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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 第三話:高地騒乱(後編)
深い森を風が流れ、葉擦れの音の重なりがまるで荒海の波音のように聞こえる。 |
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炎に向けて両の杖と手をかざし、ゆっくりと動かす。 「流れ落ちる川よ、揺れる波よ、怒り猛るえ、雨よ……ズィントフルート!」 大地を抉り取るかのような轟音と共に、洪水か鉄砲水か、激しく大量の水の流れが押し寄せる。 大通り沿いに広がった炎を消し潰し、水は通りを川に変える。 敵兵と共にシベリウスや黒子の姿も見えなくなった気がするが、構っている場合ではない。 水の流れ去った石畳に、頭上から建物の残骸が焼け落ちてくる。 見上げれば上はまだ激しく燃えているし、奥の家並みは荒れ狂う炎の中に原形をとどめていない。 「ぅ熱あつあつあつぅ!?」 落ちてくる火を右に左に避け、ラヴェルは身軽に飛び回るがそれ以上先に進めない。 「まぁラヴェル様、大変!」 引火して火だるまになっているラヴェルに気付き、ディドルーは細い手で柔らかに印を描いた。 何かに囁きかける。 「北の友よ、流氷の精、冷たい霧を吐いて、ここまでおいでなさい」 燃え盛っていた空気が急激に凍りついた。 白く色を変え、見る間に周囲が氷を薄くまとっていく。 「ラヴェル様、大丈夫ですか? 火傷をなされたら大……」 返事はない。 ディドルーが目を凝らせば、氷の中に詩人らしき服装の者が閉じ込められている。 「ご、ごめんなさい、うまく加減が」 悪気はないようだがディドルーが何か行動を起こすと大抵の場合、余計に状況が悪化する。 それを冷たく一瞥し、レヴィンはクレイルに視線で合図を送った。 二手に分かれる。 激しく炎を噴き上げ、今にも灰燼に帰さんとしている赤色の一帯の中に、青いマントが翻る。 「海よ」 呼びかけに応じ、石畳の隙間から水が吹き上げた。 激しく波打ち、術者の魔力に触れるとそれは一段と高く盛り上がった。 「光なき闇色の渦となりて全てを飲みこめ……タイダルウェイブ!」 波を逆巻き、激しくぶつかり合うと、高津波が燃え盛る町を嘗め尽くす。 炎の塊の大部分を消し去り、後は延焼を防ぐために広範囲に水をまく。 「慈悲なき空よ」 冷たく凍える雨が空から降り注ぐ。 火事の処理を済ませ、レヴィンは大通りへ駆け戻った。 がちがちに震えるラヴェルをディドルーに任せ、敵兵が残っている北門へ向かう。 「ルフトドルック!」 向かい来る兵士の群れをレヴィンは無造作に衝撃波で吹き飛ばした。 すっと重心を落とし、指先に魔力を溜めながら敵の中に躍りかかる。 風の刃で敵を薙ぎ、そのまま身を半回転させて横合いの敵を避けると敵を蹴り上げながら飛び退り、雷撃を敵の中心部へ放つ。 振り下ろされる剣を避け、すれ違いざまにその腕を掴んで別の兵士に投げつけ、その反動を使って己も側転して距離を稼ぎ、魔力を大地に叩きつける。 「エールトベーベン」 激しい揺れとともに石畳が裂け、地割れに敵を落とし込む。 門の上部の櫓はもう少しでクレイルが確保できそうだ。 レヴィンはそれをちらと見ると、襲い掛かる兵士に肘を打ち込み、己を中心点に風を爆散させる。 「ブラストフレア!!」 吹き飛ばされた兵士が重い音と共に壁や石畳に打ち付けられ、跳ね返ってもう一度石畳に叩きつけられる。 投げ込まれる油松明を避け、大きく跳び退ると兵士を跳ね除け、北門の櫓へ飛び乗る。 櫓に駆け上がるレヴィンを確認し、クレイルはそれを唱え上げた。 「リッヒトフロート!!」 焼きつくような眩い白光が視界から全てを奪った。 敵兵の動きを封じ、更に、一瞬だが町の様子を昼間のような灯りの下にはっきりと映し出す。 