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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第三話:伝説の……

 ホリンを説得、何とか内乱を防いだクヤンやフィンと共にアルスターに戻ったのは、ケルティアの暦で六月だった。
 木々の葉は鬱蒼と茂り、糸のような雨がしとしとと降り続く。
 そのような天気だから、梅雨の晴れ間の陽を浴びて輝く風景がより一層眩しく見える。
 その中をフィンはフィアナに帰り、ラヴェルとアルトもクヤンをディアスポラまで送って行くことにし、ひとまず大陸に帰ることにした。
 オケアノス海は詩人達の間で西をあらわす詩語でもある。
 その言葉の通り、ミドガルド世界で最も西に広がる海で、最果てはどこまで続くのか誰も知らない。
 果てには楽園があるとか、この海のどこかに世界を取り巻くほど巨大な蛇が眠っているとか言われるが、どちらにしろ人間の辿り着けぬ場所であろう。
 ラヴェルはマンスター経由の南行路の船でディアスポラへ戻った。
 神殿までもう一息、一つ手前の町でしばしの休憩をとることにする。
 すると、クヤンもいることであるし、神の思し召しだろうか。
 ラヴェルは思いがけず見知った顔に出会った。
「あっ、ルキータ?」
 涼しそうな飛沫の輝く噴水脇で休んでいたのは、さくらんぼ色のビスチェと淡い色のスカートをかわいらしく着込んだ踊り子、ルキータであった。
 ラヴェルが近づくと、彼女はどこか怪訝そうな顔をしてこちらを見つめた。
「あら? どちら様だったかしら?」
 どうやらラヴェルのことなどすっからかんに忘れているらしい。
 無言で涙を流すラヴェルに、ルキータは少し悪戯っぽく笑って見せた。
「……って、冗談よ。元気してた?」
 どうやらからかわれただけらしい。
 気を取り直してみれば、どうやらルキータは一人のようである。別れた時にいた連れはどうしたのだろうか。
「レヴィン? 彼ならさっさとどっか行っちゃったわよ。もう、つれないんだから」
 とはいったものの、ルキータの表情からすればそれ程残念がってはいないようだ。
 なぜなら、その大粒の瞳が星のように輝きながらクヤンに釘付けになっているからである。
「ねぇラヴェル、この人は?」
「ああ、こちらはクヤン様。ここの聖騎士様でケルティアの……」
 ラヴェルが説明し終わらないうちに、すでにルキータはちゃっかりクヤンに握手してもらっている。
 まったく、美形には目がないらしい。
 ラヴェルの背後でアルトが腐っているが全く目に入っていないようだ。
「それで……ラヴェルは何してるの?」
「神殿までクヤン様を送っていく所だよ。何ならついて来るかい?」
「もちろん!」
 ケルティアとは違い、夏も終わりを迎えたディアスポラは青く高い空をしていた。
 いつ見ても無駄に広いような大平原を進み、神殿の前へ出る。
 中央の大聖堂は相変わらず信者達で埋め尽くされていた。
 しかし、今日はいつもと混み具合が違う。あちこちの通路が通れないのだ。
 よく見れば、大聖堂のドームや施療院や救貧所の建物を足場が覆っている。
「おやおや、改装が始まりましたね……ここからは入れませんね、西の広場側から入りましょう。せっかくですからお休みになっていってください」
 そういえば前に来たとき測量している人がいたかもしれない。
 クヤンの案内でラヴェルたちは聖堂の西側へ回りこんだ。
