Call my name


02

 呼ばれたような気がして、重い瞼を上げると、そこには想い人の姿があって。
 なにか今、非常に聞き逃してはいけない言葉が、聴こえた気がするのだが。
「起きたのか」
  キッドの声がする、ような気がする。ゆるゆるとベッドから身を起こすと、前髪が汗で張り付いて、視界を遮りうっとおしい。掻き揚げようと額に手をやり、それを上げる動作さえ億劫に感じて、額を押さえたまま項垂れる。頭も身体もだるい。
「…大丈夫か?」
  心配そうな声と、気配が近づく。少し視線を上げてみると、ベッドの傍らに腰掛けて、覗き込むようにしてこちらを見ているキッド。なんだこれ。寂しさ極まって幻でも生み出したんだろうか?だとしたら、我ながら末期だ。
 力の入らない腕を伸ばし、キッドの腕を掴むとちゃんと感覚がある。いやにリアルな夢だな。そのまま二の腕、肩とつたって頬に触れてみる。軟らかい。前髪に指を入れ、梳くように滑らす。まるで現実そのままだ。さらりと指を流れる感触も、明らかに困惑した様子の、俺の好きな金色の瞳も。
「……、」
 ぺたぺたと無遠慮に触れてくる俺に、キッドは若干の戸惑いを見せながらも拒もうとはしない。まあ、それぐらいの都合の良い展開は許して欲しい。ああ、くそ、なのになんでこんなに身体がだるいのか。俺の夢ならもうちょっと空気読め。
 軋む関節をどうにか動かして、キッドの身体を抱き寄せる。なんて言うんだったけ、こういうの。明晰夢?触れた感触なんか非常にリアルだ。
「……ソ、ウル、おい」
 髪とかさらさらだしな、って実際こんな風に遠慮なく触った事ないけど。シンメトリーがどうのとか言って人の頭はぐしゃぐしゃ弄るくせに自分がやられると怒るんだよな、…やっぱりシンメトリーがどうのとか言って。
「やめんか、こら、髪が…」
 だいたいお前はシンメトリーと俺とどっちが大事なんだよ、ってそんな事聞いたら平気でシンメトリーだって言われそうでちょっと聞く勇気がない。しかし体温低いなこいつ、だって肌とかやけに冷たいし。首筋にぺたりと頬をつけるとひんやりして気持ちがいい。俺の方が熱いからか?やっぱまだ熱あんのかな。どうにも頭が重たい。
「っ、……この、」
 スーツが黒いから肌白いのが際立って見えるんだよな。項とかまるで血が通ってないんじゃないかと疑うぐらい白くて、見てると無性にキスしたくなる時があるんだけど、何時もくすぐったいから触るなって怒られるし。まあ夢だしそれぐらいしても許されるんじゃないか、


「ソウルッ!!」


「はぇっ……!?」
 よく通る声で一喝されて、寝ぼけた頭が一瞬で現実に引き戻されたのが分かった。
 ここは俺の部屋で、俺はベッドの上で、そして目の前には硬直する俺の腕を払いのけ、距離を取るキッドの姿がある。

「え、あれ、夢…?じゃなくて?」
「…起きたのか」
 今度は呆れたように言って、ベッドから立ち上がる。
 目の前にいるのは間違いなくキッドだが、何で俺の部屋に居るんだろう。…もしかして、見舞いに、とか?
 未だに状況を完全には把握できていない俺に、キッドは盛大に溜息をついた。

「欠席が長かったからな、心配していたんだが」
 思ったより元気そうじゃないか、と。乱れた髪とジャケットの襟を正しながらの言葉の端には棘がある。
 えーと、それ、もしかしなくても俺のせいですかね。
 夢うつつで触れた感触は、もう手のひらには殆ど残っていない。…ああ、惜しい事をした、と内心悔やむ俺を、キッチリカッチリ身なりを整え終えたキッドが不機嫌に睨む。

「…お前は普段、どんな夢を見てるんだ?」
 視線が痛い。いつもお前の夢を見てるぜ、なんて甘い台詞を吐こうものなら逆効果になりそうだ。回らない頭で何とフォローするべきか考えあぐねていると、キッドはやれやれといった様子でもう一度小さく溜息をつく。
「もういい、寝ていろ。リンゴでも剥いてやる」
「え、あー、うん……あのさ、」
 なんだ、と言う代わりに首だけこちらへ向けたキッドに、とりあえずコレだけは言っておこうと、掠れた声を絞り出す。
「…ありがとな、わざわざ来て貰って」
「………別に、」
一瞬の沈黙のあと、
「会いたかったから、来たんだ」
 事も無げにそう言い残して、ドアの向こうへ消えていった恋人を見送りながら、俺はやっぱりまだ夢でも見てるんじゃないかと、自分の頬を軽くつねってみたのだった。