03 「第二案だが」 「まだなんかあんのか」 「これだ!」 言って、キッドが両の手を後ろへやり、何かを取りだすような仕草をした。どこに隠し持っていたのか、四角く折りたたまれた布の様なものをばさりと翻す。と同時にソウルの視界は白く染まった。 「?!」 椅子に掛けたままだったソウルを、ふわりと頭から包み込んだのは、真っ白な布だ。それも、かなり大きい。 さらりと柔らかい肌あたり、清潔な洗剤の香りのなかに微かに残る、砂漠の太陽の乾いた匂い。 「シーツ……?」 相変わらず視界を塞がれたまま、おそらく顔の向いている方向にいるだろうキッドに問いかける。ふふん、と自信ありげに笑う声がした。姿は見えないが、きっと得意げな顔で胸を張っているのだろう、と真っ白に塗りつぶされた視界のなかでソウルは思った。 「『死を呼ぶ演奏』の信憑性を高めるために、視覚的な方向から恐怖を演出する」 「……簡潔に頼むわ」 「ピアノを弾いているものが、『人ではないもの』であると誤認させればどうだ、という話だ」 「? …………ああ、なるほど」 ハロウィンの仮装などでもよく使われる、所謂シーツオバケというやつだ。 やがて、ふ、と辺りが暗くなった。キッドが照明を落としたのだろう。室内の光源は、来たときに携えていた、携帯ランプの弱い光だけになった。 暗闇の中、ぼんやりと白い影が浮かび上がるさまは確かに、幽霊の類を連想させておかしくない様相だったが、当のソウルはといえば不意に暗転した視界に慌てた様子で、シーツを被ったままきょろきょろと辺りを見回している。 「……ってちょっとまて。もしかして、これで弾けってのか」 「曲調は、あまり明るくないほうがいいだろうな。外に漏れ聞こえるよう、少し開けておこう」 ギィ、とドアの開く軋んだ音がした。「では頼む」というキッドの声に、気軽に言ってくれる、と思いながらそれでもソウルはピアノへ手を伸ばした。白鍵のひやりとした感触を、手探りで確かめ指を置く。この不自由な状態でも弾けそうな、なにかしめやかな曲調のものを、と律儀に考えた後、徐に彼は何かを弾き始めた。 「…………、『葬送行進曲』か」 「直球のがいいだろ、こーいうのは」 『死を呼ぶ演奏』ではないが、死に纏わる曲目ではある。多少の誤差はご愛嬌といったところだ。 厳かで陰鬱なメロディーが部屋を満たす。静かに、死者を弔う旋律を奏でる指は止めぬまま、「そういや」とソウルはキッドに話かけた。 「デスサイズスの分だけ、あるんだったけか。八不思議」 「そうだな。……何か疑問でもあるのか」 「アレはどうなってんのかなと、思ってさ。……八人目の、話」 死武専を退学になった生徒を、拷問し処刑するというその怪談。自身で作りあげたものなのだとしたら、それは彼自身の死武専に対する忠誠心、死神様に対する信仰心の顕れであったのだろうか。なんとも皮肉なものだと、ソウルは思った。 『爆音と共に現れる処刑人』。 今はもう、ここにはいない。 言われずとも、キッドにも分かっていた。彼自身、月面で向かいあったのだ。反逆の黒き刃に。神に仇なす者の、哀れな末路に。 全てが終わった。失われたものは、あまりにも多かった。記録となり記憶となった全てを悼むように、ソウルはただ無言で、愁傷の旋律を奏した。 「……死武専にはもう、爆音の源はない。語るものがおらねば、いずれ消えゆくだろう。それに、」 空気の揺れで、キッドの気配が動いたのが分かった。足音もなく近付いてきた死神は、ソウルの隣、予備椅子に腰を下ろす。 「このような形でいつまでも、『ここ』に残り続けるのも、奴の本意ではないだろうからな」 淡々とした口調に滲むのは憎悪ではなく。帰らぬものを憐れむ心だけが、そこにはあった。 |