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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第十一話:深き淵より(前編)

 木々が、さわり、と音を立てる。
 糸のように細い月は銀色に輝き、微かな月光をうけて
灰色の雲の端は白く輝いている。
 数多に輝く星々は寒い夜空にちりばめられた宝石のようだ。
 アルトやルキータと別れ、身の回りはだいぶ静かになったものの、まだレヴィンとクレイルという曲者がいる。
 優雅でありながらもどこか素朴感を漂わせるシレジアの城は非常に居心地の良いところであるが、こう毎晩毎晩夜遅くまで竪琴の練習をさせられるのだけは勘弁してもらいたい。
 相変わらず夜半過ぎまで楽器の演奏をさせられたラヴェルがベッドに潜り込んだ頃には、外には夜露が霜へと姿を変え始めていた。
 窓の外の墨色の空を流れて行く銀色の雲の上には天津国アスガルドが漂っているという。
 伝説を想いながらうとうとしかけたラヴェルだが、部屋の空気がわずかに動いたのに気付き、そっと目を開いた。
 微かに布のすれる音。
 暗い室内を毛布の下からうかがうと、レヴィンが極力音を立てないように旅装を整えているところだった。そのまま出て行こうとする。
「……どこへ行くの?」
 半分寝ぼけたようなラヴェルの声にレヴィンは僅かに首を動かしたようだったが振り向きはしなかった。
「……ここでお別れだ。世話をかけたな」
「えっ、えっ、何だい、急に」
 暖炉のわずかな火に赤く影が揺らめく。
 レヴィンは背をむけたまま軽く手を振ると出て行った。
 扉の閉まる音とレヴィンの声が重なる。
「時が来たようだ……このままいるとお前を巻き込んでしまうからな」
「え? ち、ちょっと待ってよ」
 ラヴェルはベッドを飛び出しざまにマントを羽織り、手荷物を掴んで部屋を飛びだした。
 だが廊下へ出た彼の目に映ったのは、別の人影だった。
「やぁラヴェルどうしたんだい? 随分お早いお目覚めだね」
 廊下を歩いていたのはクレイルだった。
「あ、王子、今、レヴィンが……」
「ああ、彼? 西門に向かって歩いて行ったけど……」
 含みを持たせて一度言葉を切ると、クレイルは瞳に興味深そうな光を湛えた。
 その目はいつものニコ目ではない。深い緑の瞳が鋭い光を放っている。
「あれは何かに呼ばれてるね。あまり良い相じゃないな。何に反応したんだろ?」
 性格と普段の言動はともかく、クレイルはその血筋のなせるわざなのか、人の心に宿っている光と闇を漠然とながら見ることができる。レヴィンに何かを見たようだ。
「そうですか……どうしたんだろう、急に。何か時が来たとか言ってましたけど」
「時? 何のことかなぁ……?」
 ラヴェルは何気なく窓の外を見た。
 銀色の月と雲を背景に、葉をほとんど失った枝が黒いシルエットを不気味に浮かび上がらせている。
 そのわずかに残っていた枯葉が一枚、ぼとりと落ちた。同時に梢にとまっていた夜鳥がしわがれた鳴き声をあげながらばさばさと飛び去って行く。
 その様子にラヴェルは急に不安が沸き起こるのを感じた。
 唐突に黒い影を思い出す。
 ケルティアで出会った黒い妖精騎士。
 それを思い出せば、それに連鎖するように洗濯女の叫び声ともう一人の自分に姿を変える魔物の影も記憶の向こうからラヴェルを押しつぶすかのような勢いで思い出された。
「……まさか、ね……」
 背中を冷たい物が流れた。
 足が自然と西門のほうへ向く。
 横をついて来るクレイルに、ラヴェルはケルティアの宝探しの最中に起きた出来事をクレイルに話した。
 気付かぬうちに早足になっている。
「そりゃまた物騒なことがあったねぇ……レヴィンがどこへ行つもりかわからないけど、とめたほうがいいんじゃないかな?」
 とめるも何も、二人が城門へ着いたときにはすでにレヴィンの姿はなかった。
 尋ねると門番は街道へ続く道を指差した。
 どうやらレヴィンは西へ向かったようだ。
「で、ラヴェル、彼の行きそうなところに心当たりは?」
「うーん、特にないんですけど、あ、少なくとも聖堂教会じゃないのは確かだと思います。クヤン様と仲が悪くて」
「……まぁ、クヤン様もああ見えてちょっとカタくって過激なところがあるからねぇ」
 まだそんなに遠くへ行っていないだろう。
 高い所からなら姿が見えないかと城壁の上へ上ってみるが、レヴィンらしき人影は見つからない。
