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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第七話:光と聖(後編)

「何ですか、それ」
 聞いたことのない言葉にラヴェルは聞き返した。クレイルも興味ありそうに耳をそばだてている。
「文字通り、相反する属性の魔法を同時にかけることだ」
「あ〜、それなら」
 クレイルはぽんと手を打った。
「炎の魔法って水や氷の魔法で打ち落とせるね。魔法の属性同士が打ち消しあうから」
 通常、反対の属性の魔法を同時にかけるとお互いがお互いを打ち消しあう。
「でも、これだと打ち消しあっちゃうわけで……融合魔法ってのがわからないなぁ」
 クレイルは頭をかいて魔道士を眺めた。視線で続きの説明を求める。
 帝国の王城に仕える魔術師ともなれば、幼い頃から魔法の英才教育を受けてきたであろう。魔法の基礎から、由来、属性まで。
「例えば炎を消すにはそれよりも強力な水が必要だ。しかし、両方の力が拮抗するとどうなる? 水は火を消せず、火も水を乾かせない。両方が同時に存在し続ける」
 話をしながらもその魔導士は小刻みに衝撃波を放ち、キマイラとの距離を保っている。
「その状態を続けると、反発しあっているはずの属性が何故か共に同方向に向かい、同調するようになる。その状態で双方が同時に、かつ同じだけ威力を高めて行くと、ある瞬間にその属性が融合してしまうのだ」
「うん、理論上はそうなるね」
 キマイラの放ってくる炎を魔道士は吹雪で叩き落した。
「こうして融合した属性は、本来自然には存在し得ないものだ。ゆえに、通常の魔法を遥かに上回る力を生み出す」
「だが大問題がある」
 見守っていたレヴィンが口を挟んだ。
「確かに使える手かもしれんが、あいにく相手はキマイラだ。知っているだろう、この存在も本来はありえない。複数の怪物が一つになっている、いわば融合体だ」
「そう、そこが問題だ。ゆえに、それ以上の融合魔法が必要となる、それが神魔、いわゆる光と闇や聖と邪の融合だ」
 この世界を司るのは火、土、風、水の四大元素だといわれている。これを上回り、かつこれらを包み込むのが光と闇で、その更に精神的な要素が聖であり邪であるという。
 魔道士が小刻みに放つ衝撃波に、キマイラは近づいてこない。
 そのかわり。
 向こうでのびている隊長やラヴェルに襲い掛かっている。

 かっちーん!

 襲ってくる尻尾とレイピアがかみ合う。
 その衝撃でラヴェルは幾度となく空中遊泳をするハメになっていた。
「どーでもいいから早く助けてぇ〜〜」
 魔法を使える者達が話し込んでいたのでほぼ一人でキマイラの相手をしていたのだ。
 その勇気はたいしたものだが、実力は伴っていない。
「しかしここで更なる大問題があるのだ」
 ラヴェルなど視界に入っていないらしく、帝国魔道士は話を続けた。
「先程そちらが言ったように、これはあくまでも理論上、試した者はいない。しかもだ、光や聖といった魔法は誰でも使えるものではないのだ」
「………………」
 開いているのか開いていないのかわからないクレイルの目が、何か面白そうにピクリと動いた。
 それに気付いたのか、魔道士は更に説明を付け加えた。
「普通の人間には神の魔法の系統である光や神聖魔法は使えない。光の系譜や聖騎士でもなければな。魔の系統である暗黒魔法を使える者も、公には姿を現さないだろう。まして、神の魔法を使う者が暗黒魔法に手を出すことはないだろうし、逆もまた然り、だ」
「確かにねぇ」
 シレジアは魔法に力を入れているので高名な魔導士を何名か抱えているが、さすがに暗黒魔道士はいない。
 もちろん光術士も、ある家系以外においては一人もいない。

 びったーん!

