EARLY IN THE MORNING


03

「? 羨ましいって、……なにが」
「――……、」
 口にしてみた当人が、その言葉にもう違和感を覚えていた。疑問符を顔に浮かべたソウルに、返す言葉に詰まる。
 キッド自身、それを正確に言葉にできるほど、自分の思考を理解してはいなかった。もやもやとした想いの切れ端は、掴もうとするたびするりとその手を抜けてしまう。
 胸を一瞬、過ったこの感覚は。羨望とも憧憬ともとれるような色をしたその感情は、傷という謂わば敗北の苦味を象徴するものとは、遠いもののように思えるのに。
 音にすれば、すべてが虚ろになってしまいそうな気がして。
 仕方なく、それを別の言葉に擦り変える。
「………………腹筋が」
「腹筋??」
 ソウルの語尾に疑問符が増える。それはそうだろう。筋肉自慢でもない自分の、何が羨ましいのかと。
 けれど、咄嗟に置き換えた言葉は、まったくの嘘、というわけでもなかった。片手を顎に置き腕を組んで、まじまじとソウルの腹あたりを見据えるキッドの、視線に怯んだようにソウルが一歩退いた。
「そうだ。健全な魂は、健全な精神と健全な肉体に宿る。……ブラック☆スターは馬鹿だが、そこを決してはき違えることはない。そういう点に於いて、俺はあいつを尊敬している」
 馬鹿だがな、と念を押すようにもう一度言えば、ソウルは呆れたように小さく笑っただけで肩を竦めた。概ね同意だということだ。
「あいつほどに、とは言わんが俺ももう少し体格が良ければ。死神としての貫禄というか、威厳が出るのだろうかと」
「……ああ。それで筋トレ?」
「外見的な部分に拘るなど、愚かしいことだと分かってはいるのだが」
 比較的細身の見てくれは、相手を油断させることはできても威圧することには不向きだ。コンプレックスという程のものではないが、とキッドは着ていたシャツの裾を掴み、ぺらりと大きく捲ってみせた。
「! ……」
「体質だろうかな。どうも俺は、筋肉がつかん」
 言って、自分で腹のあたりを撫でる。確かに、その身体つきはEATの、しかも職人だとはとても思えないほどに、言ってしまえば貧相ではある。
「いや、まあ、……その」
 つまり、常人離れした瞬発力も持久力も、純粋に鍛え上げられた筋力からくるものではない、ということだ。言葉を濁し、ソウルが不自然に目を逸らしたのはその事に対する畏怖の念と、同時になんとフォローすべきか、という迷いを表すものでもあり、――だが、それだけという訳でもなく。
 そんな友人の惑いに全く気付いた様子もなく、キッドはふぅっと落胆したようにひとつ息をつく。
「そうだな、腹だけでなく胸板ももう少し……、」
「……だあっ!!」
「! …………な、……なんだ?」
 さらに捲り上げようとした裾を、いきなりがばと引き下げられて、キッドは困惑に表情を歪ませた。疑問をもった目を向ければ、ソウルは何故か妙に狼狽した様子で、ぱっと掴んでいた手を離した。
「い、いちいち見せなくていいっての……!」
「……変なやつだな。何か問題があったか」
「問題っつーか……」
「……目も当てられぬほどに貧弱だとでも?」
「………………」
「ほーう」
 無言を肯定と受けとめた、キッドの声のトーンが一段落ちる。剣呑に細まった目が、明らかに地雷を踏んだのだと告げている。不穏な気配を察知し、そろそろと退散の用意を始めたソウルの傍らで、キッドは軽く伸びなどして、「よし」と気合を入れ直すようにぐっと拳を握った。
「十分に身体も温まったことだし、筋トレに入るとするか」
「……参考までに、メニューは?」
「うむ。椿から、ブラック☆スターが常日頃こなしているという内容を、…………おい、どこへ行くソウル」
「さいなら」
「待てっ! 逃がすと思うかっ!! …………」

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