 むしろ、夜の闇で何も見えない。
「しょーがない、ラヴェル、イヤでも見つかるようにしちゃおうか」
 おもむろにクレイルは何かを唱え始めた。
「ちょっ……ちょっと王子、幾ら何でもそれは……」
 ラヴェルが止めるより早く、クレイルの生み出した幾つもの光球は西の平原に着弾、昼のような光を撒き散らしながら炸裂した。
「これだけやれば何か反応はあるだろ〜〜」
「……後が怖いだけだと思……いっ!?」
 ラヴェルの呟きが終わらぬうち、案の定、何かエネルギーの凝縮されたものが飛んできた。
 身を伏せる間すらなく、二人は城壁ごと爆発に巻き込まれていた。
「ほら、やっぱり反応あったろ……?」
「あああっ、やっぱり……」
 不運な衛兵と共に、半ば瓦礫に埋もれた二人の前にやがて見慣れた青服が姿を現した。
 わざわざ戻ってきたところを見ると、かなり頭に来たらしい。
「……貴様ら……一体俺に何の恨みがある?」
「は……はは、悪かった!!」
 様子からしてどうやらクレイルの魔法はレヴィンを直撃したらしい。
 闇の中、騒ぎに駆け付けた兵士達の松明の光にレヴィンの姿が浮かび上がっているが、いつもの冷静な顔はそのままにしても首に青筋が立っている。
 かなりのダメージを受けたようで、レヴィンは夜明けまで休むと再びどこかへ旅立っていった……が。



「……なぜついて来る」
 いつもとは逆、レヴィンのあとをラヴェルがついて行く。ちゃっかりクレイルまで。
「俺についてくるとろくなことないぞ」
「うん、すっごくわかるけど」
 振り切ろうとでもしているのか、レヴィンの歩は早い。
 それでも無理やりついて行くと、二週間ほど後にはディアスポラを突っ切り、アルスター行きの船に乗っていた。
「……どうしてもついて来るんだな?」
 頭痛でもするのか、額に手をやって溜め息をつく。
 さすがにレヴィンも諦めたか、やがて行き先を告げた。
「向こうに着いたら俺は北の岬へ行く。お前達はアルスターで待っていろ。その先は危険が過ぎる」
「嫌だっていったら?」
「勝手にしろ」
 吐き捨てるとレヴィンは甲板へ出て行った。湿気っぽい船室にはラヴェルにクレイル、ラヴェルに言われたくはないだろうが貧乏げな旅人達。
 アルスターに着くと、レヴィンはさっさと北を目指して歩いて行った。二人も距離をあけてついて行く。
 こっそり尾行などということはするだけ無駄、どうせ気付かれているのだろうから堂々とついて行くことにする。
 氷のような風の吹く高地地方を数日かけて北の岬に着いた時にはすでに夜中だった。
 崩れかけた遺跡が燐光に浮かんで見える。新月のために月明りはなく、崖の下には真っ暗な海の立てる波音。
 海は荒れているのか、地響きのような音が辺りに響き渡っている。
 レヴィンはその崩れかけた遺跡の中へ入って行った。
 後から二人も入っていく。
 元々は神殿だったらしいが、よく見ると崩れたというよりも破壊されたような建物で、建材に使われているのは黒曜石や深く青い石。水を表す紋が描かれ、目のような模様もある。
「何の神殿でしょう?」
「さあ? でも様子からして水に関係する神様か精霊じゃないかなぁ? でも何か、不気味だよなぁ」
 構わずついていくと、レヴィンはやがて階段を降りていった。
「ふーん、ラヴェル、やっぱり彼ヘンだね」
 階段を下りるとそこは洞窟へ繋がっていた。地底湖が周囲に広がり、天井と水面を何本かの石筍がつないでいる。
 どうやらこの洞窟は海底へ通じているようで、地底湖の水は海水が溜まったものらしく、辺りは潮の匂いに満ちている。
「彼、ここへ来るのは初めてのようだけど、道に迷う様子がないだろ? どうも何かに導かれているっぽいね」
「そうですか……」
 人どころか怪物の気配すらしない。
 頭上を圧迫するかのような暗い空間を時間の感覚もないままかなり歩く。
 やがて二人の目の前の空間に壮麗な神殿が姿を現した。青黒いシルエットが神秘的だが不気味でもある。
 そこへレヴィンは何のためらいもなく姿を消した。
「海底神殿って奴ですね。じゃ、僕たちも……」
「あ、ラヴェルちょっと待って」
 入ろうとしたラヴェルをクレイルが慌てて止めた。
「気をつけた方がいいかも。ヤバイ神殿の気がする」
「やばいって……暗黒神殿の類ですか?」
「多分ね。水に関する魔物か神か……うーん、ケルティアの伝説には疎いからなぁ。クヤン様なら詳しいのだろうけどねぇ」
「………………?」
 クレイルの最後の台詞は何かラヴェルに引っ掛かった。
 クヤン?
