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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

22周年記念:『シャーニュブールの笛吹ブリューナ』(第3話)


 涼やかな森の冷気に小鳥のさえずりが冴えわたる。
 そんな爽やかな朝も……彼には全く関係なかった。
 「うー、頭、痛い」
 ずーんと重い。寝不足。
 あの音のせいだ。
 ラヴェルはため息をついて、窓の外を見た。
 もわっとしたものが巨大な翼を広げる。
「うわ!?」
 何やら影が動き、ラヴェルは思わず目をこすって二度見した。
 よく見れば、窓辺に大きなフクロウと鷹が仲良く並んでとまっているではないか。
 とはいえ、ただの鳥だ。
「び、びっくりした……ん? これって?」
 その猛禽類にラヴェルは見覚えがある。
 モラヴァ公トレノの相棒だ。
 鷹がガラスをつついて開けるよう催促してきた。
「何か用なのかな?」
 ラヴェルが窓を開けると、鷹はくちばしに咥えていた結び文を寄こす。
 文をほどいてみれば、流麗な字で裏庭に来るよう指示があった。
「うわ、なんだろう……」
 ラヴェルにとって、トレノはレヴィンと同じ類の人間である。
 二羽を両肩にとめ、ラヴェルは恐る恐る城の裏庭へ向かった。
 どこにいるのかときょろきょろしていると、倉庫の陰からトレノが手招きしているのが見える。
「昨晩、音は聞こえたか?」
「ええ、ばっちり聞こえました。おかげで寝不足です」
「そうか」
「ところで、何かあったんですか?」
「いささか気になることがあってな」
 トレノは何か気になることがあって所領のモラヴァから情報を取り寄せたという。
 恐らくこの鷹が往復したのだろう。
 情報の内容は教えてくれなかったが、歌合戦には注意しろと忠告を受ける。
「詩人楽士に紛れて、曲者が周辺をうろついている。恐らく歌合戦に紛れ込んでくるだろう。目を光らせておけ」
「わ、わかりました」
「昨晩、フクロウを町へ飛ばして哨戒させた」
「え?」
 目をやれば、いつの間にかフクロウがトレノの腕へ移動して羽毛を膨らませている。
「こいつは何か見たらしい。それが何か、知ることはできないがな」
 昨晩、バルバロスをはじめとした人間たちは気づかなかったようだが、フクロウの目には何かはっきりしないものが映っていたらしい。
 幻のような鬼火のような、影のような何か。
「俺が歌合戦の場にいるのは違和感があるだろう。お前がこいつを連れていけ」
「僕が?」
 思わずのけぞったラヴェルに構わず、フクロウは彼の肩に戻った。
 その代わりと言わんばかりに鷹が主の腕へ戻る。
「歌合戦には陛下も参加なさる。万が一の場合はお前が守れ。いいな」
「は、はい」



 歌合戦は昼過ぎから行われる。
 城には午前中から高名な詩人や歌人、楽士たちが続々と到着した。
「こ、この人たちと一緒に出るのか……」
 ラヴェルは周囲を見やってうめき声を漏らした。
 気後れもいい所だ。訪れる著名な詩人たちに圧倒される。
「ご機嫌麗しゅうございます」
 訪れた客人は次々と城の王侯貴族たちに挨拶している。
 どちらかといえば地味なシレジア王城が、今日ばかりは華やいで見えた。
 人々がさざめく中、正午の鐘が響く。
 昼食の間にも続々と客人が訪れている。
 のんびりしていては対応しきれない。
 クレイルや貴族たちは軽い昼食を早く切り上げて対応を続けている。
「お初にお目にかかります、陛下」
 訪問者の一人がクレイルに声をかけた。
「初めまして。王城へようこそ。お名前を伺っても?」
 クレイルの問いに、苞盲者は恭しく頭を垂れた。
「私、ベルナー・ファン・シャンベルクと申します」
 その名前に、クレイルはピンときた。
 ニコ目の表情を崩さぬまま、にこやかに応対する。
「君が手紙をくれた方だね?」
「左様でございます」
 クレイルの問いにベルナーと名乗った男は、所作も優雅に挨拶した。
「ところで陛下、手紙はご覧頂けましたでしょうか?」
 昨日届いた手紙のことか。
 歌合戦の優勝の暁には、褒賞として町を一つ所望すると書いてあった。
「うん、見せてもらったよ。町が欲しいなんて、変わってるね」
「そうでしょうか」