炎のほとんどは消えうせている。 公主の館も反転攻勢に出ているようだ。 後はこの北門の外に残っている敵兵を掃除するだけだ。 油松明を持ち、火矢を放ってくるそれらを軽く一瞥すると、二人は同時に同じ呪文を唱えだした。 「我焦がれるは氷の女王、凍える吐息よ、美しい雪原の風」 空気が瞬間的に凍て付き、無数の氷の刃や雪となり、暴風に乗って荒れ狂う。 荒れ狂う大吹雪が人も木々も氷に覆いつくし、白い塊へ変える。 「退け、退却ーー!!」 門の外から声が響き、寒さに打ち震えた侵略者が次々と夜の森へ逃げ去っていく。 「とりあえず防げたのかな?」 町の中も徐々に落ち着きを取り戻し、怪我人の救護や待避所の設置が始まっているようだ。 被害の少なかった町の南側に宿を取り直すと、クレイルとレヴィンは救護所にラヴェルとシベリウスを引き取りに向かった。 |
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事後処理に巻き込まれぬよう、翌朝一行は日が昇りきらぬうちに町を出た。 守備隊長に教わったルートを使い、南へ降下するとスプリングスの町を目指す。 完全に風邪を引いたらしいラヴェルとシベリウスのくしゃみが時折響き渡る。 坂道を下り、やがて彼らは開けた土地へ出た。 昼前に目的の町へ辿り着く。 「まぁ、すてき……」 魚の泳ぐ美しい泉が目の前に輝いている。 傍らの小さな町に一行は宿を決めた。 昼食をとって広めの部屋を一部屋確保すると、ラヴェルはベッドの上に足を投げ出した。 山道のせいで脚がパンパンだ。 大根のようなそれを呆れたような目でレヴィンは一瞥したが、やがて視線で窓の外を指した。 「俺は少し散歩してくる」 「うん」 仲間が一人出かけていくと、ラヴェルは宿の窓を大きく開けた。 森の向こうに雄大な山が迫って見える。 「おおラヴェル殿、まさしく天の絶壁、何と美しい景色であろうか! このシベリウス、感激の極み!」 「は、はぁ……」 何事も大げさなシベリウスが一人感涙を流している。 なるべく関わらないようにし、ラヴェルは窓から身を乗り出した。 眼下ではレヴィンが路地に姿を消していく。 冷え切った身体はまだ温まらず、鼻をすすりながらラヴェルは宿の内風呂を借りることにした。 固まった手足を軽く揉み解し、ほっと一息つくと湯から上がる。 「ああ、やっと温まった」 部屋へ戻り、ベッドに大の字を書いていると、ふんわりと良い香りが漂った。 起き上がって振り返ればディドルーがハーブティーを煎じているところだった。 「ラヴェル様はこの近くのご出身なのですか?」 お茶を注ぎながらディドルーが興味津々といった表情で尋ねてくる。 「ううん、ちょっと離れてるんだ。あの山脈の北にある国だよ。森や湖が多くて、とても平和なところで住みやすいよ」 「まぁ、素敵ですわね」 素直に感心しているディドルーの声に、クレイルはカップを持ったままにんまりと笑みを浮かべた。 「ラヴェルの家がある場所は特にド田舎だもんねぇ。平和だよねぇ」 「王子……」 その田舎王国の王が誰なのか全く頭からすっぽ抜けているらしいクレイルを前に、ラヴェルはがっくりと肩を落とした。 「そういえばレヴィンはどこへ出かけたのかなぁ?」 「いつもの散歩だと思いますけど」 そう応じ、ラヴェルは眉を潜めた。 窓の下に見えた青ずくめは路地に姿を消していった。 大通りではないところが彼らしいといえば彼らしいが、それゆえに心配だ。 「何も起きなければいいんですけど」 絶対に何かやらかすに違いないと決めてかかっているラヴェルに、クレイルはのんきそうに答えた。 「レヴィンなら心配ないよ。まぁ何かあったとしても、無事ですまないのは相手のほうだろうしねぇ」 「……その方が余計に心配なんですけど」 「さて、と、僕も出かけてくるね〜ん」 香草茶を飲み干すとクレイルも立ち上がった。 「どちらまで?」 「叔母上がずっとこの町にいるんだよ。