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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第二話:ケルティア動乱(前編)

 一面に柔らかな緑の草が、優しい風を受けながらそよいでいる。
 広い草原の真ん中を、ラヴェルはアルトと共に歩いていた。
 大陸では帝国に次いで広いこの地域はディアスポラと呼ばれ、地形の起伏も少なく気候も温暖で、平原とゆるやかな丘が遥か彼方まで広がっている。
「んー、風が気持ちいい」
 やたらとご機嫌なラヴェルは、ついつい鼻歌交じりになる。
「なあ……どこへ行こうとしてんだよ?」
 横には無理やりついてきたアルト。余りにも平和過ぎて少々日常に飽き気味のようだ。
 シレジアの城を発ってからはや五日。危険を避け、街道沿いの小さな町や村を伝って歩いて来た。懐事情もいつもよりは暖かい。
「え? ディアスポラの神殿へ旅の無事をお祈りに行くって言わなかったっけ?」
 ディアスポラはシレジアとその南の中央高地の西に広がる地域で、とある宗教の一大聖地である。
 統一国家というものではなく、中央の大神殿の神官から任命された神官や、この辺りに昔から住んでいる人間が代々それぞれの領地を治めている。
「お祈りねぇ……オレ様には関係ないな」
「まぁそう言わずに。きっと何かいいことあるから」
 ラヴェルとて熱心な信徒ではない。尊敬はするが、彼はどちらかというとシレジアに古くから伝わるエスニャ女神に共感している。
 ……とはいえ、収穫のお祭りだといえば女神ゲフィオンの神殿で騒いだり、船に乗ると きは海神エギルのお守りを身に付けたり、歌をけなされればブラギの神に嘆いたりと、ただひとつの教えに縛られることはしない。ご都合主義といわれればそれまでだが多神教の恩恵にドップリ浸かっている。
 中央の大神殿、聖堂教会はやはり草原の真ん中に建っていた。大理石の白亜の聖堂。巨大なそれはまるで城のようだ。
 入り口でハルバードを手に立っている守衛の神官戦士に軽く会釈をし、中へと入る。やたらと広い空間、列柱、ドーム型の天井。正面の祭壇には女神の像が立ち、その背後にはステンドグラスの輝き。 
 お祈りを捧げようと祭壇に近付くと、その前にたたずんでいた人物がラヴェルの気配に振り返った。
「ああラヴェル、お久し振りですね。元気にしていましたか?」
 振り返ったのは二十代も半ばを過ぎたくらいの男性。その気品と物腰、落ち着き払った態度と表情からもう少し年上に見えるが、意外と若いようだ。
 聖職者の証しを身に付け、衣服はほぼ白で統一されている。背の高い、金髪蒼眼の……美青年といっていいだろう。
「これはクヤン様、ありがとうございます。ええ、見ての通り、元気にしています」
 クヤン・マッキニーリ。ディアスポラの最高司祭にて聖騎士であり、西の島国ケルティアの王でもある。
 先王の死去に伴い、若干十六歳で即位、ケルティアの平和に日々奔走していたが、ある日夢に見たお告げにしたがって旅に出たところ、この聖堂教会にたどり着いた。
 ケルティアといえば土着の妖精神信仰が強いところで、王家もルーという、太陽の分身のような妖精神を信仰しているはずだ。
 それがディアスポラ、聖なるエリシエーレの信徒になってしまったのだから、そのお告げというのは相当に重い物だったのだろう。現在国は部下まかせでクヤンはここ何年も帰っていないらしい。
 ふと、アルトが背中をつつく。
(なあ、こいつ、有名人なのか??)
(知らないの!? 聖騎士クヤンっていったら、五歳の子供でも知ってるよ!)
(うーん、やっぱり知らねぇ……)
 聖騎士クヤン。
 母国ケルティアでの武勲は数知れず、このディアスポラでも騎士として、聖職者として、多くの手柄を立てている。また、その芸術的絵画から抜け出てきたような容姿のせいもあるだろう、数多くの詩にも歌われている。
「ところで今日はまた何のご用ですか」
「はい、初めての長旅の無事を祈りに」
「それは結構なことです。では共に祈りましょうか」
 シレジアの外へ旅したことはあるが、いつもは養父やその部下達についてくる形で、今度のように単独で旅するのは初めてである。アルトがいることにはいるが……なんかいまいち頼れなそうだ。不安。
「エル・シレーン……ロンテ・マイエ……シン・エリシエーレ……」
 クヤンの祈りの言葉が漏れる。最高司祭に祈ってもらえることなど、一生に一度あるかないかのビッグチャンスである……のだが。
(お祈りなんてしたことないからなぁーオレ様。適当に真似しときゃあ、いいや)
「アルト??」
 ラヴェルが祈りを終えてもまだぶつぶつ何か唱えているアルトにラヴェルとクヤンの視線が注がれる。
「わっ! な、何だよ?」
「随分長く祈ってたけど……何をお願いしたの?」
(まさか聞こえてなかったろーな?)
 大金が手に入りますようにとか、女の子にもてますようにとか、祈りというより欲望を願っていたのがばれないよう、アルトは神妙そうな顔つきをしてごまかした。
「祈るのはよいことです」
 アルトが何を唱えていたか知らない二人は感心している。
 そのまま祭壇に向き直ったクヤンに、ラヴェルは微妙な表情を読み取った。
 疲れきっている。視線に力が無い。
「クヤン様……何かお疲れのようですけど……」
 クヤンの肩がピクリ、と動いた。そのまましばらく祭壇を見つめていたが、やがて気 が進まなそうに語り始めた。