 ラヴェルが地面に顔から突っ込んでいる。
 キマイラも翼や足を痛めてご機嫌ナナメ、どうやらかなり苛ついているらしく、三種のブレスをめちゃくちゃに吐き出していた。
 しばらくラヴェルの戦いを眺めていたクレイルだが、ラヴェルがダウンしたのを見ると、それをズルズル引っ張ってきた。
 キマイラの吐くブレスが、地面に倒れている生焼けの兵士達を、芯までしっかり焼き上げている。
「あれま。黒焦げ」
 まるっきり他人事にクレイルは呟くと、こちらに首をもたげているキマイラがブレスを吐かないよう、取りあえず魔法を放った。
「コロナショット」
 光の輪が空に浮かび上がり、チャクラムのようにキマイラ目掛けて飛んでいく。
「何……光の魔法……?」
 すっとぼけているように見えるが、いや、実際見た目以上にすっとぼけているが、これでもクレイルは光の力の後継者、うまれながらに魔力は高く、魔術師としての名は世界でも五本の指に入る。
 光の魔法を使えるのは世界中探してもある一家の家系のみ。
 魔術師が、感激するどころか心底疑わしそうなジト目でクレイルを見つめた。
「……まさかとは思うが、こいつシレジアの王族……?」
 そう、これでも一応王子様なのだ……一応。
 しかも王位継承者である。
 ……シレジア王国の行く末がほとほと心配だ。

 ごがーー!

「ひょえーー!」
「にゃきゃー!」
 反撃に放たれたブレスの中、クレイルとラヴェルの情けない叫び声が上がった。
 稲妻に感電、焦げて煙を上げる所に追い討ちを掛けるように炎に焼かれ、仕上げは冷気で氷漬け。
「ふぁ、ふぁいえるぅ〜」
 二人とも火の初等魔法で氷から脱出したが、見事にずぶぬれである。
「ああ、やっぱりツイてない……」
 溶けた氷か涙だかわからないが、盛大に顔から水を流すラヴェルの背後で何か動いた。
 ごそ……。
 キマイラの向こうで、黒焦げ隊長が身を起こしたのだ。
 それに気付き、キマイラは後ろを向くと前足を上げ……。
「ふげむっ!?」
 どうやら踏み潰したらしい。
 残りの人数分だけ、冷めた溜め息が辺りに漂った。
 めちゃくちゃに暴れるキマイラをレヴィンは何もせずに眺めていたが、やがてそれにも飽きたらしく、何かをつぶやき始めた。
 魔法を使うつもりなのか。
 もしや禁呪を唱えるつもりなのだろうか。
 一人ラヴェルは身構えたが、その耳に入ってきたのは禁呪よりもまだ禍々しく思える呪文であった。



 地の底に揺らめく冷たき炎よ……

 陰気な言葉に思わず振り向いた一同の目の前で、地面から何かが湧き上がった。
 それが力持つ名前と共に一気に姿を現わす。
「ヘルファイア!!」
「!?」
 瘴気の燃える蒼白い炎が石畳から吹き上げた。
 地獄の奥で揺らめく、陰気な炎が目の前で揺れている。
「……面白い魔法を使うね、君は」
 杖を握り締めるとクレイルはキマイラの前まで進み出た。
「……別に好きで覚えたわけじゃない」
 その横に、いつになく決まり悪そうなレヴィンが並び出た。
 しらっと外された視線を、ラヴェルはきょとんとして追った。
 面白い魔法?
 一体何が起こるのだろうか。
 どちらともなく二人は呪文を呟き始めた。

 赤くたぎる炎の海よ
  ……暗く遠き空の彼方

 荒れ狂う光の波動となりて
  ……冷たき無限をたゆといて

 全てのものを照らし出さん……
  ……その禍々しき輝きを今ここへ……

「ゾンネン・リッヒト!」
「……ユーベル・シュテルン!」

 二つの呪文が重なった。
 突如沸いてでた光は辺りを覆い、荒れ狂う波と化す。その上を夜の風が舞うと、暗い夜空に渦巻く星が不気味な輝きを放ち、紫黒い光が降り注いでくる。
「な、何が起きたの!?」
 ラヴェルは両耳をふさいで地面にうずくまった。空気が圧力を伴って頭を締め上げているようだ。いきなり洞窟に放り込まれたときのような圧迫感が耳の奥を押しつぶす。
 めまぐるしい光と影にラヴェルは目をギュッと閉じた。
 ただただ、この異変が早く終わってくることだけを必死に祈る。
 凄まじい空圧に上がった悲鳴は、魔道士が吹き飛ばされたものらしい。離れたところから石畳に打ち付けられる音がする。
 燃え盛る太陽の輝きの如き光と、夜空に浮かぶ禍々しい凶星の如き闇。
 津波のように荒れる光を冷たい夜風がさらに煽り、黒い光の波動を巻き込んでキマイラに襲い掛かった。
 光と暗闇が目まぐるしく絡まりあう。
 それらの触れ合う接点が白光を放った。属性が合成され、凄まじいエネルギーとなって力を放つ。
 その光が渦巻く刃となり、舞い乱れるかのようにキマイラに襲いかかった。
 光と闇が竜巻となり、白と黒の稲妻をまき散らす。

 グガオオオオウゥゥゥ……!!

