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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第六話:影と幻(後編)

 ちろっとラヴェルに向いた視線が慌てて正面を向き、謹厳そうな表情を浮かべる。
 従者達の微妙な視線を受けながら、ラヴェルはシヴァの女王の前に膝をついていた。
 全身砂まみれの吟遊詩人。
 城内に入る前に服を叩いたのだが、あまりの量に落ち切れなかった砂が、ラヴェルが動くたびにぱらぱらと床に撒き散らされる。
「……おやおや、まぁまぁ」
 女王ゼノビアは苦笑したようだったが、やがて立ち上がった。
 彼女が動くたび、身に着けた装身具がシャラシャラと涼しそうな金属音を上げる。
 刺激的な香の香りの中、女王は何かの巻物を広げて見せた。
 ラヴェルたちには全く読めない文字がびっしりと布地を埋め尽くしている。
「これは異国の旅人の残した話をまとめた書物じゃ。この世界の西の海には美しい島国があり、そこには人間の及ばぬ者によって作られた多くの武具があると聞く」
「ええ、存じております」
 世界の西の果てには妖精達の常若の国があるという。
 丁度その伝説の場所辺りに島が実在し、そこはケルティアと呼ばれていて、実際に多くの妖精伝説の残る国である。
「その異郷にはどのような鬼も打ち滅ぼす武具があると聞き、住む人間達もとても勇敢で腕が立つという。ゆえにそちらの騎士に宝物庫行きを頼んだのじゃ」
 フィンは若いとはいえ腕は立つほうだ。
 しかし生憎その腰に吊り下げているのは、ごくごく普通の長剣である。
 いくら腕が立っても、これではあの鬼神に傷を負わせることは出来ないだろう。
 伝説の武具の多くには魔法的な力が宿っているといわれ、それらの武具は魔物に対しても有効だといわれている。
「でも、魔法も効かないようなのですが」
 ラヴェルは困ったように眉根を寄せた。
 レヴィンが多属性の魔法を試していたようだったが、どれも透過されて無力だったように見えた。
 魔法が効かない以上、魔法的な力に頼る伝説の武具でも効果がないのではないだろうか。
 女王はくすりと笑みを浮かべると、巻物を更に広げて見せた。
「ここに。西の島にはどのような魔法にも打ち勝つ武具が幾つかあると聞く。魔法よりも更に強いものであれば、鬼神にも打ち勝てるのではなかろうか」
 読めない巻物をラヴェルに見せて指し示すと、女王はその一部を読み上げてみせた。
「……そのガエは岩より硬く、岩より重い。影に生まれて光より輝く。妖精の祝福を受け、この世の多くの魔法を上回る力持つ。戦いとなれば偉丈夫の闘気に呼び覚まされ、妖精の黒き矢じりを嵐のように吐き出すだろう」
 聞きなれない単語にラヴェルは女王に尋ね聞いた。
「あの、ガエって何ですか?」
「分からぬ。異国の言葉をそのまま記したゆえに」
 ラヴェルは振り向くと今度はフィンに聞いた。
「フィンはガエってわかる?」
「いえ……雰囲気からして恐らくはケルティアの古語だとは思われますが」
「そっか……」
 とにかく、そのガエというものがあればあの鬼神に勝つことも出来るかもしれない。
「ねーねー」
 不意にルキータがラヴェルのマントを引っ張った。
「あれはダメなのかな? ランプとかに閉じ込めちゃって、言うことを聞かせるの」
「三つの願い事の昔話かい? うーん……」
 確かに、伝説の武具を探すよりは、何かに閉じ込める方が手っ取り早い。
 しかし。
 ずっと黙って聞いていたレヴィンが口を開いた。
「ランプだの指輪だのに封じ込めた話はよく聞くが、あれは旅人が自分の魔力で無理に閉じ込めたものではない。もともと魔力を持っている物に閉じ込めたわけだ。しかも閉じ込めた際には言葉でごまかしてそれに押し込めている。それには……」
 ラヴェルは合点した。
「ああ、そうか、言葉で騙して閉じ込めたんだから、言葉の通じる相手じゃないとダメなんだね」
「そうだ。あの鬼神は一言も発してない。恐らく人間の言葉はわからないのだろう。会話が出来ないのでは言葉で騙すのは不可能だろうよ」
 例えば昔話の一つでは、多大な力を持つ相手に、そんな巨大な体ではこの小さな壷に入り込むのは不可能だろうと挑発してみせ、鬼神が己に不可能はないことを示して体躯を小さくして壷に入り込んだところをフタを閉めて閉じ込めた話などがある。
 とにかく言葉のやり取りが出来る相手でないとこの手を使うのは難しい。
「仕方ないね、一度ケルティアへ行ってみよう」