 西側には小さな広場があり、中心には女神像の立つ噴水が白い飛沫を上げながら涼しげな音を立てる。周りは幾分色付き始めた木立が囲み、その向こうには白い屋根。
「あれ?」
 視線を動かすと、右手のベンチにどこかで見たような青い影が休んでいた。
「ん? ……五流詩人ではないか。久し振りだな」
「……君も相変わらずみたいだね」
 休んでいたのはレヴィンだった。見た目は相変わらずだが、性格も相変わらずのようだった。
 ラヴェルの背後でアルトがため息をついたの分かる。どうやら彼もレヴィンが苦手らしい。
 だが、苦手どころか露骨に不快感を示した者がいた。



「……貴方はもしや……」
 押し殺したような声はクヤンのものだった。
 いつもとは違う口調に気付き、ラヴェルはクヤンの顔を見た。
 明るく澄んだ青い瞳のはずが、冷たく鋭く光っている。
 気のせいかもしれないが警戒感と殺気がクヤンを包んでいるように見えた。
 そのような目で見据えられ、レヴィンも怪訝そうに赤い目でクヤンを見つめた。
「ラヴェル、その男は?」
「えーと、このディアスポラの聖騎……」
「説明せずとも結構です」
 ラヴェルの言葉をさえぎり、クヤンはゆっくりとレヴィンの前へ歩み出た。
 場の空気に恐怖を感じたのか、アルトが一歩ずつもと来た方へ下がっていく。
「なあラヴェル、ほら、オレ、レヴィンって苦手だし場の雰囲気もよくないんで……退散させてもらうぜ。悪りィな。じゃ!」
 レヴィンが立ち上がると同時にアルトは脱兎のごとく逃げ出した。
 呆気に取られてアルトの背を見ていたラヴェルが視線を元に戻した時、白い光がその視界を奪った。
「魔法!?」
 突き刺すような白い光が辺りを焼いていた。
 まぶしい。目を開けていられない。
「クヤン様!」
 わめくようにラヴェルは声を上げた。
 実物を見るのは初めてであるが、ラヴェルは詩に歌われる言葉からこれが聖騎士クヤンの扱う神聖魔法だと確信していた。
 その光が消えたとき、ラヴェルの目の前には次に向けて身構えるクヤンの背が映っていた。
 逆に彼の魔法の直撃を受けたレヴィンは、まるで何事もなかったかのようにただそこへ立っていた。
 もっとも多少は驚いたらしく、右腕を顔の前まで上げて軽くガードしていた。
「ほう……神聖魔法か……神官ともあろう者が初対面の相手にいきなりそれか。礼儀のなっていない奴だな。どういう教育を受けてきたんだ?」
 クヤンの青い視線とレヴィンの赤い視線がぶつかり合う。クヤンは返礼がわりに二発目を放った。前よりも威力を上げている。
「あっ、ちょっとクヤン様!」
 ラヴェルの非難めいた声と同時に爆発が起きる。クヤンの魔法はレヴィンに届かぬうちに炸裂していた。
 レヴィンに届く直前のところで何らかの力が働いたらしい。
 白い光が壁にぶつかるように爆散して消える。
「……なかなかやりますね」
 どうやらレヴィンが何かの魔法で迎撃したらしい。
「悪いが俺は幽霊じゃないのでな、そういう魔法は効かんよ。もっとも、食らうと眩しそうなので落とさせてもらったがな」
「ちょっと二人とも……」
 いきなり目の前で始まった争いにラヴェルは困惑していた。
 いつも温和なクヤンがあからさまに憎しみの籠った目でレヴィンを見ている。
 しかし、レヴィンの言葉からするとどうやら二人は初対面のようだ。
 レヴィンの言葉ではないが、聖職者たるものが自ら戦いを仕掛けるとは一体どうしてしまったのだろう?
