02 放課後、リズとパティの帰り支度を待っていると、ソウルから小さな袋を渡された。簡単なラッピングを施されたソレは、昼休みに女性陣に配っていたクッキーだ。なんでも、日本の風習に託けて、リズ達にお菓子を要求されたのだとかで。 余ったからやるよ、と差し出しながら、ソウルが言う。 「甘い物、好きなんだよな?」 「…ああ」 以前に似合わないだのなんだのと散々笑われた身としては、 なんとなく素直に受け取れないのだが。今も明らかに目が笑っているのが気に食わないが、まあ、心遣いはありがたく受け取っておこう。 短く礼を言い、さて右と左のどちらのポケットに収納すればバランスが 取れるかと悩んでいると、まずは開けてみろ、とソウルに促される。感想を聞きたいということだろうか? 袋の口を開けると、バターのほのかな甘い香りがした。 クッキーを一枚取り出す。 手にしたそれはもう見事なまでの、 「…アシンメトリーだな」 円でも正方形でもないよくわからない左右非対称な形。袋の中にはそんなアシンメトリーなクッキーが、なんて事だ、9枚入っているのだ。せめて8枚であれば、枚数だけでもシンメトリーなのに…! アシンメトリーの塊のようなその贈り物に軽くめまいすら感じていると、横で見ていたソウルが堪えかねた様に吹き出した。 「笑うな!き、貴様、分かってやっているだろうっ」 「なんの、ことだか、さっぱり」 肩を震わせながら言われても説得力がないわ! ああ、クソ、虫唾が走る。 このアシンメトリーな物体を一刻も早く手放したい、しかし、仮にも友人からの贈り物だ、投げ捨てるわけにもいかないし。ああなんだか嫌な汗が出てきた。 どうする事も出来ずグルグルと思考をめぐらせている俺に、一頻り笑い終えたソウルが言う。 「それ、食えば?」 そしたら8枚になるだろ、と、言うが早いか手からクッキーが抜き取られて、口元に差し出された。 はい、あーん、ってそんな恥ずかしい真似が、 「っ」 出来るか、と言おうとして口を開いたところにクッキーを押し込まれる。 唇に触れた指の感触に一瞬どきりとして、反射的に身を引く。サクリと軽い感触とともに砕けたクッキーが、口内にやわらかく甘さを残した。 「ご感想は?」 「……美味しい、な」 色々思うところはあるが、嘘を言うのは好きじゃない。素直に感想を述べた俺に、ソウルは気を良くしたのか、ニッと笑みを浮かべた。 「もう1枚いっとく?」 「戯け、折角8枚になったのにまたアシンメトリーな枚数になるだろうが」 というか、もう一度さっきのをやらせるつもりなのか。 冗談じゃない、と内心で突っ込みつつ。ソウルはそれもそうかと呟いて、クッキーの粉が僅かに残った指をぺろりと舐めた。 行儀が悪いぞと注意しようとして、言葉に詰まる。だってそれは、さっき自分の唇に触れた指先で、 「…あ、」 一瞬遅れて、ソウルがしまったという顔をする。 何も無かったように振舞えばいいものを、何故かお互いに言葉が出ない。 流れる気まずい沈黙。 …いや、ここは沈黙する場面じゃないだろ。 かといってどう反応したものかもわからず、じわじわと顔に熱が集まるのがわかる。 クソ、何なんだこれは。 「キッドお待たせー。……ってお前ら何睨み合ってんの?」 お喋りに興じていたリズ達が戻ってきた。微妙な空気の俺とソウルを見て怪訝な顔をする。 助かった。なんだかわからないが、とにかく助かった。 クッキーの袋を慌ててポケットに仕舞い、席を立つ。 「なになにー。ケンカかー?」 「何でもない。帰るぞ」 「ちょ、何なんだよ、もう。あ、また明日なー!」 別れの挨拶もそこそこに、後に続く姉妹。そんな二人を引き離すように、早足で廊下を歩く。 ああ、欝だ。さっきからキッチリカッチリ説明できないことだらけで。 あの時のソウルの、困惑と照れがないまぜになった表情だとか、一向に退いてくれない頬の熱だとか。 (…何もかも、こいつのせいだ) 憂鬱さの元凶ともいうべきアシンメトリーの塊は、ポケットの中でカサリと音をたてた。 |