プラツセの買方

一着候補の馬のプラツセ

 初歩の人は単式を買ふよりは複式に就くことを安全とする。しかし複式で本命を買つて
も払戻が少なくて詰らないと云ふので、妙な穴などを買ふやうになつては馬券は邪道に陥
る。それなら何も複式につく必要はないのである。複式の穴に比較すれば単式の穴は遥か
に取り易くもあり、その払戻金の点から云つても複穴をとつて儲けた積りでゐて、金額が
発表されてみると存外にも本命の単式の払戻金の方が余計で、折角の快感も減殺されてし
まふやうなことがある。

 それに心理的に云つても、自分の買つた馬が同じく配当をつけるとすれば、三着に入る
よりも堂々と一着にきてくれた方が嬉しい。一着でも三着でも配当は同じでも矢張り一着
になつてくれた方が勝馬を狙つた自分の眼が正確であつたやうな気がして愉快なものであ
る。

 だから複式を買ふにしても、矢張り単式同様一着にくる可能性のある馬を選ぶべきであ
る。とは云へ必らずしもそれは本命を買へといふのではない。本命が危ないと思へば、そ
れでは単式で穴を明ける可能性のある馬はどれであらうかと検討した上で、その穴馬の複
式を買ふがいいのである。

 単式払戻は二百円、複式では僅かに四十円、百六十円の相違があり、さう云ふ事はちよ
いと残念な気もするが、後になつて、ああ単式にすればよかつたなどとさもしい事は考へ
ないがよい。その代り本命を買つた時それが二着となつて単式なら二十円損する所を、三
十円もそれ以上もついたりする時もあり、どうかすると単式と殆んど同額、或ひはほかの
人気馬が全部落ちてしまつたために、単式よりも余計の配当になると云ふやうな事もある
のだから、そこは余り慾張らないことだ。

 最初から複式の穴と目されるやうな馬は大抵の場合単式では殆んどくる見込のない馬が
多い。所謂三着にくるか着外かと云ふ崖つぷちの馬である。三着にしか来るチヤンスのな
い馬である。

 さう云ふ馬を複式で狙ひ当てるまでには、余程損をしなければならない。単式の大穴を
当てるよりは遥かに難かしい。その証拠には過去の払戻金額を調べてみるがいい。百円以
上の単式払戻金に比して、複式の百円以上と云ふのは極めて率の少ないものであることに
気づくであらう。

 三着にしかくるチヤンスのない馬と云ふのは、幾度も幾度ものレースに於いて、やつと
の事で三着に喰いこむチヤンスを握ることがあるのである。それだけの実力しかないので
ある。

 一着にくる可能性のある馬なら、間違つても着にはくるものと見てよい。着にきさへず
れば損はしないのである。一着にくる可能性ありと認めた馬がさうさう度々着外になるや
うなわけはない。三着にしかくる可能性のない馬は実に屡々着外になる。その安全性に非
常な相違があり、しかも払戻金はそれに正比例して多いかと云ふと、事実は決してさうは
いかないのだから、複式を買ふにしても矢張り一着にくる可能性のある馬を買ふのが馬券
戦術の正道である。


二着払の時のプラツセ

 二着払のレースと三着払のレースとでは複式の払戻金に相当の差違ができる。特に一頭
の剛強馬がその顔触れの中にある時、穴党は複式の穴を見つけやうとする。そのためにそ
の剛強馬以外の馬には相当に票が割れる。そこでその剛強馬の人気は勿論第一人気である
にしてしもその払戻金は意外にいい場合が多い。

 例へば根岸記念初日特ハンに最高人気のテーモアは、チヤレンジヤーに逃げ切られて二
着となり、単式は二百円で十三円五十銭の特配となつたから六円五十銭の損で済みはした
ものの、複式なら二十六円五十銭と云ふ配当がついた。つまり単式を買ふのと複式を買ふ
のとでは六円五十銭得するか損するかと云ふことになるのである。

 このテーモアは永らく故障で馬房に呻吟してゐたのが昨秋の東京競馬から調子を取戻し
て、東京では遂に優勝を遂げたので、そのために根岸記念では最高人気となつたのである
が、同馬は牝馬のことではあり、六四瓩といふ重量はたいして応へる程の重量ではないに
しても、この馬は新呼出走以来未だレース経験を非常に多く重ねてゐると云ふわけでもな
く、今までに脊負った重量も六一瓩が最高であり、色々に考察をめぐらしてみると、これ
は決して単式で狙ふに適した程確実な本命とは云い得なかつたのである。

