 食い尽くすように這い擦りまわり、やがてその魔力自体が一つの意思を持ったように蠢き始める。
「幻影ごときに」
 どこか陰気にレヴィンは呟いた。



 彼の姿を模していた偽者はもはや完全に別物に変わろうとしていた。
 だが、どこかにレヴィンらしき面影を残してもいる。
 得体の知れぬ魔力は敵を飲み込み、食らい尽くすかのごとき勢いで吹き荒れている。
 まるでその魔力自体が意思を持ち、蠢きだしたかのようだ。
 レヴィンは胸が軋んだような感覚がし、己の胸元に手を当てた。
 この中には彼の意識とは別にバロールが潜んでいる。
 それは常に彼を食おうと狙っているのだ。
 目の前の怪物が黒い魔力に蝕まれていくように。
 敵の姿が崩れ落ちた。
 その黒い灰の中から不気味な黒いものが立ち上がり、赤い瞳をらんらんと光らせる。
 ふふ、と何かのあざ笑うような声が漏れた。
「いつかこうなるのよ」
 そう、いつかその日が来る。
 バロール。
 それになり代わってしまう時が。
「……その手には乗らんぞ」
 自身ではないモノ。
 抑えられるとすればそれは自身であるモノ。
 彼ではない意識に対抗できるのは彼自身の意識。
 自分自身というもの。
 自分という認識。
「貴方には所詮何もできないの」
 幻影に紛れて聞こえてくる声に、レヴィンは胸に当てていた手を握り締めた。
 クリスタルの欠片のペンダントがかすかに触れる。
 その感触にレヴィンは一瞬息を止めた。
 小さいが確かな輝き。
 ラヴェルはそれがひときわ強い光を放つのを確かに目に留め、横にいる男を見上げた。
 表情の消えていたレヴィンの顔に、いつもの不敵な笑みが浮かぶ。
「やってみなきゃわからないだろう」
 乾いた音が響いた。
 ペンダントの革紐が引きちぎれる。
 自我の一部、意識の塊。
 冷たい手の中で激しい魔力と精気を帯びてクリスタルの欠片が輝きを帯びる。
 魂の一部でもあるそれは彼自身でもある。
 その鋭い破片をレヴィンは思い切りよく霧の中心に投げつけた。
「打ち砕け!」
 弾丸となったそれが霧を裂き、死妖精を粉砕する。
 穢れた魔力の渦が消え、あれほどまでに濃く漂っていた霧の真ん中に、そこだけ何もない空間が現れた。
 白い頬にかすり傷をつけ、ニァムがそこに立っている。
 死妖精の残骸が風に塵となって消えていく。
 無言で立ち尽くす妖精の女王をレヴィンは真っ直ぐ見据えた。
 低く静かに、それでいて厳として彼は告げた。
「次はお前の番だ」 
 ぬかるむ足元を一歩進むと手に魔力とも霊気ともつかぬものを光らせる。
「アルフ(妖精)ごときが俺(セラフ)に勝てると思うなよ」
 みずみずしい精気が風のように吹き荒れた。
 天の霊気にも似たそれは、普段は目にできぬはずなのに、今ははっきりと形を取って輝いている。
「レヴィン!」
 飛ばされそうな帽子を押さえ、ラヴェルはただその名前だけを叫んだ。
 翼が光を放っている。
 相棒の背に現れ輝く、まばゆい翼。
 セラフの翼だ。
 常に厳然としていたはず幻の女王が、声を裏返して叫んだ。
「……天空の精霊だと!!」
 抑えていた精霊としての本性をレヴィンは解放したのだ。
 妖精の女王ですら叶わぬ存在が膨大な魔力を手繰る。
「天駆けり轟き響くもの、怒りの咆哮を上げ、その名において地を打ち砕け」
 轟音があらゆるものを震わせた。
 天が抜け落ちてくるとしたら今この時だろう。
 世界が崩落して圧し掛かってくるような強烈な圧迫感にラヴェルは地に倒れ伏したまま動けない。
 かろうじてまぶたを開ければ、光が何もかも焼き尽くさんばかりに輝いている。
 強烈な光に視界を焼かれ、何も見えない。
 それすらただの予兆に過ぎぬとでも言うような凄まじい光が地響きのような音と共に天から降り注ぐ。
 雷程度の言葉では呼べぬほどの雷撃がレヴィンを直撃した。
 だがそれほどの光の中に彼は平然と立っていた。
 降り注いだ電撃が空気と大地に拡散し激しく帯電すると震えながら光り続ける。
「さすがにミョルニルのままじゃ俺の手にも余るからな」
 雷光の嵐の中、レヴィンはまた一歩前に出た。
 粉々に分散させた稲妻を意のままに操ってのける。
 大地に広がっていた電撃が一気に吹きあがった。
 天に向けて手を掲げる。
「我が手に集え」
 雷光が彼の手に収束し、やがてそれは光の槍に姿を変える。
 それを掲げ、レヴィンは立ち尽くすニァムに宣告した。
「この槍は王に当たる」