「まあいい、売られた喧嘩は買うことにしている。続けるのか、続けないのか。何なら本気でかかってくるか? 俺はそれでも構わないんだぜ?」
 レヴィンは真っ向からクヤンをにらみ付けた。
 にらまれたのがもしラヴェルやアルトであればそのまま身動きできなくなりそうな視線であるが、怒ったというよりもどこか面白がるような挑発的な雰囲気も見て取れる。
 返事もせず、クヤンは何か呟きだした。
 淡い光が彼を包んでいくところを見ると何か魔法を放つつもりらしい。
「やめてくださいクヤン様、何なんですか、いきなり。レヴィンもだからって挑発することないだろ!」
 なけなしの勇気をはたいてラヴェルは二人の間に割って入った。
 下手をすれば二人の魔法に挟み撃ちにされかねない。
 割って入ってからそのことに気付くと、ラヴェルは慌てて身を引いた。
 二人の顔を交互に見る。
 タイミングを外され、クヤンもレヴィンも引いた。溜め息と舌打ちが右と左の耳から同時に入ってくる。
「ラヴェル……その男の味方をなさいますか」
「味方って、別にそういうつもりじゃないですけど……ただ、クヤン様らしくない今のやり方が気になっただけです」
 クヤンはもう一度溜め息を付くと、納得のいかないような、責めるような目でラヴェルを見つめた。
「……分かりました。ここは引いておきます。相手を確かめもしないで攻撃をした非は認めましょう……その男が人違いとは思えませんが。私は神殿に戻ります。ラヴェル、申し訳ありませんが今日はお引き取りください。そしてしばらくはこの神殿に近付かぬように。それから……いえ、何でもありません。失礼」
「……クヤン様?」
 白いマントをなびかせながら神殿へ姿を消していくクヤンを腑に落ちないまま見送ると、ラヴェルは相変わらず平然とそこに立っているレヴィンに言葉をかけた。
「君はクヤン様と前に何かあったのかい?」
「いや。確かに初対面だ。ここへ足を運んだのも初めてだしな。ふん、あれが聖騎士クヤンか……」
 石柱の陰に隠れていたルキータが安全を確認してようやく広場へ出てきた。先程までレヴィンが座っていたベンチに腰掛けて足をぶらぶらさせている。
 それを眺めるとラヴェルはまた視線をレヴィンに戻した。
「ところでレヴィンはどうしてここに?」
「そこの噴水に出来の良い像が建っているというから休息がてらに眺めに来たんだが」
 確かに像は素晴らしかった。
 聖なる女神が恩恵の壺から水を注いでいる。顔は勿論、流れるような髪に着ている衣のひだ、微妙な指先の表情。見ているだけで落ち着いてくる。
「それより……」
 思い出したようにレヴィンが口を開いた。探るように視線を広場を走らせ、目当てのものがないのを確認するとひょいと肩をすくめた。
「あの馬鹿は逃げたか。奴の喜びそうな話を耳にしたのだが……まあいい」
「?」



 なるほど、確かにアルトの喜びそうな話だった。
「ミストラントと中央高地の境の山岳地帯の中部に洞窟がある。以前そこを治めていた貴族が没落した際に残った財産をそこに隠したが、隠した奴が死んでそのままになっているそうだ。道が険しいのと町から距離があること、いろいろあって取りに行った奴はいないらしい。ま、話に聞いただけだがな」
 宝探し。
 冒険者やシーフでなくとも心をくすぐられるものだ。お宝が手に入り、ちょっとした冒険も楽しめる。
 もっとも、お宝大好き人間のアルトはいなく、話を聞いてきたレヴィンもそのような事には冷めきっていて興味が無くといった具合で、ラヴェルもそれなら行かなくてもいいかと思ったのだが、意外なことにルキータがその話に乗った。
「面白そうじゃない? 行きましょうよ。お宝ってどうせお金とか宝飾品でしょ。持ってて困る物でもないんだし、この際だから三人で行ってみましょ」
 気が乗らなそうなレヴィンを道案内に、秋の気配の漂い始めた道を目的地まで旅する。
 山岳地帯というので高い山を想像していたが、洞窟があったのは麓の低山帯だった。
 それでも多少の標高差から気温は低めであるし、露出した岩肌の地面が寒そうな雰囲気を強めていた。
 実際には特に寒いというほどではなかったが、一番薄着のルキータはラヴェルからマントを取り上げて羽織っていた。
「あれがそうみたいだね」
 崖の手前、恐らく川が削った谷間であろう、対岸の高みからそれと思われる大地への入り口を確認する。
 中程に洞窟が口を開ける絶壁。
 よく見ればそこまでは所々に飛び出た岩を階段代わりにたどり着けそうで、実際難なく洞窟に入ることができた。
「というわけでマント返して欲しいんだけど」
「はいはい」
 大地の湿気のためか、洞窟内は寒さは感じられず、どことなく生ぬるい空気が漂っていた。
 その洞窟はかなり昔にできた自然洞窟らしく、しばらく進むと大きな地面の裂け目が行く手に姿を現した。前は水がたまっていたのだろうが、今はただの窪地になっている。
 しかしその底は松明の明かりくらいでは見えなかった。
 しかも……。
「あー、これはダメだねルキータ。ほら、前に人が出入りしてる」
 割れ目の向こうへ行けるよう、釣り橋がかかっている。
 ラヴェルは橋の丁度真ん中付近の手前に立ってみせた。
「お宝は持ち出されてるね、きっと。運がよければ取り残しはあるかもしれないけどね」
「えー。でもせっかく来たんだし、行く位は行ってみましょうよ」
 急ぎの用事があるわけではない。
 ラヴェルは洞窟の奥へ行ってみることにした。
「……なんか変な感じだなぁ」
 普通の洞窟と違い、なぜか奥に進むに連れて人の出入りの気配が強くなる。入り口がないのに一体どうやって出入りするのだろう?
