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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第六話:影と幻(前編)

 干からびた大地にまばらに揺れているのは、やせ細った草だ。
 乾ききった草原の道を数日行けば、やがて目の前に広がるのは黄金に輝く広大な砂の海……砂漠だ。
 フレイムラントの東にあるのはシヴァ国である。
 ミドガルドの南西大陸をフレイムラントと二分している国で、そのほとんどは砂漠に覆われている、日差しの厳しい地域である。
「……今度こそ本物だね」
 げんなりとしているラヴェルは額の汗を拭った。
 ともすれば砂漠から飛んでくる砂嵐に埋もれてしまいそうな細い道を、この炎天下の中を歩いてきたのだ。
 そんな彼らの目の前に浮かび上がるのは、砂丘の向こうに見える緑のオアシス。
 だが、しかし。
 この辺りはまた蜃気楼が見えやすいことで有名であった。
 砂丘の上に浮かぶように揺れる、埋もれたはずの遺跡、青く輝く内海、神秘的な生物の影や淡く揺らめく炎。
 世界の中心ともいえる北の大陸の人間からすれば、南西の大陸など未知の世界、伝説の中の幻の国である。
 美しく、それでいて人を惑わせる蜃気楼と、知られざる歴史の夢幻のイメージとあいまって、このシヴァは北の大陸の人間達には幻の国と呼ばれていた。
 まったく、何度オアシスの幻に騙されたことか。
 ラヴェルは目の前に広がる町並みが本物であることをようやく確認すると一息ついた。
 シヴァの王都はそんなオアシスではなく、砂漠ばかりの国土の中でも珍しい草地にあった。
 オアシスのような大きな泉も椰子の茂みもないが、幾つも彫られた井戸やところどころに生えているやせ細った木の木陰が僅かな涼しさを恵んでいた。
 黄土色の砂岩で作られた街の家並み、幾つもの玉葱屋根を持つ聖堂、右から読むらしい文字。
 見渡す限り、見たこともないような風変わりな風景に満たされている。
 話に聞いてはいたが、ラヴェルにとってこの風景は、やはり風変わりな音階の笛の音と共に、忘れられない思い出になりそうであった。
 あまりの文化の違いに言葉が通じるかどうか不安であったが、半分近くは通じたようで、身振り手振りも交えて何とか無事に宿を取ることが出来た。
「少し町を見て来るね」
「あ、私も行く!」
 レヴィンを宿に残すと、ラヴェルはルキータと共に灼熱の町へ繰り出してみた。
 あまりの暑さにマントを脱ぎ捨てたい気分だが、この照りつける太陽の日差しから守るためにはマントを脱ぐわけにはいかない。
 気候の険しいシヴァには町が少なく、ほとんどの人間は僅かな草地で遊牧生活を営んでいるらしい。
 それでもさすがに王都の町は賑やかで、下町には素朴な人々がほとんど枯れかけたような井戸端で楽しそうにおしゃべりをしていた。
「待て〜ぃ!!」
「いっ!?」
 そんな下町の裏通りから、どこかのおかみさんが怒鳴り散らす声が聞こえてきた。
 あまりの迫力に思わず振り向くと、少々中年太りの過ぎたご婦人がシュロ箒を振り回しながら、逃げ回る青年を追い回していた。
 どうやら親子のようだ。
 青年は身軽に逃げ回っていたが、やがてとうとう箒で一発ど突き倒された。
「ひええぇー、母ちゃんごめんよ〜〜」
「まったくお前は人様に迷惑ばかりかけて! このバカ息子!」
 何だかどこかで見た顔だ。
 地面をごろごろ転げまわっていた青年だが、一瞬ラヴェルと目が合った。
 赤かった顔が瞬時に青くなる。
「!!!」
 ラヴェルよりも、ラヴェルの周囲の何かを探すように必死に首をめぐらせると、その青年は脱兎のごとく横道へと逃げ去っていった。
 逃げていったのは……アルトという名の盗賊だった。