 しかもその人気は圧倒的で単式投票数千三百三票のうち七百六十票を占めた。すると仮
りに同馬が単式で来たにしても二十九円しかつかないのである。それに比すると複式の二
十六円五十銭は随分割がいいと云ふことになるのである。

 同じく根岸記念の五日目特別ではテーモアの単式は二十八円つき複式は二十四円五十銭
ついてゐる。特ハンに於ける単複両式の比率に比すれば複式払戻額は幾らか割が悪いが、
それでも安全性の点では単式一枚とつて二十八円とるよりも、複式二枚買つて二十九円と
る方が遥かに安全である。事実テーモアは二着のサイコウテンと首の勝負だつたのである。

 二着払は三着払に比して危険率が多い。二着払の本命の馬を複式で買つて、よく三着に
なつて損をする。前述した今春中山のマタハリなど良い例だ、などと云ふ説を立てる人も
あるかも知れない。だから確実な本命、怪しい本命と云ふことを先にも述べたのだ。

 マタハリが若しも元気で無事なら、ハンデは重くとも特ハンにも使つた筈である。それ
を休んだのはそこに何等かの原因があつたものと想像してよく、これは本命は本命に違ひ
ないが怪しい本命に属してゐたのである。いづれにしても茲で説く所は二着払の時の一番
人気の剛強馬の複式は割がいいと云ふことを理解して貰ひさへすればいいのである。


剛強馬二頭以上ゐる時のプラツセ

 出走馬の顔ぶれの中に剛強馬が二頭以上ゐる時の複穴を狙ふのは損である。仮りに狙つ
た複穴の馬が三着に喰ひこむとしても、二頭は当然剛強馬が着にくるから、払戻金はその
二頭に喰はれてしまつて、折角の複穴にも幾らの払戻もないといふことになつてしまふの
である。

 今春京都記念アラブ特ハンには関西の雄カンロと関東から西下した新鋭アキヅキとの一
騎打ちとなつた。単式はそのいづれとも云へないにしても、この二頭は絶対に着には入る
と見るのが至当であつた。ところで単式はカンロ一番人気、アキヅキ二番人気で、どつち
が来ても払戻金は知れたものだと考へ、この両頭以外に着にくる可能性のある馬を探して
みる。その結果ケンコクの実力を買つて、これに複式の一票を投じたとする。

 そのケンコクの複式の人気は出走馬八頭中での第六位である。単式は八票で無論特配も
のだ。複式だつて相当味のある払戻になつてもよささうなものだと思つてゐると、レース
が済んで払戻金が発表されてみると、ケンコクは四十六円五十銭であつた。

 複穴として狙つたのは、アキヅキ、カンロ両頭を除いた六頭中の一頭である。それで払
戻は倍とちよいとしかつかないのである。

 単式はどう考へたつてアキヅキ、カンロの争ひと考へるより外はなく、即ち二頭中の一
頭を選べばよいのである。しかも二番人気のアキヅキが勝つて六十六円五十銭をつけた。
危い橋を渡つて六頭中から選んだケンコクの払戻に比しては単式は随分割のいい金額と云
へる。

 ケンコクの複式の人気は六位だから、アキヅキ、カンロを除くと四番人気となる。複式
で一頭だけ着に入る可能性しかない六頭のうちの四番人気である。

 単式で四番人気ならどんなに払戻が少なくとも百円前後以下と云ふ事はない。時にはあ
つさり二百円になる。それが複式では相当研究を尽した後に、その四番人気を買つて倍と
ちよつとにしかならぬのである。馬券戦術として如何に愚策であるかが立証されやうと云
ふものである。

 つまり、大穴の危険性があつて、しかも配当はわづかに倍額を越えるに過ぎないのであ
る。

 十五頭出走してゐる時、剛強馬が二頭居る場合、他の馬の複式のチヤンスは十三分の一
である。だから、六七番目の人気馬が入線すれば、大穴になつてもいいのである。が、大
抵は五六十円止りである。


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