 ラヴェル達は宮殿を辞すと北東の港から北大陸を目指し、懐かしいディアスポラへ上陸するとその地を横断、港から西行路の船へ乗り込んだ。
 波に揺られながら、ラヴェルはケルティアの伝説や武勇詩から、英雄の手にする武器の名を幾つか挙げてみた。
 吟遊詩人として各地を巡っているレヴィンと、ケルティア出身であるフィンも交えて見当をつけてみる。
「一番有名なのはやっぱりブリューナクの槍かなぁ。光の神ルーのアンスウェラーの剣もあったよね」
「銀の手ヌァダの不敗の剣もあったな。ただ、それらは神話の域であって、このミドガルドにあると考えるには現実味が薄いな。それこそ天空にでも行かなければな」
「だとしたら実在の英雄の武器? クヤン様の聖剣とか」
 パッと思い付くのは王者の剣、今は聖騎士クヤンがその証しとして手にする聖剣エクスカリバー。今のケルティアの基礎となる先王国を築いたアーサーの剣だ。
「アーサー王は他にも武器をお持ちでしたようで、他にもロンの槍や、カリバーンという剣がマンスターに残されております」
 ケルティア出身だけあってフィンも詳しい。各地に伝わる伝承でしかそれを知らないラヴェルよりも具体的だ。
「あ、フィンの騎士団は何か持ってない? 魔法の武器とか」
「フィアナですか?」
 フィアナ騎士団も古くからある騎士団で、数々の英雄が誕生している。伝説めいた武器があってもおかしくないだろう。
「父クールが魔法の槍を所持しています。相手の放つ魔法を打ち払うといい、何でもシヴァの黄金で作られているとか。でもあのような怪物に対して効き目があるかどうかはわかりません」
「そっか……」
 潮風が頬を撫でる。
 興味津々といった顔で聞き耳を立てているルキータの前で、ラヴェル達は雲やかもめを眺めながらまだ武具の話を続けていた。
「アーサーよりも前の時代はどうだ? 武器が現存するか少々疑問だが」
「古王国ですか……確かに武器の現存は難しいですね。残っているとしたら、ベオウルフ王のバルムンクとかでしょうか」
 しばらくは他の二人の話の聞き役に徹していたラヴェルだが、少ない知識を動員してその武具の特定を試みることにした。
「女王様の話だと、それを勇者が手にすると、闘気が無数の黒い矢じりになって飛び出すって……明らかに魔法の武器だよね」
「矢じりですか……弓のことでしょうか?」
「考えられなくもないがな。ただ、伝説などに語られる英雄の武器というと、なぜか剣か槍が多い。恐らくその手の武器だろう」
 ラヴェルは聖剣エクスカリバーからバルムンクまで、伝えられている性能を考えてみた。
 妖精の魔力を持つ剣、岩をも貫く剣、死者を葬り返す剣、竜の鱗すら切り裂く剣……。
「ああだめだ、わかんないや」
 黒い矢じりが飛び出すなんて聞いた事がない。
 明日ケルティアへ着いたら誰かに聞いてみよう。
 ラヴェルは考えるのをやめると船室へ戻った。



 ずっと主が留守のケルティアの王城。
 幾らか風化も目立つが、騎士の国らしくどっしりとした構えの城は、草に覆われた低い丘の上に、青く水を湛えた堀に囲まれて建っていた。
「開門を」
 顔の利くフィンを先頭に、一行は城内へ入り込んだ。
 衛兵に来訪目的を告げると、中庭に面した部屋で待つ。
「どうぞ、こちらへ」
 年老いた騎士に案内されて別室へ赴く。
 室内には分厚い絨毯の上にケルティア特有の円卓が組まれ、数名の学者と賢者が数多くの本を手に静かに待っていた。
 ラヴェルは早速、伝説の武器について賢者達に意見を求めた。
 あまりの重量に、選ばれた勇者しか扱えないこと、影の中で鍛えられたらしいこと、魔法を帯び、持つ者の闘気に反応して無数の矢じりを発射すること……。
 賢者達の答えはあっさりしたものであった。迷わず、即答する。
「それは伝説の魔槍、ゲイボルグでしょう」
「……そっか、それがあったね……」
 その答えに思わずラヴェルは頭を抱えた。
 フィンも顔を引きつらせている。それがなぜだかわからないルキータがラヴェルとフィンの顔を交互に眺めている。
 魔槍ゲイ・ボルグ。
 それはフィンの所属するフィアナ騎士団と仲の悪い赤枝戦士団の頭目、猛犬のホリンの持ち物であった。
 かなり有名な武器であるが、ラヴェルはそれをすっかり失念していた。
 どうやらガエは槍、つまり古語であるゲイの更に古い言葉であるらしい。
 噂によればホリンはそれを武芸の師匠から授かったものだそうで、なんでも影の国という場所で鍛えられた業物であるらしい。
 フィアナと赤枝の対立がネックだが、仕方ない、ラヴェルはフィンを道案内に以前駆け抜けた道を再びコノート向けて今度は徒歩で南下した。




