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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第十六話:エピローグ(前編)

 扉が軋み、やがて閉まる重い音が背後で響く。
 気付けばラヴェルは見たこともない景色の中に立っていた。
「すっごーい……」
 目の前に巨大な城がそびえている。
 いや、城のように見えるがよく見れば何かの神殿のようだ。
「足元に気をつけろ……飛べないんだからな、今の俺達は」
「え?」
 言われるままに視線を足元に下ろせば、そこは雲の上。隙間から下の島が見え、風が吹き上げて来る。
「ひ……ひええええええっ!?」
「行くぞ」
 辺りを漂っていた何かが一点に収束した。凄まじい熱が一瞬で膨張する。
「バーストフレア!」
 門を魔法で破り、中へ侵入した後はレヴィンの勘を頼りに奥へ進んだ。
「……なるほど、外から部外者が侵入するのは難しいわけか」
 レヴィンは赤子同然の時にここへ放り込まれたわけだが、その時の記憶はない。しかもその時には内部構造を知っている者に連れ込まれたはずだ。
「奥の間取りはわかるんだが……」
 そこへ辿り着くまでの道筋はわからないらしい。
「とりあえず下へ行ってみるか」
 地面より上にある階にはすでにレヴィンに吹き飛ばされた神官や妖魔が折り重なるように倒れている。どうやら地上階は彼らの住処らしい。
 地下へ進めば、やがて広い空間に出た。床全面に巨大な魔法陣が描かれている。禍々しい文字がびっしりと書き込まれ、辺りには青白い火がうっすらと漂っていた。
「ふむ、ここから入れそうだ」
 試しに上に立ってみれば、確かに妙な感覚と共に周りの景色が一変した。
 一面の青空。
 どこか別の場所へ飛ばされたらしい。時折雲が流れていく。足元を見ると……何もなかった。
「うああああっ! 落ちる!?」
「ばか、落ち着け」
 思わずラヴェルはレヴィンにしがみついたが、何も起きなかった。落下感はない。
 落ち着いて見渡せば……二人は空に立っていた。
「幻覚だ。目は信じない方がいい。もっとも俺の目は特別製なのでごまかせないが……手を離すなよ」
 レヴィンは空の中に足を踏み出した。
 ラヴェルは必死にレヴィンの袖を掴んだ。目どころか、全ての感覚が信じられない。何かに掴まっていないと空に吸い込まれそうでとにかく怖い。
 周囲の空は輝きを増し、どれ位の時が経ったのか、それはやがて毒々しいまでの緋色に染まった。
 西には金星(ルシフェル)が光り、空は薄墨色へと変化していく。恐らく真っ直ぐ歩いているのだろうが、ラヴェルには感覚が分からない。
 ただ、いい加減疲れてきた。レヴィンにしがみついたまま二人とも無言で歩き続ける。
 空が完全に宵闇に染まり、数多の星が輝きだした頃、またも二人の前に巨大な扉が姿を現した。やはり扉だけの奇妙な物である。
 しかしこの扉には模様が描かれていた。
 海の波紋と、その下に輝く魔性の目。
「よし、行くぞ……覚悟はいいな?」
「う、うん」
 ラヴェルがレイピアの柄を握り締めると、レヴィンは扉に寄り掛かり、中の気配をうかがった。



