がんばれ吟遊詩人! ~ラヴェル君の場合2~
第16話:アールヴヘイム(前編)
妖精の庭ケルティア。
妖精の島アヴァロン。
ミドガルドとティル・ナ・ノグという二つの異世界の境にあるのが、西の大海に浮かぶかの島国だ。
澄んだ水を深く湛えた堀に城影が鏡のように映りこんでいる。
冷涼な北風にアルスターの黒い王城はどこか寒々しく見えた。
「王姫殿下に面会を願えませんか?」
この日、守衛についていたのは古くからこの任務についている中年の衛兵だった。
幾度となくラヴェルも顔を合わせている。
クレイモアを佩き、タータンを身に纏った衛兵は、ラヴェルの要請に首を横に振った。
「あいにく姫は保養地にお出かけでして」
クヤンの姉、王女ニニア。
美しく凛とした貴婦人であるが、どうも一筋縄ではいかぬ相手らしい。
彼女こそが湖の女王であり、災いと不幸を呼ぶ者という不吉な二つ名をもつ存在であることは、おそらく間違いないと見てよいだろう。
「ところで詩人殿」
衛兵は一つ咳払いをすると意外な言葉をラヴェルに告げた。
「つい先日、シレジアのクレイル国王陛下がお見えでしたが、会うご予定でも?」
「え? 王子、じゃなくて陛下が来てたんですか?」
先日訪れた時の衛兵と違い、今日の衛兵は当たり前の会話ができるようだ。
王子、という言葉に衛兵が不審そうな顔をしたためにラヴェルは慌てて言い直した。
呼ぶ際は王子でいいとクレイルはラヴェルに言ったが、それは古い知人同士であるから気兼ねしなくていい、という意味に取ったのだが、冷静に考えれば単純にクレイルに国王の自覚がないだけなのかもしれない。
彼に貫録が出てきたのは腹回りだけだ。
どう考えても甘味の食べすぎだろう。
「ええ、やはり姫をお訪ねに見えたのですが、姫は丁度その前日から保養地へお出かけでしたので」
クレイルは彼なりの解釈でニニアの存在に疑問を持っているらしいが、まさか一人で確めに来たのだろうか。
首をかしげているラヴェルの横からレヴィンが衛兵に尋ねた。
先日とは違い、この衛兵は操られている様子はないと見て取ったのだろう。
「で、クレイルは?」
「コノートのホリン殿の所へお出かけになりました」
「ナヴァン・フォートか」
アルスターがケルティアの最北部ならコノートは最南端だ。
そこまで出かけて合流するのも手間と時間が掛かる。
レヴィンの目くばせに気づくとラヴェルは城門から離れた。
「兵士が操られていない。そんなお遊びをしている場合ではなくなったらしい」
「どういうこと?」
「気付いたんだろうよ」
城門前を辞し、二人はどっしりとした家並みの中を歩き始めた。
「それにしてもニニアさんはどこへ行っちゃったんだろう?」
「保養地だとさ」
「うーん……」
ニニアに接触しないと彼女のことも幻影のクヤンのことも、そしてレヴィンを追う真の目的と理由もわからない。
しかし彼女はここにはない。
「保養地って言っても、どこなんだろう?」
出かけた保養地がどこなのか尋ねておくべきだっただろうか。
思案しているラヴェルに、レヴィンはつまらなそうに短く息を吐いた。
「ふん……決まっている。アーサーの伝説といこうじゃないか」
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