 ………………。

 胡散臭いものを見るような視線が注がれている。
 以前訪れた砦ではなく、狩りのために張られたキャンプにホリンはいた。
(あああ、やっぱり機嫌悪そう……)
 内心ラヴェルは逃げ出したかったがそういうわけにもいくまい。
 ホリンは草の茎をくわえ、もともとバサバサの頭をさらに左手でかき回している。
 あいにくクヤンはいない。
 いるのは何だか気に喰わないフィンと、いつだったかクヤンの後についてきた駆け出し詩人、落ち着きのない生意気な踊り子に、うさん臭いチンピラ詩人。
「と……と、いうわけで、ゲイ・ボルグをお貸し頂きたいんです……けど……」
「……テメーに扱えるか、ボケ」
「だ、だったら、ホリンにも来て欲しいなと」
 仕方なくラヴェルが交渉役になるが、貸してもらえるかどうか疑わしい。
 第一……。
「あの槍はねぇよ」
「は?」
 思いがけない言葉にラヴェルは間抜けな声を上げた。
「は、はぇ?」
「この前、師匠が来て持ち帰った」

 ………………。

 レヴィンが呟く。
「影の国、か……」
 どこにあるか不明の地域。国といっても国家ではない。皆がそう呼ぶだけだ。
 なんでもホリンはそこで修行したとかで、その地で武芸の師匠から槍を授かったという。
 くわえていた草をプッと吹き飛ばすとホリンはベンチから立ち上がった。
「どうしても必要なら行って借りてきな。場所は教えてやる……とはいっても、お前らじゃ、たどり着きそうもないがな」
「あう……」
 方向感覚を狂わす深い霧、行く手を阻むように開閉する岩、渡ろうとすると跳ね返す跳ね橋。
 それらを乗り越えて辿り着いたのは今のところホリンしかいないらしい。
「……どうしようか?」
 苦虫をかみつぶしたような顔をして脇のスツールに座りなおしたホリンの前で一行は相談を始めた。
「少なくとも私は行きますよ。ケルティアの代表としてシヴァへ行った訳ですから、ケルティアの威信にかけてもあの怪物は退治しなくては」
「あ、私パスね。町で待ってるから」
 まぁフィンとルキータはそんなところだろう。
「レヴィン……は?」
 一応尋ねてみる。
「俺か……?」
 レヴィンはヒョイと肩を竦めると飛び立った小鳥を眺めた。
「俺は構わんぞ。ただ、道中不案内なので、道案内する奴が必要だがな」
 レヴィンの赤い目がちろりと横目でホリンに向いた。
 それに気付いたのか、ホリンが睨むように見返した。
「道案内はしてやらん。面倒だからな。地図を描いてやるから自力で行ってこい」
 仏頂面のままのホリンから視線をラヴェルに戻すと、レヴィンは何か意味ありげにニヤリとして見せた。
 おもむろにホリンに向き直る。
「そもそも槍を持っていかれたのはお前だろう。師匠の機嫌を損ねて皆伝取り消しか? 道案内も面倒なのではなく単に行きたくないんだろう? 道中の危険を思い出して、さすがの猛者も二度と近付きたくないらしいな、影の国には。意外と気が小さいな」
「ンだとぉ!?」
(ああああああああっ……!!)
 ラヴェルはあからさまにうろたえると助けを求めるようにフィンを見つめたがフィンも困り顔。
 いすを後ろに飛ばして立ち上がったホリンと、座ったままのレヴィンの挑発的な視線がぶつかりあう。
 そうでなくとも気の短いホリンを挑発することもないだろう。明らかに機嫌を損ねたホリンの顔が見る間にイフリート顔負けに真っ赤に染め上がった。
「言いやがったな! チンピラ風情が! なにおう、そんなに言うなら俺様御自ら行って借りて来てやろうじゃねぇか! 二週間待て。槍持って帰って来てやるから、おとなしく待ってやがれ! いいな!」
 鼻息荒く両手剣を担ぐとそのまま旅立とうとする、その背に向けてレヴィンは無責任に言葉を投げかけた。
「……せいぜい気をつけて行って来てくれ」
「てっ……ンめェ、戻って来たらはっ倒してやるから、覚悟しとけよ!」
 大またでずかずかとホリンは歩き去っていく。
 ふう、と呆れたような溜め息をレヴィンが付いた時にはすでにホリンはキャンプから外へその姿を消していた。
 ボソリとレヴィンが呟く。
「やれやれ、単純なヤツだ」
「……それって……」
 ラヴェルは背中に冷や汗が流れるのを感じた。レヴィンがニヤリとする。
「あの手の奴はな、ちょっと挑発したり逆におだてたりすると簡単に引っかかるのさ。霧ばかりで面白みのなさそうなところへ時間を掛けて俺たちが行くこともあるまい。奴に取りに行かせるのが手っ取り早い。奴が戻ってこなかったら行きゃいいさ」
「……レヴィンてホントに鬼だよね……」
「何か言ったか?」
「あ! ううん、何でも!」
 ホリン本人に槍を持ってきてもらう。
 自分達は安全なところでただ待っていれば良い。
 レヴィンにちょっと踊らされたことなど露知らず、約束の二週間より早くホリンは槍を抱えて意気揚々と戻ってきた。
 そのホリンを連れ、ラヴェルはシヴァ行きの船に乗り込み……。