 凄まじい咆哮を上げ、キマイラが倒れた。
 地響きを上げたそれの息が絶えたのを確認すると、魔導士はやっと身を起こし、クレイルは汗をかき、レヴィンも珍しく肩で息をしていた。
 ラヴェルに至っては完全に目を回している。
「な、何が起きた……?」
「さぁ〜?」
 魔道士に問いかけられ、クレイルはさらっととぼけた。
「まっ、机上の理論だったものが実現可能と証明されたってところかね」
 がさりと音がした。
 むっくりと起き上がったラヴェルの背後に、倒れていた衛兵達がようやく目を覚ましつつある。
 ぶすぶすと煙を上げているキマイラのすぐ足元から、ようやく初老の隊長も身を起こした。
 ふうう……と長く息を吐き出すと煤の混じった汗を拭う。
「いやー、手ごわい敵であった!」

「「「あんた何もしてないだろ!」」」

 次の瞬間、全員の怒気が夜の城門前に響き渡り、役立たずの隊長は部下達の手によって再び地面に突っ伏すことになった。



「このたびはお手数をかけたな、王子」
 夜が明けて、一行はきらびやかな城内に招き入れられていた。
 城の衛兵の報告を受けた皇帝は怪物退治の勇者達に褒美を与えることにしたのだが、一行の中に隣国の王子の姿を認め、急遽皇帝の間での謁見となった。
 しかしその場にはなぜかちゃっかりルキータまでついてきている。
 今まで何度も皇帝と顔を合わせたことのあるクレイルが一行を代表して褒美を受け取った。
 王子の顔が利いたのか、一行はやがて来賓用の豪勢な部屋へ案内された。
 どうやらここで休憩せよとの配慮らしい。
「ひゃー、すごいなぁ」
 ラヴェルは室内を落ち着きなく見回した。
 一生働いても手に入れられないような最上級の調度品だらけの室内は、ラヴェルにとっては逆に居心地が悪い。
 一通り室内を見回すと、ラヴェルは汚さないように細心の注意を払いながら椅子に腰掛けた。
「あー、ねえねえ」
 そんなラヴェルとは違い、全く遠慮会釈なく腰掛けていたルキータがクレイルのローブの袖を引っ張った。
「皇太子様いなかったみたいだけど」
「ああ、いなかったねぇ」
 どことなくほっとしたように紅茶の湯気をかぎながらクレイルは答えた。
 帝国には一人の皇太子がいる。
 詩をたしなみ、フィドルを奏でる皇太子は白百合と讃えられるほどの、見た目だけでいうならまさしく白馬の王子様であるが……その性格はクレイルですら疲労困憊させる、何とも不可解な人物である。
 まあ、ルキータを始め、国民の前に出る時は優雅に手を振っているだけだから、国民は彼の性格までは知らないだろう。
 その皇太子は歳こそラヴェルとそんなに変わらないものの、皇帝がいいなずけを決めており、こともあろうにその未来のお妃候補は隣国シレジアの王女……つまりクレイルの妹が内定しているのである。
 香木の仕込まれた調度品からの香りだけでなく、窓の外からはむせ返るほどの薔薇の香り。
 ルキータはやがて本題とばかり、クレイルが手にした小さな袋に目をやった。
「ねぇねぇ、それでご褒美は?」
「ああ」
 クレイルはその袋を逆さまにして振った。
「お金みたいだよ。ほら」

 ちゃりーん……。

「………………」

 ………………………………。

 確かにそれは黄金の輝きを放っている。
 しかも帝国金貨である。
 あるのだが。
「……うちの皇帝も意外とケチくさいわね?」
 いかな帝国金貨でも、たったの二枚ではご褒美としてはささやか過ぎないだろうか。
「いや」
 レヴィンが首を左右に振った。
「恐らくは……シレジアの物価に合わせたのだろう」
「ああ、なるほど!」
「納得しないでよーー!!」
 自国の国力はさすがにわきまえているらしい。
 思わず納得してポンと手を打ったクレイルの首をルキータは締め上げた。
「金貨二枚じゃ四人で分けられないじゃないの!!」
 ……どうやらルキータは分け前をしっかりもらうつもりでいるらしい。
「仕方ないなあ。じゃあ、なんとかしてもらうよ」
 ルキータから逃れると、クレイルは二枚の金貨を手にやがてどこかへ出て行った。
 待つこと紅茶が冷めるまで。
 やがてクレイルは金貨が二枚しか入っていなかった袋をパンパンにして戻ってきた。
「これで分けられるよ。じゃ、四等分するか」