「……魔力が渦巻いていてわかりにくいな……神官が幾人もいるな。下僕や使い魔は合わせて三十くらいか。他には……動かないが何かが何体かいるな。何だ? 少々分が悪いが……行くぞ」
 扉をそっと押し開けるとレヴィンはその中へ滑り込んだ。
 ラヴェルが扉の入り口でもたもたしている間にも扉の近くにいた妖魔三匹は叫ぶ間もなく塵と化している。
 中にいた者が一斉に侵入者を睨んだ。奇妙な雄たけびのような声が響き、妖魔が群れを成して襲い掛かってきた。
 ラヴェルはレヴィンとは違う。妖魔一匹とやっと互角に戦えるかどうか。
 まともにやり合っても勝ち目はない。
 とりあえず状況を把握しようと、ラヴェルはレヴィンの背後からその空間を見回した。
 奇妙な所だ。足が床に付いている感覚はあるが、まるでガラスのように床の下が透けて見えている。
 自分の影がうっすらと映っているのだからそこに床があるのは確かなのだが、それを透かして輝いているのは一面の星空。
 その床に沿って視線を空間の奥へやれば、二本の青い火柱。
 その両脇を六本の水晶柱が八の字に囲んでいる。
「うわ!? 何あれ!」
 思わずその光景にラヴェルは悲鳴を上げた。
 その水晶柱の全てにうっすらと人影が映っていた。
 いや、映っているのではない。中に入っているのだ。
「……なるほど、そう来たか」
 レヴィンが忌々しそうに自分の胸元の輝きを掴んだ。
 欠けたクリスタルオーブの幻影がラヴェルの頭に浮かぶ。
「見つからなかった欠片は奴らが持っていたわけだな」
 水晶柱の中にいる人影の胸元で、クリスタルの欠片が輝いている。
「欠片を使って俺の分身でも作ろうと企んだか」
 本体であるレヴィンに神殿から姿を消され、あらかじめ取り上げておいたクリスタルの欠片を使って彼の幻影を作り上げたらしい。
 青い水晶の中でレヴィンの影が目を閉じている。
 その柱の少し先で床は途絶え、今頃気付くが壁というものはない。壁や天井のはずの部分には厚みを持った星空がその威容でもって覆い尽くしている。
 まるで夜空の真ん中に放り出されたような気分だ。
 遥か彼方に渦巻く銀河が見える。
「天空より舞い降り来たりて……」
 視界を凄まじい光が焼き尽くした。
 轟音と共に降り注いだ稲妻が妖魔の群れの中心を貫く。
 レヴィンのような莫大な魔力があるわけではない。
 ラヴェルは抵抗力のなさそうな、地に落ちて今一度起き上がろうとしている妖魔めがけて言葉を放った。
「眠りの精よ……まぶた重たくなれ!」
 何匹かの妖魔の動きを封じるとラヴェルはレイピアを突き出した。
 切っ先を軽く動かし、飛び交う妖魔をけん制すると、狙いを定めた一匹を刺し貫く。
 タン、タンと足音が連続する。
 飛び掛ってくる相手を避けつつ、敵の群れの外周を少しずつ削ろうと試みる。
 細身の刃を振るラヴェルに、レヴィンが視線を飛ばしてきた。
 倒す必要はない。ラヴェルは浅く踏み込んだ。
「……ウィンツプラオト!」
 フェイントの一歩からラヴェルが飛び退いたのと同時、空気が裂けるような音が響き渡った。雷の如き大音響。
 渦を巻く空気が風の刃を撒き散らし、暴風と衝撃波が敵を一網打尽に巻き込む。
 妖魔の皮膚や鱗、神官の僧衣の切れ端が塵となって宙を舞う。
 轟音と共に奥の水晶柱が砕け散った。
 濁った光を放ちながらその破片が床に叩きつけられる。
 飛び散り、視界を曇らせる塵を突き破りラヴェルは死角から飛び出した。
 暴風にバランスを崩した妖魔の翼を切り裂き、振り下ろされる爪をはじき、再び飛びのく。
「我焦がれるは氷の女王、凍える吐息よ、美しい雪原の風……シュネーストライベン!」
 吹いていた暴風が凍りついた。
 空中の水分が一瞬で凍りつき、小さな氷の刃となって吹雪のように荒れ狂う。
 レイピア片手に、雪国育ちのラヴェルは凍った床の上でスライディングを仕掛けた。氷に慣れていない妖魔たちが次々とバランスを崩すのを切り払って行く。