「あ、そういえば……何て言ってたかな。前にディアスポラへ行った時に魔物がどうのこうのって」
「ああ、それなら僕もこの前聞いたかも」
 神殿内は思ったよりも明るかった。燐光……鬼火が飛び交っているためだ。
 青白く薄い光に包まれる中を、二人はヒソヒソ声で話しながら進んでいく。音の反響が良すぎて自分の足音も怖い。
「確かバロールって言ってたかなぁ。西の伝承でフォモールとか何とか……」
「フォモール……? あ、あれかな」
 ラヴェルはある言葉の断片を思い出した。
「ええと、全部は覚えてないんですけど、絶えぬ波、光届かぬ民、水底の魔性、深き淵より出し者、フォモール、みたいな古い言葉の羅列なんですけど」
「んんっ?」
 クレイルの何か疑問を持ったような声音に、ラヴェルもしばらく考え……やがて同時に大声をあげた。
「「水底の悪魔!!」」
 一体この神殿はどういう構造になっているのか、波の音が聞こえる。外は地底湖、潮の匂いが充満している。
「なぁラヴェル、ここってどう考えても海底だよなぁ?」
「……そう思います」

 西の彼方……絶えぬ波……深き海……
 虚ろの深淵……光届かぬ民……沈みし者
 水底の魔性……深き淵より出し者
 暗き波間……漂う魂……
 深き者……たゆとうもの……暗闇の底……

 ――光届かぬもの、暗き淵より出しもの、水底の悪魔――……

 今いるこの場所は、あの言葉の羅列の単語に幾つ当てはまるだろう?
 視界の暗闇の先に、レヴィンの後姿がうっすらと浮かんでいる。
 やがて神殿の最深部に達したのか、先の方にホールが見えてきた。
 何かを見つけたらしく、急にレヴィンは立ち止まった。
 その様子に、ラヴェルとクレイルは慌てて駆け寄った。
 その耳に聞き間違えようもない声が飛び込んでくる。
 レヴィンの背後からホールを覗き込んだラヴェルは、自分の耳と目の両方を疑った。
 そこには……。



 男が立っていた。
 騎士の正装のような、堅苦しい白い衣服に身を包んでいる。
 その上にはの聖職者であることを表す三角の肩掛けをかけ、やはり白いマントを羽織っている。衣服に縫い取られた刺繍は祈りの言葉を表す文字。
 待ち構えていたのはクヤンだった。すでに王者の剣、聖剣エクスカリバーが抜き放たれている。
「来ると思っていましたよ」
 剣を油断なく構え直す彼の周りには、彼にとっては雑魚でしかない妖魔が何体かのびている。その背後には彼によって破壊されたと思われる、黒く不気味な祭壇。
 間違いなくここは魔物か暗黒神の神殿のようだ。
 音すら立てずにゆっくりとホール中央までレヴィンは進んで行った。
 ホール入り口に隠れて様子をうかがっていたラヴェルとクレイルも仕方なく彼に続いてホールへ足を踏み入れた。
 入ってきた二人の姿を認めてクヤンは溜め息をついた。
「……お久しぶりですねお二人とも。少し下がっていてください、危険です……いや、王子にはぜひお力添えを頂きたいものですが」
「僕にねぇ……」
 呻くとクレイルはラヴェルをまじまじと見つめて告げた。
「ラヴェルには用はないって」
「あ、いや、そーいう言い方されると……」
 情けなさそうにつぶやきながらも、ラヴェルは大体の事情を理解していた。
 クヤンがクレイルの助力を欲するのはクレイルの光の力を見込んでのこと。そうでもしなければ勝てない相手が目の前に立っている。その相手はレヴィン。
 ラヴェルは旅立ちに立ち寄ったディアスポラでのクヤンとのやり取りをすべて思い出した。
 魔眼と呼ばれる西のケルティアの魔族。人に憑依して復活し、とてつもない魔力を持つ赤い瞳で片目の男。伝説では一睨みで人を死に追いやることすらできると言う……。
『なあに、ちょっと睨んでやっただけさ』
 いつだったか、レヴィンが言ったことがあった。
 確かにレヴィンはいつも顔の半面を隠している。そこに隠された閉じた瞳は……。
 そのレヴィンの声にラヴェルはわれに帰った。
「だからついて来るなと言ったろう。さっさと帰れ。手加減なしだ、神殿ごと生き埋めになりかねんぞ」
「レヴィン、まさかと思うけど、君……」
「いいから帰れ」
 投げやりにそう告げるとレヴィンはその手に魔力を集め始めた。
 クヤンとの間で高まる緊張に、ラヴェルの横の影がくるりと後ろを向いた。
「あっと、僕、パスね」
 さっさとクレイルは退散する。クヤンに加勢するつもりはないらしい。
「えっ、ちょっと、王子?」
「王子!? なぜです!」
 クヤンの非難めいた声を背にクレイルはラヴェルをホールの外まで引っ張りだした。
 一定の距離をホールから置くと自分とラヴェルにありったけの防御魔法をかけ、ホール入り口近くまで戻ると壁際に隠れて見物する。
(……あの、いいんですか?)