 ざらざらじゃらじゃらっ。

 クレイルは大量のお金をテーブルの上に広げて見せた。
「……あ、あのね、王子様」
「んー?」
 テーブルの上には……白銀と赤銅の輝き。
「た、確かに量は増えたけどランクダウンしてない?」
「大丈夫! 金額には変わりないよ!」
 ルキータの目が段々凶悪になって行くのに気付き、ラヴェルは頭の上にクッションを被った。
 やがて室内に響くのはみっともなく割れたクレイルの悲鳴。
 そう、クレイルは金貨を崩してきたのだった。



 キマイラ退治の勇者達。
 いや、キマイラが倒れたときには一緒に地面で目を回していたので勇者などには程遠いのだが。
 存分に都を観察した一行は怪物退治の話で持ちきりの帝都を離れ、穏やかな陽光の中を帰途に着いていた。
 せっかくの褒美も帝都滞在でほとんど使い果たしたが、あとはシレジアへ帰るだけなのでそんなに問題はないはずだ。
 帰路についたラヴェル達は帝国とミストラント国境の森まで来ていた。
 帝都にいる間は常に誰かに見られている気がしていたが、原野に出れば人影はなく、ラヴェルはのんびりと歩みを進めた。
 森の中は木漏れ日がきらきらと輝き、小川には澄んだ水が流れている。
 一行は木陰で一休みすることにし、ラヴェルは仲間から離れて小川まで水を飲みにいった。
「お待たせーー」
 ラヴェルは濡れた手を拭きながら戻ったが……お手拭きをしまおうと腰に手をやった時、とんでもないことに気付いた。
「ああっ! 財布がない〜っ!?」
 慌てるラヴェルとは裏腹に、仲間達は冷静そのものであった。
「どうせろくに入ってないでしょ」
「ラヴェルの財布など、あってもなくても変わらん」
「しばらく野宿続きでお金なんて必要ないしねぇ……」
 木の上ではレヴィンが休み、その根元ではルキータが飴をなめている。
 その前には火がくべられていて、火の上には小さなポットがふつふつとお湯を沸かし、クレイルがお茶で和んでいる。
「和んでないで探すの手伝ってよ!!」
「……この広大な森をしらみつぶしにか?」
 木の上からレヴィンの冷たい声が降ってくる。
「あうう」
 無理な話だ。
 一体いつの間に落としたのだろう?
 すっかりしょげ返っていると、レヴィンは何かを見つけたらしく、すっと気配を消した。
「どうしたの?」
「……静かにしろ」
 ラヴェルは緊張して辺りを見回した。
 やがて、向こうの木々の隙間をコソコソと走って行く不審な影を見つける。
 あの走り方は独特だ。
「あれって、スリ!?」
 帝都は勇者の話で持ちきりだった。褒美を皇帝からもらった話も誇張されて噂が飛び交っていた。
 恐らく今までずっと彼らの財布を狙い、人気のない森に入って盗み去ったのだろう。
 ラヴェルが思わず声を上げた時にはルキータはすでにいつでも走り出せる体勢を取り、木の上からは音もなくレヴィンが舞い降りてきた。
 そのすぐ足元ではクレイルが……まだお茶を啜っている。
「とっ……とにかく追うよ!」
 道を外れ、がさがさとラヴェル達が茂みを突っ切る音に気付き、スリは飛び上がると今度は全力で逃げ始めた。
 行動の遅いクレイルは無視し、ラヴェルとルキータは必死でその影を追いかけた。
「待て〜〜」
「待・ち・な・さ・いっ!」
 ルキータは落ちていた小枝を拾い、逃げる影向けて投げつけた。
 かっこーん!
 乾いた音が森に響き渡った。
 小枝は見事に命中した……手前の木に。

 すぱこん!

