血統論

呼馬

 大体「呼馬」と云ふ名称は、日本の競馬に「抽籤馬」と云ふ制度があるために出来たも
のである。抽籤馬以外のものは「呼馬」だとすれば、速歩馬も呼馬であるが、一般には「
呼馬」と云へば、駈歩馬であつて「抽籤馬」にあらざる馬の事になつてゐる。

 この呼馬のうちにも、サラブレツド、内洋、内アア、内オロ、内ギド、サラ雑等色々種
類はあるが、サラブレツドが最も優良種である事だけは云ふまでもない。

 サラブレツドの良き牡とサラブレツドの良き牝を交配せしめれば、大体に於て良き仔馬
ができる。従つて在来、日本では英国からサラブレツドの種牡馬しゆぼばを輸入して、我が国の産
馬改良を行つて来た。しかし近来は、種牡馬のみが産馬改良の土台ではなく、蕃殖牝馬も
又重要な役割をつとめる事がはつきりとして来たので、大小の牧場で外国から牝馬を輸入
するやうになつた。

 此の牝馬は妊娠してゐるのを多く買つて来るが、これから生れた仔を、「持込馬」もし
くは舶来馬と云つてゐる。

 クレオパトラトマス、エレギヤラトマス、種馬になつたハクコウ、今年競馬界に打
つて出るパプステツド、ベンジヤミン、オスモンド等は皆持込馬である。


 (一)サラブレツドの種牡馬

 明治大正、昭和の初めにかけて、我が国の呼馬が大抵、インタグリオ、イボア、ダイヤ
モンドウエツデイング、ガロン、ラシカツター、トリニチースクエーヤ等を父としてゐた。

 然しながら種馬と云ふものは、生物である以上、老衰して順次新陳代謝が行はれる。イ
ンタグリオ、イボア、ダイヤモンドウエツデイング、ガロン、ラシカツター等は既に死ん
でしまひ、今では是等のうち、イボア、ダイヤモンド、ラシカツターの仔馬は全然競走界
から姿を消してゐる。ガロンの最後の仔では現在ミスアキラ(六歳)が唯一のものである。
ガロンが死ぬ数時間前に種付なしたと云はれる仔馬アストル(母濠サラ、オングル)は昨年
度で競走界から姿を消した。之もミスアキラと同年齢である。

 要するに是等の種馬は、前代の代表的な種馬であつたから、現在内サラの種牡馬、種牝
馬でインタグリオ、イボア、ダイヤモンドウエツデング、ガロン、ラシカツターを父とし
てゐるものは、良き種牡牝馬であると見てよい。

 昭和七年度に於て活躍し現在社台牧場の種馬となつてゐる
 ハクリユウ *1
はその良き例である。
 イリヨク *2
 パースプライ *3
 プレジユア *4
 テーモア *5
 アカイシダケ *6
 以上はラシカツター及びガロンを祖父母に持つ、現在の有名なる一流馬の例である。

 此の他祖母をイボアに有つものに、
 ミスアキラ *7
 マナヅル *8 がある。

 是等のものを一々数へたてゝ行つたら、数限りないであらう。要するに一時代前の種牡
馬のうちでは、インタグリオ、イボア、ダイヤモンドウエツデイング、ラシカツター、ガ
ロンを代表的な種牡馬としてよいと云ふことが云へる。之を逆に現在の馬で、是等を祖父
母に持つものあらば、良馬であると見られるのである。

 さて此の時代を少しすぎて名種牡馬とうたはれたものにチヤペルブラムプトンがある。
之は宮内省の種馬として二、三年前迄その産駒が最も活躍したもので、下総牧場産の馬は
皆チヤペルブラムプトンの仔であつた。その代表的なものにワカクサ、ハクヨシ、アスコ
ツトがある。

 前述した如く、此のチヤペルブラムプトンを祖父母に持つ馬は、血統的に秀れてゐると
云へる。
 カブトヤマ *9
 スパーシヨン *10
 スモールジヤツク(父サラ、トウルヌソル母内サラ、華時)
 等はその例であるが、チヤペルの方は時代が新しいだけに、その孫はまだ数多くあらは
れてゐないのである。

