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がんばれ吟遊詩人！ 〜ラヴェル君の場合〜 第九話：精霊（前編）
めぇ〜〜。
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「……で、何で私までつきあわなくっちゃならないのぉ〜！？」 一面の、白。 ルキータの声が寂しい景色の中をこだまする。 時すでに遅く、ニンフェンブルクは雪に覆われていた。 凍り付いた湖面の上には雪が積もり、周りの色彩といえば……白と薄いグレーだけ。 「貸しなさい！」 ガチガチ震えていたルキータは、ラヴェルが抵抗するまもなく、追い剥ぎ顔負けの手早さでラヴェルからマントをむしりとった。 「えっ、あの……僕が寒いんだけど……」 「……お前は肉布団を着ているだろう、我慢しろ」 「着てないよ、そんなの！」 ラヴェルのふっくらした頬が段々青ざめてくる。 「うう、寒い……」 「しかしやけに早いな？」 押しくら饅頭をしているラヴェルやルキータを無視、レヴィンは辺りを見回した。 音もなく、しんしんと雪は降り続けている。 「そーだねぇ、まだ冬には早いけどねぇ？ 今年は特別寒いわけでもないし」 クレイルも開いているんだか開いていないんだかわからないニコ目で辺りを見回した。 「んー？ なんだろ、あれ」 何か見つけたようだ。見つけたくらいだからその目はちゃんと開いているのだろう。 凍り付いた湖面に、丸い穴が開いている。 ワカサギ釣りにしては穴が大きい。しかも、他には誰もいない。 「何だろう、動物かなぁ？」 クレイルはその穴を見ようと近付こうとし……自分で服の裾を踏みつけた。 そのまま転ぶと、氷の上を穴まで一直線……。 びっしゃーん！ 冷たい風が氷の上を吹き抜けていく。 微妙な沈黙の中、やがて氷の穴からクレイルが頭を出した。 「どっこいしょ……」 誰も手伝わない中、自力で何とか這い上がると、クレイルは杖で腰をトントン叩いた。 「年寄りかお前は」 「いやいや、もう二十六だしねぇ」 …………………。 「にっ……二十六ぅ〜！？」 ルキータが指を折って数える。 「私よりも十も年上なわけ！？ 信じられない！」 疑いの視線の中、クレイルは氷上から悠然と陸地に戻っていった。 雪のかからない木の下に小枝をくべ、小さな焚き火を起こす。 やがて……ほのかに香るお茶の香り。 「……どこへでも持ち歩くのね、あのお茶セット」 冷えた体を暖めているのか、単なる趣味なのか、クレイルは一人で紅茶をすすっている。 「……ヤツを放っておいて帰るというのはどうだ？」 「あ、私賛成ね」 「ああ、オレも構わないぜーー」 「それはまずいよーー」 仲間を説得しつつ、ひたすらマイペースなクレイルを待っている間に、ラヴェルは完全に凍っていた。
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手がジンジンする。 冷え過ぎたためにほてり、赤く熱くなっている。 基本的にニンフェンブルグは避暑地であり、この季節は静まり返っている。 冬も終わりになれば輝きながら舞うダイヤモンドダスト目当ての物好きな旅人相手に宿もちらほらと営業を始めるが、紅葉の散りきった秋の終わりから冬の初めは宿もしまり、町に人の気配はない。 多くの貴族がこの地に別荘を持ち、ベルナール男爵も例外ではないが、館はやはり静まり返っていた。 「何でカギを忘れるのよ、まったく！」 「だからごめんってば！」 恨めしげにニンフェンブルグの町並みを遠くから眺める。 頼りにしていたベルナール男爵の別荘に入れず、もちろん妖精城の跳ね橋もおろせず、ラヴェル達は湖畔の木の下にかまくらを作って一晩過ごすことにした。 別の町へいけばいいのだが、この時間では着く前に山道で夜になってしまう。 「これはこれで風情があるな」 「……相変わらず頑丈だね」 冷えきって固まっているルキータやアルト、肉体労働で腰を痛めたクレイル達とは違い、レヴィンは平然としていた。 雪窟の中心にくべられた火が、眠っている仲間の顔を赤く照らし出す。 「飲むか？」 