 ……澱みし水底の暗闇となりて……滅びもたらし者、深淵から来たりて今ここに……

 神官たちの呪詛が不気味にこだましている。
 二本の燭台の青い火に照らされ、その間の床に奇妙な魔法陣が浮かび上がっている。
 それらを囲む神官たちを護るように、妖魔の群れや下級神官たちが壁となって覆っている。
「……全ての魂の源よ……アストラルフレア!」
 淡い色合いの、光か炎か判別のつかないものが爆散した。意識を内と外から締め上げるような強烈な圧迫感が襲い掛かる。
 人間の耳には聞き取れないような音の悲鳴を上げながら、妖魔はばたばたと床に落ちて転げまわった。神官も床でのた打ち回っている。
「……炎の海よ……フランメン・メーア!!」
 床そのものが燃え上がった。
 転げまわっていた妖魔と神官を、荒れ狂う炎の海が舐めるように焼き尽くす。灼熱の地獄の風景にラヴェルは思わず目を閉じた。
 しかし、妙な気配にすぐその瞳を開ける。
「あ……何あれ!」
「ちっ……動きやがったか」
 レヴィンの口から舌打ちが漏れた。
 割れ砕けた水晶柱に入っていた彼の影が、ゆらりと床に降り立ったのだ。
 その六体の影が、魔法陣の上で一つに重なる。
「あれは……レヴィン? ……とも違うような……」
「ただの幻影だ……あいつのな」
 揺らぐ影はレヴィンに良く似ていて、それでいてレヴィンとも違う。
 魔眼ではないが両方の瞳は赤く輝き、風に吹き荒れる髪はレヴィンよりもだいぶ長く、毛先の色合いが妙な金色へと変化している。
「俺のクリスタルの欠片と、バロールの残骸を掛け合わせたんだろうよ」
 胸の中がざわめき立つ。
 レヴィンは目を覚まそうとする魂を無理やり押さえつけ、魔法の詠唱に意識を集中する。
「かの地より流れ来りてここへ……冷たき水よ、荒れ狂え……シュヴァル!」
 床が膨れ上がった。
「うわぁ!?」
 思わずラヴェルも悲鳴を上げた。
 轟音を立てて床がせり上がったように思えたのは、大量の水だった。地面を揺り動かし、削りながら大津波となって敵を押し流す。
 元々は水のセラフである彼にとって、最も強力な武器となりえる水の魔法。
「ツェーバオト!」
 磯臭い塩水に濡れているところへ、彼は続けて呪文を叩き込んだ。激しい雷鳴と稲妻が空間を裂き、敵は次々と感電しては姿を炭へと変えていく。
 しかし。
 レヴィンは無意識に手を胸に当てた。
「くっ……」
 己の中のバロールの魂がうずく。
 意識の奥底へ押し込んできたそれが、その影の魔力に反応したのだろうか。
 引きずられかけた意識を無理に引きとどめると、レヴィンは再び何かを唱え始めた。
「四方(よも)より来たれ炎の奔流、我が意の……」
 そこでその声が途絶えた。
 意識の奥でうずきはじめた存在が、その動きを止めないのだ。
「よ……せ……」
「レヴィン?」
 飛び掛ってきた妖魔をレイピアで振り払うと、ラヴェルはレヴィンに駆け寄った。
 空間の奥から響いてくる不気味な声から逃れようとしているのか、レヴィンは両手でその耳を塞いだ。
 だがいくら耳を塞いでもその声は地面から湧き上がるかのように響いてくる。
 動きを止めたレヴィンを、神官の放った魔力が不気味な言葉と共に直撃した。

 ……深き淵より目覚めよ……

「レヴィン!?」
 悲鳴にならない叫びを上げてレヴィンが床に転がった。
 その身体から、妙な魔力が吹き出している。
「ぐっ……俺に近づくな……」
 駆け寄ろうとしたラヴェルをレヴィンは手で制した。
 吹き荒れるどす黒い魔力に、額に巻いていたものがはらりと解けた。当てていた布が風に流され、決して覗いてはいけない瞳が前髪の下から魔性の輝きを放っている。
 神官たちの不気味な笑い声がこだました。
「何をしたんだ……」
 ラヴェルはレイピアの切っ先を神官たちに向けたが、レヴィンをかばいきる自信はない。
 まずいことになったのだけはうすうす感づいていた。
 深き淵より目覚めよ、神官たちはそう唱えたのだ。
 バロールはフォモールという魔族の一人、そのフォモールは深い海底に潜んでいるという。
(こいつら……バロールを呼び覚ます言葉をレヴィンにかけたんだな……)
 背後でレヴィンはほとんどうずくまっている。

 光奪われし者よ、深き海にひそみし者よ
 暗闇の底をたゆとう時は終焉にて
 絶えぬ波間より浮かび出でん
 今こそ深き淵より目覚めよ、光届かぬ者よ……

「……やめろ……」
 レヴィンの声がひび割れた。
 その身体から吹き出す魔力は奇妙な光を放ち、輝く瞳にはレヴィン以外の何かの意思が見て取れる。
 表情を歪め、顔を手で覆う。
 神官たちの唱え続ける言葉と空間の奥に揺れる影に揺り動かされ、レヴィンの意識の奥で押さえつけられていたものが宿主の意識を食い荒らし駆逐し始めているのだ。
(どうしよう……このままじゃ完全に魔物が覚醒してしまう……)
 レヴィンの魔眼が、宿している表情を人間ならざる者へ変えた。
 動揺するしかないラヴェルを白い光が襲ったのはそのときだった。