久しぶりだから会ってくるよ」 クレイルの叔母はこの町の外れの祠で働いている、一種の巫女のような存在だ。 残された三人は、少し早いが夕食を取ることにした。 階下へ降りてメニューに目を通す。 「えーと僕はマスの塩焼きとヒヨコ豆のスープで。殿下は?」 「ふむ、では魚のマリネと冷肉の盛り合わせを所望する。ああ、それとワインを。して、シニョーラは?」 シベリウスが話を向けると、ディドルーはボーっとしていた。 はっと我に返ると慌ててメニューに目を通す。 「ええと……ごめんなさい、大陸の言語は読めないものですから。ラヴェル様と同じでいいですわ」 一階の食堂はなかなかの賑わいだった。 いかにもおいしそうな匂いが鼻腔をくすぐる。 「いただきまーす」 運ばれてきた料理を遠慮なく口に運ぶと、魚の白身が口の中でほろっととろける。 「ディドルー? どうしたの?」 口を動かしながらラヴェルが視線を上げれば、ディドルーはまたもボーとしていた。 彼女ははっと気付くと首を横に振る。 「あら、ごめんなさい。なんだかとても可愛らしく見えるから見とれてしまって」 「へ?」 「おやシニョーラ、邪魔者は少し離れておりましょうか」 「いえ、そういうわけではありませんの」 何か含み笑いのようなものを浮かべる皇太子と顔を赤らめるディドルーの様子に、ラヴェルは何か喉に引っかかるものを感じたが、それが何かはわからなかった。 「うむ、では良い夜を」 食事に満足すると彼らは部屋に戻って毛布を被った。 山道の疲れか、あっという間に寝息を立てる。 ただ一人、ラヴェルだけが喉に刺さった魚の骨に苦しんで過ごす破目になった。 |
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夜になっても西の空はまだ微かに明るさを残している。 小さなスプリングスの町は中央高地では比較的標高が低く、場所も東寄りに位置している。 食事が不味いことで有名な中央高地であるが、その例外がこの泉の町で、そのためかここに宿を取る旅人は数多い。 レヴィンが戻ってきたとき、仲間はもう寝ているようだった。 それらを起こさぬようそっと離れ、レヴィンは賑わいのやまぬ食堂で一人、軽い夕食にした。 「フォーレスティアが襲われたらしいぜ。奴が黒幕だったりしてな」 「噂の魔道士かい? まさか」 大声の飛び交う中、妙な会話をレヴィンの耳が捉えた。 さりげなく視線でさぐれば、衛兵らしき二人組が酒を片手に語り合っていた。 「あちこちの都市のお偉方に探りを入れてるらしいぜ」 「それは俺も聞いた。特にハイルブロンの奥方やウィンザイルの坊主に興味があるらしい」 「へぇ、両方とも有名な魔法使いだな」 「噂の魔道士が都市間の緊張を煽ってるのかと思ったけど、どうも違うみたいだ」 二人組の会話をレヴィンは酒を片手に黙って聞いていた。 どうやら妙な魔道士がこの付近をうろついているらしい。 「ハイランドの手先って訳でもなさそうだしな」 皮鎧を緩め、衛兵は皿の上のものを腹へ収めている。 「どうも狙いが魔法使いの類のようだよ」 「でも森の町の公主は魔法使いじゃないだろう」 「だからさ、その魔道士は今回の黒幕じゃないってことだよ。別の誰かってことさ」 「そうか? 俺は怪しいと思うんだが」 町同士の争いの混乱に乗じて誰かが何か企んでいるのだろう。 このような食堂や酒場では不確定な情報が様々に飛び交うものだ。 酒を飲み干すとレヴィンは部屋へ静かに戻って行った。 |