 美しかった貴婦人の顔が恐怖に歪む。
 魔の霧を蒸発させ、飲み込み、雷撃が一直線に放たれる。
 投擲された稲妻の槍が妖精の女王を過たず貫いた。
「アアアアアアアアアッ!!」
 空気を切り裂くような絶叫が耳を打つ。
「……うかつだったわ」
 薄物のドレスの裾が激しく翻り、豊かな金髪が吹き乱れた。
「あなたの中にいたのはフォモールだけではなかったというわけね」
 定まらない足元で数歩よろめき退くとニァムはほっそりした腕を広げた。
 こすれるような音を立て、地面が、いや、湖そのものが山のようにせり上がる。
 雷に負けぬ轟音を立て、水の山が崩壊した。
 大地を抉り、巨大な津波となって迫り来る。
「ぎゃー! レヴィン、飲まれる!!」
 何かの生き物のように襲い掛かる水の塊にレヴィンは水煙の刃を突き出した。
 切っ先が激しい波とせめぎあう。
 激しく震える水幕の向こうに、狂える妖精の女王が透かし見えた。
 莫大な水と魔力を練り上げ、詩人二人に向けて今まさに撃ち出そうとしている。
「魔法が……発動する!!」
 ラヴェルの悲鳴が突然の轟音にかき消された。
 ミョルニルの雷撃に負けず劣らずの光が辺り一面に降り注いだのだ。
 その光の中を何かが一閃する。
 甲高く悲鳴が響いた。
 自分の悲鳴ではないことに気付き、ラヴェルははっとして顔を上げた。
 水の塊が力を失ったかのように流れ崩れ落ちる。
 ニァムの声がひび割れて響いた。
「メイヴの騎士!!」
 黒い羽毛が散った。
 雷撃が消えるとそこには黄金色のクレイモアを掲げたファーガスが肩にカラスを留めて立っている。
 その背後にはゲイ・ボルグを担いだホリンと、相変わらず状況をわかってなさそうなクレイルが立っているではないか。
 ホリンが呆れたように耳をほじくる。
「ま〜た厄介ごとに頭突っ込んでんのかおめぇらは」
「相変わらず役に立ってなさそうだねぇ、ラヴェルは」
 ホリンとクレイルの言葉にがっくりと肩を落とすラヴェルに、ファーガスは軽く視線を向けると剣を下ろした。
 肩に止まったカラスを撫でてやる。
「ま、俺もこっち(アヴァロン)に引っ越してから結構経つが……セラなんざ見るのはさすがに初めてだぜ」
 ニァムは敵に厄介な援軍が増えたのを睨みながら立ち上がった。
 どうやら、妖精界に去ったはずのコナハトの女王メイヴが横槍を入れてきたらしい。
 ニァムの手に王者の剣がより一層怪しく光を放っている。
 それを視界に認めるとファーガスは湖の女主人に向き直った。
 黄金色に輝く己の剣を振る。
「エクスカリバー対決といこうじゃないか女王様。あんたの湖の剣が勝つのか、俺の煌きの剣が勝つのか」
 二振りの刃が光を放った。
 波がせり上がり、激しく濃い霧が渦を巻く。
 呼び覚まされた大津波に向け、轟音と共に粗ぶる稲妻が襲い掛かる。
 波に大穴が開くがすぐに埋まり、筋を刻むと余計に複雑に波打ち絡まりあう。
 水に飲まれた光が水面下で乱反射し、飲み込みきれなかった稲妻が水面を引っかいては水蒸気を激しく吐き散らす。
 拗ねているラヴェルを背後にクレイルが古びた杖を掲げた。
 質の違う光が天から落とされる。
「リッヒトフロート!」
 陽光が洪水のように辺りを押し流す。
 湖の飛沫が乱反射し、視界を撹乱して燃えるように輝き立つ。
「だぁりゃぁッ!」
 ホリンの雄叫びが響けば闘気が姿を変えた黒い矢尻が槍からほとばしり、その中に放たれていく。
 煌きの剣の稲妻が再びその中を舞い、幻の津波を消し去った。
 晴れた視界にラヴェルははっとして辺りを見回した。
「いない!?」
 チカチカする目でラヴェルは女王の姿を探したが見つけられない。
 だが強烈な殺気を感じ、無意識にその方向を見れば、幻影の中からそれが姿を現すところだった。
 レヴィンのすぐ背後に鋭い剣を突き出そうとしている。
「流れゆく全ての魂魄よ」
 輝く翼に切っ先が突き込まれるまさにその瞬間、レヴィンは振り向きもせず両の手のひらを輝かせた。
 暴発するかのように霊気が膨れ上がる。
「……アストラルフレア!!」
 景色が朱鷺色に輝いた。
 妖精界が朝焼けの空のような美しい色に染まる。
 精神体そのものを破壊する魔法に、妖精界は空間そのものが悲鳴を上げた。
 女の最後の叫びが飲み込まれ、世界が上げる悲鳴と一つの響きになって震える。
 軋み、燃え立つ陽炎を揺らめかせ、意志の炎が全てを焼き尽くす。
 もし世界が終わりの残照に暮れる時が来ればこのような景色になるのだろうか。
 やがて……霧が晴れた。