「ぅおりゃああああああっ!」
 なぜか憂さ晴らしのように暴れまくる。
 ホリンの雄たけびと共にゲイ・ボルグから放たれる矢じりは、容赦なく怪物を引き裂いた。
「おう! 見たか、詩人さんよう! これが真の英雄ってもんだぜ!」
 鬼神を霧ごと爆散させ、周りのミイラの群れも一度に塵に変えるとホリンはガッツポーズを決め、豪快に笑い声を上げた。
 そこへ冷たい声がこぼれ聞こえる。
「……単純だ」
「ンだとお!?」
 レヴィンの襟首を掴まえて何かホリンがわめいているが、さすがに大人だけあって喧嘩を売るようなマネはしない。
 長居は無用、ラヴェルは目的の王家の所蔵品を確かめると丁寧に包み、女王に届けるためにフィンと共に城へ戻った。
「おお、真にご苦労であった」
 女王は目を細めると、手を打ち鳴らした。
「礼にこれを見せようぞ」
 やがて薄絹の御簾の向こうから、あでやかな衣装を纏った若い女性が二人、楽の音と共に姿を現した。
 露出の高い服の上に肌の透けるような薄絹をまとった姿は、シヴァの舞姫の典型的な姿だ。
 彼女達が舞うたびに、幾重にも身に着けた装身具が輝きながら金属音を立て、焚き染められた香の香りが漂う。
 二人の舞姫は女王の娘で太陽姫の誉れ高いソアラと太陰姫と称えられるセレナ。
 情熱的な太陽姫と神秘的な太陰姫の舞う、幻想的なシヴァの舞踊。
 そこらの踊り子ではなく、本物の王女の舞姿を見られるとは、この上ない幸運なのであろう。
「ゆるりとくつろぐが良い。馳走も用意させるゆえに」
「あ! どうかお構いなく!」
 鼻の下を伸ばして見入っていたラヴェルだが、はっと我に返ると慌てて首を横に振った。
「あ、あの、まだ観光とかしていないので、これからゆっくりと各地を見させて頂きます。すぐに出発いたしますので、これにて、し、失礼致します!」
 何故かそそくさと、ラヴェルはフィンを残してその場を立ち去った。
 女王の視線に、何かまたすぐに面倒臭い依頼をされそうな気配を感じ取ったのだ。
 町へ逃げ出してみれば、遠くに去っていくホリンの姿がかすんで見えた。
 フリンジやら沢山のメダルやらが縫い付けられた踊り子用のショールを物色していたルキータと木陰で休んでいたレヴィンを見つけると、ラヴェルはせっかくわざわざ危険なルートでたどり着いたシヴァを、観光もろくにせずに逃げるように立ち去って行った。


 ――ちなみに。
 ホリンが影の国から槍を抱えて戻った日のうちにかの英雄はレヴィンを呼び出し、喧嘩を売っておきながらも詩人如きに一瞬で叩きのめされたことは……他の誰にも内緒である。
つづく

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