愛症候群(その発病及び傾向と対策に関する一考察)


03

「おかしいと、思うか?」
「……? なにが」
 不思議な色をした瞳がソウルを捉える。冬空の月光を思わせる、澄んだ金色は何かを探るような風でもなく、ただじっと瞬きもせずソウルを見ている。
 その一点の曇りもない瞳が、自分だけを映している、と思うと妙に落ち着かない心持ちにさせられる。理由は分からないが、それこそが神の眼力というものなのだろうかとソウルはぼんやり思った。
 学食にはもう生徒の姿は殆どない。校庭からの喧騒が遠く聞こえて、ほんの数秒の無言の時間は、随分と長いもののように思えた。
「俺が、恋をしているのだ、などと」
 しばしの沈黙のあと、言ってキッドはその瞳を斜めに伏せた。
 声に悲壮な雰囲気があったわけではない。けれど、この『相談』が、そしてその問い自体が。彼にとり重要なものであり、そして信頼できる相手にこそ打ち明けたのだということが、はっきりと伝わるものではあった。

「…………別に。おかしかねーよ」
 脳裡を過ぎるオモシロ映像を掻き消して、ソウルは可能な限り真剣な顔を作った。正直、まだ『なにかの間違いではないか』という思いは完全には消しきれなかったが。
 傍から見て、どれだけそれが奇妙に捩れて滑稽な事象であろうとも。彼は自らの中に生じた疑問と真摯に向き合い、悩み、そして解決法を探っている。それを笑い飛ばして終わらせるのは、友人として不実なことだと思えたから。
「ただまあ」
 言って、ソウルは缶に口をつけた。既に少し温くなってしまった汁粉が、口の中で粘つく。
 確かに、同性同士の恋愛と言うものは、異性間のものより障害も多いものだろう。しかしそれを法的に認める州もなくはないし、なにより死武専でそういったことを禁じている訳でもないのだ。
 そもそもが、死神と人間、という種の違いを持っているのだから、性別について論じること自体、あまり意味のない事なのかもしれないが。
「……なんでブラック☆スターだったのか、っつーのはちょっと、……気になるかもだけど」
「うむ。俺もその事を、相談したいと思ってはいた」
 興味本位な質問だと、とられはしなかったことにほっとする。と同時に、それは純粋な心遣いからの問いであったのだろうか、という疑問がソウルの胸を掠めたが、気付かなかったことにしておいた。
「……リズがいつも言っている。曰く、『目があうだけでビビッときて、胸がドキドキして、頬がポッとなっちまうような』ものが恋なのだと」
「なんつーか、直観的な表現だな」
 なるほど恋多き乙女らしき発言ではある。まあいいけど、といつのまにか空になっていた汁粉の缶を手の中で弄ぶ。
 恋愛とは恐ろしく個人的で、そして自由なものだ。それは規律を司るはずの、神という存在においてもまた同じなのか、という考えは、少なからずソウルの胸をざわつかせた。
「それで? お前はその、ブラック☆スターの事を考えると? ……そう、なるっての?」
「様々なケースを比較し判断してみると、奴が当てはまることに気が付いたんだ」
「……うん?」
「例えば、手合わせをする時など」
 なんとなく、話の雲行きが怪しくなってきた。頬のひとつも染めるのかと思いきや、想い人について語ろうというキッドの表情は、寧ろ硬く引きしめられている。
 そう、先程からずっと、気になっていた違和感は主にそこにある。『恋』という言葉から連想されるような、甘さも切なさも感じない、どちらかといえば戦いに挑む時の様な気迫をもったキッドの様子に、なんとはなしに先の流れを予測しながらも、ソウルは目で彼の言葉を促した。



「拳を交える直前、じりじりと互いを牽制しながら視線を合わせているだけで、空気がピリリと張り詰めるのがわかる」
――『目があうだけでビビッときて』?

「ドキドキ、というのはつまり動悸がするということだろう。接近戦での激しい動きは確かに、若干だが心拍数の上昇ももたらすし」
――『胸がドキドキして』??

「そうだな、あいつの俊敏さは驚嘆に値するな。この間などは、すばしこく校内を逃げまわるのを追いかけまわす羽目になって、冬だというのに額から汗が滲む程度には、顔も熱くなっていた」
――『頬がポッとなって』???



「……つまり、そうした様々な事象を総合的に考えた時、俺はブラック☆スターに恋をしているのではないかと、思うに至ったんだ」
「………………」

 そういうオチだったか、と。
 しばし言葉が見つからなかった。ある程度の予想はあったものの、その期待を全く裏切らない的外れっぷりは、最早才能といってもいい程だ。
 いや恐れいる、とソウルは引き攣った笑みを浮かべ、「なるほどな」とだけ言うのがやっとだった。
 と同時に、よく分からない安堵を覚えている自分にも気付く。いつものキッドで安心した、それもある。面倒事に巻き込まれずにすんだ、それも間違いではない。
 或いは、決して平坦ではない道を歩もうとする友人を、案じていたというのもあった、かもしれない。
(……俺ァそんなに、面倒見良いヤツだったっけな……?)
 まあいいか、と生じた疑問を一旦棚上げして、ソウルは取り敢えず目の前の問題から片付けることにした。

「あのな、キッド」
「なんだ」
「非っ常ーーに、言いにくいことなんだが…………」