「おい」
 町を大体一巡りし終えて休んでいると、どうやらレヴィンも町を見物していたらしく、井戸のそばで彼とかち合った。
 かけられた声に顔を上げてみれば、レヴィンとその背後にもう一人、彼よりも若干淡い色合いの蒼い人影が見て取れた。
「そこで会った。お前の知り合いだそうじゃないか」
 レヴィンに促され、その背後から進み出たのは旅装の若い騎士であった。
「ご無沙汰しております」
「あ、フィンじゃないか!」
 頬と鼻の頭が真っ赤にむけているようだったが、そこにいたのは紛れもなくケルティアの若き騎士フィンであった。
「フィンは一人? どうしたのこんな所で」
「ええ、国の使いで書簡を届けに来たのですが」
 まぶしそうに空を見て目を細め、やがてフィンはその視線を遠くにそびえる城へ向けた。
「書簡はもう届けたのですが、少々厄介なことになってしまいまして」
「どうしたんだい?」
 フィンはラヴェルの横に腰掛けた。井戸の水に布を浸し、水気を絞ると赤くなった顔に当てて冷やす。
「ええ実は、シヴァ王家の所有している遺跡にですね、私に行って欲しいと……儀式に使う宝物を、その遺跡を宝物庫代わりにしまいこんでおいたそうなのですが、何でもその遺跡に魔物が住み着いたとかで、取りに向かった兵士が帰って来ていないそうなのです」
「ああ、なるほどね……」
 ケルティアは騎士の国として名高い。恐らくフィンの腕に期待しての頼みであろう。
「国の特使として参っているので、ケルティアのためにもむげに断るわけにもいきませんし、これから行ってみようと思っていたところです」
「一人で大丈夫?」
「ええ、まぁ、何とか」
 どうやら一人でも行くつもりのようだが、いくらフィンの腕が立つからとはいえ、異国の地、見知らぬ魔物相手に一人で立ち向かうのは危険だ。
「何なら一緒に行こうか? 何か歌の材料もあるかもしれないし」
「ああ、それは是非お願い致します」
 一瞬安堵したようにフィンは顔をほころばせたが、ややあって今度は不安そうに眉根を寄せた。
「あ、いや、お心はありがたいのですが」
 フィンの顔にどこか困ったような表情が見て取れる。
「……ラヴェルさんて剣の腕とか、お立ちになりましたっけ? そのような記憶が全くないのですが……」

 ざくぅっ!!