「ここのところ、良くない夢ばかり見るのです。ラヴェル、貴方も吟遊詩人ならば、西の島国……私の故郷ケルティアの伝説も多少は知っていますね?」
「ええ。もちろん」
 ケルティアという国は西の大海にある島国で、古来より妖精たちの住まう島といわれている。
 伝説によればこのミドガルド世界においてはケルティアが妖精界に最も近いといわれ、大地の下や海の底に異界への入り口があるという。
 またこの国は、古来より多くの群雄が割拠する地でも有り、多くの英雄伝説の残る場所でもある。
「あの国は古来より多くの生き物が住んでおります。その中には邪な者もいて、激闘の末に神や我が祖先の英雄によって倒され、今の平和があります。しかし神は私の夢の中でその魔物の時が満ちた、復活しようとしているとおっしゃっています」
「……なんだか、いきなり物騒な話ですね」
「ええ……でもそういった者達から民を守るために私達のような者がいるのですから」
 今でこそ大陸中に人間が住んでいるが、昔はそれ程でもなかった。新しい土地を切り開くたびに未知のモンスターの襲撃を受けていた。
 それでも徐々に人々の生活が安定してくると、そのような機会も減ったが、まれに今度は自らの欲に勝てず、進んで魔物達の力を得ようという者が現れるようになった。
 そのような者に対するため、クヤン達のような聖職者は、祈り以外にも戦いための力を身に付けらければならないのである。
(うーん、僕らにとってはあんまり差し迫った話ではないけど、一応聞いておくかな)
 確かに今までもそのような魔物達の話は史実に残っている。
 が、あくまでもそれらの伝説は一部の聖職者や騎士、英雄達が孤軍奮闘した話であって、一般庶民のすぐ身の回りで起きたわけではない。
 人間同士の戦いであれば領主同士などが戦争を起こして危険を身のそばに感じるが。
 つまり、全くの他人事。
(聞いておいて損もないしね。伝説の魔物とかだったら、詩の貴重な情報源だし)
 ラヴェルですら、この程度の認識。まあ、一応貴族の端くれとはいえ、ほとんど庶民なので仕方ないが。
「それで、その魔物というのは?」
 多少の興味を持ってラヴェルはクヤンに尋ねた。
「ええ、魔眼バロールと言います。それはとてつもない魔力を持っていたといわれていますが、今から数百年前に当時の英雄に倒されて果てたはずです。しかし、悪しき人間達がその魂をどこからか見つけ出し、使おうとしているようです」
「使うというのは?」
「欲を満たす手段としてその魔力を得ようというのでしょう。見つけ出された魂は悪しき物を崇める者達によって生贄……人間に取り憑き、命を得る。憑依されたその人間は魔物に魂を食われ、その力となって果てるでしょう」
「怖い……」
「ええ」
 動物や植物の怪物や、ゴブリンなどの妖精鬼は自然に増えるが、いわゆる魔物というものはそうではない。
 何らかの悪意が渦巻いているところへ姿を現し侵食していくのだ。
「悪しき者たちが、魔物の器に足りる人間を見つけ、魔物の魂を植えつける。その憑依された人間は、まだ完全に目覚めたわけではないようです。しかし、放っておけばいつか必ず……」
「バロールですか……」
 例えばルシフェルとか、有名な魔物ではないようだ。聞いたことがあるかないかもわからない。
 クヤンの話は続く。
「私はその人間を見つけ、魔物と化す前に倒さなければなりません。伝説によればバロールは赤い瞳をもち、常に片目を閉じているそうです」
「何だかいかにもって感じですね」
「ラヴェル、もしケルティアに行くのでしたら、旅の途中でそのような者を見掛けたらすぐに私に教えてください。決して戦ってはなりません。貴方にはにはそれに勝つ事など、決ッッッっっっッ!!して不可能です」
 クヤンに悪気はないのだろうが、ラヴェルは思わずため息をついた。
「クヤン様……何もそこまで力を込めなくても……」
 情けなさそうなラヴェルのつぶやきが耳に入ったのか、クヤンははっとしたような表情をして話をやめた。
「……失礼。いえ、貴方には関係の無い話でしたね。良い旅を。心より無事をお祈りしております」