 さて当代に於ける代表的な種牡馬と云へば、先づ下総牧場のトウルヌソルと、小岩井農
場のシヤンモアである。

 此の両頭とも既に相当産駒を送り、既に全盛期をすぎるのも、此の両三年の事と思はれ
るが(これはずんずん新種牡馬があらはれるからと、年齢的に衰へて来るからである。)、
先づ昭和七年第一回の東京優駿大競走(日本ダービー)には、トウルヌソルの仔ワカタカ
(現在種馬 *11)が一着し、昭和八年にはシヤンモアの仔カブトヤマ(現在種馬 *12)、九年に
フレーモア(現在種馬 *13)、十年にはガヴアナー(*14)が出現してゐるのである。

 しかし、之に次いではクラツクマンナン、プライオリーパーク、ロイヂユールが有名で
良き競走馬を産んでゐる、クラツクマンナンは馬格的に優秀である、プライオリーパーク
は多くその産駒は細いが、共に良駿を産んでゐる。

 さて次の時代は、レヴユーオーダーあり(既にハツピーユートピア存在す)、アスフオー
ド、レイモンドが有望となる事は、それらの馬が英国で示してゐる競走成績に依つても云
はれ得る。

 昨年度は宮内省で約十七万円を出してダイオライトを入れ、今年度は社台牧場がステー
ツマンを、小岩井がプリメロを輸入して、益々我が国の呼馬は向上せんとしてゐる。

 仮に、ブツクの中の血統中にその名の現はるる種牡馬を、その生死年代に拘はらず、そ
の能力の於て分列すれば略左の如くあるであらう。


 一流馬。

 シヤンモア。アスフオード。(その仔が来年より現はれる)トウルヌソル。チヤペルブラ
 ムプトン(ダイヤナ、ヨコヅナ、ニシタツプ、ヒノモトが、その最後の仔であらう。)プライオリーパー
 ク。クラツクマンナン。ガロン。イボア。ラシカツター。インタグリオ。ダイヤモンド
 ウエツヂング。

 等であらう。この中、インタグリオは、最も時代が古いが、日本サラブレツドの父と云
つてもよい位で、ガロン、イボアまた数多くの名馬を産んでゐる。が、近時の名種牡馬は
チヤペルブラムトンで、その後継者たるトウルヌソルは、到底チヤペルには及ばないので
はないかと思はせるものがある。

 同じ母馬に宿つても、トウルヌソルの仔は、チヤペルの仔に及ばないやうである。下総
牧場の名牝馬種義号の産駒を見ても、チヤペルの仔ハクヨシはトウルヌソルの仔であるユ
キヨシ、ワカミドリなどより遥に秀れてゐるし、同じく「種正」の仔を見ても、チヤペル
の仔ヤママサはキンチヤン、ワカマサなどの遠く及ぶ所ではないやうだ。

 プライオリパークの、英国に於ける競走馬当時の成績は、遥にシヤンモア、トウルヌソ
ルを凌いでゐる。たゞ母が仏サラである為に、日本に売られて来たのであり、当時英国に
於ては、プライオリパークの海外輸出に異議があつた程である。

 先年、英国の雑誌で、日本の競馬に就いての記事を読んだ事があるが、その中に、日本
へは種馬として、イボアとプライオリパークが行つてゐると、書かれてゐた。英国に於て
その名が記憶されてゐるのである。

 イボアは、在英時代二千米二分のレコードを出した馬であり、ガロンは幼駒の時、肩に
故障があり、競馬場裡に現はるゝ事なくして、日本へ来たのである。その兄弟馬には、英
国に於ける著名の競走馬が多く、もしガロンが競走場に現はれたならば、必らず優秀なる
成績を挙げて、日本へなど売られて来なかつたゞらうと云はれてゐる。

 アスフオードは、英国現代の種馬中ナムバーワンの栄位を続けて来たブランドフオード
(最近死す)の仔で、ダービーの優勝馬トライゴーと全兄弟であり、血統としては、日本
種牡馬中第一である。しかも、一九三〇年英国の二十名馬の一位に数へられてゐたほどで
あるから、その競走成績も、日本競馬界に於けるケンコン、ケンシユンあたりに比敵する
ものである。購買価格には、わづかに五万円であるが、その種馬としての成績は、将来シ
ヤンモアの好敵手となるのではないかと思つてゐる。たゞ、この馬が、何故良き牝馬の少
い鹿児島種馬所へ配置されてゐるのか、我々に到底了解出来ないところである。


