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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜 第十話:夢
辺りはほの暗い。霧が澱んでいる。
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セルリアン・ブルーの空の下、赤茶色く冬の色に変わったシーダーと、すっかり梢のやせた広葉樹の木立ちの向こうに白い屋根が輝いている。 ディアスポラの聖堂教会。 クレイルは神殿内の催しに呼ばれ、中でクヤンと話をしている。 最高司祭として祈りを捧げ、祭りを終えたクヤンは自分の部屋にクレイルを招き入れた。 真っ赤な紅茶とビスケットの香りが漂う。 ディアスポラに来てからも、クヤンはケルティアのアルトニア人、つまりアルスター人の習慣を断ち切ることはなかった。 お茶好きなクレイルにはもってこいだ。 その香りを楽しみながら、しかし話題は重かった。 「お時間を取らせてしまって恐縮です、王子」 「あ、お気遣いなく。僕、ヒマ人ですから」 クヤンは苦笑したが、すぐに表情を引き締めた。 「実は大切なお話がありまして、ぜひ王子のお耳にもと思いまして」 クヤンは鍵をとると、厳重にしまってあった箱から一冊の本を取り出した。 表紙には美しく、複雑な組み紐模様。恐らくケルティアから持ってきた、何かの写本だろう。 「……深海の書といいます。ケルティアでは絶対禁書となっております」 「はぁ……?」 なぜそんなものを持ち出すのかわからなかったが、クレイルは勧められるまま、試しにページをめくってみた。 中は六章に分かれているようだった。それぞれで一つの書をなし、それが六章集まって一冊の本となっているようだった。 フォモーリエンという種族と、その各族長の名を冠しているらしい六冊の本。 「フォモーリエンというのはフォモール人のことです。ケルティアには昔、フォモールという魔族が圧政を敷いていました。その一族のことです」 「フォモール?? 聞いたことないですけど、何でしょう?」 「それは……」 白いカップから唇を離すと、クヤンは指先を組んだ。 「フォモールとは暗い水底に住む巨大かつ強大な魔族で、かつて光の妖精の一族を駆逐し、ケルティア全土を制圧、神すらも奴隷のように扱ったという者どもです」 「はぁ、そうですか……。でも、なんで禁書まで持ち出して僕に見せるんです?」 クヤンは壁に飾ってある宗教画を眺めた。ぽつぽつ語り始める。 「……もう何ヶ月か前になります。私は夢の中で神から啓示を頂きました。こちらのページをご覧いただけますか?」 白く長い指先が禁書をめくった。 中表紙。六章の中の一冊の表紙だ。青黒い表紙には、目をモチーフにした模様が描かれている。 「これはフォモールの長の一人でバロールという魔族について書かれたものです。バロールは人間を一睨みで殺すほどの力を持った魔眼を持っています。神はこの者が再び目覚め、この地に立つとおっしゃっています」 「……なんか物騒な話ですねぇ」 クヤンは無言でうなずいた。 「バロールの力はフォモールの中でも一・二を争うほど。目覚められてしまったら我々でもそう簡単には太刀打ち出来ないでしょう。そこで……」 クヤンは言葉を切ると真っ直ぐクレイルを見た。青い視線がクレイルに注がれる。 「光の力を受け継ぐ王子に、バロールを倒す手助けをして頂きたいのです」 「はぁ……?」 クレイルの先祖は大魔道士と呼ばれた老人である。 それは太陽の光を宿すクリスタルの欠片を何らかの理由で手にした人間だとも、そのクリスタルの守り手……太古の精霊が姿をやつした存在だとも言われている。 「魔の存在はすなわち闇、特に太陽の光を司る貴方なら、もしかしたらバロールに対抗出来るかもしれないと思いまして、こうしてお話を聞いて頂いているのです」 「はあ……。僕は別にお手伝いすることは構いませんけど」 クレイルはカップをおくと、蜂蜜のかかったビスケットに手を伸ばす。甘い香り。 「まあ、お手伝いといっても魔法を連発するくらいしか出来ませんけどねぇ。それでもよろしいなら」 「ええ、構いません。よろしくお願いします。サポートは我々が全力で致します」 クヤンは動かす気になれば、最高司祭を務めるこのディアスポラの神殿騎士団、自国ケルティアのマンスター騎士団、フィアナ騎士団、赤枝戦士団すらも動かせる。 だがそれらを使わず、敢えてクレイルだけに話をするということは……騎士の鉄の剣と盾では太刀打ちできない敵、と判断したためなのだろう。 「ところで……ええと、そのフォモール族でしたっけ?どんな連中なんですかね? ……あ、どうも」 いれ直された温かい紅茶がいい香りを漂わせる。 クヤンはフォモールについて伝わる言葉の断片を口にした。 