 意外そうな表情を浮かべるとベルナーは言葉を続けた。
「私めは詩人として活動しておりますが、本職は私設開拓団にて植民を請け負っておる者でございます。シレジア王国は豊かながらまだまだ森も多く、以前より開拓の余地は十分と興味を持っておりました」
 なかなかにきらびやか、いや、やや派手めな衣装のベルナーだが、植民請負人ということは、どうやら資金を潤沢に所持しているようだった。
「なるほど。実業家なんだね」
「いえいえ、そのような大それたものではございません。私はあくまで代理、請負人でございます」
 クレイルの感心した様子に、ベルナーは手を横に振って見せた。
 優雅だが身振りは演技めいているというか、少々大げさである。
「我が開拓団は、元々は西のディアスポラから独立した大司教が布教のために創設したもの。百年前に当時の司教が亡くなり教会を解散、現在は純粋に新天地を求め、開拓・開発を請け負っております」
「へぇ〜じゃぁ結構長く活動しているんだねぇ」
「左様でございます」
 周囲では訪問客が宮廷詩人や貴族たちと談笑している。
 ラヴェルが愛想笑いを振りまいている間、クレイルはベルナーの長話につき合わされていた。
「このたびは、シレジア王国にて開拓をさせて頂きたく、この機に参上仕りました。詩人としても歌合戦に興味がありましたのは確かにございますが」
 ベルナーは滔々と持論を述べる。かなり弁が立つようだ。
(あれ)
 クレイルは妙な胸騒ぎを覚えたようだった。
 微かに危機感を持つ。
 気付かれぬよう集中し、意識を平静に保つ。
(うん、これ、気をつけないと、弁舌で操られるな)
 ベルナーは詩人だそうだが、さながらカリスマ弁士といったところか。
 周囲の者も、まるで演説の虜になったかのようにベルナーに注目している。
「開拓・植民というものは未来に向けて発展していくものでございます。そのため、移民は若者が中心となり、彼らの創造性をいかんなく発揮して行われます。しかし未開の土地への開拓は危険も伴われます」
 まるで聴衆を前にした演説のような調子でベルナーは話をつづけた。
「その点、シレジア王国であれば危険はありますまい。王国は八百年の安泰を誇る世界でも稀有な国。野山の危険な魔物も少ないと伺っております。これは陛下や魔導士の方々、そして騎士団の方のご尽力あってのこと」
 周囲で聞いていた貴族や詩人たちが互いに顔を見合わせてはうなずいている。
 話が長いなと思いながらも、表情に全く出さないのはクレイルの凄い所である。
 それは聞いているふりをして寝ているのではと疑うほどである。
「当開拓団においては、今回、今までとは異なったアプローチでの植民を企画して御座います。今までは未開の土地の開発に取り組んでまいりましたが、この度は、すでにある街の発展に寄与したいと考えております」
「というのは?」
 適当に返したクレイルに、ベルナーは長々と言葉を続けた。
「シレジア王国の大半は深い森と湖の間に、小規模な町や村が独立して点在しております。それぞれの町の独自性は魅力的ですが、このままにしておくのは非常にもったいない」
 握る拳に力を籠める。
 ベルナーは劇中の人物のように勿体をつけると周囲の人々を見渡した。
 聴衆は続きを促すように視線を向けている。
 クレイルは淡々と問うた。
「そうかもね。それで、君はどんな改善案があるのかな?」
「この度の計画では、いずれかの町を拠点として発展させ、さらに周辺の町と繋ぎ合わせることで一体化し、文化圏は保持したまま、広域全体を発展させる手法を試みたいと考えております」
 ベルナーは今回は未開拓の土地を開発するのではなく、一つの街を拠点とし、やがては広域の都市開発に着手したいということのようである。
「この計画につきまして、開拓団の……」
 ベルナーは開拓の規模、参加者の若さとその発展性、未来予想、果てはスポンサーや運営資金など、流れるように説明を続けている。
 ざっと聞いているだけでは魅力的に聞こえる。
 だが、クレイルはさりげなく会話を遮った。
「ああ、ベルナー君、ほら、後ろに挨拶の列ができちゃってる。申し訳ないけど、お話は歌合せの後にゆっくりさせてもらうよ」
 ラヴェルが視線を上げれば、ベルナーの後ろには国王であるクレイルに挨拶しようと人が列をなして待っていた。