 光を継ぐ者といわれるクレイルだが、どうやら聖騎士であるクヤンに加勢するつもりはないらしい。本来ならば真っ先に支援する立場にあるはずだが、その足はそこより前へは進んで行かなかった。
(こんなこと言って怒られるかもしれないけどさ、レヴィンは人間だろ。前にクヤン様がフォモールとか何とか言っていたけど、魔物に憑かれているだけらしいしさ。魔物だけならともかく、レヴィンごと殺しちゃおうなんて、僕は賛成できないな)
 ラヴェルは皮肉めいた諺を思い出した。
 ――聖職者とは、もっとも残酷な善人である――
 神の名において、他の神を信じる者などを情け容赦なく殺してきた一部の信仰の僧侶達を非難した有名な言葉だ。クヤンも例外ではないということか。
(じゃあレヴィンに味方します?)
(それもやめておこう。ただ僕個人としてはレヴィンて結構好きだよ。君とセットで)
(……セットじゃないです……)
 不謹慎なやり取りが終わったのに合わせるようにそれは始まった。
 力強く踏み込む足音と空を切る音。
 剣はかわされたが靴音は向きや位置を変えながら続き、その中に時折聖なる祈りの言葉が混じる。
 そして爆音。
 目を刺すような白銀の光は妖魔程度なら一撃でほふる神の裁きだ。
 光が引いたのを見計らってラヴェルはそっとホールをのぞき込んでみたが、レヴィンは平然として立っている。
 忌々しそうなクヤンが剣を構えなおすが、それが突き出されるより早くレヴィンは魔法を放った。
 空気が軋む。
 裂けるような音をあげながら幾つもの真空の刃が嵐となってクヤンに襲い掛かるが、クヤンも強力な魔法で守られているらしく、たいして効果は上がっていない様子。
 かといってクヤンの剣も身のこなしの早いレヴィンには軒並みかわされ、傷を与えるには至っていない。
 二人の放つ白光や火焔が空間を焼き払い、炸裂する。
 そのたびに凄まじい大音響が不気味にこだまし、神殿全体が地響きのように震える。



(こりゃ参ったね)
 眺めていたクレイルが呟いた。
(僕も料理と魔法だけは結構自信あるんだけど、レヴィンには勝てそうもないなぁ)
(……料理はどうかと思いますけど)
 常時の言動から変態と噂されるクレイルだが、魔法の腕だけは世界でも屈指の魔術師だといわれている。
 唯一光を扱えることだけでなく、黒魔法に関していえばほぼ全てをマスターしているというのだ。おまけに白魔法もかなり使うらしい。
(彼、黒魔法では最強クラスの魔法を簡単に連発してるんだよ。見慣れないのもあるけど、魔力というより精神力の発散が大きいからあれは精霊魔法かな?)
(はぁ……?)
 魔力が叩きつけられ、剣が軌跡を描く。
 お互いに一歩も譲る気配はない。
(互角ってところですか?)