ルキータにアルト、クレイルは三人固まって眠っている。 レヴィンはクレイルのポットに雪を放り込んで勝手に湯を沸かし、そこへ自分の水袋に入れていたワインと、やはり持っていた何かを入れた。 「……うん、もらう」 半分うとうとしていたラヴェルは、ゆっくりと身を起こすとそれを口に含んだ。 薬湯のようだ。 薄めたワインと、少し青臭いハーブ、ちょっと埃っぽい味。味はともかく、飲むと少しずつ体が暖まってくる。 「……そーいえば、レヴィンに何か作ってもらったのって初めてだね」 「そうか？」 野宿をしたことは多いが、だいたい料理はラヴェルの仕事。 クレイルがすぐに腕を振るいたがるが、たまに大失態をしでかす上に、実りの季節にはワライタケ入りのパスタを作ったり、この季節のクレイルの料理は特に危険である。 それはともかく、レヴィンの作ってくれた薬湯の味は良くも悪くも当分忘れないだろう。 ……出来ればさっさと忘れたいよーな味だが……。 見透かしたようにレヴィンが声をかける。 「味はともかく、効き目はあるからな。飲み終わったら寝るといい」 「うん……」 適度に体が暖まる。 冷えて痛めた腕や脚が楽になり、それと共に眠さが増してくる。 青臭いのはリンデンの葉だろうか。 ぼんやり考えているうちに、やがてラヴェルも他の三人と同じくすやすやと寝息を立て始めた。
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パリ……。 （……？） キシッ……キシッ……。 薄氷を、新雪を踏む音。 （……誰か近付いてくる……？） 真夜中。 楽を奏でる以上、ラヴェルも耳はいい。微かな音を聞き分けた。 キシッ……キッ………ばき。 どっぽーん！ 「あ、落ちた」 湖の氷を踏み割ったのだろう。外から凄まじい悲鳴が響き渡ってくる。 ごえぐぇぐぽがほがぼぐぼごぼごぼ……。 「……溺れたよ……」 この冷たい湖水に落ちたら死んでしまうだろう。 ラヴェルは仕方なく起き上がった。 体を起こしてみれば、レヴィンも一足先に起きていた。 どうやらすでに外を見に行った後のようだが、助けようとすらせず、すぐまた寝ようとする。 「助けにいかないの？」 「放っておけ、ただのバカだ」 「でも」 ラヴェルは松明を手に、雪降る夜の湖面へ出てみた。足下を踏み抜かないよう、そろそろと溺れる音のするほうへと近づいて行く。 「あ、ホントだ」 湖面が大きく割れている。その水面でもがいていたのは……白い毛に覆われ、せっかくの発達した筋肉を更に厚い脂肪で覆った、『それ』にしては肥満体型の……雪男！ まあ、雪男なのだから凍死することはないだろうが……どうやら泳げないらしく、見ている間に氷の下へ沈んでいった。 「沈んじゃった……」 雪男なのに足下の氷の厚さもわからないとは。 助けようにもラヴェルの腕力では引き上げるのは無理だ。静かになった湖面に向かって冥福を祈る。 立ち去ろうとしたラヴェルだが、不意にその足元が滑った。 「うわ！？」 先程まで雪男が水面でもがいていたせいで、飛び散った水が湖上に積もった雪を氷へと変えたのだ。 だっぱーん！ 雪男の後を追うように、氷に開いた穴へ滑り落ちた。望まずながらも寒中水泳だ。 体が芯まで冷えきり、頭がギンギンくらくらする。 「くうぅっ〜〜凍みる〜〜」 何度も滑り落ちながらも自力で這い上がると、ラヴェルは力尽きて座り込んだ。 「何の騒ぎ？」 やっと仲間達が起き出してきた。 真っ青になって震えているラヴェルを見れば、湖に落ちたなど一目瞭然だ。 歯をガチガチ言わせているその姿に、レヴィンとクレイルは同じ行動を取った。暖めてくれるつもりらしい。 「ファイエル」 「フランメ」 ぼおおおおおおっ！ 炎が辺りをこうこうと照らしだす。炎系の超初等魔法と中級魔法。 が、使う人物がかたや光の後継者、かたや天空人では恐るべし。 最悪のお節介に真っ黒に焦げたラヴェルは、足下が溶けたために再び冷たい湖へと落下した。