 海を西へ渡り、数日後、ラヴェル達はあのクヤンの国、ケルティアへ来ていた。
 妖精伝説が残り、世界に名だたる騎士団を擁するこの国なら歌の材料が豊富にあると見込んでの事であった。
 ケルティア最北部の地方はアルスターと呼ばれ、王都を抱える政治の中心地で、どこの町も賑わっている。
 町を一歩出れば高地地方の高い山や湖が点在し、蒼い空と朝晩には冷え込む空気と霧がより一層風景の美しさを引き立てる。
 城のそびえる巨大な町で、ラヴェルは見覚えのある人物を発見した。
「やあ、ディムナ。久し振りだね」
 王都アルスターの酒場で話しかけた相手は、呼ばれたのが自分だとは思わなかったらしい。
 いい加減経ってからやっと返事をした。
「……あの、人違いでは?」
「えっ、すみません!」
 相手の年頃はラヴェルより多少若いくらい。青い髪を短く切り、旅装の上から軽めの鎧をつけ、マントを羽織っている。
 その相手は少し考え込むと、スープの湯気を顎に当て、思い出したようにのんびりとつぶやいた。
「でも確かに昔はそんな名前でしたけど」

 ………………。

「……だから、ディムナなんでしょ?」
「それもそうですね」
 ディムナ・フィン。
 何年か前まで修行をかねてクヤンの付き人をしていたが、現在は国に残り、療養中の父クールに代わりフィアナ騎士団を任されている、若干十九歳の新米騎士である。
「ところでどちら様でしたっけ?」
「あ、ラヴェルです。シレジアのベルナール男爵の……」
 やっと思い出したらしく、ポン、と手を打ってディムナはうなずいた。
「ああ、あの竪琴の下手な。シレジア訪問の際にはお世話になりまして」

 ぐさあああっ!

 哀れな……とアルトがつぶやいたのが嫌でも聞こえる。
 無理やり引きつった笑顔を浮かべると、ラヴェルは出来るだけ気にしないことにして挨拶を続けた。
「そ、そうだね、二年振りかな。初めてのシレジアはどうだった?」
「いいところでした。ひなびてて、田舎くさくって」