 ざしゅ、という異音に我に返る。
 ラヴェルが目を上げると、落下した剣が地面に突き刺さったところだった。
 美しい金髪の婦人の姿はない。
「ティル・ナ・ノグの奥地へ逃げ帰ったか」
 妖精騎士の呟きに肩にいたカラスがどこかへ飛び去っていく。
「夜明けみたいだぜ?」
「え?」
 空が淡い色に染まっている。
 ラヴェルは辺りを見回した。
 いつのまにか、彼はアルスターの湖水地帯に立っていた。
 何かの廃墟のシルエットが湖の脇にひっそりと影を落としている。
 風に布が揺れるような音に振り向けば、濃い青のマントがみえた。
 その背にはもう何も生えていない。
 渦巻く霧も今はなく、霧を失った湖は鏡のようにただ白く輝いている。
 全てが幻だったかのように、何もかもが常の姿だった。
 目の前の景色も、隣にいる者も。
 緩い風に翡翠色の前髪が微かに揺れる。
 ラヴェルの横で、赤い瞳が廃墟の影をただ見つめている。
「カメロットといい、タラといい、つわものどもが夢のあと、だな」
 全員の目に、魔の山の向こうに昇る朝日が差し込む。
 あまりの眩さに目を細めながら、ラヴェルは黙ってうなずいた。