(何が起きたんだろう……)
 どこかで鈍い音がした。同時に雨が地面を叩くような音も。
 一瞬失っていた意識を取り戻したとき、目の前に映ったのは焼き尽くされた大量の妖魔の死骸だった。それらに混じって暗黒神官も息絶え、揺らいでいたレヴィンの、いやバロールの影も消えうせている。
 だが同時に漂っているこのむせ返るような臭いは何だ?
 恐る恐る振り返ったラヴェルに見えたのは……大量の血飛沫だった。
「なっ……」
 白い影が揺らいでいる。
 その手には血塗られた剣が握り締められている。
 身を硬くしているラヴェルの目の前で、その男はレヴィンから剣を引き抜いた。
「そんな……どうしてここに!?」
 叫ぶラヴェルなど無視し、その白い男……クヤンは引き抜いた剣の切っ先を再びレヴィンに突きつけた。
 床に倒れているレヴィンの首元に、刃の先から己の血が滴り落ちている。
「運命に身をゆだねると良い」
「………………」
「レヴィン!」
 震える手でレイピアを構えるラヴェルを視界の隅に見ながら、レヴィンは上体をわずかに起こした。
「……今の俺ではノルン(運命)に抗えないそうにないな……斬れ」
「レヴィン!」
 レイピアを握り締めると、ラヴェルはクヤンに突進した。
 細身の刃を敵のわき腹めがけて素早く突き出す。
 しかし、聖騎士と名高い英雄にかなうはずもない。
 一撃で叩き飛ばされ、床に全身を打ち付ける。
 そのまま顔面で床をスライディングしていくラヴェルを冷たい目で見下ろすと、クヤンはもうラヴェルに用はないとばかりに背を向けた。
「どうして……」
 その白い背にラヴェルはうめくように問いかけた。
「どうしてそんなにレヴィンばかり傷付けようとするんです? それに……」
 ラヴェルはごくりとつばを飲み込んだ。
 確かにケルティアの北の岬で、あの忌まわしい神殿跡で、レヴィンが倒れた直後の膨大な魔力の渦のようなものに全員が巻き込まれたはずだ。
 ラヴェルとクレイルは助かった。
 しかし自分が巻き込まれる直前、ラヴェルは確かにクヤンが視界から消滅したのを見た。
 飛ばされた先の精神の本流、意識の世界の中にもクヤンの姿はなかった。
 その間クヤンはどこに……?
 ラヴェルの問いに答えず、クヤンは剣を振り上げた。
 レヴィンに止めを刺す気だ。
「ちょ……待って!! ファイエル!!」
 とっさにラヴェルは炎を放った。
 しかし悲しいが彼はレヴィンのような魔力は持っていない。
 ゆらゆらと飛んでいった握りこぶし程度の火の玉を、クヤンは振り向きもせずその剣で振り払った。
 ゆっくりとクヤンが振り返る。
「……クヤン様?」
 振り返ったクヤンは無言だった。
 しかし……言葉や視線以上のものがラヴェルに襲い掛かった。
 次の瞬間、手加減無しで放たれた神聖魔法にラヴェルは瓦礫ともども吹き飛ばされていた。
「……この男に加担するならば闇とみなして排除します」
「いっ!?」
 そう宣告すると、クヤンは床でのた打ち回っているラヴェルに向けて剣を振り上げた。
「ラヴェル、逃げろ!」
 床でじっとしていたものが動いた。
 レヴィンが魔の蠢く身体で無理に立ち上がる。
 今まさにラヴェルに剣を振り下ろそうとしたクヤンに、レヴィンは己の血に赤く濡れた両手をかざした。
「シャドウフ……」
 剣が軌道を変える。
 ラヴェルの上に振り下ろされかけていた刃は空中で反転するとそのまま……レヴィンを斬り捨てた。
「レヴィン!?」
 床に血が叩きつけるようにしぶいている。
 青い衣を紅に染め、床を数度バウンドした身体はそれきり動かなかった。
「う……そ……」
 悲鳴すら上げられない。
 動揺を通り越し石像のように硬直したラヴェルの目に、自分に向けて降って来る赤く染まった刃が映った。
「え……」
 思わずクヤンを見上げた瞬間……不意打ちのようにその声は響いた。

