home, Sweet home

03

「そーいう訳だから、もう二、三日厄介になるわ」
「それは構わんが……」
 再び死刑台邸の門を潜ったソウルを出迎えたキッドは、幾分疲れた顔をしていたが、立ち上がれるほどには精神が回復したらしい。姉妹を預かると告げたソウルに、キッドは小さく溜息をついた。
「世話をかけるな」
「いや……別に。いーけどさ」
 寧ろチャンスだもんねと意味深な笑みを浮かべる相棒の顔がソウルの瞼を過る。
(うるせぇよ)
 幻聴を掻き消すように軽く舌打ちし、キッドの後について長い廊下を歩く。昼間でもどこか薄暗い邸内に、窓から差し込む陽はもうずいぶんと傾いている。ポツポツと灯りの灯り始めた街並みを窓越しにぼんやり眺めていると、先導するキッドが先程よりいくらか明るい顔でソウルを振り返った。
「丁度良かった。だったら昨日お前達が使った部屋の、修復作業を手伝って……おい、どうした。客室はそっちじゃあないぞ」
 客室階へと続く階段に、一度は乗せた片足を外してくるりと背を向け、エントランスへ引き返そうとしていたソウルの背に制止がかかる。
「あ〜……、そうだっけ?」
「しっかりしろ。もう忘れたか」と呆れたように言うキッドに愛想笑いを返した。
 正直すっかり忘れていた。勿論客室の場所ではなく、あの部屋の惨状を、だ。
 昨晩のオバケ退治で、マカチョップ百連打の余波をくらって割れたシャンデリアだの、フリスビーよろしく投げられた皿だのが散乱した部屋の有様を見て愕然とするキッドを、結果的にそのままにして屋敷を出て来たのだ。
「これでも三割ほどは元の形を復元できたんだが。……あのバラバラな部屋に一人でいると、気分が滅入って仕方がない」
「……それはまた」
 一面に破片が散乱した部屋の有様を思い出し、ソウルはキッドとは別の意味でげんなりとした顔になる。あの超高難易度のパズルをやれというのか。たった二人で。
 確かに手伝うと一度は言ったが、それも五人いればなんとか、という算段があってのことだ。パティの驚異的な造形力に期待していたというのも多少はある。
 キッドのことだ。一度始めた作業は完璧にやり終えるまでたとえ何日かかろうと、けして投げ出しはしないだろう。美徳でもあり、かつ面倒でもあるこの性質も、普段ならある程度尊重してやりたいところなのだが。
 ソウルにとっては恋人と二人きりで過ごす貴重な週末でもある。『黙々と壺を組み立てて過ごす』なんてスケジュールに書きこむ気にはなれなかった。

 何かこの場を凌ぐ方法はないか。案内された客室内に、目を走らせたソウルはベッドサイドの時計に目を止め、さも今気がついたかのように手を打った。
「あー……っと。あれだ、ぼちぼちメシの時間だな!」
「ん?……もうそんな時間だったか……、すまんがソウル」
「ああうん俺が用意するから。お前は部屋でゆっくりしてろよ、な。……続きはあいつらが帰ってきてから、皆でやりゃいいだろ」
「しかし……」
 どうせ片付けるにしても人出は多い方がいいと、主張するソウルの目を、探るように金の瞳が覗きこむ。短い沈黙の後、キッドは僅かに表情を翳らせ頷いた。
「………………そう、だな」
 言葉の上では同意こそ返したものの、彼にしてみれば、あの散らかり放題の部屋が放置されていること自体が我慢ならない事なのかもしれない。
 それでもその部屋に身を置くことのリスクを考慮したのだろう。「自室にいる]とソウルに背を向けた。
「用意ができたら呼んでくれ」
「ああ、じゃあ、後で」
 若干気落ちした様子の恋人に心の内で手を合わせる。
 手にした荷物を置き、ソウルはひとつ大きく伸びをして、せめて夕飯は彼の好物を並べてやるかと屋敷のキッチンへと向かった。