 横合いからレヴィンとルキータの冷め切った視線が注がれているのが見ずとも分かる。
 ラヴェルは引き攣った笑みを浮かべると辛うじて声を絞り出した。
「ああ、ええと、レイピアなら一応それなりに……連れもいるし」
 これでも一応騎士の家の育ち、本業の剣士では全くないが、一応剣の稽古はしている。
 ……まぁ確かに強いとはいえないだろうが。
「ちょっと待ってよラヴェル、行くのはいいけどもう少し休ませてくれない? 暑いんだし」
「そうだね」
 井戸の水は塩分を含んでいるようで、口に含むとかすかにしょっぱい。
 レヴィンが荷物を取りに行っている間、ラヴェル達は井戸のそばで休んでいた。
 その周りで粗末な衣服を着た子供たちが元気に走り回っている。
 その足音の向こうからあどけない声が幾つも聞こえてくる。
「はいはい、はいはい、まあるい赤ちゃん……」
 かわいらしい声のする方を見れば、手をつなぎ、歌いながら輪になって遊ぶ女の子達の姿が目に入る。
「スタスタ、スタスタ、のっぽのおじさん。よろよろ、よろよろ、杖つく爺ちゃん。歩いて歩いて……」
 幼い歌声の中に時折甲高く混じる子供の笑い声。
 ラヴェルは熱で狂わないように竪琴の弦を調節しながら辺りを見回した。
 広場の反対側では、同じ踊り子でもルキータとはまるきり雰囲気の異なる流浪の民が、民族衣装をはためかせながら情熱的な舞を舞っている。そのすぐ隣には不思議な音階の縦笛を吹くものもいる。
 ラヴェルの目はやがて一人の人物に留まった。
 どうやら占い師のようだ。手に数枚のカードを持っている。
「あれは何かな?」
 丁度戻ってきたレヴィンにラヴェルは尋ねた。
「恐らくあれがタロットだな。なるほど、確かに強い魔力が籠っている」
「へぇ……」
 ラヴェルは不思議な魅力のあるそのカードが見たくて、取りあえず一回占ってもらうことにした。横からルキータが興味津々といった面持ちでのぞき込む。
 無愛想な老婆はラヴェルをじろりと見ると、手にしていたカードをゆっくりと動かし始めた。
「ふぅむ……なるほど……」
 何かつぶやく声にラヴェルは緊張して背筋を伸ばした。
 老婆はラヴェルの顔を見ながらカードを開いてみせる。
 不思議な絵がラヴェルの意識を独占する。そのうちの幾つかは向きが逆だった。
「そのうち、精神的に成長するきっかけが訪れることになろうよ。新しく物事にチャレンジするのもいい。ただ、不安に襲われ、不安定な時期もからなずくる。それを乗り越えた時に大きく成長するであろう。不安など恐れず、ただ進むのみ。己の心を制御することが成長への近道じゃ」
 せっかくの助言の上の空、ラヴェルは何かに取り憑かれたようにぼーっとそのカードの絵を眺めた。
 だいぶ使い古されているが味のあるいいカードだ。
「ねぇ、おばあさん、私も占ってよ」
 そういいつつも、ルキータは懐が寂しいのか、あまりチップを弾まなかった。
 それに倣ったわけでもないだろうが、老婆はごく単純な占い方をした。
 ただ一枚、ルキータにカードを引かせただけ。
「ではお嬢さん、そのカードをそのままめくるように。ただし、くれぐれも上下の向きを変えないこと」
「これでいいのね?」
 ルキータは適当に一枚カードをめくった。
「何かしら?」
 カードの絵は、白と黒の二匹のスフィンクス。それを馬代わりに、若い戦士が古代の戦車を引いている。恐らくはチャリオットとか言われるものだろうか。その絵が上下逆になっている。
「……物事を進める時に、自分をコントロールすることが難しい。進まずに止まってしまうか、あるいは逆にスピードがつき過ぎて突っ走ってしまうか。冷静に考えるように」
「ルキータだったら後者だね」
「何で!?」
 思わず茶化したラヴェルの襟首をルキータは締め上げた。
 彼女はいつも突っ走っている。
 ラヴェルを締め上げているルキータに、遠慮がちにフィンは声をかけた。
「あの、用がお済みでしたらそろそろ出かけたいのですが……」
「あ、そうだったわね」
 力を抜いたルキータの手からラヴェルがぼとっと落ちる。
 老婆に礼を言うと四人は水の補給を確かめ、問題の遺跡へと向かった。



 遺跡は町から距離はないものの、足元が砂のために思うように歩みが進まず、辿り着いたときにはすでにラヴェルの足は疲れ切っていた。ブーツの中も砂だらけ。
 崩れた聖塔、三角錐型の神殿。
 風化した建築物の合間を縫い、目的の宝物殿へ辿り着く。
 そのまま一行は中へ入ろうとしたが、よく響く声に行く手を阻まれた。
「朝は四本、昼は二本、そして夜は三本の足で歩く生き物は何か」
「えっ?」
 降ってきた声に思わず見上げてみれば、遺跡の上部に巨大な生き物がいた。翼をはためかせて降りてくる。
「ええっ!?」
 一瞬、伝説の恐ろしいキマイラかと思った。
 だがよく見れば、それはもっと神秘的な生き物であった。美しい女性の顔、獅子の身体に、鷹の巨大な翼。
 レヴィンが耳打ちをしてくる。
(こいつは多分スフィンクスだろう。質問に正解しないと……食い殺されるぞ)
「いっ!?」
 面白がる様な声でレヴィンは続ける。
(そうなったら全力で戦うんだな。といっても……吟遊詩人ともあろうものがこれくらいの質問に頭を悩ませてもらっても困るがな)
「と、いわれても」
 ラヴェルは困り切ってスフィンクスを見上げた。
 レヴィンの様子だとそんなに難しい問題でもなさそうだが、相手はスフィンクス、知恵の守護者だ。
「……レヴィン、ヒント」
 求めて後ろを振り返る。
 この不良詩人はなかなかに博識のようだ。何かいい知恵を持っているかもしれない。
 第一、この様子ではどうやら答えそのものを知っているようだ。
「……町で子供が遊んでいただろう?」
「うん……」
 シヴァの町でのことを思い出してみる。
 砂っぽい、黄色がかった町並みの中を走り回る子供、輪になって遊ぶ子供、子供達が歌い踊っていた童謡……。

