サラ系以外

 サラ系以外で、呼馬を出してゐるのは、第一に下総牧場のアングロアラブ系と、内洋ミ
ラ系である。アングロアラブ系には、アルバート、モント、第四パレード(ヤングパレー
ド、オートビス
などを出した)アブランテス(ケンキン、アサハ、ツキハなどを出した)
第五ホーソン系の種博、博元、クレーン系(ツキタカ、ヤマタカ)パンジー系(トーチ、
ツキタメ
)ベラドンナ系(オーシス)がある。このアングロアラブは、アラブの血統が極め
て少量で、サラ系と云つてもよい位であるが、しかし最近何となく影が薄く、やはりサラ
系に圧迫されてゐるやうである。

 ミラ系は明治三十二、三年頃の濠州抽籤馬であるが、七八年前までは濠サラになつてゐ
たが、正確な血統書がないために、濠洋になつた馬である。第二ミラ、第三ミラが有名で
第二ミラノ一は種信で、日本ダービー第一回の優勝馬ワカタカを生んでゐる。この血統に、
四五年前は、ニツポン、ハツピーチヤペル、ヤマヤス、アサヤス等幾多の名馬を出し
たが近時はやはり、サラ系に圧迫されて、あまり振るはなくなつた。抽籤馬のナンコウ
(父チペルブラムトン母文可(ブラクツスミス、第二ミラ)などが、この血統の最後の花か
も知れない。

 那須野松方牧場の宝永、ブルーボンネツトの両血統も、六七年前はコクホウ、ナスノ、
ハツライ、コウエイ
などを産出し、呼馬界に於て、小岩井産馬の好敵手であつたが、し
かし近時はやゝ不振の嫌ひがあるやうだ。

 この外内洋系に、アルテミス系、レデイライ系、オトコヤマ、ロンプの母ベボウ、
ドンナ、ブラムトン
等の母第二筑波等、呼馬を送つてゐるが、しかし一流中の一流とし
ては、遜色があるを免れない。


アラブ系

 昭和十年春季福島競馬の二日目、アラブ古抽のタンフクが突如として、二百円を出した。
どうして、こんな馬がと人々は、驚異の目を刮つた。しかし、それはフアン諸君が、タン
フクの兄にタマニホン(駈五勝障六勝)と云ふ剛強馬のゐるのを知らなかつた為である。

 タマニホンは、父内アア、クロンウエール、母サラ雑、スプフア(サラ、スプレンドー
ル雑、フア)である。タンフクは、父が異つて内アア、王雷である。

 同じ福島競馬で、新抽の優勝でトクコウニツポンバレを驚かし、危く二百円を出す処
であつた。

 これも、ケンロの異父弟で、同じく古抽キンセイの異父弟であることを考へると、それ
だけの理由があるのである。さう云へば、ニツポンバレも、あの小躯でありながら、ラモ
ナ、チハヤの弟であるだけに、ガツチリと抜かせなかつたわけで、かう考へて来ると、血
統の威力がいかに物を云つてゐるかゞ分るのである。

 アラブ系の血統の優劣を検討するのは、凡そ次ぎの標準に依るべきだと思ふ。


 (一)既にアラブ系で活躍した馬の血統

 これは、既にアラブ系で活躍を示したアイデアル、ミヤチダケ、サンゴ、リアール、ラ
モナ、ミツカゼなどの親類縁者などで、馬格さへ相当ならばある程度はきつと走る。

 イ、アイデアル(*15)、チクデン(*16)ブレーブ(*17)
 ロ、アマツカゼ(*18)、サンゴ(*19)、リンデン(*20)、サンゴカツプ(*21)
  サンゴカツプだけが、不肖の弟だがこれはきつと内臓かどつかの故障であらう。
 ハ、ミヤチダケ(*22)、ヒノマル(*23)、ヨシツジ(*24)、グリンアロー(*25)
  ヒノマルの不振は脚の故障のためである。グリンアローは、昨秋(昭和十一年秋季)の
  東京の新抽で未知数である。
 ニ、リアール(*26)、ウミサチ(*27)、コウバイ(*28)傍系。
  アイコマ(*29)、ビー(*30)、ソザンドー(*31)
  直系は、あまり振つてゐないが、傍系にソザンドーの如き逸駿を出してゐる。
 ホ、ノヴイスポート(サラ系古抽)(*32)、ラモナ(*33)、チハヤ(*34)、ニツポンバレ(*35)
  ニツポンバレが、今一寸高ければ、ラモナ以上の活躍をするであらうが……。その他
  ミツカゼ──ユーラツプ──ジンコウの兄弟、フクバンザイ──カンロ──スマツク
  の血統、シヨウラン──ジンパ──ハクバイ、若しくはホーヅガワ(サラ系古抽)──
  フクフジ──ゴリユウカツプの繋りを見ても、良き牝馬から、きつと走る仔馬が出て
  ゐるのである。

  だから優秀馬の母の名を記憶してゐることは──前述してあるが──大いに大切であ
  ると思ふ。


 (二)呼馬、サラ系古抽で活躍した馬の血統

 サラ系古抽の廃止につれ、サラ系古抽乃至は二、三流呼馬の母たりし牝馬に、アラブ系
が配された仔馬が、続々出現するのではないかと思はれる。だから、かうした血統は、よ
く注意されなければならぬ。既出の馬ではキヨウミヤ(*36)は、呼馬ホノルル(*37)と兄弟
である。ドラポーは、各抽界の名馬マイプレーと母を同じくしてゐる。今春の阪神新
コウジン、中山新抽スモールドウターはいづれも昔呼馬抽籤馬を出したアア浅間の血統
である。春の中山で二百円を出したコクカンは、抽籤馬エービーシーの兄弟である。来年
あたりからイブキサン(母は内アア、リミー)、ミンドスター(母は、内洋、バルスター)、
リユウセンカツプ(内洋、フレーヤー)の母をはじめ、古抽界の名血統の仔馬が続々アラブ
界に現れるのではないかと思つてゐる。