 ………………。

 どうもこのディムナ君は正直過ぎるようである。お世辞の一つも知らないようだ。
「そうそう、それよりラルフさん」
「……ラヴェルです」
「あ、失礼。私、成人を機に改名致しまして、フィン・マクールと名乗っております。これからはフィンとお呼びください」
 フィンというもとの名に父の名をつけた彼の名は、偶然にも彼の所属する騎士団の祖と同じ名前になったようだ。
 名前負けしないように成長を祈るばかりである。
「そうなの? じゃあそうしよう。それよりそんな旅装をしてどうしたの?」
「ええ、実はわが父より預かるフィアナ騎士団の地に、南の赤枝戦士団が攻め入ろうとしておりまして……そのことをクヤン様に報告に参ろうと。ただ地理が不案内なものですから、ここで旅の方達にお話を伺っているところです」
 ラヴェルがフィンと初めて出会ったのは二年前、シレジアの王宮である。
 シレジアという国は東と南を高い山脈に囲まれ、北は氷海に面している。そういった地理的なこともあるのか、他国の侵略を受けたことはなく、また、魔法に力を入れているために、擁している騎士団も規模が小さく、実力もあまりない。
 国内はそれでも間に合っているが、他国から来賓があった時に何かあったら困る。
 そこで国王……つまりクレイル王子の父の命で、名だたる騎士団を三隊も抱えるケルティアと騎士団の交流を図ったのだ。
 その時に来たのがフィアナ騎士団であった。
 首領の騎士クールを隊長に、まだ見習いであった息子のディムナ・フィンを含む若手が、シレジア騎士団のうちのベルナール男爵率いる一部隊と、二か月ほど武術交流をしたのであった。
「ふうん、大変だね。ところでその赤枝戦士団っていうのは?」
「ケルティアの南西部に領地を持つ、戦士達の共同生活隊です。我々と同じくクヤン様に忠誠を誓っておりますが、城に出仕することはなく、普段は野山で狩りや修行をして暮らしております」
「何だか粗野な感じがするね」
 赤枝戦士団というのはフィンの言うとおり、ケルティア南部のコノート地方に居を構える戦士集団であり、隣接するミーズ地方もその影響下においている。
 コノート地方はケルティアで最も荒涼とした風景を見せる場所で、土すらないような岩の大地に渦巻く冷たい霧や吹きすさぶ風と、人間が住むにはあまり適さない土地である。
 もともとは北を追われてきた氏族が切り開いた土地で、硬い岩の割れ目にわずかな土を集め、海から拾った海藻や流木を肥料に、ほそぼそと農業を営んできた。
 今でこそその努力や大昔の気候変動もあって森や赤茶けた大地も増え、今でも畑を求めて開拓が続けられている。
 土地を切り開けば侵入するモンスターや獣との争いも増え、また、貧しいためか野盗の類も多く、それらから己達を守るためにこの地方の男達は皆、腕っ節が強く荒々しい。
 そういった民達を統べるのだから、赤枝戦士団がどういった者たちの集団であるかは想像に難くないだろう。
「でも何でそれがフィアナの郷に攻め入ろうとしているの?」
「彼らの土地は荒野がほとんどで、生活は決して豊かではありません。豊かな地ならば彼らの東に位置するマンスターの地の方がフィアナよりも豊かではありますが、マンスターも強力な騎士団を抱えておりますし。フィアナは今、首領である父が寝込んでいるものですから私が臨時に預かっておりまして、彼らにしてみれば、組みやすい相手だと思ったのでしょう。もともと好戦的な人達ですから」
 マンスターといえば数多くの歌にも出てくる、緑の丘や川に囲まれた豊かな土地だ。ケルティアでは最も恵まれた土地。
 そこの抱える騎士団はケルティアの王宮へ、数多くの近衛兵を輩出している。
 フィアナの郷はその北に位置し、草原ばかり続く土地だ。地元ではレンスターと呼ばれる地方に位置している。マンスターよりは一格落ちるものの、ケルティアの中では豊かな土地に入るだろう。
 フィンは少し顔を曇らせた。
「我々フィアナの騎士は腕には自信もありますし、ケルティア内の地理にも精通しております。戦いになっても赤枝戦士団に引けを取るとは思えません。しかしそれは、父が陣頭指揮をしている時のことであって……その、私は何せまだ騎士になったばかりですし」
 いくらフィンが武芸に秀でているとしても、いきなり騎士団の指揮を取れというのは少々無茶が過ぎる。
「とまあそういうわけでして、できれば戦いは避けたいのです。クヤン様はディアスポラからお戻りになりませんし、マンスター御領主のロンフォール様に調停をお願いしようとも思ったのですが……あいにく、やはりディアスポラの古くからの友人とおっしゃる方のところへお出かけで、ご不在なのです。仕方ありません、クヤン様のところまで報告に出向き、できればご帰国いただいて何とかうまく収めていただきたいのです」
 ケルティアは今でこそ北のアルスターを都とし、一人の王の下に全地方が忠誠を誓っているが、古来よりこの地は多くの氏族が覇を争ってきた。
 特にフィアナと呼ばれる中北部の集団と南部コノートの赤枝と呼ばれる集団は昔から争いが絶えず、その二つの地方に挟まれたマンスターが力を蓄えて計らずも緩衝地帯となっている現在ですら、小競り合いを続けているのである。
「なんだか大変なことになっているんだね」
「ええ、まあ。でも昔から繰り返されていることでもありますし、なんだか慣れっこなんですけどね」
 よくよく考えてみれば、武勇伝に歌われるケルティアの名だたる戦士達はフィアナや赤枝戦士が多い。お互いに何度も領地を巡って戦い、その度に英雄伝がうまれる。
 現在も赤枝戦士団には詩に歌われる有名な戦士がいたような気がする。
「ところで相手のことは何かわからないの? 規模とか、リーダーの名前とか」
「規模はとにかく数が多いのです。頭目はク・ホリンといって、国内では猛犬のホリンと呼ばれて恐れられています」
 思い出した。
 詩に出てくる戦士の名は、そのホリンだ。
「それって……嵐に吹かれるがごとく、たてがみを揺らし、手には魔の槍ゲイ・ボルグ、勇ましき猛犬、熊をも倒し……っていう、あのホリン?」
「多分、そのホリンです。……ご自身が熊みたいな人ですが」
 ラヴェルの背後でアルトが身を縮めている。口や態度とは裏腹に、実は気が小さいようだ。
「そう、それでですね、アベルさん」
「……ラヴェルなんですけど」
「あ、すみません。少々お伺いしたいのですが、ディアスポラの中央教会までは、どのようなルートがあるのですか? 教えていただけるとありがたいのですが」
「えーとね……」
 頭の中にラヴェルは地図を思い浮かべた。
 ここからだと四本のルートが考えられる。とりあえずは海を渡って大陸に戻り、そこから街道を……。
「うーん、口で説明するのは難しいんだけど」
 ラヴェルはアルトから紙とペンを借り、簡単な地図を描いてみた。
「へぇ……ラヴェルさんって絵も下手なんですね」
 どういうわけか感心したように声をあげるフィンの前で涙など流しつつ、ラヴェルはアルトに作業を押し付けた。
「うう、アルトが描いてよ」
「よおし、まかせな!」
 さすが盗賊、マッピングはお手のもの。サラサラサラ、と書き上げる。
「これでどうだ」