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「やぁ、お早う」 ラヴェルが人の気配に目を覚ましたとき、室内に漂っていたのはお茶の湯気だった。 カーテン越しに柔らかな朝日が差し込んでいる。 まだ皆が寝ているというのに一人起きて湯を沸かすのは、優雅なのか年寄りじみているのかわからない。 レヴィンは朝の散歩に出て行ったようで、クレイルは一人でお茶にしていた。 「まだ二人は寝てるね。調度いいや、ラヴェル、ちょっと話が」 「なんです?」 カップを置くとクレイルは声を潜めた。 「なんだかキナ臭いんだ。この辺りなら大丈夫かと思ってたんだけど、ここも近いうちに巻き込まれそうだね。街道を封鎖されないうちに出発したほうが良さそうだ」 クレイルは昨晩、叔母の所へ泊まったようだが、いろいろ情報を仕入れてきたらしい。 「そうですか」 「それだけじゃないぞ」 突如割って入った声はレヴィンのものだった。 散歩から帰ってきたようだ。 「あちこちに探りを入れている妙な奴がいるらしい。胡散臭い魔道士がうろついているようだ。不確定な情報に過ぎんから断言はできないが」 その言葉にクレイルが指を鳴らした。 「あれかな?」 温かなティーカップをソーサーに戻す。 「叔母上が、最近見慣れない魔道士があちこちに探りをかけてるとか何とかって。様子からして中央高地の人間ではないみたいだけど」 「どのみち今は混乱を避けたほうがいい。お前はともかくシベリウスが巻き込まれてみろ、帝国の介入を招くぞ」 「だよねぇ」 寝ていた二人を叩き起こすと、ラヴェルとクレイルはすぐに荷物をまとめて町を出た。 高原の朝は草葉が露に濡れ、なんとも美しい。 「きれいだなぁ」 ラヴェルは街道脇の大きな葉を軽く叩いてみた。 葉に溜まった露が零れ落ち、朝日に輝き散っていく。 「ひやぁっ!?」 どうやらその葉はツタだったらしい。 その揺れは絡まっている木に伝わったようで、ラヴェルはこれでもかというほど、頭から盛大に水をかぶった。 背後にスプリングスの町が遠ざかっていく。 ずぶ濡れのまま道を東に向かい緩やかに降りていけば、右手には朝もやに霞む緑の森、左手には雄大な山脈が陽の光に輝いている。 それらを眺めながら歩き通し、夕方に彼らは小さな町に着いた。 中央高地には国家となっていない町も幾つか存在する。 森の出口から黒っぽい城壁に沿って門へ向かう途中、突然ラヴェルは仰け反った。 非常用の閉切り扉が突然内側から開け放たれたのだ。 避けきれず、顔面に扉の木目を写し取って呻いているラヴェルを無視し、出てきたのは黒い旅装の人間だった。 黒と紫の妙な呪符を首から提げている。 「おい待て」 その黒い影をレヴィンは呼び止めた。 「何故そんなところからこそこそと出入りする必要がある?」 返された答えは見たことがないほどに黒い炎だった。 身を捌いたレヴィンの背後でクレイルが簡単に手を振った。 それだけでその炎が掻き消える。 「やだなぁ、こんなところで火を使ったら山火事になっちゃうじゃないか。困ったねぇ」 城壁の暗がりに立つのは、暗がりに紛れる黒いローブを纏った男だった。 ラヴェルは咄嗟にケルティアで猫を操っていた怪しいローブの人間を思い浮かべたが、目の前のこの男にはケルティアの怪しい人影にあった神秘さはなく、ひたすら禍々しさだけが目に付く。 どうやら別人物であるらしい。 フードの下の目が怪しく光り、それは薄ら笑いを漏らした。 「……おや奇遇よ。なかなかに魔力が高い者がおるようだな」 「そうだね。それがどうかしたかな?」 常に細めている目をますますクレイルは細めた。 それを庇うように白い衣が前へ進み出る。 「クレイル殿、これはいけませんぞ。曲者め、この栄えあるヴァレリア帝国が皇太子シベリウス、お相手つかまつる!」 レイピアを抜いて構えるシベリウスを一瞥し、曲者はさらっと視線を外した。 「へたれ詩人に用はない」 「……オホン」 構えたまま咳払いをするとシベリウスはややあって剣を引いた。 「……との事であるが、ラヴェル殿、いかがいたそう?」 「ええっ!? 僕!?」 へタレ詩人の称号を勝手にラヴェルに擦り付けると、皇太子はあっさり身を引いた。 後は何とかしろということらしい。 黒ローブがゆっくりと印を描いた。 瘴気を含んだ魔力が黒い渦となる。 