 それともここまでの足跡などを見落としているのだろうか。
「………………」
 予感は当たった。
 最深部には広い空間があり、今は人こそいないものの明らかに人の手が入っていた。
 その空間は部屋のように四角く、壁面は石積みで内装され、床には絨毯。その正面には何かが祭られている。
「なあに? ここ」
 物珍しそうにルキータがその室内を見回している。
 ラヴェルは正面の祭壇を注意深く観察した。
 ほぼ正方形の室内は部屋の壁沿いが回廊となり、部屋の中心部は深い穴のようになっていて橋がかかっている。
 その橋の先のちょっとした広さの部分には絨毯が敷かれ、天蓋尽きの祭壇が置かれていた。
 黄色い布で覆われた台の上に、緑色の球体に目の描かれた御神体らしきものが置かれ、上には赤い地に黄色の縁の付いた天蓋がかかっている。
「おい二人とも、ここはさっさと引き払った方がいい……これは怪物を祭る神殿のようだ。 情報が違ったか、見つけた洞窟が違ったか、外したな」
 祭壇の四隅にはルキータの背ほどの高さの燭台が立てられ、灯明が上がっている。何の神を祭ったものか分からないが、確かに余りよくないもののようではある。
 レヴィンは祭壇に近づくと祭ってあるものを慎重に見定めた。
「これは邪眼……ほう……昔はだいぶ崇拝されたものだが、今はほとんど忘れ去られていたはずだ」
「邪眼って……それはまた古いなぁ」
 ラヴェルは呆れたようにため息をついた。
 昔、今ほど魔法が発達していない時代、呪術は神官たちのまじないが中心で今のような学問として学んだ魔道士はいなかった。
 邪眼はその時代の原始的な呪術で、例えば羨ましい相手、憎い相手などを魔力の籠った視線で妬み睨むことで呪う一種の邪法である。
 それから身を守るには、より強い視線で睨み返せばよい。
 そういうわけで昔の遺跡からは目の形をしたお守りなどが頻繁に出土するらしい。
「ゴルゴンのメデューサとかバジリスクとかな、他にもいるが……そういったものの強い視線にあやかって、こんな目の形の祭器を作って祭っているわけだ」
「原始的だね……」
「私には全然分からないんですけどー」
 つまらなそうにルキータが室内を歩き回っている。
「そっか……うん、じゃぁ早く帰った方がいいね。とにかくここの人たちに見つからないうちに……」
「いや……」
 立ち上がったラヴェルの横で、まだ座ったままのレヴィンが首を左右に振った。
「どうやら遅かったようだ」
「いっ」
 レヴィンの言葉にラヴェルが慌てて振り向くと、空間内に影が現れた。
 どこから出現したのか、司祭風の衣服を纏った大人が、性別までは分からないが部屋の中に八体ほど姿を見せた。
 もしかしたら人間ではないのか、ゆらり、と妙な足取りで一歩、また一歩近付いてくる。
「うあ、ヤバ……」
 ラヴェルはその神官の目を見た。
 完全に狂気の目をしている。恐らくただでは済まないだろう。
 反射的にレイピアに手をかけたものの、実力の差をひしひしと感じ取る。
 妙な影が一斉になにやらおどろおどろしい呪文を唱え始めた。
「レヴィン、ルキータ、逃げるよ!」
 何だかむなしいが、逃げ足には自信がある。
 室内の橋を渡り始めたラヴェルだが、足も自信ほどではなかったようで、目の前に妙な影が立ちはだかると奇妙な光を放つ短剣を振りかざした。
 おとなしく逃がさしてはもらえなそうだ。
「ああっ、なんだかすごく毒っぽい!」
 濡れた短剣の刃にレイピアの刃が滑ってしまう。
 辛うじて身をかわしたラヴェルだが、どう見ても分が悪い。
 しかも敵は一人ではない。
「きゃーーーー!」
 呪文の詠唱が聞こえ、背後でなにやら爆発する音がする。

 ごすっ!

