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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

24周年記念:『太陽の船』(第2話)


「はっくしょん!」
 土埃が入り込んだのか、濛々と煙る中からくしゃみが聞こえる。
 大陸の南北を分ける中央高地の北斜面側に位置するのがモラヴァ地方だ。
 そのあちらこちらで崩落が多発しているというが、彼の足元もまた深く陥没していた。
 呆れたように縁に立っているのはレヴィンだった。
「振動があったのに気づかなかったのか?」
 崩れた土砂の中からラヴェルが首だけを突き出してくる。
「上の崖が崩れてくるのかと思ったんだもん! うう、足の下が抜けるなんて」
 モラヴァは大山脈の北斜面にあたり、山の麓道からは北に広がるシレジアの国土が見渡せる。
 眺めが良いため、モラヴァの街道は旅人に人気のルートでもあった。
 その麓道を能天気に歩いている最中、ラヴェルは崩落に巻き込まれたのだ。
 さすがに妙な振動には気付き、これは崖から土砂が降ってくると思って上を見上げたら……そのまま足元が抜けた。
 レヴィンは振動がおさまると、埋もれたラヴェルをそのままに周辺を用心深く歩いた。
 埋まったまま放置されたラヴェルは頬を膨らませる。
「いや、あのさ、先に助けてくれないかな?」
「がれきを吹き飛ばしてか?」
「……待つことにします」
 助けてもらおうとすれば余計に事態が悪化することを悟り、ラヴェルは沈黙した。
 どうやら地下は大空洞のようだ。昔の坑道が崩落したのかもしれない。
 モラヴァは地下資源が豊富で、山沿いには昔から多数の坑道がある。
 崩落現場を確かめようというのか、周辺には人間の鉱夫に混じって中津国に住むドワーフの姿も見受けられる。
「大丈夫かね詩人さん」
「うう、助かります」
 ラヴェルは彼らに掘り出され、何とか助かった。
 近くの鉱村へ案内してもらい、手当てを受ける。
「最近崩落が多くてなぁ」
「なんでまた?」
 崩落が立て続けに起きるとは、大地や地質に原因があるのか、それとも人間が下手に掘ったのか。
 ラヴェルの問いに、鉱山村のドワーフは首を横に振った。
「地下から見知らぬ変なドワーフが出てきたんだよ。我らよりも、もっと深い場所に住んでいる一族らしい。連中が上がってきて騒いでいるんだ」
「もっと深く?」
「そうそう」
 この辺りの鉱山は、人間とドワーフが半ば共存共栄する形で運営されている。
 大地の妖精であるドワーフはもちろん人間よりも深い場所まで安全に掘り進めることができるのだが、その彼らよりもさらに深い所に別のドワーフ族がいるらしい。
 レヴィンが口をはさむ。
「さらに深くといっても、まさかニダヴェリルの連中ではないんだろう?」
「昔話の世界かね? いやー、さすがにそこまでは深くないのでは?」
 この付近のドワーフは常に人間と接していることもあり、ドワーフ訛りは少ない。
 だが、見知らぬドワーフ族には妙な訛りがあるという。
 となれば、この辺りのドワーフではないのは確かだろう。
「ああ、そうそう、それで、その連中、坑道で誰か人間の子供を探しているみたいだよ」
「坑道にいる人間は大人の鉱夫。坑道に人間の子供はいないってのがわからないかねぇ」
「人間の子供を探してるって、妖精に連れ去られるってこと?」
 子供が妖精に連れ去られるというのはおとぎ話ではよく聞くが、だいたい犯人は妖精界のフェアリー族やエルフ族、あるいは小鬼のゴブリン族であって、この辺りの大地のドワーフ族に散れ去られたという話はまず聞かない。
「前後して姿が消えた人間の子供はいないのか?」
 レヴィンの問いに、ドワーフは周囲の人間に視線を巡らせた。
 話が聞こえていたらしい人間たちも首を横に振る。
「今のところ、崩落周辺で子供が消えたって話は聞かないな」
