がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 目次 Novel Illust MIDI HOME <BEFORE NEXT> |
がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 第三話:高地騒乱(前編)
青ければ青いほど爽やかに感じる空。 |
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緑一面のディアスポラの草原を抜け、大河を渡ると道はやがて緩やかに上り始めた。 もう少し上ればいわゆる中央高地と呼ばれる地域に入る。 都市国家の林立するこの地帯は、町は城壁で囲まれ、それ以外の場所はほぼ手付かずの原野や古い森で、なかなかに神秘的である。 もちろん、人の気配も全くない。 ……ある類の人間を除いては、だが。 「おうおう、なかなか良い身なりをしているじゃねぇか」 山の麓を幾日か歩き、ある森に差し掛かったところで、暗がりから屈強な男が何人か出てきて彼らを取り囲んだ。 それぞれが山刀や手斧で武装している。 一目見て追剥か山賊の類だとわかるというものだ。 「ふむ、あまり友好的には思えないが」 金髪を優雅にかき上げながら、シベリウスが一歩前へ出た。 「我々に何か用かね? 旅路を急ぐゆえ、手短に述べたまえ」 「へっへっへ、話すまでもねぇよ。おう、やっちまえ!」 悪漢が一斉に手にする武器を振りかざした。 「まぁラヴェル様、どうしましょう、悪い人達みたいです」 「いや、見ればわかるから!!」 「ああ、お茶がおいしい……」 全く緊迫感に欠ける様子で辺りを見回すディドルーと一人で和んでいるクレイルを後ろに庇いながら、ラヴェルはレイピアを抜いた。 「たぁっ!」 手斧を避け、細身の刃をラヴェルは突き出した。 すぐ脇ではシベリウスもまた繊細な細工のレイピアを光り輝かせている。 「ふ、我に勝負を挑むとは、身の程知らずも甚だしいというもの」 悪漢を軽くいなすと、皇太子は朗々と名乗りを上げた。 「よかろう、ここは栄えあるヴァレリア帝国が皇太子、白き百合と名高きこのシベリウスがお相手つかまつる! 曲者ども、まとめてかかってくるが良……」 「おう、こいつからやっちまえ!!」 「ぐはぁっ!?」 長口上を最後まで聞かず、敵は一番目立つシベリウスにまとめて襲い掛かった。 相手にされずラヴェルは一人取り残され、レイピアを構えたままぽつんと立ち尽くしているが、やがて我に返った。 「あ、ええと、殿下?」 いつの間にかラヴェルの足元にはボロボロにされたシベリウスが地面に捨てられていた。 「よぅし、こいつはこんなもんでいいだろう。後でじっくり身ぐるみ剥いでやる。次はそいつだ」 妙な殺気に気付けば、悪漢の狙いはラヴェルに移っているようだった。 「え? あ、ちょっと待って! はい、お財布出します」 「ものわかりがいいじゃねぇか」 武器を持った悪漢の集団に囲まれ、ラヴェルは大人しく財布を差し出した。 だが、財布を奪い取った男達の表情が見る間に険悪になる。 「何だよ、全然中身がねぇじゃねぇか!!」 「ふきゃ!?」 銅貨が数枚入っていただけの財布を捨て、賊はラヴェルをも投げ捨てた。 賊の視線が今度はクレイルに向く。 「仕方ないなぁ」 ゴソゴソとクレイルは己の懐をまさぐった。 財布を取り出すと逆さまにして振ってみせる。 ……何も落ちない。 国王の財布とは思えないそれを、レヴィンは冷めた視線で見やった。 「お前もか」 ぽりぽりと頭を掻くクレイルを悪漢は殺気を隠しもせずに睨みつけた。 チンピラのような外見のレヴィンを賊の視線は素通りし、今度はディドルーに目を留める。 「よし、こうなったらその女をもらおうか。身体で払ってもらうぜ」 「え? 私ですか?」 おどおどとディドルーは自身を指差した。 「身体って……ああ、働けってことですか? 私、お仕事なんて……あ! ハーブの栽培とかなら出来ます。