 (三)母がサラ又は濠洋の血統

 たとへ、既出の兄姉馬がなくとも、母がサラ系若しくは濠洋の場合は、相当よき牝馬で
あるから、その仔馬は充分注意してもよいと思ふ。例へば春季(昭和十年)福島の新抽ウノ
マル
(*38)や、タカヒサ(*39)の如きものである。タカヒサは、十年春の新潟の新抽で、当
時は大して活躍しなかつたが、本春根岸に於ける記念競馬から俄然鋭鋒をあらはし来たの
を見てもよく分ると思ふ。


 (四)父がサラ(輸入馬)若しくは有名なる内サラの場合

 父がサラである場合は、相当信頼してもよい。国有のサラブレツドは、牝馬を検査して
からでないと交配しないから、サラがかゝつてゐると云ふことは、その母も相当よいと云
ふ事を示してゐる。新潟新抽のトーターカツプ(父サラ、ゼモーホーク)が俄然走つたのを
見ても分る。内サラでも、第十一チヤペルブラムプトン、エミグランド、純雷、露越など
は信頼してもよい。が、数年前輸入されたアングロアラブの種馬、アブラール、バラツケー
などもなかなかよい仔を出してゐる。アキヅキ、タカヒサ、ケンカツなどさうである。

 血統威力の一般的考察に於ては、大体に云へばサラは最もよく、内サラこれに次ぎ、ア
ングロアラブと濠洋とは匹敵し、内洋はほゞ之に次ぎ、ギドラン之に次ぐ。しかし、ギド
ランでもカラスコギドラン、トレアドールギドランなどと、名前の付いてゐるのは、父が
サラブレツドであるから、可なり血量の進んでゐる事を示してゐる。サラ雑にも、ミツア
の母の如きがゐるから馬鹿に出来ない。ギド雑にも、カツトヨの母の如きがゐるが、こ
の馬は、サラ雑にギドが交配されてゐるので、相当強いことが分るが、しかし一般には、
ギド雑、アラ雑などとなると、もう問題外としてよい。内洋にも、一から十まであり、濠
洋にサラのかゝつた内洋は、準サラと見てよいが、内洋にアラブがかゝつたりしてゐては
いけない。しかし、トロツターもアラブよりは強いと見てよい。とにかくアラブは、あま
り強くなく、アラブ血量は少なければよいのであるが、しかし規定通り血量がなければ出
走出来ないし、二十五%以上のものは、優遇されてゐる。だから、アラブで血量が充分で、
しかも強い馬と云ふことになるから、血統も種々雑多になる、血統の鑑定も難しくなるわ
けである。

 実際問題としてアラブ系の中では、アア、アラデユ系の牝馬の仔馬は、皆走ると云はれ
る。ラモナ、ゴリユウカツプ、ミヤチダケ等皆さうである。ギドランでは、四十二ノ一
五最も秀れ、レイテウ、ダブリン、ヤチヨ、テンオー、シヨーフウなどこれに属する。
これに次ぐものは四十一ノ三、四十二ノ三などであらう。


速歩馬

 速歩馬は、ハクニー、アングロノルマン、トロツター等中間種を以て占められてゐるが、
我が国ではトロツター、特に米国トロツターは中間種改良に不適当として、馬政上排斥し
てゐる。

 その理由は、速歩を主として改良され来てゐるために、体躯菲薄、負担力に堪えず、且
つ長距離に続かざるためと云ふ。之は主に国防上の軍馬的見地から来てゐるのであつて、
アラブ系の所で書かなかつたが、我が国の競馬界でサラ系の抽籤馬を廃し、アラブ系に置
きかへたのも之がためである。

 従つて我が国の速歩馬は、アングロノルマン即ちアラ系をもつて改良をすゝめられて行
くと見て良い。

 単に速力の点から云へば、社台牧場が持ち込んだ米トロに及ぶものはない。即ち、ミシ
シツピー、ヒユウロンステツプ、ゲーテフアスター、カールホール、アリオンプリンス、
ワンチヤン等の米トロは今後競走界に立てなくなるから、是等の馬は、牡馬はハクニー、
アノに交配し、牝馬もハクニー、アノの種を受けてその産駒を作るに至ると思はれるが、
その速力は純アノ、純ハクの力を凌駕すると思はれるのである。

 しかし既に政府の方針で取締る以上、是等の馬の運命がどうなるかは、茲に云へないこ
とである。

 さてアノ系の種馬として、その産駒が好成績をあげてゐるものに、ルイツク、ヲルバン
がある。又その系統の内アノ、第三十ヲルバンの仔馬は皆よく走つている。

 ハクニーではウードロンライフルマン、ウヰツチヤムゼントルマンが有望である。

 米トロでは、社台にリーハグヤード、岩手の黄金育成牧場にレートリーがゐる。

 朝鮮には露トロ、タマンがあつて、その仔を競走界に送り、皆なよい成績をあげてゐる。

 さて速歩馬は雑種が仲々多く、二代以上サラブレツドをかけなければ良いのであり、血
統も雑多であるから、茲に一々例を引くのを止めようと思ふ。

 たゞサラをかけて現在走つてゐるものにタマノボリ(*40)がある事を記すに止める。


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(*補足血統表)
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