 ベルナーの美しく抑揚たっぷりのバリトンの美声に居合わせた者たちは聞き入っていたが、さすがに待たせすぎというものだ。
 ベルナーは何か反論しようとしたようだったが、そこへ別の声が掛けられた。
「陛下、お久しゅうございますわ。ちょっと、そちらの殿方」
「む?」
 顔だけわずかに振り向いたベルナーの後ろから美しい女性が進み出た。
「ごきげんよう。歌合戦に参加される方かしら。私も陛下にご挨拶を申し上げたいのですけれど、よろしくて?」
「もちろんです、お嬢様」
 どこか慇懃なほど丁寧に礼をするとベルナーは下がった。
「では陛下、また後程」
 ベルナーが消えるとクレイルは肩をすくめた。
「やぁ、助かったよユリディーシェ嬢」
「あれが手紙をよこした人? 随分図々しいですこと」
「本業はかなりの実業家らしいよ。都市開発がしたいんだってさ〜」
「あの派手な衣装、私にはただの悪趣味な成金にしか見えませんけれど」
 そういうと、ユリディーシェは声を潜めた。
 挨拶の礼と見せかけて、クレイルの耳元に口を寄せる。
「……私の竪琴が光っております。近場に何らかの魔物がいるかと」
「そう。忠告ありがとう」
 返礼するように頭を下げ、クレイルはユリディーシェの竪琴を盗み見た。
 昼間の明るさでわかりにくいが、竪琴の弦が微かに青白く光っている。
 光の翁と呼ばれる老人から土産にもらったこの竪琴は、魔力に当たると青みを帯びて輝くという。
 クレイルの視線に気づくと、ラヴェルは頷いた。



 昼の鐘の音。
 昼間というのは一番明るい時間だが、同時に最も影が濃い時間でもある。
 正午の鐘楼の影に入ると悪魔に連れ去られるという言い伝えもあるほどだ。
 レヴィンは王城の城門の上から登城する詩人たちを見下ろしていた。
(これでは疑ってもきりがないな)
 正直に言えば、怪しそうといえば全員怪しい。
 ラヴェルのような身分の知れたトルヴァドールや貴族詩人ならばともかく、各地を巡る吟遊詩人のほとんどは身元不詳のようなものだ。
 また、楽器そのものが魔力を秘めており、アゼリアのハープや光の竪琴、レヴィンの持つ名前もない五弦琴など、魔力を帯びた音色を放つ名器を所有する詩人すらいる。
 その中に悪魔が混ざっていても、見分けはつきにくいだろう。
 (マリア王女は笛の音と例えたが……)
 夜中に怪しい音を立てている者が紛れ込んでくる可能性は高い。
 詩人達が絶えることなく城門をくぐっている。
「レヴィン」
 レヴィンが振り返ると、肩にフクロウを留めた……いや、髪をくちばしで引きちぎられているラヴェルがやってきた。
「近くに化け物がいそうだよ。ユリディーシェさんの竪琴が光ってるって王子が」
「そうか。警戒しておく。お前はクレイルの側を離れるな」
「うん。あ、痛たたた! やめて!」
 フクロウに懇願しながらラヴェルが城内へ戻っていく。
 これは昨晩の姿知らぬ悪魔が来るかもしれない。
 悪魔は明け方に姿を消すが、昼頃になると日の当たらぬ陰から活動を再開する。
 夕方ごろから活動が活発化し夜には旺盛に活動するというだけで、昼間は活動しないというわけではないのだ。
 しばらく見張っていると今度はトレノが来た。
 どうやら町へ行くらしい。
 気になることがあるという。
「昨晩、いや、今朝方の話を伝令から聞いた。少々、引っかかってな」
「相手は目には見えんぞ。気をつけろ」
「わかっている」
 去って行く姿をレヴィンは見送った。
 トレノはそのまま町へ降りていくと、衛兵の詰所へ足を向けた。
 昼食後に昼寝していた隊長のバルバロスだが、トレノの訪問に飛び起きた。
 ちょっと嫌そうに見えるのは気のせいではあるまい。
「なあに? 何のご用?」
 バルバロスは勤務態度を突っつかれるのではと身構えたようだが、そうではなかった。
「夜間、子供が行方不明になりかけたそうだな」
「ああ、その話とな」
 説教ではないと判断し、ほっとしたような表情をバルバロスは浮かべた。
「ここしばらく、夜中になると子供たちが夢遊病のように外へ出てしまうのだわ。昨晩は、町の一角に集団で集まっていたわけ」
「子供たちはその後どうした?」
「ああ、レヴィンていったっけ? あの詩人。彼の魔法で幻覚が解けて家へ戻ったよ」