「ふっ……しくじったわ……」
 跳ね返ってきたそれがルキータの頭に命中、彼女はそのままノックダウンした。
 背後からはクレイルがレヴィンに引きずられてついてくる。
 ラヴェルは一人で森の中をちょろちょろ走り回る影を追うが、右と思えば左、前と思えば右、左と思えば遥か後方と翻弄され、なかなか追いつけない。
「そっちだ! 待てーっ!」
 茂みに分け入り、抜ければ今度はあらぬ方向に逃げていく影。
「あああっ! 今度はそっちか!」
 足元の悪い森の中を全力疾走し、やがて膝が笑い始めるが諦めるわけにもいかない。
「ああっ! 待てってば!!」
 最後の全力疾走。スリとの距離を詰める。
 その耳に、不思議な言葉がもれ聞こえた。
「我行く手に阻むものなし、開かれるは王の通い路」
 ラヴェルの横にはいつの間にかレヴィンが追いついていた。
 その声に応えるように突然視界が割れた。
 草や茂みがまるで意志を持ったように左右に分かれたのである。
「えっ!?」
 何が起きたか分からないが、好都合だ。割れた茂みからラヴェルはスリの前へ躍り出た。
「そんなぁっ!?」
 間を遮っていたはずの茂みをものともせずに飛び出してきたラヴェルに、スリは驚愕の表情を浮かべ、やがて恐怖に顔色を青くした。
 その顔にはラヴェルもはっきりと見覚えがあった。
「アルトーーーー!!」
「ひえーー!」
 そこにはラヴェルの財布をしっかり握った盗賊アルトの姿!
 どうやらずっと後をつけていたらしい。
 ラヴェルの後ろから姿を表した青い影を見ようともせず、スリは更に逃げようと試みたが無駄だった。
「うぎゃあああああ!?」
 足元から突然延び生えた蔓にがんじがらめにされる。
 ラヴェルは動きを止めたアルトの手から財布を取り返した。
「もう! これで二度目だよ!」
「……二度も盗られるお前もどうかしていると思うが」
「う……」
 蔓のかごに閉じ込められたアルトが何とか逃れようと上半身を押し出している。
「まったく、もう二度と盗みなどせんように少し懲らしめるか」
「ひえー! お許し……」
「え? あ、ちょっとレヴィ……」

 がこん!

 どうやら鈍器を隠し持っていたらしい。
 やっと追いついたルキータとクレイルの目の前には、草むらの中に巨大なたんこぶを作って失神しているアルトと、なんだかゴツゴツした外見の古い竪琴を振り下ろしたレヴィンの姿が深い森を背景に浮かび上がっていた。



 さらさらさら……と梢の葉が音を立てる。
 漆喰と木組みの優雅な城はうっすらと色づいた木々に囲まれ、何とも言えない風情を醸し出している。
 しかしその城内は。
 ずずず。
 茶を啜る音。
 バタバタバタッ!
 走り回る音。
「うーん、賑やかだねぇ……」
 帝国の東方領土で産出される珍しいお茶を飲みながらクレイルはいつものごとく和んでいた。
 琥珀色の茶をもらいながら、ラヴェルは深くため息を着いた。
「賑やかというか、うるさいんですけど」
 何せ夜中である。寝ようとしていたラヴェルだが、こんなにうるさくては寝付けない。
「あ、ラヴェル、もしかして寝られない? だったら丁度いいから竪琴のお稽古をしよう。うん、それがいいよ」
「えええええっ!?」
 もともとラヴェルに竪琴を教え込んだのはクレイルである。
 出来の悪い弟子にいい加減な教えを仕込むこの変態楽士の稽古は大体において明け方まで続けられるのだ。
「……それがいい。稽古をつけてもらえ」
「ああっ! レヴィンまでっ!」
 旅で疲れているのに寝かせてもらえないなんて嫌だ。
 何とか稽古から逃れようとラヴェルは必死になって言い訳を考えた。
「ええっと……もう夜中ですし、ほら、廊下とかもうるさくて集中できないし、後にしましょう!」
「まあ確かに、賑やかだねぇ」
 廊下をアルトとルキータが走り回っている。
 すと、レヴィンが立ち上がった。
 そのまま無言でドアを開けると廊下に向かって手をかざす。
「……バーストフレア」
 夜気をつんざく轟音が消え去った時には、アルトもルキータも見事に沈黙していた。
「ほれ、静かになったぞ。心置きなく稽古をするといい」
「……しくしくしく……」
 こうして夜は更けて行く。
 ラヴェルの頬には、感激でも悲しみでもない涙が滝のように流れ落ちていた。
つづく

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