「妖術使いですわ」 幾分緊張を含んだ声で警告したのはディドルーだった。 「お気をつけくださいませ。彼は悪い妖精の力を得ていますわ」 一般的に妖魔と呼ばれるものの力を借りる妖術は、暗黒魔法じみているが実体は精霊魔法と非常に似通っている。 フードの下の顔はよく見えないが、微かに嫌な笑いが見て取れる。 「あーえー、えーと、ぱ、パスっ!」 慌てて回れ右をすると、ラヴェルはレヴィンの後ろに隠れた。 見る間に妖術師の黒い魔力が膨れ上がる。 「久しぶりの良い獲物だ……遠慮なく頂くとしよう」 「どけ」 しがみついているラヴェルを引きずり倒し、レヴィンの青い袖が宙を撫でる。 同時、空気が音を立てて裂けた。 真空の隙間に妖術師が放った黒い霧が吸い込まれ、その中に薄まるように爆散して消滅する。 「あの霧に気をつけろ。まとわりついた相手の魔力を吸い取る魔法だが、それだけではない。相手の能力を盗み取る技だ」 そう言うが早いか、レヴィンは続けざまに雷撃と真空刃を放った。 |
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光の明滅と空気を引き裂く音が耳に振動となって飛び込んでくる。 「最近あちこちの魔術師のことを探っているのは貴様か。何が目的だ」 避けようとしてもゴタゴタに遭遇してしまうのはもはや平和な旅は諦めよとの啓示か。 木の幹を割るような音と共に、黒い魔力の結界にひびが入った。 レヴィンに防御を破られ、黒ローブは慌てて身を避けた。 だがその様子はどこか面白がっているようだ。 怪しく光る目がレヴィンとクレイルを交互に見やる。 「なぁに、ただの人探しだよ……まぁ誰でも良いのだ、魔力さえ高ければな」 「ほう……ちなみに高すぎたらどうする?」 「何……?」 黒ローブにわずかに動揺したような様子が見て取れた。 瞬時に危険と判断したらしく、それはラヴェル達の脇をすり抜け、森へ駆け込もうとした。 聞き取れない何かの言葉を唱えながらレヴィンの手が動く。 大地がえぐれるような轟音がこだましたかと思うと、周囲は激流に飲み込まれていた。 その水流が一点に収束し、巨大な水塊となると波を逆巻いて黒ローブを追いかける。 「うひゃあ!?」 突然襲った揺れにラヴェルは尻餅を突いた。 黒ローブが手を大地に突き、何らかの力を放ったのだ。 木々の太い幹が割れ、根の裂ける音を耳が認識したときには、既に大地には巨大なヒビが口を開き、大量の水を飲み込んだところだった。 まさかこれほどの相手とは思わなかったのだろう。 黒ローブがわずかに後ずさった。 そこへ有無を言わさずレヴィンは魔力を叩きつける。 無詠唱で放たれた魔法に敵はとっさに何か魔力を放った。 黒い炎と電撃が絡み合い、相殺し合って消えると、黒いローブの姿もまた消えていた。 「ちっ、逃げ足の速い奴だ」 掲げていた手を下ろすとレヴィンは舌打ちを漏らした。 「おい、お前の叔母上が言っていたという魔道士というのは奴か?」 「んー、どうだろ? 何なら戻って聞いてみようか?」 「いや、そこまでしなくてもいい」 視線の先では森の出口付近が火事跡のように黒く炭に姿を変えている。 「まぁ、大変。犠牲にしてしまいましたわね」 困ったようにそう呟くとディドルーは祈るように手を組んだ。 大地から微かに熱が発せられ、断ち切れた木々の根が芽を吹き出す。 やがて土が深く飲み込んでいた水が湧き出し、表土の焦げた土塊を潤していく。 どうやらディドルーの精霊魔法は、レヴィンとはまた違った角度で相当の腕前らしい。 「これでよいでしょう。あとは自然が何とかしてくれますわ」 「え、え?」 ぽっかりとラヴェルは口を開けた。 緑の蘇えっていく様子にただただ呆気に取られて声が出ない。 ディドルーはタレ目にほっこりと笑みを浮かべ、緑の芽をそっと撫でた。 つづく |
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