 魔法で吹き飛ばされたルキータがラヴェルを背後から直撃した。
 そのまま二人ごろごろと転がると幸か不幸か室内の入り口付近まで強制退去させられた。
「うわああああ、ヤバイ、やばすぎる!」
 何とか転がるのは止まったがまだ地面でもがいているラヴェルの目に、毒の短剣を振りかざす神官が映った。
 振りかざされた短剣は一番上で一瞬止まり、振り下ろされ……突然吹き飛ばされた。
「レヴィン!」
 祭壇の前にいるレヴィンがこちらに向けて手をかざしていた。
 その手から放たれた稲妻が妙な影を黒焦げに打ちのめす。
 襲い掛かる神官から身をかわしつつ、レヴィンは一人を投げ飛ばした。
「ラヴェル、行け! ここは俺が引き受ける!」
「でも……!」
「いいから行け!」
 レヴィンの放った風の刃が神官をなぎ払う。
 確かに誰かがここを引き受けてくれなければ逃げ切ることは難しいだろう。
 しかしいくらなんでも相手が悪すぎる。
 毒の塗られているらしいナイフを持った暗黒神官。
 その実力、人数差。
 味方の中では確かにレヴィンが一番強そうだが、命の保証はできない。
 いや、そもそもこんなのを引き受けたら恐らく無事に帰ることはまず不可能であろう。
 しかし、誰かがここを引き受けなければ、他の誰かが逃げ切ることも難しい。
「……わかった。死ぬなよ!」
 ラヴェルは顔をひきつらせたルキータの手を引くと一気に駆け出した。
 いつかの盗賊のアジトといい、先日の神殿の広場の事といい、恐らくレヴィンは魔法で戦うのだろう。
 見た目こそただの町の不良兄ちゃんだが、魔法の腕はなかなかであるらしい。
 敵の神官達も短剣よりは魔法を好むであろう、このような洞窟内部で強力な魔法の応酬になったら、洞窟ごと生き埋めになりかねない。
 ひたすら洞窟出口に向けて足音が遠ざかっていく。
 事実、その二人の後ろでハデに爆発音がした。
 粉塵の向こうにラヴェルとルキータの姿が小さく消えていく。
「……チッ、本当に逃げやがって。まぁいい……一対八か、面白い、やってやるぜ」
 小さく舌打ちが漏れた。しかしその目はどこか楽しむような輝きが宿っている。
 逃げた二人にはその不敵な笑みは見えなかった。



 息が切れる。
 もつれた足を必死に動かし、何とか洞窟の入り口手前まで辿り着く。
 先程から続いていた振動と、上から振ってきた小石と砂がそれぞれ小康状態になったのを見て、二人は釣り橋のたもとに座り込んだ。
 視線の先には入り口の光が見える。ここまで来れば何とかなりそうだ。
「待ってラヴェル、もう走れない」
「そ、そうだね、息を整えたら歩いて逃げよう」
 痛くなったわき腹をさするとレイピアを鞘に収め、一息つく。
 一度大きな振動があったが、それ以降はぴたりとやんだ。
 不気味なまでの静寂が洞窟内を満たしている。
 先程までの振動と爆発音が嘘のようだ。
(レヴィン……)
 奥に残してきてしまった彼に悪いとは思いつつも、ラヴェルは再び腰を上げた。
 よろよろしながらも釣り橋を渡る。
 何の予告もなかった。
「うわ!?」
 いきなり目の前にさっきの神官と同じ姿の影が現れた。
 地面から沸いたのか降ってきたのか知らないが、それが突然目の前に現れて立ちはだかったのである。
「きゃああああああああっ!」
 耳元でルキータの悲鳴が炸裂した。
 絹を裂く声というのはこういう声をいうのだろうか。