「魔法で解けた、ということは、夢遊病を起こしていたのも魔法ということになるな」
「そうなるね」
 バルバロスは魔法はさっぱりだ。
 首をすくめて見せる。
「ほら、最近、姫が夜中になると笛の音がするっておっしゃるアレ。町の子供たちも、奇妙な音が怖いと言っておるの。どうも、その音が妙な魔法と連動しているような」
「そのようだな。町の子供たちと話がしたい。可能か?」
「あー、それなら……グリューン、モラヴァ公をご案内するように」
「かしこまりました。こちらへ」
 トレノは衛兵の案内で、一見の町屋へ立ち寄った。
 紹介されたのはその家の息子で、昨晩も出歩いた集団の中にいたらしい。
 連日寝不足のようで、目の下にクマが色濃く染み出ている。
「散々な様子だな。夜に起きたこと、聞かせてもらえるか?」
 城の騎士の来訪に子供は緊張したようだが、やがて声を震わせながらも説明を試みた。
「夜、寝てからしばらくすると怖い笛の音がするんだ。変なメロディーなの。昨日だって怖くて布団をかぶって寝たはずなのに、目が覚めたら町の広場でみんなと立ってたの」
「怖い笛の音というのは、夜しか聞こえないのか? 昼間は?」
「昼間は聞こえないよ。夜、寝てからだよ」
「そうか」
 小さい子に尋問を続けるのも負担だろう。
 トレノは衛兵に案内をさせ、家を数軒回った。
 何名かの子供から聞き取りを行うが、皆が同じような話だった。
 だが、ある家の女の子の話を聞いている時に、それまでより具体的な話が出てきた。
 話を聞いていた女の子ではなく、二つ上の姉が口をはさむ。
 彼女もやはり怖い笛の音が聞こえたらしい。
「あのね、音が近づいてきて、怖かったから耳を塞いだの。でも、窓の下から聞こえた気がして、怖かったけど、何だろうと思ってそっと窓から下を見たの。そうしたら、派手な衣装のおじさんが、笛を吹きながら歩いて行ったんだよ」
「派手な衣装のおじさん?」
「うん。そうしたら、妹が寝ぼけて起きちゃって、どうしたのって言ったんだけど聞こえてないみたいで、ふらふらと外へ出ておじさんの後をついて行っちゃった」
 その言葉に、トレノは視線を妹に向けた。
「そのついて行ったおじさんを覚えているか?」
 妹は黙って首を横に振った。
 だが、トレノは何か確信を覚えたようだった。
 目の奥に表情に鋭いものが走る。
 それでも立ち上がると子供の肩に手を置いた。
「そうか。よく話してくれた。礼を言う」
 騎士に礼を言われ、泣きそうな顔をしていた子供がようやく笑顔になった。



 トレノが町で子供たちに聞き込みを行っているころ、城ではすでに歌合戦が始まっていた。
 竪琴やリュートをつま弾きながら歌う者があれば、楽士の伴奏に合わせて歌う歌い手もいる。
 朗々と独唱する者もいるし、とつとつと素朴に歌い聞かせる者もいる。
 聞いている聴衆も、詩人や楽士、宮廷の貴族たちなどで、周辺は華やかなサロンと化していた。
「おお、なんと麗しい」
「歌声も素晴らしいとは、いやはや、恐ろしいお嬢さんだ」
 ラヴェルが目を上げれば、小型のハープを弾いて歌っているのはユリディーシェだ。
 元々は楽士として名を馳せ、名器アゼリアのハープの奏で手として知られたユリディーシェだが、歌もうまい。
 今の彼女の手にあるのは今となってはアゼリアのハープではないが、その光り輝く竪琴の音色も当然素晴らしい。
 鳴りやまぬ拍手の中、ユリディーシェは優雅にお辞儀をするとステージを降りた。次々と詩人や歌人が壇上に進み出る。
「さて、と。準備というか覚悟は良いかい?」
「もうどうにでもなれです」
 ラヴェルは肩をほぐすと深呼吸した。
 ラヴェルの番になった時には、すでに夕日も落ちかけている。
 半ばやけくそで、ラヴェルは竪琴を持たず手ぶらで壇上に進み出た。
 そのラヴェルと共に壇上に上がったのはクレイルだった。
 その手にはフルートが握られている。
 ラヴェルは竪琴の演奏は諦め、クレイルのフルートの音に合わせて歌うことにしたのだ。
「ああ、かくも菩提樹の木陰は優しく甘美なり、かつてこれほどまで、心地よい木陰を覚えたことはない……」
 男性にしては高い歌声が、細くも安定して響く。
 歌は上手いが演奏は下手なラヴェル。
 演奏は上手いが歌の下手なクレイル。
 ある意味丁度良いコンビかもしれない。