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白い野原が広がっている。 何の音もなく、自分だけがいる。 足下を見れば花が咲き乱れ、見渡せば向こうを妖精がひらひらと飛んでいく。 （うーんうーん……花畑が見えるぅ〜〜……） どこか遠くから、微かに人の声がする。 「何かうなされてるみたいよ？」 「よく寝るなぁ。あ、起きないんだったらラヴェルの分の飯もオレがもらっていいよな？」 茶をすする音もする。 ずずず……。 むにょと、お茶で温まった手が頬をつねる。 「わ、餅肌」 ぷにぷに。 つんつん。 「？？？」 花畑が霧にかすみ、消えていく。 その代わり、淡い赤にそまった天井が目に入る。パチパチというのは薪のはぜる音か。 （はっ……） やっとラヴェルは気が付いた。慌ててがばっと身を起こす。 ごげしっ！ 「あきゃ！？」 「はうっ！？」 顔を覗き込んでいたクレイルと、ラヴェルは互いに頭突きをしあうハメになった。 外はさわやかな朝。 二人の額のこぶが引けたころには雪も小降りになり、一行はかまくらを出て帰路に着くことにした。 ラヴェルはかまくらを出たところで、何気なく昨晩の穴の開いた湖面を見た。 白い平原。 ひらひらと小雪が舞い、その中を妖精が飛んでいく。 「うーん、まだ夢を見てる……」 ごしごし。 ラヴェルは目をこすると頭を振って幻影を追い払う。 落ち着いてから再び静かな湖畔を薄紫の瞳で見渡し……。 「………………」 小さな妖精がひらひら飛んでいる。 「え？ ホンモノ？？」 とんがり帽子を被った小さな何かが空中を舞っている。 「あ、あれっ……ちょっとみんな見てよっ！ あれ、あれ！」 手をぶんすか振って指差すラヴェルに、何事かと全員が振り向いた。 「何だよ、何もいねぇじゃん」 「ちょっとぉラヴェル、頭大丈夫？ 何だったらもう少し休んでいってもいいわよ？」 冷たいアルトとルキータに、ラヴェルは困惑してもう一度湖の上を眺めた。 「えっ……あの……妖精……いたんだけど……」 良く見れば……何も見えない。さっきは確かに妖精がいたのだが……。 「……いや、いる」 レヴィンの赤い瞳は何かを見て取ったようだ。湖面をじっと見つめている。 「……冬の使いだ。この後冷え込むぞ」 冬将軍、霜の妖精ジャック・フロスト。 「あれれ、まだ冬には早くない？」 その妖精は霜を呼び、本格的な冬を告げるという。 雪景色の中に、時折白い何かがヒラリと舞う。 その姿がふつりと消えた。しばらく待っていると、また湖面の上に姿を見せる。 「………………」 ラヴェル達に見えているのはわかっているのだろう。からかうように、ヒラリヒラリと踊るように飛ぶ。 それはその姿と同じくらいの大きさの何かを両腕に抱え……。 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ！？」 一体いつの間に！ それが抱えていたのはラヴェルの竪琴だ。 いつの間にかラヴェルの脇からなくなっているではないか。 「返〜し〜て〜！！」 ラヴェルが叫ぶと、そいつは彼らに向かって舌を出して見せた。 「うぐっ……」 「……まぁ、基本的に妖精というのはいたずら好きだからな」 それは竪琴を抱えたまま飛び去っていく。 「追うよ！」 「おい、待て」 レヴィンが止めたのも束の間。 めきっ……。 湖面に向かって走り出したラヴェルの足下にひびが入る。 次の瞬間、湖は再び盛大な飛沫を上げ放っていた。 「うう、僕の竪琴……」 何とか自力で這い上がったラヴェルの視界から、すでに妖精は姿を消している。 竪琴は吟遊詩人にとって、何よりも大切なものだ。 ひどい言い方をするなら、ラヴェルにとって質草に出来るのはこの竪琴くらいでもある。 「そう落ち込むな。取り返せばいいだけの話だろう」 「でも……どこへ消えたんだか……」 妖精界などにでも逃げ込まれたらお手上げだ。何せ、それがどこにあるかは知られていないのだから。 「ジャック・フロストは冬将軍、冬が来る方角へいる。つまり、この辺りだと……」 冬は北の氷海からやってくる。 この大陸の最北、その辺りは永久凍土、一年を通して雪の吹き荒れる地域で、フリースラントと呼ばれている。一応帝国の領土であるが、中央との行き来はほとんどない。 「フリースラントの辺りってこと？」 「だな」 フリースラントはシレジアから見ると北東にあるが、高い山脈が壁になっていて行き来は不可能だ。 とにかく交通の便はひたすら悪い場所である。 帝国側から回り込んだとしても道なき道を、森や一面の雪原、山を延々と行かなければならない。 夏場であれば北の海から船で行けるが、氷海の名の通り、この季節にはすでに凍てついているだろう。 「仕方ないな、一度王都辺りで支度を整えて追いかけよう……はあぁ……」