 ラヴェルの耳はキーンとなってよく聞こえなくなった。
「耳が痛いんだけど……なんて言ってる場合じゃないよなぁ……」
 仕方なく腰のレイピアを抜く。
 勝ち目はない、ひたすらよけてスキを見て逃げるのが一番だ。魔法をよけきる自信はないが。
 音もなく神官が動いた。
(狙いは……?)
 慎重に見定めるラヴェルにお構いなく、力持つ言葉がつぶやかれた。圧倒的な威力を持つ魔法は、狙いがどちらということではなく、二人を一網打尽にして叩きつけられ炸裂した。
「ぐえ!?」
「ぎゃんっ!?」
 吹き飛ばされたラヴェルは釣り橋を越え、入り口側の地面に叩きつけられた。その上にこともあろうか、ルキータが降って来る。
 背中から地面に叩き付けられた挙句、見た目より重いルキータに押しつぶされ、一瞬息が詰まる。
 意外とむっちりした体格に思わず視線が彷徨ってしまうが、押しつぶされた体は悲鳴を上げ、鈍くそれでいて鋭い痛みが全身を走る。
 それはルキータも同じ、ラヴェルの上から転がり落ちるとそのまま横でうずくまっている。ただし視線だけはラヴェルを鬼のように睨んでいるが。
 自分が何とかしなければならない。
(何とかしてここを切り抜けないと……)
 しかし焦れば焦るほど体がいうことを聞かない。
 何とかラヴェルは立ち上がったが相手はすでに次の呪文を唱えている。
「ああもうっ、こうなったら!」
 一か八か、ラヴェルはフェイントを仕掛けた。
 相手が呪文を一瞬でも中断してくれればいい。
 一度止まった呪文は再び最初から唱え直さなければならないからだ。
 その間に上手く逃げ出そう。
「えい!」
 幾度となくラヴェルは突きや払いを繰り返した。
 しかしラヴェル程度の腕前では相手を追い詰めることは出来なかった。
 仕方ない、次の一撃にかけよう。
 ラヴェルは一瞬腰に力をため、一気に攻めに出ようとした。
 だがあいにく敵の方が早かった。
 極限まで高まった魔力の塊が今まさに炸裂しようと膨れ上がる。
 だが次の瞬間、勝ちを意識した相手はなぜか轟音と共に後ろからやって来た衝撃波に吹き飛ばされた。
 静かな足音が近付いてくる。
「やれやれ、まだこんなところにいたのか」
「レヴィン!」
 後ろの暗闇の中から姿を現したのは、間違いなくレヴィンだった。
 どうやってあの局面を切り抜けたのか、しかも傷一つ受けている様子はない。
「まったく、仕方のない奴だ。この程度の敵一人くらい、自分で何とかしたらどうだ」
「あうぅ……」
 レヴィンは彼の姿を見て安心し地面にへたりこんだラヴェルの首根っこをつかんで立たせると背後にかばい、体勢を立て直した神官の前に立った。
 怒り狂ったのか、その神官は両手の間に集め高めたエネルギー体を放とうと、その手を高く掲げ……そのままいきなり倒れ込んだ。
「!?」
 ラヴェルにはレヴィンが何をしたのか分からなかった。
 だが、今まで感じたことがないほどの強力な、不気味にすら感じられるよく分からない何かを、極限まで高められた魔力の塊のようなものを感じ取っていた。
 倒れた神官はそれきり動かなかい。
 もはや事切れているのは明白である。
 レヴィンは何かの魔法を使ったのであろうが、目に視覚として写ることも、耳に音を伝えることもなく、静かに、それでいて確実に発動し、そのまま死をもたらした。
(人間の扱って良い領域を超えている……まさか?)
