home, Sweet home

04

 外から見ている分にはデカい屋敷だという事しか分からない死刑台邸に、滞在してみて気付く事は多い。まず驚いたのはその広さにも関わらず使用人の類がいないということだ。聞いたところによると、キッドが死武専に入学したのを機会に、元々それほど多くも無い使用人全てに暇を出したのだという。
「『自主性に満ち、協調性に富んだ生活態度を養う』というのが死武専の校訓でもあるしな」というのはキッドの弁だが、はて気のせいだったかなと一人キッチンに立ち、夕食の準備をするソウルは首を捻る。
 そうでなくとも週に何度かハウスキーパーが入り、買出しに行かずとも週末には食材が届けられるというこの屋敷でいったいどれだけの生活力が養われるのかは不明だというのに。
 キッチンから垣間見た三人の共同生活は、どうやらお世辞にも校訓に則っているとは言い難いもののようなのだ。

 日々の食事はソウル達と同様に各々で用意しているらしいのだが、キッドは料理が出来ない。正確に言うなら、準備段階で時間が掛かりすぎる為任せることが出来ない。パティは出来なくはないらしいのだが、その黄金の右手が生み出す無国籍、というか非常に個性的かつ独創的な料理は、従来の味覚要素で言い表す事の難しい味らしい。調理実習でリズを除いた同班の生徒を、残らず保険室送りにした事でも有名だ。
 必然的に食事はリズに頼りきりになっているのだが、とはいえリズとて「比べればマシ」という程度でしかないことが、備蓄されているレトルトパウチの数とフリーザーの中に占める冷凍食品の割合が物語っている。

 グリルの温度に気を使いながら、ふと先日死刑台邸で開かれたパーティーの事を思い出した。
 『恋を掴むにはまず胃袋を掴め』。
 ロクな男がいやしないとぼやきつつ、せっせと椿の料理を皿に盛っていたリズの言葉だ。
 経験に基づいた言葉はそれなりの重みがあるものの、そのための努力が『椿の料理で男を釣る』かよと少し呆れたのを覚えている。フリーライドで掴めるほど、運命の恋とやらは甘くないんじゃあないのか。

(人の事より我が事、だな)
 最後に軽く汁物の味見をして、ソウルは満足げに頷いた。
「うし、こんなもんだろ」
 一通りの作業を終え、キッドを呼びに行くかと思っていたところで丁度本人が顔をだした。エプロン姿のソウルを珍しいものでも見るような眼で眺めて、「案外似合うな」と短く感想を述べる。
「褒められてんの? 俺」
「何か不満か」
「いやー……、別に。そりゃどーも」
 キッドに席に着くように促して、その賛辞には曖昧な笑顔で応えた。
 エプロンを絞め、キッチンに立つ。
 まったくもって正しい主夫の姿と言えよう。そして似合うと言われて別段嬉しいものでもないのも確かだ。
 別に料理は嫌いではないから、どっちかといえば自分のほうが主夫に向いてはいるんだろうが。
(…………いやいや、ないだろ。『どっちか』、なんて)
 無意識に、自分とキッドとを仮定していることに気が付きぶんぶんと頭を振るソウルに、怪訝な目が向けられる。
「どうした。何か手伝うか」
「ああ、いや! なんでも」
 不自然に上ずった声に気付かれてはいないかと、少しひやりとする。ありもしない新婚生活を妄想しかけていたなんてCOOLじゃない事、口が裂けても言えやしない。

 広い食卓に並ぶのは、秋刀魚の味醂干しに、青菜の胡麻和え、卵焼き、味噌汁、白米。
 昨夜マカの出したアジの開きが(主に見た目の面で)素晴らしく気に入ったと言っていたから、引き続き和食にしたのだが、やはり正解だったらしい。キッドはテーブルの上に並ぶサカナの開きのシンメトリーな形に目を輝かせている。
 調味料は東西を問わず豊富に取り揃えられており、食材を揃えるだけですんだのは幸いだった。
 栄養バランス的にも問題はなく、味だって悪くはないはずだが、見た目のシンメトリーが最優先なキッドに果たしてどこまで伝わるかは不明だ。
 それでもリズの言葉を真に受けるわけではないが、いつもより多少出来上がりに気を使ってしまったのは確かだった。
(ああなんて甲斐甲斐しい俺)
 自嘲気味に唇を歪めながら二人分の湯呑にほうじ茶を注ぎ、ソウルは自分も席に着いた。