あとはお裁縫とか……」 「そういう意味じゃねぇ!」 唾を飛ばしながら怒鳴ると、悪漢の口から歯軋りが漏れた。 「くそ、どいつもこいつも! 何か金目のものはネェのか? え?」 「ふむ、ようやくわかった!」 突如響いた声はようやく復活したシベリウスのものだった。 納得したようにぽんと手を打つ。 「つまり諸君らは金に困っていたのだな! 何と哀れな。多少の金銭なら施せるが、いくらあれば生活できるかね?」 「バカにしてんのか貴様は!」 殺気と怒気が湯気のように立ち昇る。 「よし、こうなったら順番に痛い目に遭ってもらうぜ。まずはこいつからだ」 「ええっ!?」 賊の太い腕がラヴェルに伸びた。 襟首を掴んで捕まえると、がっしりと抱え込んで首筋に山刀を突きつける。 「おうおう、この小娘を殺されたくなかったら大人しく有り金全部出しな」 「あの、僕、男……」 「まぁラヴェル様、危ないですわっ!」 ディドルーが悲鳴を上げると同時、突風が吹いた。 「ぐハァ!?」 「うきゃー!?」 衝撃波に吹き飛ばされ、ラヴェルは岩の露出する地面を顔面でスライディングした。 その向こうでは山賊が大地に叩きつけられている。 「あら、ごめんなさい、私、咄嗟に……」 「おおシニョーラ、見事なお手前」 どうやら衝撃波を放ったのはディドルーらしい。 そういえば精霊使いだといっていたか。 悪漢どもが血走った目で彼女を睨んだ。 怒りが沸点に達する。 それが爆発するまさにその瞬間、クレイルがふにっとした手のひらをかざした。 「ゾンネンブラントっ!」 空に輝く太陽が凶悪な光を放った。 全てを焼き払う炎熱が導かれ、悪漢を炎が包み込む。 聞くに堪えない絶叫を上げ、悪漢一味は黒焦げになって倒れ伏した。 ぶすぶすと脂臭い煙を吐いている。 「おお、さすがは森の賢者、クレイル殿。ところで、この者達はいかがされる?」 「うん、ここへ放っておいていいと思うよ」 半分炭化したそれらを捨て置き、彼らは再び歩き始めた。 |
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たまに森が途切れると、その隙間に微かに低地が見える。 清水の流れる沢、豊かな森、可憐な草花と野鹿などを見ながら進めば、いつの間にか相当な高地に至っていた。 「綺麗……」 絵の具そのままのような濃い青の空が強烈な太陽の光とともに輝いている。 道端に一休みをしながら、ディドルーは空に手を伸ばした。 「何て空の青が濃いのでしょう。雲に手が届きそうですわ」 やがてくるりと振り返ると、彼女はラヴェルの顔を覗き見た。 「古い伝説をご存知ですか? 空の上にも国があるのですって。うふふ、いつか降ってきたりして」 冗談ぽく笑うと、ディドルーはまた空を見上げた。 それをあいまいな笑みでやり過ごし、ラヴェルはレヴィンと視線を交わすと首をすくめた。 天空世界アスガルド。 人の辿り着けぬ蒼穹の桃源郷は、大地の民の憧れだ。 しかし……ラヴェルはともかくその相棒には、複雑な思いを抱かせる場所でしかなかった。 「さて、と。今日はどうしますか」 「フォーレスティアでいいんじゃないかな?」 ラヴェルが話題を変えるとクレイルはお茶を飲み干し、休息から立ち上がった。 「ここからなら夕方までに着くだろ。比較的大きな都市だからいろいろ便利だと思うよ」 中央高地は都市国家が林立する場所で、都市以外は森や原野しかない。 ある程度標高が上がれば夜は相当に冷え込み、野宿は勧められない場所だ。 「フォーレスティア?」 首をかしげるディドルーに、ラヴェルは簡単に説明した。 「都市国家の一つだよ。名前のとおり、深い森に囲まれた町なんだ」 中央高地は山脈の麓から中腹までの大部分を森、山頂付近は砂利だらけの荒地や氷河に覆われている。 つまり大半は森なのだが、フォーレスティア付近は更にその森の密度が濃く、鬱蒼とした木々に暗く囲まれている。 よく整備された木道が森の中を奥に進んでいる。 木立の向こうに櫓が見え隠れしながら近づいてくる。 ここまで来ればフォーレスティアは目の前だ。 