「リッヒトフロート!!」



「!!」
 押し寄せてきた光の洪水にクヤンは激流に流されるように吹き飛んだ。
 クヤンは反撃に何かの魔法を放ったが、光の洪水を突き破って襲い掛かってきた黒い無数の矢じりに中和される。
「あ……」
「ラヴェル大丈夫かい??」
 収まった光の向こうから現れた人影に、ラヴェルとクヤンは同時に叫び声をあげた。
「「クレイル王子!?」」
 間違いない、そこにいるのはクレイルだ。
「バカな! 光の系譜ともあろう方がなぜ!?」
 到底理解できぬ。
 眉を別人のように吊り上げるクヤンの襟元に、擦過音を立てて槍が突きつけられた。
「おい、何やってんだよ王様」
「ホリン!?」
 完全武装の荒くれ戦士の脇には、若き騎士の姿もあった。
「……我らが王ともあろうお方が人殺しですか……残念です」
「フィン!?」
 未だに目の前の光景が信じられぬらしい聖騎士の前にクレイルは足を進めた。
「クヤン様。レヴィンは人間ですよ。確かに得体の知れないものは持っているかもしれないけど、取り憑かれているだけであって彼自身は魔物ではない……言ってみれば彼だって被害者のはず」
「……あなたはご自身のおっしゃっていることがお分かりですか?」
 声に冷たさが加わる。その声は怒りにひび割れ、美しい聖句を紡ぐ聖騎士の声とは到底思えない。
「魔はすなわち闇、存在の許されぬもの。それを身に宿す者も同じ。たとえどのような理由があろうと、それは滅せられるべき存在。光の系譜のあなたならそんなことは言わなくてもお分かりのはず」
「わからないな。人を救うべきはずの人が、救う努力もしないで手っ取り早く殺しちゃおうなんて僕は賛成できないな。たとえ救うのが不可能だとしてもね」
「……そうですか、わかりました」
 クヤンはラヴェルに向けていた剣を引いた。その代わり……その切っ先はクレイルに向く。
「そうおっしゃるならばあなたも敵とみなします。光を裏切った者として」
 クレイルは困ったように目をしばたかせた。彼は剣をはじめ身体を動かす能力は皆無に等しい。
 クヤンの手にしていた剣が光を放った。
 だがその光は以前の輝きとは違う。
 凄まじいまでの熱気を放ち、刃が炎を上げた。
「炎の剣……?」
 見えない何かがクヤンの頭上を飛び交っている。姿は見えないが時折赤く揺らめく何かが空間を焼いているのだ。
 敵に神罰を与え、裏切り者を断罪する神の炎。
「これは炎の天使……そうか、わかった!」
 クレイルは閃く炎とクヤンを交互に見やった。
「クヤン様、あなたは北の岬でお亡くなりですね? 今のあなたは……」
「……そのとおりです。私は女神に選ばれ、エインヘリヤルになりました。私と戦う者はすなわち神に反する者」
「んーー、もしかして余計に厄介になったかなぁ……」
 ゆら、と陽炎が立った。熱気に景色が揺らいで見える。
 死んだ人間の魂を神々は選び、選ばれた者は天上で神の戦士となる。
 その英雄がエインヘリヤルだ。
 生命あるうちは聖騎士として、死した後はエインヘリヤルとして、クヤンはどのみち神の戦士であり英雄であったのだ。
「私には剣がある。そして神の戦士である私にはあなたの光術は通じない」
「ああ、どうしたもんかねぇ……」
 ため息をつくクレイルの肩をがっしりとホリンは掴んだ。
「下がってな王子様。肉弾戦なら負けねェ」
「では私も」
 ゲイボルグを握り締めるホリンの後ろでフィンも剣を抜いた。どこから持ち出してきたのか知らぬが、その青い輝きは零れる星、隕鉄の輝きだ。
「それじゃぁお願いしようかな」
 合図もなく全員が身構える。
 直後、呪文の詠唱される声と魔の武器の唸りが一斉に弾けた。

つづく

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