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ひゅるるるるる〜〜。 「あっぐ……ぅ……」 いつもの赤い服の下にセーターを着込み、マントも厚手のものにしてラヴェルは雪原を進むが、風が骨身にこたえる。 クレイルも着脹れし、ダルマのように丸くなっているが、そのせいでますます歩くのが遅い。 「どこかで休めないかな……」 周りを見回せば、見えるのは一面の白。 平原も木立ちも山も、全てが厚く白く雪に覆われている。 「山まで行って洞窟を探した方がいいんじゃないの？」 「オレも賛成。こんなとこにまたかまくら作るのは真っ平だぜ」 とぼとぼと、ラヴェルは向こうに見える山に向かって歩きだした。 足跡もすぐに降り積もる雪に消されていく。 低山帯の麓までいくと、雪国の小さな集落の人々が通路に使うらしい洞窟が幾つかあった。 ほとんど誰も訪れないフリースラントだが、ここの人々は逆に北海のシャケの薫製やアザラシの毛皮を売りに、たまには帝国を訪れる。 その通路に、山の洞窟をトンネルとして利用しているのだろう。 この洞窟を抜ければつまり帝国の直轄領からフリースラント地方へ入ったことになる。 永久凍土。 それを前に、ラヴェル達はここで最後の野宿に入った。永久凍土へ入ったら、宿は集落で行わないと凍死しかねない。 ラヴェル達は幾つかの洞窟を見、土の露出が多い洞窟を選んだ。これが一番温かい。 「ふう……」 外に出てはまばらに生えているトウヒの根元を掘って枯れ葉を集め、洞窟まわりの岩から枯れたコケをはぎ取って、それらで火を起こす。 身体の芯から冷えるようなシレジアの冬の冷たさよりも、ここの空気の方が冷たく、ふれた瞬間に刺すような冷たさが肌をピリピリとこわ張らせる。 恐ろしく静かな夜を過ごすと、一行はいよいよフリースラントに足を踏み入れた。 中の集落で更に一泊、雪というよりももはや氷の山を目指す。 地元の人間の話では、ジャック・フロストは北東の山にいるらしい。いつもはまだ姿を見ないが、今年はすでに何回か見ているそうだ。 「短い昼間のうちに帰らないと死ぬぞ」 「わかってるってば！」 レヴィンの言葉に焦りを感じながら、ラヴェルは先頭に立って歩き始めた。 村で書いてもらった地図を頼りに雪山を行く。 ………………。 「ちょっとお、さっきから同じところをまわってるわよ！」 「うーん……。地図のとおりに歩いてるんだけど、ね……」 嫌な予感は的中した。 自分達のつけた足跡が目の前にうっすらと続いている。 太陽はぼんやりと見えるが、それは降ってくる雪の向こう。 雪が霧のように光を幾重にも乱反射しては吸収、視界が利かない。 「おいおいラヴェル、もしかして迷ってねェ？」 「でも地図どおりなんだってば！ ほら！」 ラヴェルは地図をアルトに押し付けた。 「こっちだ、こっち」 今度はアルトの後ろからついて行く。 ………………。 しばらく進んでみれば、やはり目の前に足跡が続いている。 「ほら、同じところを回ってる」 「うむむむむ、地図の通りなんだけどなぁ〜〜」 「ちょっとぉ、地図が間違ってるんじゃないの？」 このまま迷っているよりは、一度戻った方が確実だろう。 「やれやれ、俺が目印に立っていてやるから、集落まで戻ってもう一度教わってこい」 「う〜〜ん……」 仕方ない、ラヴェル達はレヴィンをその場に残すと元来たほうへ急いで戻っていった。 が、しかし。 「あああっ！ 戻った！？」 「……お前ら何をやって……」 しばらく歩くと目の前にレヴィンが立っている。 今度こそ迷うまいと、今まで辿った場所はすべて地図に書き込んでいた。 なのにまたも同じ場所へ戻っている。 「こりゃ完全に堂々巡りだねぇ……」 大岩や大木を目印にきちんと道を分岐、坂を上り下りしているにも関わらずだ。 