 はいはい、はいはい、まあるい赤ちゃん
 スタスタ、スタスタ、のっぽのおじさん
 よろよろ、よろよろ、杖つく爺ちゃん
 歩いて歩いて……

「あっ、分かった、答えは人間だ!」
 ラヴェルは子供達の歌の詩を思い出した。
 四つん這いで歩く赤子、立って歩く大人、杖を突いて歩く老人。
 そう、答えは人間であった。
「よろしい、通ることを許可しよう」
 食事にはありつけなかったものの、知恵のあるものに出会えて満足したのか、スフィンクスは飛び去っていった。
 人間がここを訪れる度に何かしらの質問をするのであろう。
 ラヴェル達はその影が遠くへ見えなくなると、遺跡の建築物の中へ足を踏み入れた。
「うわぁ……これがシヴァの遺跡……」
 黄色い砂岩を積み上げられて作られた遺跡は太陽を信仰しているためなのだろうか、どのような設計なのか分からないが窓もないのに常にどこからか光が差し込んでくる。
 建材の色と反映し合い、遺跡の中は黄金色に染まっていた。



「たーすーけーてー〜!!」
 情けない悲鳴が遺跡の中に幾重にもこだまする。
 黄金の遺跡の探険は、スフィンクスの謎は解いたものの、まだ難問が立ちはだかっていた。
 すえたような臭いの息を撒き散らしながら、陰気なミイラが何体も押し寄せてくる。その頭上を飛び交うのは無数のスピリットだ。
「ちょっとラヴェル、あなた逃げてないで戦いなさいよ!」
「る……ルキータだって!」
「私は女の子なんだから戦わなくってもいいのっ! ……っきゃああああっ!?」
 宝物庫の前に固まりになっている死体の群れの向こうに、巨大な扉が見える。
 その奥に祭器がしまってあるのだろうが、扉の前には正体不明の魔物が待ち構えていた。
 うざうざと湧いて出てくる手下を従え、それはそこに立ちはだかっていた。
 ヒョヲヲヲヲヲォ……
 煙の様なものが揺らめく。それは時折煙から姿を変え、鬼神の様な姿を表す。
「ふむ……?」
 みっともない体勢で逃げ回るラヴェルなど構わず、レヴィンは散発的に魔法を放っていた。
 炎や冷気、雷が鬼神に向けて放たれるが、敵は煙のように姿を辺りに溶かしてはことごとく魔法を透過する。
 風の刃もやり過ごされ、レヴィンは軽く舌打ちをした。
 その脇ではフィンも剣を手に攻めあぐねている。
「ダメですね、これでは攻撃が当た……」
「きゃあああああっ!?」
「ひょえーーーーー!」
 レヴィンとフィンの背後では相変わらず情けない悲鳴が絶えることない。
 そう、二人とも幻の鬼神にかかりきりで、手下は放ったまま。
 つまり……。
 がささささささ……
「いきゃあああああっ!」
「イヤーーーー!!」
「後ろ、うるさく騒ぐくらいならギャラリーに徹していてくれ」
 ラヴェルとルキータにまとわりついてはがりがり引っかき、かじりつくミイラに飛び回る死霊たち。
 うふふふふふ……
「よるなーーっ!」
 笑みを浮かべながら寄ってくる幽霊相手にレイピアを振り回しても、効き目無し。

 我〜ら〜の〜眠〜り〜を〜覚〜ま〜す〜の〜は〜誰〜だ〜?