「待て」 城門で通行税を払っていると兵長に呼び止められた。 「旅人のように見えるが、どこから来た? 目的は?」 ラヴェルは帽子を取ると丁寧に頭を下げた。 通行時に呼び止められることは滅多にないが、止められたということは怪しい奴と判断されたということだ。 臨戦態勢の衛兵に囲まれながら、ラヴェルは相手を刺激しないように気をつけながら答えた。 「僕はラヴェル・ベルナールといいます。シレジア王国より参りました」 「そっちの者は?」 兵長の鋭い視線がレヴィンとディドルーに注がれた。 ディドルーはともかく、レヴィンはまずい。 答え様によってはここで乱闘になるに決まっている。 焦るラヴェルの横をひょいとシベリウスが前へ出た。 「守備隊長殿かね?」 「いかにも。この者達の仲間のようだな。来訪目的は?」 警戒を崩さない相手に、シベリウスは指にはめていた物を見せた。 銀で作られた、双頭の鷲の印章指輪。 「我々はこの通りの者だが、通行してもよろしいか? 帰国の途中につき、速やかに許可を得たいのだが」 隊長の顔がさすがに青ざめた。 この大陸は半分近くをヴァレリア帝国が占めている。 連合形態をとるこの中央高地はともかく、ディアスポラやミストラントは国家ですらないし、他に存在する大国はシレジア王国くらいだ。 故にこの大陸の命運を握っているのはかの大帝国だといってよいだろう。 その国章を知らぬ者はいない。 黄金の双頭の鷲が皇帝の証なら、白銀の双頭の鷲は皇太子を示す。 「は、これは大変失礼を……どうかお許しください。フォーレスティアへようこそお越しくださいました」 門の守りを部下に任せると、守備隊長は自分から先頭に立って歩き始めた。 「公主の城へご案内致します」 「んーそれはちょっと」 歩みをとどめたのはクレイルだった。 「今は微妙な時期だしね。できれば皇太子の滞在も黙ってて欲しい」 「承知致しました」 クレイルは常時言動が怪しいヘンタイだが、魔力や知性は現代の五賢者の一人とも言われ、また国王でもあるから政治面にも明るい。 中央高地が半年ほど前から政治的に緊迫しているのは把握済みだ。 西に位置する都市国家ウィンザイルが盟主である大都市ハイランドに襲われ、蹂躙されたという情報も耳にしている。 もっとも、それを理由にこの地を避けるなら、それは普通に考えれば賢明な判断であろうし、本来はそうするべきだ。 しかしそれくらいで安全策をとるクレイルではない。 能力が高い事から来る余裕なのか、単に感覚が鈍いだけなのかは謎だが。 「それより、良い宿を知らないかな?」 「それでしたらこちらへ」
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案内されたのは樫の木の重厚な造りの宿だった。 黒ずんだ色合いが、この宿の伝統を感じさせる。 「こちらでおくつろぎください」 宿の食堂と酒場は吹き抜けのホールになっていて、二階部分は美しい手すりに囲まれている。 品良く落ち着き、なかなかに洗練されているところを見ると、この都市でも相当な格式の宿なのだろう。 二階席の一部を貸しきると守備隊長は他の客を払った。 シベリウスに上席を勧め、腰を下ろす。 「ご帰国の途上と承りましたが、どのような行程で?」 「最終的には帝国へ抜けようと思っている。そちらのシニョーラはこの大陸が初めてゆえ、各地を案内するのも良いし、どのようなルートを使おうか考えているところである」 中央高地は幾つもの都市国家が連合して治めている。 中心になるのはこの地上ミドガルド世界で最も高い場所にある町、ハイランドだ。 数年毎に各都市国家の領主から一人を選び、その者が盟主となってハイランドで政治を執り行う。 それらの都市を結ぶ細い街道がこの山脈の麓には幾つも張り巡らされている。 「帝国方面、つまり東ですね? ハイランドからならば帝国へ直通できる街道がございますが、今はそのルートはお勧め致しかねます」 「それはなぜ?」 尋ねたのはクレイルだった。 