 ………………。

 ラヴェルと大して変わらない。説明書きの文字がミミズののたくったような字の分、わかりにくいかもしれない。
「うーん、じゃぁ仕方ないから道案内しよう。急ぐ旅じゃないし」
「ああ助かります。お願いします」
 ラヴェルはフィンを連れてディアスポラまで戻ることにした。振り出しに戻ったような気もするが、急ぐ旅ではない。
 道中、騎士団の武勇伝でも聞いて詩の構想を練るとしよう。



 神々の箱庭と例えられるミドガルド世界は、青い海で四方を囲まれているという。
 ケルティアから大陸へ戻る船旅は、オケアノス海を渡る。
「ねぇフィン、フィアナ騎士団の話を聞かせて欲しいな」
「フィアナの話ですか? そうですね、では……まず騎士団そのものについて少しお話しましょうか」
 鮮やかな濃い青色の空と海は、水平線での判別がつきがたいほどだ。
 真っ白なかもめの飛び交う下を船は帆を目一杯に張って波を割っていく。
「フィアナは騎士団と呼ばれていますが、例えば王宮の騎士やお隣のマンスターの騎士団のような、貴族身分や、騎士団内部のゆるぎない階級制度によって保たれているものではありません。あの土地に住んでいる郷士の集まりと申しましょうか」
 風景がゆっくりと上下に揺れている。波は穏やかだが、照りつける太陽の光は刺すように強い。
「ですから我々には宮廷勤めはなく、通常は野を駆け、モンスターを狩ったり領内を見回ったりしています。そういう点では赤枝と共通する部分も多いですね」
 フィアナは地元の騎士クールを隊長に、赤枝はやはり地元の荒くれホリンを頭目にする集団で、マンスターのような、その地方の領主を団長とする貴族騎士団とは大きく異なる。
 つまり、フィアナが守る領地であるレンスターや赤枝が守るコノートには、いわゆる封建領主というものはいない。
 照りつける太陽が海を鏡のように光らせている。
 そのような強烈な光の中を揺られながらも、北国育ちのためかラヴェルの顔は青白い。
「ちなみにフィアナの起こりははっきりとはわかっていません。自然発生的なものだったといわれております。でも大体二百年前くらいに現在のような集団になったように思われますね」
 波に揺れる風景がいつの間にか横揺れになっている。
 ゆっくりと回転する風景の中、ラヴェルはフィンに英雄譚や愛の歌はないかどうか尋ねてみた。
「そうですね、伝えられている話では例えば魔の大きな猪狩りとか妖精の大鹿の話とか、狩り関係の話が多いですね。妖精の国へ旅立ったまま帰ってこない騎士がいる、なんて話も聞きますが。でもまぁこういう集団ですから、王宮の騎士のようなロマンスには全く縁がないですねぇ」
 そう受け答えながら、フィンは目の前からラヴェルの姿が突然消えたことに驚いて話をやめた。
 落ち着いて見れば、足元に何か赤いものが転がっている。
 船はゆっくりと揺れている。
「……大丈夫ですかラヴェルさん」
 返事はない。
 真っ青な顔をしたラヴェルが目を回して床に転がっている。
 どうやら船酔いのようだ。

つづく


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