「何か妙だが」
 ドワーフをはじめとした大地の妖精族は地下の恵みで生活しているわけで、無意味に坑道を崩壊させるなどの行動はとらない。
 害をなすのは山悪魔や赤帽子と呼ばれる鉱山の悪鬼くらいか。
 崩落のせいで予定外の行程となったが、今夜はこの村に泊めてもらうことにし、ラヴェルは宿を確保すると何とかベッドに潜り込んだ。



 その音が響いたのは夜も深まった頃合いだった。
 コンコン、カツカツと、四方八方から何かを叩く音が鳴り響く。
 それは耳を澄ませれば地面から鳴り響いて来るようだった。
「何だろう?」
 崩落と関係あるのだろうか。
 しかし、危険を感じるような振動や地鳴りの気配はない。
 注意深く身を起こして音を探っていると、突然部屋の扉が開け放たれた。
 昼間、世話になったドワーフが飛び込んでくる。
「逃げてーー!!」
「えっ、えっ、何?」
 ひとまず何か緊急事態だということは分かった。
 荷物を掴むとドワーフに案内されるままにひた走る。
「うわぁ!?」
 何もわからないまま村の外まで逃げだすと、村そのものが崩壊した。
「ノッカーたちが教えてくれたんだ。おかげで何とか間に合った」
 音もなく地面が地下に沈み込む。村もそのまま飲み込まれていく。
「なっ……」
 ラヴェルは息をのんだ。
 無言で眉を顰めるレヴィンの脇で、ドワーフは地面に体を投げ出して息を整えている。
 彼らにとっても必死の全力疾走だったらしい。
「はぁはぁ、やれやれ……みんな無事かね?」
 複数のドワーフたちが触れて回ったおかげで、人間の住民たちも無事なようだった。
「おい、あいつら誰だ?」
 ふと、ドワーフの一人が土煙の中を指さした。
「見覚えがない。なんだあいつら」
 崩落した地下から、小柄な人影が飛び出した。
 それはどう見てもドワーフ族だが、村や鉱山のドワーフは彼らに覚えがないらしい。
「絶対怪しい。捕まえるぞい!」
「ホイ!」
 つるはしや槌を握って走り出すと、相手のドワーフ族らしき者たちは不思議な叫び声をあげた。
「オーオー、ホーロー!」
「うわわわわ!?」
 走り出した村のドワーフの足元が抜ける。
 落とし穴にはまる者、突然あらわれた石に足を取られて転ぶ者。
 突如現れた不思議なドワーフ族の叫び声は、どうやら魔法であるらしい。
「な、こいつら魔法使いなのか!?」
 鉱山村周辺のドワーフ族は魔法はほぼ使わない。
 面食らったのか思わず足を止めている。
「こいつらは」
 ずっと黙っていたレヴィンが呟いた。
「ニダヴェリルのドワーフだな」
 魔法で地上のドワーフを撹乱すると、地下世界のドワーフは避難している人間の中から子供を探し回った。
「ああもう、なんなのこいつら」
 鉱山村のドワーフたちは嘆かわしそうに斧を振り回し、最終的には地下からの侵略者を追い払った。
 だが、こそこそと一匹だけ地下世界のドワーフが隠れたのを見つけると、捕まえて皆の前に引きずり出す。
 逃げ遅れた、という感じではない。
 仲間についていくのが嫌だったような様子が見て取れる。
「ああ、ほら、だからやめようといったのに」
 縄で縛られ、その地下世界のドワーフはため息をついた。
 諦めたように周囲を見回し、その視線をラヴェルとレヴィンにとめる。
「あ、詩人の旦那さん! お二人とも!」
「え? あ、このドワーフ族って……」
 ラヴェルはその地下世界のドワーフに見覚えがあった。
 それはターセルという名の、地下世界ニダヴェリルのドワーフで間違いなかった。
「え? ターセルさんですよね? どうしたんです? 一体何が起きてるの??」
「ああ、そりゃもう厄介で……あ、いや、根っこを齧る蛆虫ほどではないと思うんだけどね。あるいは、あの巨人とか」
 訴えるようにターセルは言葉をつづけた。
「地上に行ったことがあるっていう理由だけで、地上までの道案内を強制されちまってね」