西の彼方……絶えぬ波……深き海…… 虚ろの深淵……光届かぬ民……沈みし者 水底の魔性……深き淵より出し者 暗き波間……漂う魂…… 深き者……たゆとうもの……暗闇の底 ――光届かぬもの、暗き淵より出しもの、水底の悪魔…… その言葉の後にクヤンは説明を続けた。 「今回我々が危険視しているのはその族長の一人バロールです。先程少しだけ申しましたが、もう少し詳しくお話し致しましょう」 クヤンは夢で告げられた言葉とケルティアに伝わる話を比較し、重要な部分を抜き出すと彼なりにまとめて話した。 「バロールは大昔にすでにケルティアの光の神に倒されたのですが、密かに魔物を崇める者達によって魂はかくまわれ、再び身体を得て活動するための器、つまりバロールの寄り代となりうる力を持った人間を選び出し、すでに憑依しているとのことです」 「それって……」 クレイルは眉をひそめた。 「人間に取り憑いて復活するってことですか」 「そうです」 紅茶が白々と湯気を吐いている。 「すでに取り憑いている以上、器になっている人間の意識を食らい尽くして完全に目覚めるまで、そんなに時間はないでしょう。バロールが復活する前にその器を探し出し、倒さなければなりません。復活してからでは遅いのです」 「うーん……」 バロールの魔力はフォモールの中でも群を抜いているという。 復活してしまってはいかなクヤンやクレイルでも太刀打ちするのは困難であろう。まだ人間であるうちに探し出し、始末しなければならない……。 クヤンはその器に大体の見当を付けているが、確たる証拠はない。いってみれば、ただのカンでしかないのだ。 もちろん、そのカンだけで器と決め付けられてしまっては、追い回される者もたまったものではないだろうが。 「あのー、お払いとかで浄化できないですかねぇ? それでは器の人間まで倒すことになっちゃうでしょう?」 探るような、あるいはクヤンの方針転換を暗に求めるような問いかけにクヤンはため息をついた。首を横に振る。 「ただ倒すだけだからこそ望みがあるのです。全力でぶつかればいいだけですから。ただ、お払いとなるとそうはいかない。相手よりも魔力が高く、かつ、難しい呪文や祈りを完全に成功させなければならないのですから。下級妖魔ならともかく、バロールを上回る魔力を持つ人間など、我々を含めても存在しないでしょう。やはり倒すしかないのです」 「………………」 クレイルは無言でカップをとった。クヤンの話を聞き、何を考えているだろう? クヤンの視線をカップが遮り、紅茶を飲むクレイルの顔から表情を読み取ることは出来なかった。 それでもクヤンは話を続けた。 「バロールより魔力が劣っていても、倒すだけなら可能です。神から授かったこの剣もありますし……」 ケルティアの王者の証、聖剣エクスカリバー。 妖精の女王の力を宿すといわれる、伝説の剣である。 「しかし、たとえバロールより魔力が勝っていても浄化魔法は高度な技術と能力が必要です。そのような大きな力は人間にはないでしょう」 「うーん……」 かつて多くの部族が覇を争い、数多の戦乱をかいくぐってきたケルティア、そして神の名の下に次々と魔族や対立する教団と争ってきたディアスポラ。 その中に生きてきたクヤンと、数百年の安体を誇る平和な田舎の王国シレジアで生きてきたクレイル。 クヤンの積極的な攻撃意思に、クレイルは今一つ同調に踏み切れず、ぼんやりと考え込みながらしつっこくお茶を飲み続けていた。
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シレジアよりも格段に気候の暖かなディアスポラだが、さすがに冬も間近のはずである。 しかし木々は緑、空は青。 次の町まで近く、街道沿いにはちらほらと家も建っている。 その道のド真ん中。 「どひえーー!?」 巨大なレッドドラゴンが道をふさぎ、威嚇するように首をもたげている。 ラヴェルはあやうく腰を抜かすところであった。そろそろと後退して行くが、足元がおぼつかない。 「……バジリスクだな」 なぜバジリスクがレッドドラゴンの形なのかは不明だが。 「お前、邪魔だから向こうへいっていろ。こいつは俺がやる」 レヴィンはラヴェルを追い払うように手を振り、レッドドラゴンの前へ立った。 いわれるまでもなくラヴェルは全力で走り出し、近くの家へ飛び込んでいた。 中には先に飛び込んだクレイルが居間にあげてもらって暖炉で暖まりながらお茶を飲み、庭の木々を眺めていた。 その木々の向こう、街道の方から炎と煙が上がる。 「バーストフレア!」 襲いかかろうとするレッドドラゴンにレヴィンは魔法をたたき付けた。 凄まじい炎が炸裂する。 炎を吐く敵に炎の魔法をかけていいのか疑問だが、威力の違いにはさしものレッドドラゴン……何故かバジリスクらしいが……も耐え切れなかったようで、ただの一撃で地面に倒れこんだ。 「……平和だねぇ」 「平和ですね……」 それが倒れるのと同時に上がった土煙と地響きを聞きながら、自分達は安全なところでラヴェルとクレイルはお茶を飲み続けていた……?