 二流馬。

 ポートランドベー。ルーヂゲーア。スプレンドール(鹿児島)。ロイヂユール。トリニチ
 イスクエーア。ペリオン。ブラツクスミス。ビリーゼヴエルガー。ピユアクリスタル。
 ゼヴアイキング。サツパーダンス。フリーボーン。ブレーアモア。セントフオスチノ。
 ウツリーブリツヂ。ハクシヨウ。

 以上の中、スプレンドールは、九州に於ける過去の種牡馬中、最も傑出したものでない
かと思はれる。ロイヂユール、ペリオン、ポートランドベー等は、比較的に優秀である。


 ○能力未詳の馬

 タラツプ。ポリグノータス。オールグリン。レヴユーオーダー。ゼモホーク。ミンドアー。
 之等は、なほ一二年の産駒成績を待つべきものではないかと思はれる。


 三流馬。

 イーストチエシヤイア。ウヰリヤムレツクス。グリーンルーム。クヰツケロ。内サラ第
 二ホーンビーム。内サラ第七ガロン。内サラ、ラシデヤー。内サラ、二十三インタグリ。
 内サラ、十一チヤペルブラムプトン。内サラ、清駒。内サラ、ゴールドウヰング。内サ
 ラ、カノウ。内サラ、カシマ。内サラ、ラレド。

 これ等は、よほどの名牝馬に交配せられざる限り、呼馬の父として不充分である。しか
し、アラブ系馬の父馬としてならば、申分ない。

 たゞ、種牡馬の成績は、交配される牝馬に依ることが多いので、ラシボニー、ラシデ
ヤー
等内サラの種牡馬も、小岩井牧場の名牝馬に交配せらると、ハクリユウ、タマコイ
ワ井
など錚々たる呼馬の父となり得るのである。

 前記のうち二流馬に数へたフリーボーンは、ガロン、ラシカツターと一緒に到来した種
馬で、この馬だけが九州にやられたのである。ガロン、ラシカツター等が、種馬として
日本の功労馬と云はれるのに、フリーボーンだけは、よい産駒がない。これは、九州に行
つて好配偶を得られなかつた為ではないかと思はれる。

 チヤペルブラムトンは、トリニチスクエア、ジヨンラムトンと同時に、大正八年輸入さ
れたのであるが、トリニチスクエアは、ともかくジヨンラムトンは、チヤペルと同腹の仔
でありながら、少しも産駒成績を挙げなかつたのは、やはり好配偶を得なかつた為ではな
いかと思はれる。

 父と母との能力は、その仔に1/2宛現はれるのであるから、九十八点の種馬も六十点の
牝母に交配されたのでは、七十九点の仔しか出来ないわけである。種牡馬はその能力が違
つてると云つてもわづか三、四点の違ひしかない。ブラツクスミスとチヤペルとが、優劣
があるとしても、ブラツクスミスが九十点とすれば、チヤペルは、九十三点位であらう。
しかし、牝馬各自の違ひは、こんなものでなく、十点も十五点もの開きがあるのであらう。
結局、産駒の優劣は母に依つて、可なり決定されると云つてよい位だ。

 小岩井牧場の例を見ても、フロリストにラシデヤーを交配したハクリユウと、シヤンモ
アをかけたハクセツでは、いづれが良馬であるか判定が難しい。が、同牧場の第五ボニイ
ナンシイや、第五ビユーチフルドリーマーなどには、いくらシヤンモアをかけても、あま
りよい仔は、出ないやうである。母馬が、フロリストや、カブトヤマの母アストラルなど
よりグツと落ちてゐるからであらう。


種牝馬

 前条で、種牡馬の能力が違つてゐるとしても、その差異はわづかであるから、結局牝馬
の血統が大切であることを云つた。


 わが国のサラブレッド牝馬の血統は、何と云つても小岩井牧場を主流とするのである。
小岩井牧場の牝馬には左の諸系統がある。

 (一)ビユーチフルドリーマー系。
  インタグリオを配せされた第二ビユーチフルドリーマー、第三ビユーチフルドリーマー
  が著聞してゐる。殊に、第二ビユーチフルドリーマーに、チヤペルブラムトンのかゝ
  つた血統には、前記のアストラルがあり、名馬ハクヨシがある。インタグリオとチヤ
  ペルブラムトン、この二つの合流が、物を云ふのである。