彼は名乗っていないが、シベリウスが彼相応以上の丁寧さでクレイルに接していることを見て取り、守備隊長は皇太子に接するのと同じような丁寧さでクレイルに説明を試みた。 「ご存知かもしれませんが、中央高地は幾つかの都市国家の連合体です。我らの盟主は七年ごとに各都市の公主から選ばれ、ハイランドの町へ赴いて政務に就きます」 テーブルの上に中央高地の地図が広げられた。 「前回の選出会議では西の都市ウィンザイルの公主が次期盟主に選ばれました。ところが、不満を持った何者かがその公主を殺害したことから、次期盟主の座は白紙になっております」 その事件はクレイルやシベリウスはもちろん耳にしているし、ラヴェルとレヴィンも知っている。 選出会議を行うとはいえ、大抵は地元ハイランドの公主が選ばれるのが通例だった。 そして、ウィンザイルを襲ったのがハイランド公であることも知れ渡っているのだ。 だがいくらハイランドが大きな町とはいえ、単独で騎士文化鮮やかなウィンザイルを攻め落とすのは不可能だ。 その影には常に同盟者……フォーレスティアとハイルブロンが存在する。 言葉を慎重に選びながら守備隊長は続けた。 「今までハイランドと手を組んでいた町の中には、成長著しい新しい町を恐れて味方についていた町も多くあります。ウィンザイルが潰れたことで微妙な緊張のバランスが崩れました。水面下で多くの町が争いを始めています」 地図には盟主の選出会議に出ることが出来る大きな都市と、それ以外の都市、まだ都市と認められていない共同体など、多くの町が書き込まれている。 「どの町も目的は一つである以上、必ずどこかでかち合います。そしてその最終的な目的地はハイランドです。争いに巻き込まれないためには、ハイランド方面には近づかないほうがよろしいでしょう」 もっとも天空に近い町と呼ばれるハイランド。 山脈の尾根にあるそこからの眺めはまさに絶景のはずだ。 「ふむ、では高原の美しい風景は諦めざるを得ないようでありますな」 「そうですねぇ」 シベリウスに相槌を打ち、クレイルは地図に目を落とした。 「さすがに巻き込まれるわけには行かないからね。んー、他に東へ行けるルートは、と……」 フォーレスティア自体が中央高地では東に位置するが、ここから直接帝国へ抜ける道はない。 通常なら一度ハイランドまで登り、そこから東へ降りる街道が最も眺めが良いのだが、今はやめておくしかあるまい。 「少々回り道になりますが、スプリングスからであれば安全かと存じます」 守備体長のごつい指が地図の上を移動する。 「ここから南西に戻り、分岐を南に下ります。しばらくすると左手に折れる道がありますのでそこを曲がりますと、スプリングスへの街道へ出ます」 自分達の内部争いで帝国の皇太子が怪我でもしたら、中央高地としても一大事である。 慎重に安全なルートを探し当て、守備隊長は泉の町を指し示した。 「スプリングスは比較的新しい町で、のんびりとしたところです。ハイランドや諸侯とは距離もあり、また平地に近いので歩きやすいはずです。商人などは主にこのルートを使うようです」 「じゃぁそうしようか」 行程が決まったのを見届け、守備隊長は宿の主人にあれこれ指図をして帰っていった。 宿の上等のもてなしにクレイルやシベリウスはくつろぎきっているが、ラヴェルは胃が痛くなってきた。 そっとクレイルに尋ねてみる。 「……ちなみに王子、料金払えるんですか?」 クレイルが追い剥ぎに見せた空っぽの財布がラヴェルの頭から離れない。 「ああ、それなら」 クレイルはにんまりして財布を取り出した。 逆さまにして振れば、かなりの量の銀貨がテーブルに広がる。 「あの時はねぇ、中身を掴んで振ってたんだよ」 「…………」 なるほど、それなら振っても中身が落ちないはずだ。 なかなか抜け目がないらしい。 安心した瞬間に気が抜けた。 大きく息を吐くとラヴェルはそのまま床にばたりと倒れこんだ。 つづく |
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