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「……起きろ、いつまで寝ている」 「ん〜〜……」 食器のなる音と人々の雑談の声が辺りに満ちている。 自分がいるのは宿の食堂。 なるほど、冬になるというのに青く茂る木々や、バジリスクなのにレッドドラゴンの姿をしていたのはどうやら夢だったようだ。 「あー……おはよう……。何か目茶苦茶な夢見てた」 「夢なんて全て目茶苦茶なものじゃないか」 はれぼったい目をこするラヴェルの横では、レヴィンが慣れた手つきで竪琴の調弦をしている。 レヴィンの昔ながらの五弦琴と比べ、むしろ調弦が必要なのは十二弦に共鳴弦のついた竪琴を手にしているラヴェルの方なのだが。 「そうかなぁ……たまには楽しい夢も見るけどね。空を飛ぶ夢とか」 「空か……まぁ、たまにはな、飛ぶ夢を見たことがなくもないが」 どうせ夢の中では黒い羽根でも生えてたんだろうね……とラヴェルはそこまで思ったが、慌ててその想像を首を振って追い払った。 が、やはり遅かったようだ。 「……今、何気に何か想像しただろう?」 「あ、いや、えーと」 やはり考えたことを見抜かれている。 「顔に出ているぞ」 「あああっ! そんなつもりはっ!」 小心者は口はごまかせても表情まではごまかしきれないらしい。 クレイルはまだ戻ってこない。 ラヴェルはまだしばらくこのままレヴィンと時間を潰さなければならなそうだ。 横からひしひしと感じる刺のある視線に、ラヴェルは何とか話題を変えようとした。 「そういえばさ、何でレヴィンは吟遊詩人になったの? 僕は、いつかいっぱしの吟遊詩人になりたいなあなんて思ってるんだけど」 「……そのへたくそな竪琴の腕前でか?」 「あう……」 しくしくと指同士を突っつきながら涙を流すラヴェルを横目に見ながら、レヴィンは竪琴の調弦を続けている。 「まあ……義務みたいなものだ。地上では知られていない事やら、一部の連中の都合のいいように闇に封じられた事やらを見聞きしているんでな。伝えていくだけなら別にフィラでもよかったんだが、たまたま両親に当たる人間が詩人と楽士だったんでな。ああ、もちろん、歌や詩が嫌いではないということもあるがな」 「へ????」 家族の話をレヴィンが口にしたのは初めてだった。 弟がいるらしいことは聞いていたが、それすらそのとき以来聞いていない。 「そういえばお前、吟遊詩人になりたいなら一つ言っておくがな」 「な、何?」 ラヴェルはハッとすると身構えた。 「いいか、ただの歌い手や宮廷詩人は芸人かせいぜい芸術家だ。好きな歌やリクエストされた歌を歌い、勝手に愛や英雄の詩を書いて発表してればいい。吟遊詩人は違う。そもそも旅の目的が違う。吟遊詩人が旅をするのは、知られていない真実などを歌に乗せて伝え広めていくためだ。場合によっては国や王家の内部を歌詞に紛らわせて告発や警告することだってするし消された真実を表に引き出すこともする。昔絶えてしまった民族や天空のことが後世に伝わっているのも、当時を知る連中が伝えてきたか、後世の連中が各地を巡ってその地の言い伝えを伝承してきた成果だ。単に歌を歌いたいだけなら、ただの歌い手や宮廷詩人をやっていればいい」 「う……」 たとえば吟遊詩人の多いケルティアは昔、魔の一族が支配していたが、それが瓦解するきっかけを作ったのは彼らバードであった。 詩人や語り手たちが弾圧されていたケルティアの人々の言葉を歌に乗せて伝令し、禁止されていたケルティア語を歌として若い世代に教え続け、音楽によって民族意識に火がついて英雄達が立ち上がり、神々と共に魔の国を転覆させたのだという。 