 (二)アストニシメント系。
  やはり、インタグリオがかゝつて、第二アスト、第三アスト、第六アスト、第八アス
  トなどが著聞してゐる。過去に於て、アスベル(テーモアの母)タマコイワヰ、カノウ、
  サンシヤイン等多くの名駿を出してゐる。サンシヤインに於けるが如く、インタグリ
  オとガロンも、亦名コンビの一つである。イリヨクは、第六アストニシメントの系統
  である。

 (三)フラストレート系。
  これは、第三、第四が傑出してゐる。第三からは、アヤセ、ロビンオーが出てゐるし、
  第四からは、ケンコン、セントパークが出てゐる。現在の競走馬には、この血統は一
  寸絶えてゐるが、やがて再現するだらう。

 (四)フロリスカツプ系。
  第二、第三、第四、第五、第六とあるが、第四が最も栄えて、名牝馬フロリストを出
  してゐる。

 (五)ヘレンサーフ系。
  ダイヤモンドウエツヂングが、かゝつたウエツヂングサーフ系が秀れてゐる。デンコ
  ウを出してゐる。第四ヘレンサーフからは、ハクシヨウ及びスパーシヨン、スモール
  ジヤツクの母ヘロインを出してゐる。

 (五)ボニナンシー系。
  あまり振はない。

 (六)エナモールド系。
  第二エナモールド系、第三エナモールド、第四、第五とある。いゝのは、第二だけで、
  過去にロツク、アラタマなどを出してゐる。

 (七)プロポンチス系。
  之も小岩井の名血統の一つである。第二、第六が傑出してゐる。第六は、下総牧場に
  行つて、種秀と云はれ、ワカクサ、アスコツトなどを産んでゐる。幾度も云ふが、イ
  ンタグリオとチヤペルの結合がいゝのである。

 (八)フエアペギー系。
  種馬第十一チヤペルの母である。第三フエアペギーが有名である。その血統にジヤン
  ダークトマスがある。


 小岩井以外では、左の諸血統が有名である。

 (一)エスサーデイー
  第三エスサーデイーからエツフオードの母、越龍を出してゐる。ハナフブキもこの血
  統である。日本へ来た牝馬の中では、最もいゝ馬格をしてゐたと云はれてゐる。

 (二)シルバーバツトン系。
  ミスアキラの母レデースバツトン、ホンケン、ホンイチの母ムツトン、メイラン、キ
  ンテキの母などは、この血統である。

 (三)チツプトツプ系。
  北海道種蓄場の血統で、第五チツプトツプが最も聞え、エイ、タマチツプが出てゐる。
  第八チツプトツプからは、ウヰリヤムトツプが出てゐる。

 (四)レインボー系。
  日高牧場の牝馬である。第二レインボーが過去に、ヤタケ、ウコウなどを出した。が、
  この血統に最近良駒を見ないやうである。

 (五)ミンテンザ系。
  クラツクミンテンなどを出してゐる。一寸した血統である。

 その他に、イーグルクヰン、サイレンス、(ダービーが出てゐる)パースプラウド、(パー
スプライがゐる、ライリキが出てゐる)オーデアレスト、ラインなどの牝馬系があるがあ
まり振はない

 まだ輸入したばかりで、二三の仔を出したに過ぎないが、名血統を約束してゐる一流牝
馬には、左の如きものがある。

 下総牧場
  種正(ヤママサ、ツキマサ、トクマサの母)。種道(ヤマミチ、アサハギの母)。星旗
  (クレオパトラトマスの母)。星浜(ピアスアロートマスの母)。

 小岩井牧場
  フリツパンシー(タイホウ、イワテフジの母)。パプース(パプステツドの母)。ムシ
  ユロン
(ベンジヤミンの母)

 社台牧場
  ペギーイートン(ユレカの母)。カジヨール(シヤダイガワの母)。ソネラ(ゼンソ、ゼン
  ジの母)。

 ユートピア牧場
  濠サラエミール(メリーユートピア、ミラクルユートピア、ハツピーユートピア、マ
  リーユートピアの母)

 羽田牧場
  サンダービー(サンダークラツプ、レツドサンドの母)。ラブリレメードン(ダイヤナ
  の母)

 新堀牧場
  スリリング(ハクコウ、ヤヘヒカリの母)。

 以上に挙げた牝馬は傑出したもので、之等に一流の種馬がかゝつて居れば、呼馬の血統
として申し分ない。


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(*補足血統表)

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