坂を確かに下りたのに、気付くと元の高さの道にいるのはどう考えてもおかしい。別れた道にいるのに、いつの間にか元の広い道の分岐点に戻っているのも。 「お前、セーターを一枚よこせ」 何を思ったか、突然レヴィンはクレイルからセーターを一枚取り上げた。その毛糸をほぐしていく。 かなりの長さだ。 「アルト、この端を持って俺が立っていた場所に立っていろ。もう片手には、立っている場所がわかるように松明を」 「お、おう？」 レヴィンは地図とほぐれかけたセーターをラヴェルに持たせて歩かせた。残りの仲間はラヴェルの背だけを見ながらついて行く。 はるか後ろのアルトの松明の見えがかなり悪くなった頃、その場で今度はルキータに松明を持たせて待機させる。 またしばらく歩き、ルキータの松明の見えが悪くなったところでクレイル、クレイルの松明が見えにくくなったところでレヴィンが松明を持って立つ。 「よし、ラヴェルはこのまま進め。俺の松明が見えにくくなったら雪で灯台を作り、そこらの木の枝を折って刺したらファイエルの魔法で火を点しておけ。その火が見えにくくなったらまた灯台を作るんだ。いいな？」 昼間でも松明の火はかなり遠くまで見える。この雪では視界が悪いが、それでもかなりの距離まで見えるはずだ。 レヴィンの火が見えにくくなった辺りでラヴェルは灯台を作り、消されないように魔法で火をともした。糸も灯台につないでおく。 その作業を終えると先へ進む。 この時点で地図を見れば最初のアルトとはかなりの距離が離れている。 本当に堂々巡りしているならば一周するまであとわずか。 一周するならばそろそろアルトの松明が見える頃だろう。 逆にラヴェルの松明もアルトに見えるはずだ。 何かが光った。 「あーー……」 「……ちわっす」 歩いて行けばやはりアルトがいた。 それを過ぎるとルキータ、やがてクレイル、そしてレヴィン。 「やっぱり一周しちゃったんだけど」 「……そうか」 仕方なく二人は歩き出した。 ラヴェルが地図を持ち、レヴィンは目を閉じてその後ろから気配を頼りについて行く。 「地図の目印の位置になったら声を掛けろ」 「うん」 ラヴェルはちらちらと背後にレヴィンがいるのを確かめながら進んだ。 「これが地図の大岩だよ」 「ふむ」 レヴィンが目を開ければ確かに大きな岩がある。横にはクレイルのセーターの糸も通されている。 「で、ここが分岐点」 ここにもやはり糸は確かに通されている。 「これが大木で……」 目を開ければやはり大木があって糸が通されている。 「で、戻る」 「……確かにな」 困りきって地図を見つめるラヴェルに、レヴィンは辺りの風景を不審ありありといった視線で見回しながらレヴィンが声をかけた。 「……思ったんだが」 「何？」 「ルキータとクレイルの中間付近で妙な気配がしたんだが」 「へ？」 二人は急いでもう一度雪道を歩き始めた。 道の脇には切れることなく毛糸が通されている。 ルキータの脇を過ぎ、やがてレヴィンが歩みを止めた。 「なるほど、おいラヴェル、糸に触ってみろ」 「うん」 糸にラヴェルはふれてみた。 ……触れる感覚がない。 「あ〜〜！？ 幻！？」 「ふむ、ここを境に結界が張ってあるらしいな。どれどれ……」 よくみれば、糸は途中で切られ、少し離れた位置から先へ続いている。そのわずかな距離には、まやかしの糸が張ってある。 「この隙間でごまかされた訳か。妖精らしいいたずらだな」 この隙間で道を誤り、元来た方へ行く脇道の一本へ進んでしまっていたらしい。 「ということはラヴェル、この隙間の幻と同じ並びに見えている風景は全て幻影だ。目印にしていた大木もな」 「うそーー！？」 「薄く刺す日光と雪で目の錯覚を起こしやすい。注意深く見ていればわかったのかもしれないが、目が錯覚をみている間に上手くだまされた訳だ」 よく妖精にだまされて一晩中同じところをまわったなどと聞くが、こんなところでそんな罠にはまるとは！ ようやく正しい道順を見つけると他の仲間と合流し、やっとラヴェル達は先へ進み始めた。 つづく |
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