「あ、じゃぁさっきの逃げ去ったドワーフはやっぱりニダヴェリルのドワーフなんだ?」
「そうそう」
 頷くとターセルは難しそうに肩をすくめた。
「なんでもね、人間の子供をさらう計画っぽいよ。ニダヴェリルでも西の方から来た連中が探してる。少し前に取り替え子で連れ去った子供だそうな」
「取り替え子?」
 周囲のドワーフが不思議そうに顔を見合わせる。
「取り替え子なんて、お高く留まってるエルフか、考えなしのフェアリーの習慣じゃろ?」
「なんで同族たちが??」
「それが」
 ターセルはため息をついた。
「ニダヴェリルでも西の方に住んでいるドワーフにはその習慣があるんだそうな。何て言ったかなぁ……もっと西にある妖精界から持ち込まれた風習らしく」
「もっと西にある妖精界? アールヴヘイムってことかね?」
 どうやらドワーフたちは妖精界をアールヴヘイムと呼んでいるらしい。
 妖精界。
 地上界であるミドガルドとはあちこちで繋がっていて、ケルティア辺りではティル・ナ・ノグあるいはアヴァロンなどと呼ばれている。
 ターセルはうなずいた。
「そうそう、西の同胞がしばらく前に取り替え子で人間の子供を連れ去ったのだそうだよ。人間の中でもそれなりに高貴な産まれらしい。だけど、人間の親が取り返していったそうな」
「それをもう一度、取り戻しなおそうというわけか」
「そうなるね。それが、なぜかもっと西の、ええと、アールヴヘイム?? その同胞がそれを分けて欲しがっているのだそうだよ」
 ターセルの説明によれば、地下世界の西に住んでいるドワーフたちがしばらく前に取り替え子で人間の子供を連れ去った。
 その子供は人間の中では高貴な生まれらしい。聡明そうで皆が祝福していた。それで妖精に目をつけられたようだ。
 一度は攫ったものの、赤子の親は我が子を取り返しに来たという。
 地下の妖精は、せっかくの赤子を取り返されてしまった腹いせに、その親を探し出し、捕まえて監禁、盲目にすると廃道となっていた坑道に閉じ込めたという。
 赤子も一緒に坑道にいるのだろうか?
 その赤子をなぜかアールヴヘイム……ティルナノグのドワーフが欲しがっているらしい。
「わしは聞いただけで関わっていないので詳しくはわからないんだ」
「いや、しばらく前って」
 ラヴェルは呻いた。



「妖精族の言う少し前って、絶対、相当な昔だよね……」
「だろうよ」
 レヴィンも同意見のようだ。
 そもそも人間と妖精たちでは時間の感覚が違う。もちろん、それぞれが住んでいる世界での時間の経過の仕方も異なるだろう。
「いやいや、それにしても申し訳ない」
 ターセルは縄を解いてもらうと、お詫びに魔法で地面を元通りの平らにならした。
 崩れた村の村人や同族のドワーフたちに平謝りだ。
「そういえばほかのドワーフたちは?」
「すでに姿が見えない。どこに行ったかはわからないな」
 地下世界のドワーフたちが地面を崩落させながら移動しているのは、使わなくなった坑道を移動しているのだろうか。
「うーん、この村の地下には坑道は走ってないはずなんだがなぁ」
 村のドワーフが地面を足でつついている。
 人間の村長も坑道と村の地図を見比べながら指摘する。
「坑道に崩落の可能性はつきものじゃし、坑道の上に村を作ったりはしないねぇ。一番近くの廃道は西に行ったところに二本あるようじゃが、すでに埋められておるようじゃ」
 ひとまずは崩れた家屋を再建しなければならない。
 夜が明けると、崩れた村の住人たちは、土に埋まっていた石材や木材を掘り出し始めた。
「詩人さん、あと地下の旦那、こっちこっち」
 村のドワーフの案内で、ラヴェルたちは村の近くの祠に向かった。
「ここにはノッカーが住んでいるんですよ」
 祠の奥には小さな隙間があり、地下にわずかな空間があった。
 そこにはドワーフ族ともまた違う、大地に根差した妖精が住んでいた。
 ノッカーだ。
 彼らは名前の通り叩く者と呼ばれる。