 青い背を見つめるラヴェルの頭を、ある言い伝えがよぎった。
 禁呪。
 それは古代から伝わる魔法だ。
 一説によるとそれは天空に住む魔法に長けた神秘的な種族から伝えられたといわれている。
 ここ地上界、つまりミドガルドでは一般に古代魔法と呼ばれ、黒魔法の元となったといわれているが、その威力と扱うのに必要な術士の能力、制御の難しさなど、以前から自らの腕をわきまえずにそれに手を出し、暴発させてきた者も多く史実に名を残している。
 そのためにこの魔法は禁じ手、軽々しく扱ってはいけない魔法とされ、現在ではこの魔法を扱える者は世界中探しても巡り会えないであろうといわれている。
(いや、でも有り得るかも……)
 この世界では九系統の魔法が知られている。
 とはいえ通常目にするのは、魔術師の使う黒魔法や白魔法くらいで、精霊魔法ですら滅多にお目にかかれない。
 特殊なものでは例えばクヤンやクレイルなど、特別に神から選ばれた者や特殊な血筋にある者が扱う神聖魔法や光術があるが、こんなものを扱うのは世界でそれこそ彼らだけである。
 魔法を扱うには呪文、つまり言霊の力を借りる方法と、術士の魔力の高さ任せに魔力をそのまま叩き付ける方法がある。
 通常はこの二つを両方掛け合わせ、言葉の力を使って魔力を高めるのが普通である。
 以前レヴィンが山賊のアジトで扱ったのはフランメという黒魔法だった。
 お頭だけを残し、周りの雑魚を一掃したのはこの中級魔法だ。
 あの時レヴィンは呪文を省略し、しかも範囲を広げていきなり発動させた。魔法自体は中級だが、対象を拡大選択、呪文無し、というのはかなり高位の魔術師にもなかなかできない芸当である。
 しかも魔力の高さだけではない。
 レヴィンはこう見えても吟遊詩人である。
 各地を旅し、色々な伝説に触れている詩人は、常人の知らぬ古の知識を伝承している者も多いのだ。
 駆け出しのラヴェルと違い、レヴィンはどうもかなり旅慣れているように見える。
 だとすれば、もしかすると今の魔法は……。
「……何をぶつぶつ言ってるんだ、さっさとこの場からおさらばするんじゃなかったのか? それとも歩けんのか」
 気が付けばレヴィンが乱れたその前髪を直しながらラヴェルの顔をのぞき込んでいた。
 相変わらず不思議に輝く目をしている。
「あ……えっと……うん。早く立ち去ろう」
 もしかしたら、いや、多分禁呪であろう。どこから見てもそのような高位の魔術師には見えないが、ラヴェルはレヴィンの扱った魔法を禁呪だと判断した。
 レイピアを杖代わりに、よろよろとラヴェルはレヴィンの後ろから歩いて洞窟を後にした。
 それにしても……と思う。
 確かにどこからどう見ても町の不良兄ちゃんにしか見えないこのレヴィンとか言う男は、一体何者なのだろう。
 どこから来たのか、そしてどこでこの魔法を身に付けたのか。これほどの魔力を持ちながら、何故ぶらぶらと詩人などをやっているのか。
「ほれ、さっさと歩け、へっぽこ」
「うう、歩いてるよ……」
 次は何を言われるのかなどというどうでもいいような警戒と、ごく僅かに不気味に感じられる雰囲気に本物の警戒を感じつつも、ラヴェルはいつの間にかレヴィンに興味を持つようになっていた。
つづく

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