(いや、レヴィンの分が悪いんじゃないかなぁ。クヤン様の剣がもし当たったら間違いなく一撃であの世行きだからね。しかもクヤン様は神聖魔法に守られている。黒魔法や精霊魔法ではあの防御は破れないよ。もし彼が本当に魔族だとして、強力な暗黒魔法でも使えれば話は別だけど………………ね)
(そうですか……)
 レヴィンが魔物だという証拠はない。クレイルは難しい顔をして二人を見ている。
 やめさせようにもこの二人が話を聞くとは思えない。力ずくなど論外で、クレイルの遅い足ではクヤンの剣を避けきれないだろうし、ラヴェルもレヴィンの魔法に簡単に吹き飛ばされるだろう。
「やはり並大抵の魔力ではないようですね」
 舌打ちこそしないものの、クヤンはだいぶいらついているようだった。
 ヒュン……と振り下ろされる刃をひょいと避け、レヴィンはカウンターに魔法を放つが破裂するような音と共にクヤンを守る魔力の結界に阻まれる。
「おとなしく……」
 クヤンは剣を一瞬引くと、逆手に持ち、もう片方の手で支えて斬りかかった。
「成敗されるがいい!」
 しかし白い光の軌跡を残して剣はまたもや空を斬る。
「……重くよどむ空気よ」
 大気がうなり、クヤンに向けて収縮する。圧縮された空気はとてつもない重力となってクヤンを潰しにかかるが、やはりバチッという何かが裂けるような凄まじい音と共に結界に阻まれる。
 神に選ばれた者と、魔族に選ばれた者。
 決して相容れることのない存在同士がにらみ合う。
「魔眼バロール……復活して何を企む?」
 クヤンの問いに、レヴィンはうんざりしたように答えた。
「俺が知るか」
「何も企まぬなら戦う必要もないであろうに?」
「戦いを望んでいるのはそっちだろう?」
 青い視線と赤い視線が真っ向からぶつかりあう。
「戦いを望んでおられぬならなぜここへ来た? なぜこちらの呼び掛けに答えたのです?」
 ラヴェルとクレイルは思わず顔を見合わせた。
(クヤン様が呼びかけていたのか……)
 空気を切る剣の音、よけるレヴィンの足音。
「あんたを倒さなきゃ、こっちが殺られちまうからな。売られた喧嘩は買う主義なんでな」
 立て続けに魔力が炸裂する。それを恐れず、クヤンは剣を手に突っ込んだ。
 レヴィンに肉薄し、剣を振り上げる。腕を上げたために一瞬クヤンは胴体部に隙ができ……レヴィンもそこを当然狙っただろうが、なぜかすぐに身を引いた。
 振り上げた剣はフェイントだったらしく、白い光をまき散らしてクヤンの魔法が炸裂した。その光の中を下からすくい上げるように剣がレヴィンを捕らえるが、すでに間合いが離れ、マントを引っかいただけだった。
 ぼそ、とレヴィンがつぶやく。
「まったく、俺が何をしたというんだ」
「魔は存在自体が許されぬもの。消えうせると良い!」
 どうやらまだクヤンは諦めるつもりはないらしい。
(……いつまで見てるんですか??)
(取りあえず、二人が落ち着くまで、かねぇ……)
 二人とも、冷静を装いながらも実は気性が荒いだけに、止めたところで聞き入れないだろう。気が済むまでやらせておいたほうがいいのかもしれない。
 どちらかが死ぬまでやりそうな気がしなくもないが。
(クヤン様がそう簡単にあきらめて手を引くとも思えませんけど)
(まぁ、そうだろうねぇ…うわ!?)
 神殿自体が揺れる。
 レヴィンの放った魔法とクヤンの放った魔法が正面からぶつかりあい、大爆発を起こす。
 その余波でホールの奥にあった祭壇は木っ端みじんに吹き飛び、その破片はラヴェルの足下まで飛んで来た。
 爆風にラヴェルは帽子を押さえた。マントがうるさいくらいにはためく。クレイルのショートマントも後ろ前になり、顔を覆う。
 窒息しながらもクレイルは自分達に防御魔法をかけなおした。爆風が収まってからようやく顔を覆っている布を取り除いた。
 光を放つ剣が空を切る。
 大きく退いたレヴィンに刃は届かないと判断したのか、クヤンは何かの魔法を放った。それを迎え撃つようにレヴィンも魔法を放ったが、クヤンに届く前にふとかき消えた。
 どうやら打ち消しあったらしい。
 魔法の不発に舌打ちを漏らすと、レヴィンは再び魔力を凝縮した。
 手加減無しに放つ。
「ツェーバオト!」
 凄まじい雷鳴の轟音と光にホール内が染まった。
 だが、何も起こらない。
 あまりのまぶしさに目をつぶったラヴェルはおそるおそる目を開けた。
 冷ややかな視線でレヴィンを見つめるクヤンと、呆然としたレヴィンがホール内にただ立っている。
「……バカな」
つづく

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