 それは、仲良くなったドワーフや人間に、良い鉱脈があると周辺を叩いて知らせたり、あるいは落盤や崩落、ガスが出そうな時にも周辺を叩いて知らせてくれることからついた名だ。
 案内してきたドワーフは帽子を取るとノッカーに礼を述べた。
「おかげで助かりまして。ドワーフだけでなく人間たちも胸をなでおろしています」
「それはよかった」
 やや痩せた体格のノッカーもホッとしたようだった。
「明らかにこの周辺のドワーフではなかったからね。もっと妖精の、いや、精霊に近いか。悪さをしなければよいけどね」
 逃げ去った地下のドワーフたちは人間の取り替え子を探しているらしいが、それに伴ってあちこちで崩落を起こしている。
 崩落を止めるには彼らを捕まえるしかない。
「連中がどこに行ったか分かりますかね?」
 友人のドワーフ族の問いに、ノッカーは指さした。
「あっち、東へ行ったようだよ。東には人間の大きな町が幾つかあるね」
「ああ、それはまずいな」
「他のノッカー仲間に聞いてみるから少し待っておいでよ」
 同じ大地の妖精族でも、ノッカーのほうがドワーフよりも魔力のような妖精力が高い。
 戦うような魔法は心得ていないが、魔法感覚は優れており、今回の地下世界のドワーフの行き先の検知には優れるだろう。
「……少し待てって、どれくらい?」
 幾分の不安を覚えながら訊ねたラヴェルに、ノッカーは振り向いて答えた。
「心配しないでいいよ、人間たちと共存しているから時間の感覚は合わせられるさ」
 ノッカーは大地の壁の中に溶けるように姿を消すと、おおよそ二刻ほどで戻って来た。
 その姿は合わせて四人に増えていた。
「やはり東へ行ったようだよ」
 どうやらノッカーは仲間と手分けして周囲を探ってくれたようだった。
 村のドワーフを交えて相談する。
「しかし、こちらの地下の旦那の道案内なしで取り替え子を探し出せるのかなぁ?」
「取り替え子? エルフではあるまいし……何を企んでいるやら」
 ターセルが口をはさむ。
「わしは地上に出るまでの道案内なんだ。子供が誰かもわからないし。何でも、子供には目印がつけてあるらしいよ」
「なるほど、ドゥエルガルの目印、その発する魔力を探り当てていくのだね?」
 地下世界ニダヴェリルのドワーフ族は、伝説の中では黒小人ドゥエルガルと呼ばれることも多い。
 ノッカーたちは友人であるこの周辺つまりミドガルド世界の小人族をドワーフ、地下世界の小人族をドゥエルガルと呼び分けているようだった。
 レヴィンもたまに同じ呼び分けをすることがあるから、精霊や精霊に近い存在、あるいはより古い知識を持つ者はそのように呼び分けているのだろう。
「ドゥエルガルの目印?」
 ラヴェルの質問に、ノッカーは答えた。
「文字通り、目に印だよ。魔法の目薬をさすんだ。ドワーフ族だけではなく、妖精たちがよく使う手でね、目薬をさされたものは独特の眼を持つんだ」
「ああ、そういえば、取り替え子といえばだけど」
 また別のノッカーが何か思い出したように口を開いた。
「しばらく前、いや、ノッカーの感覚でしばらくだけど、使われなくなったはずの坑道から気配がするから覗いてみたら、弱った人間がいたんだ。閉じ込められていたようだったよ。可愛そうだから解放してあげたけど、目が見えなくなっていた。もしかしてその取り替え子と関係あるのかな?」
「取り替え子の親の方じゃないかなぁ? そいつは何か言っていた?」
「うーん、その人間は、黒いドワーフたちにやられたと言っていたよ。でも、知り合いのドワーフは誰も知らないと言っていたよ」
「黒いドワーフ? 誰だろう?」
 首をかしげる村のドワーフに、声をかけたのはレヴィンだった。
「黒いドワーフといった場合、それは地下のニダヴェリルのドワーフを言う。つまりドゥエルガルと呼ばれているドワーフたちだ」
「わしらってことかね?」
 確認するように声を上げたターセルにレヴィンはうなずいて見せた。