 ラヴェルの肩には大人しくフクロウが留まっている。
 半分はクレイルへの忖度だろうという大きな拍手をもらい、ラヴェルは大役を終えると壇から降りた。
「ああああああ、緊張した……」
「ご苦労様〜」
 後に続く詩人たちの歌に拍手を送りながら、クレイルとラヴェルは周囲に視線をやった。
 トレノやレヴィンの話では、おかしな者が周辺にいる可能性が高い。
 しかし今日といった華やかな場、いつも以上に派手に着飾った者、道化師のような姿の者、レヴィンのような流れの詩人など、常時の城にはいないような出で立ちの者がひしめいている。
 城内では衛兵がいつも以上に目を光らせているが、いまのところ、不審者の報告はない。
 歌合戦の長丁場に、従者や侍女たちが飲み物を運んで走り回る。
 茶やワインで喉を湿らせながら、ラヴェルは拍手をしつつ、周囲に視線を配る。
 窓の外はもう暗闇、もう夜だ。
 しかし歌合戦のボルテージはいや増している。
 突然フクロウが威嚇するようにうなった。
 思わず身構え、視線を周囲に走らせれば、壇上にはベルナーが上がったところだった。
 その周囲にはとりあえず不審な影は見当たらないようだ。
 部屋中を見まわし、視線を戻せば、ベルナーが懐をまさぐっていた。
 胸元から取り出したのはパンフルートだ。
 葦笛と呼ばれ、長さの様々な管を並べ繋いだ笛である。
 笛を吹いては歌えないのではと思うが、それは杞憂だった。
 前座とばかりに笛を吹くと、その後に高らかに独唱する。
「うわ、声の表情がすごい……」
 思わずラヴェルは感心してのけ反った。
 それは圧巻だった。
 ベルナーが声を張り上げたかと思えば、歌劇のように語り掛け、緩急をつけて歌い上げ、あるいは囁くように口ずさみ、また鼓舞するように物語の登場人物の台詞を張り上げれば、観衆からは拍手と歓声が地響きのように湧き上がる。
 そして歌の合間には自身で奏でるパンフルートの旋律。
 それはフルートのようなはっきりした音色とは違い、どこか憂いや郷愁を含み、それでいて空気や風、息吹を思わせる音色だった。
 やがて、歌も終わると締めくくりといわんばかりに葦笛を吹く。
 笛から唇を離せば、割れんばかりの拍手がその場を満たした。
 その後、高名な歌人や詩人が壇上に上がるが、聴衆はベルナーの歌唱に心を持っていかれたかのようで、拍手の響きもどこか虚ろだった。
「さぁ。判定はいかに?」
 参加したすべての詩人たちの披露が終わると、今回の歌合戦の優勝者を決める。
 場内はブルーナの名をコールする声で満ちている。
 凄まじい熱気だ。
「これ、どんな状態ですか」
「ちょっとまずいねぇ」
 ラヴェルとクレイルは顔を見合わせた。
 肩に留まるフクロウも殺気立っている。
「みんな、正気じゃない。操られてる」
「え!?」
 見れば、皆が酔ったような表情で恍惚とベルナーをたたえているではないか。
「歌と聞かせて、幕間の台詞の弁舌で操ったんだ。幻術の一種っぽいね。みんな取り込まれてしまってる。どうしようか」
「陛下」
 判定を任せられた貴族の男性が赤く染まった顔でクレイルを呼んだ。
「陛下! お聞きの通り、満場一致でベルナー殿を讃えております。優勝はベルナー殿ということで発表いたします」
「うん? ごめん、周りの叫び声がすごくて聞こえない〜」
「優勝はベルナー殿ということで発表いたします」
「もう一度!」
「で・す・か・ら!!」
 何度も言わせて時間を稼ぐとクレイルはラヴェルに目配せした。
 意を察すると、ラヴェルはそっと後ずさった。
 部屋の入口まで下がると、フクロウをそっと廊下へ出す。
 次の瞬間、フクロウは廊下を飛び去った。
「ちょっと、みんな静かにして! 聞こえないじゃないか」
 クレイルの声に、ようやく周囲の人間は声を落とした。
「ゴメン、もう一度聞く」
 クレイルの言葉に、何度も叫んで息の切れた貴族は大きく深呼吸をした。
 何とか冷静に声を絞り出す。
「発表いたします。このたびの歌合戦は、ベルナー氏の優勝にあいなりました。栄誉を称え、拍手をお願いいたします」
 万雷の拍手。
「では陛下」
 貴族に促され、クレイルはいつものにこやかな表情で前へ出た。


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