征服によって人々が離散していたディアスポラでも伝え続けられていた古い歌を民衆が歌いながら手をつないで占領者の城を取り囲み、圧政を崩壊させて今の大地を取り戻したという。 伝説となっている天空のことも、古い歌によって知られた部分が多い。上から降ってきたという遺跡も、歌がなければ見つからなかっただろう。 月と星々の光り受け、輝く雲の海は空の高みをたゆとう 光のヴェール脱ぎ捨て、やがて波間に姿見せるは 厳かなる神の言葉、失われし社 白き翼行き交い、漂う小島を結び渡るは空行く船 また日の昇るまで雲と星の海を行く 古くから伝わる歌だ。 天空の風景を表すといわれているこの歌は、誰が作ったのかは知られていないが、古い歌の中ではよく知られたもので、レヴィンもたまにこの旋律を竪琴で奏でている。 宇宙(そら)よりこの星がうまれ、その翼持つ子供たちは空の上 意志持つ風に翼はためかせ、雲の海を舞う アスの都の更に上、飛び交う彼らは星の子供 今日も月陽の光浴び、まばゆき楽園の空を行く 全く世間には知られていない歌。 しかし稀にラヴェルはこの詩を耳にする。 たまにレヴィンが小声で呟いているからだ。 天空人を自称するだけあって、レヴィンが歌う歌はだいたい古くから伝わる歌や、ラヴェルの知らない古い言葉で歌われるものばかりだった。 もしかしたら、彼なりに天空のことを伝えようとしているのだろうか? 唐突に竪琴の音が響き、ぎょっとしてラヴェルは視線を上げた。 どうやら調弦が終わったらしく、レヴィンが竪琴を軽くかき鳴らしたのだ。 宿の食堂に、ラヴェルの知らない旋律が静かに流れ始めた。
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空になったティーカップが薄暗くなり始めた室内に残されている。 クヤンはテーブルに肘を着き、組んだ指を己の顎に当てながら一人で考え込んでいた。 顔の半分を隠した赤い瞳の男。 自分の放った魔法を簡単に叩き落してのけた相手だ。 そもそも神聖魔法を人間が打ち落とすことは可能なのかどうか。 あの魔族は常に片目を閉じているという。 あの人間の隠された片面にあるはずの瞳を確かめねばなるまい。 神官達に探らせてみたものの、市中から集まった情報はほとんどない。せいぜい流れの吟遊詩人で魔法に詳しく、喧嘩に強いらしいということくらいだ。 だが、もしその男がクヤンの予想と合致しているなら、神聖魔法が効かないのが腑に落ちぬ……。 クレイルはのらりくらりとしていて当てになりそうもない。 そもそも、何を考えているのかさっぱりわからない。 しかも集まってきた情報によれば、あの男とどうも一緒にいたらしいが、それらしい話も一切聞き出せなかった。 自分で確かめるしかない。 「ふむ……断定は出来ませんが……呼びかけてみるとしましょうか……」 「おっ待たせー!」 もごもごとラヴェルが二杯目のスープに口を動かしているとクレイルが帰ってきた。 「いやあ、待たせたね。ホント、クヤン様は話が長いからねぇ」 クレイルは二人の横に腰掛けると紅茶を注文した。 まだそれが出されていないのにクレイルから紅茶の香りがするところをみると、話よりもお茶の方が長かったのだろう。 「ああ、お茶がおいしい……」 やがて運ばれてきたものをクレイルは口に含んだ。 何の話をしてきたのか知らないが、とにかく今日はおいしい紅茶がたくさん飲めた至福の日であることは間違いないようであった。 つづく |
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