 ノッカーの話によれば、閉じ込められていた人間は介抱してやるとどこかの城へ帰って行ったという。
「お城かぁ……地上にはいくつも城があるからなぁ」
 ミドガルドのドワーフたちは地中に拠点や砦を築くが、城と呼べるようなものとは少し趣が異なる。
 もちろん彼らも城というものがどういった建築物かは心得ているし、周辺の人間の城の築城の手伝いをしたこともある。
 ラヴェルはモラヴァ地方には何度も足を運んでいるが、この周辺はシレジア国内でも城が多い場所である。
「うーん、この辺りはお城や砦が多いからね……どこのお城だろう?」
「奴に聞くのが手っ取り早そうだな」
「えー……」
 レヴィンの言う人物が誰なのかラヴェルはすぐに分かったが、気が乗らない。
 なにせ、レヴィンと似たか寄ったかの性格をしている人物なのだから。
「はぁ……気が進まないなぁ……」
 しかしモラヴァ地方の城についてなら、モラヴァ公爵である彼に聞くのが一番確実だ。
 ひとまず、モラヴァの首都であるブルノへ赴き、彼に相談することになった。



 暗闇を赤く照らす中、金色の液体が不思議な輝きを放っている。
 妖精界ティル・ナ・ノーグのドワーフたちが不思議な輝きの金属が炉で輝いているのを見つめている。
 その周辺には、彼らとはやや雰囲気の異なるドワーフたちがいた。
 ドゥエルガルである。
 ここはニダヴェリルの西の果てであり、ティル・ナ・ノーグの東の果てでもある。
 何とか地下世界ニダヴェリルの同胞と接触を果たした妖精界のドワーフたちは、古き同胞に事情を話し、ニダヴェリルのドワーフ族であるドゥエルガル族に噂のチェンジリングの子供を連れてきてもらえることになった。
 そのお礼として、ティル・ナ・ノーグの妖精の魔法をニダヴェリルのドゥエルガルたちに伝授することになったのだ。
 見つめれば目が見えなくなりそうな輝きの炉を、ドワーフたちはじっと見ている。
 その背後で年かさの増したドワーフが何やら唱え続けていた。
「ウーイル、ウーイル、ティーナ、ティーナ、グウィ、グウィ、ウシュケ、ウシュケ」
 それは何かの魔法のようだった。
 鉱石の製錬時に魔法をかけ、魔力を持った金属を得られるようにするためだ。
「六つの国を巡り、九つの世界を渡り、四つの塚を回り、叩けよ友よ」
 妖精界のドワーフを地下世界のドゥエルガルが無言で見守る。
 ドゥエルガル、つまりニダヴェリルのドワーフも鉱石の製錬に魔法を使うことがあるが、ティル・ナ・ノーグの魔法とは理が違うようだ。
 溶けた金属がひときわ明るく輝いた。
「寝床のウーイル、激しいティーナ、気まぐれグィに、命のウシュケ」
 金属の放つ金色の輝きが淡い緑に、そして青い輝きに、やがてほんのりと紫に光り始める。
 おお、と歓声ともため息ともつかぬ声が漏れた。
「より高い魔力を持った金属が作れる。失われていた精錬が復活できる!!」
 ドゥエルガルたちが嬉々としている。
 交流の絶えかけていた古い同族達がこの場で邂逅し、継承してきた技術と魔術を交換し合う。それぞれに継承してきたもの、失われてしまったもの、それがこうやって補い合える時がこようとは。
 それを考えれば、地上へ向かう危険などお安いものだった。
 やがて、精錬された鉱石はひときわ軽く硬く、宙に浮く金属となった。
「おお、これこそ伝説の鉱石」
 ドワーフたちがどよめく。
 地底世界のドワーフたちは妖精界のドワーフの手を握った。
「ああ、ありがとうありがとう。これで取り替え子一人というのは割に合わないな。わしらの先祖が作ったお宝も一緒にお譲りしよう」
 ティル・ナ・ノーグの同胞の頼みを聞き、仲間のドゥエルガルの一部が人間世界へ向かっている。
 彼らが目的の人間の子供を連れてくるまでの間、双方のドワーフはひたすらに魔法の金属の製錬を行い続けた。


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