 鬼神やすでに目覚めている死人の瘴気と魔力に反応してか、遺跡の奥から更に多くの死体が起き出してくる。
「いや、起こすつもりは……えっと、だったら、えーと、スリープ!!」
 ラヴェルはレイピアをかざしたままかなり本気で催眠魔法を放った。

 我〜ら〜の〜……

 相変わらずにじり寄ってくる死体たち。
「インチキー!! 効いてない〜っ!」
「お願いだから寝てぇ〜〜っ!」
 激しくわめく背後に、レヴィンは鬼神に向けていた手を降ろした。
 背後には大量の死体と幽霊達……と、ラヴェルとルキータ。
 静かにしろというほうが無理である。
「チッ……」
 舌打ちの音と共にレヴィンは振り向いた。
「……ブリザント」
 その押し殺した呟きが終わらぬうちに……。

 ずどーん!

 崩れはしないが遺跡全体が揺らいだ。
 レヴィンの魔法に吹っ飛ばされ、ラヴェルとルキータはミイラ達と一緒に叩きのめされた。スピリットもどこかへ逃げ去っていく。
「はああ、なるほど、静かになりましたね」
「……感心しないでくれ」
 剣を構えたままなぜか素直に感心するフィンを無視してレヴィンは鬼神と向き合った。その背後ではラヴェルが必死にもがく音。
 鬼神は再び薄い影のような霧と共に姿を隠した。
 普通の人間には見えないであろう魔力の動きをレヴィンは赤い瞳で追い、フィンも油断なく剣を構えなおしている。
 ふいに、消えたはずの煙を追うレヴィンの視線が止まった。
「……何でこっちを見るの?」
 ノミのように尻を上げたまま地面にへたばるラヴェルは、そう問い掛けてからふと思い当たった。
「………………」
 視線がこちらに注がれている。それはもしや……。
 ぎぎぎ……と、立て付けの悪い扉の様にラヴェルは振り向いた。
「でっ……出たぁ〜〜〜っ!」
 ちょうどまた煙と共に姿を表した鬼神と、ラヴェルは目が合った。

 ぎろり。

 睨まれたラヴェルはそのまま石のように無言で硬直した。ルキータも然り。
 別に本当に石になった訳ではないが、恐怖で手足が言うことを聞かない。
「ふむ」
 煙のように消えては現れる怪物を見ながらレヴィンは独り言のようにつぶやいた。
「これはもしかするとイブリースとかいう怪物かもしれんな」
 鬼神の巨大な迫力のある視線と、レヴィンの魔物じみた赤い視線がぶつかりあう。
 どちらに睨まれても身動きが取れなくなりそうだが、ラヴェルは頭の中だけは半分パニックになりながらも何とか色々働かせた。
 必死になってシヴァ方面の歌や伝説を片っ端から思い出してみる。
 イブリース。
 シヴァやフレイムラントで恐れられている怪物、正しくいうなら精霊的な力を持つ鬼。
 その鬼達を総称してイブリースという。地方によってはジンともいい、有名どころでは炎の鬼イフリートなどがいる。
「……どーやって倒せと!?」
 ラヴェルは半分泣いたような笑みを顔に浮かべた。実際は泣いているのでも笑っているのでもなく、顔が引き攣っているだけだが。
 ジンをこらしめた、などという話は聞くが、倒した、という話は聞かない。
 何かに閉じ込めるのが一般的だろうが、あいにく、目の前のイブリースを閉じ込めるに適した魔力を持つ入れ物がないのだ。
 あいにくランプも指輪も壷も持っていない。
 レヴィンの舌打ちが聞こえる。
「せめてイフリートであれば吹雪をぶち込んでやるんだがな……」
 煙のように空中を漂う鬼神に対抗するにはどうしたものか。

 ぶおおおおおおっ!

「ひょひいっ!?」
 突然鬼が息を吸い込んだかと思うと、突風を吐き出した。
 狭い通路をつむじ風、もとい、小型の竜巻が走り回る。
 がらがら、ごすん!
「きゃあああああああっ!?」
 身軽なルキータとラヴェルは遺跡の外まで放り出された。仕方なくレヴィンとフィンが後を追って飛び出してくる。
「……うう、振り出しに戻った……」
 ラヴェルが、砂に半分埋まりながら情けなさそうに呟く。それをルキータが押しつぶしている。
 仕方ない、帰って正直に報告するとしよう。
つづく

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