「けっ、こんなモンがあるから面倒だってんだ」
 美しい湖に似合わぬごつい姿がそのほとりに立っている。
 水面に激しい飛沫が立ち、投げ込まれた何かがゆらゆらと水底へと沈んでいく。
「まったく、そこまでして王様になりたいもんか? え?」
 愚痴を垂れていたのは、ケルティアでは知らぬ者のいない荒くれ……ホリンだった。
 そのすぐ脇にはクレイルの姿がある。
「結構面白い仕事だと思うけど?」
 携帯用のカップに注いだ茶をすすりながらクレイルは細めた目を水面に向けた。
 波紋が徐々に薄れていく。
「まぁ確かにヤクザな商売だとは思うけどねぇ」
「ふうん」
 引き抜いたものは王になるといわれる剣。
 その剣を湖に投げ込み返し、ホリンは厄介なゴミを片付けたとでもいいたそうに大きなあくびを漏らした。
 やがて思い出したように変態楽士に向き直る。
「そういやよ、どこで聞いた名前だったかずっと考えてたんだけどよ、やっと思い出したぜ。あのファーガスって奴。爺さんの剣の師匠が確か同じ名前だったような気がする」
「へぇ〜〜」
「まぁ時代も違うし、まさかご本人様じゃねぇだろうけどよ」
「どうかねぇ」
 ケルティアでは神話や古代の英雄にあやかり、その名を拝借して子供に付ける親が多い。
 ホリンやフィン、クヤンといった名前も古の英雄からとられた名前だ。
 何か面白そうににんまりするクレイルを一瞥し、ホリンは気を取り直したかのように湖を見た。
「ま、とにかくこれで面倒なゴタゴタとはおさらばだな」
 波の下で、細長いきらめきが泡を吐きながら一瞬だけゆらりと輝き、そのまま消え失せた。
 ケルティアを惑わし続けた剣はもうない。
 あの日、力任せに引き抜いてしまったホリンだったが、全てをなかったことにして強引に忘れると、一人意気揚々とコノートへと歩き始めた。 
 一方、ラヴェルとレヴィンは湖の貴婦人と戦った後、いつものように二人でアルスターを訪れていた。
 惑わしの消えたケルティアはどこか沈鬱にみえた。
 元々黒い岩石を積み上げたアルスターの城は余計に暗く見える。
 その黒い中に、黒いからこそ、余計に白いものが目立って見えた。
 一足先に到着していたらしいクレイルの後ろ姿がどことなく凍り付いて見える。
「おおお! 我が美しき心の友よ! ご無事でありましたか!!」
 クレイルに向かってバーゲストも顔負けの勢いで突進しているのはシベリウスだ。
「ああ、深き森の賢者、我が輝かしき未来の義兄上よ!! このシベリウス、心配のあまり幾日にも渡り何も喉を通らぬ有様、お帰りを心よりお喜び申し上げますぞ!!」
「あ〜いや、え〜と、ね?」 
 喜びに泣き崩れんばかりの様子のシベリウスだが、ほのかに紅茶の香りが染み付き、くわえて口元には焼き菓子の粉が微かに付着しているように見えるのは気のせいか。
「あ、ちょっと二人とも」
 背後にラヴェルたちが辿り着いたことを感じ取ったのだろう、クレイルは助けを求めるように振り向いた。
 シベリウスにしっかと抱きつかれて身動きの取れぬクレイルは、ラヴェルとレヴィンを交互に見ると何か話そうとしたようだった。
 だが、それを尻目にレヴィンはくるりと背を向ける。
「さて、帰るか」
「薄情な」
 助けを求める声を城門前に残し、ラヴェルは逃げるように歩き出した。
 歩みを南へと向ける。
 これから行く先にはレンスターの野が広がり、さらにその先には豊かなマンスターの土地、幻想的なミーズに荒涼としたコノートの地が広がっている。
 何度見ても見飽きない美しい大地だ。
 妖精の庭と讃えられるそれらを思い浮かべながら、ラヴェルは竪琴を小脇に抱え、いつもどおりレヴィンと共に歩き始めた。



 あちらこちらに花が飾られている。
 美しいマンスターの港町。
「こっちも喪中みたいだね」
「ああ、バンシーが泣いている」
 クヤンが消えたことがようやく知れ渡ったアルスターが喪中なら、マンスターもまた主を失って喪に服しているようだった。
 木組みの家並みにはいつも以上の花が飾られているが、美しくも物悲しさが漂っている。
「今度はどこへ行こうか」
 港で船を眺めながらラヴェルは相棒に尋ねた。
「決まってるだろう」
 古い竪琴に触れていた手を休めるレヴィンに、ラヴェルは相手が答えるより早く口を開いた。
「風に聞いてくれ、でしょ」
「ふん」
 青い海原を渡ってきた潮風が優しく頬を撫でている。
 見上げると丁度、空を一羽のカラスが飛んでいった。

 夢か現か、女王のため息

 辻音楽師が歌う歌に耳を一瞬だけ止め、再び空を見上げればそこにはただ青さだけが広がっている。
「行くか」
「そうだね」


 霧巻く野
 霧巻く山
 霧巻く空気
 霧巻く湖

 幻影が流れるがごとく
 数多の王の記憶も流れ失せる
 誰も辿り着け得ぬ幻の都
 求めては遠ざかり
 気付けば迷い込み
 剣に導かれ
 戦場に血を流し
 栄誉と勝利の美酒に酔い
 目が覚めればただ虚しく時が流れた後

 アヴァロンの幻に惑わされ
 魔法の剣を手にして
 ただ霧の荒野を彷徨い歩く
 うたかたの栄光は妖精の惑わし
 沈黙のうちに眠りに着き
 騎士は剣と共に伝説の彼方
 湖の女王に導かれ
 波を越えて楽園へ渡った者は
 二度と戻らじ

 霧の湖よ
 幻の都、カメロットの王宮よ
 王を、騎士を、魔道士を
 我らが歴史にただ埋もれさせ給うな
 願わくば豊饒の庭、アヴァロンの島
 汝が懐に招き入れて
 英雄の手にある剣の元に
 永遠の栄光を約束し給え


 潮騒が一段と大きく響いた。
 帆を大きく張った船が、波の上を滑るように出航していく。
 潮風を浴びながら、二人はただひたすらに青い景色に身を置き、幻から解き放たれたケルティアの大地を離れて旅立った。

− 完 −

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