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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜

第10話:ティル・ナ・ノグ(前編)

 青い海原の遠くに、島が霞んで見える。
 船で渡るのは西の大海だ。
 ラヴェルは幻のような島影をじっと見つめていた。
 横に相棒の姿はない。
「オケアノス。でもケルティア周辺の海域はアヴァロン海と呼ばれている」
 甲板を踏みしめる静かな足音と共にラヴェルの横に立ったのはファーガスだった。
 潮風に吹かれるに任せ、二人並んで波の向こうを見つめる。
「妖精の国だね」
「そう」
 ラヴェルの相棒は今、湖の城で眠りについている。
 生きたまま、身体を置いて魂だけどこか異郷へ旅立ってしまったかのように目を覚まさない。
 その彼と看病に当たるクレイルを残し、ラヴェルは故国を旅立ってきた。
 向かう先はファーガスの故郷、ケルティアの島だ。
「昔、北の海を渡ってきた一族がいたが、争いに敗れ、魔神となり果て、ついには海へ逃げた。彼らは海の下にマグ・メルの楽園を作り、そこで眠ってるとさ」
 黒々としたアルスターの岩壁が近づいてくる。
 ケルティアに上陸すると、二人は町に立ち寄らずそのまま原野へ足を踏み入れた。
 冷たい露に濡れている草を踏みしだきながら、ファーガスは半ば独り言のように語った。
「ケルティアが妖精の庭と呼ばれているのはダテじゃない。実際、妖精界への入り口がたくさんある」
 凍えそうな霧が舞う中、ぬかるむ泥炭に革の長靴が足跡を残していく。
「妖精達は様々な薬に長けている。それはもちろん、材料があるからだが……」
「材料?」
 首をかしげるラヴェルにファーガスは答えた。
「いろんな植物さ」
 アールヴヘイム、ティルナノグ……伝説には妖精界が様々な物語を提供してきた。
「昔、不治の病に侵された女がいた。その娘は幻の薬の花を求め、魔の山へ一人で登った。そこで娘は妖精の女に会い、花を求めたが追い返された。だが家へ帰ると、母の病気は治っていた……そんな昔話がミーズにある」
 二人がレヴィンを残してまでこの土地へ来たのには訳がある。
 妖精の土地にしか咲かぬ花を求めているのだ。
 ファーガスが言うには、その花自体が不思議な存在で、それを薬にすると、万能薬のようにどんな怪我や病気でもたちどころに治してしまうというのだ。
「さて、そういうわけで妖精界へ踏み込もうっつーことだが、さすがに俺一人じゃな……誰かケルティアに知り合いはいないか?」
 どうやらファーガスはラヴェルを戦力、いや、人数のうちに数えていないらしい。
「ええと、フィンとホリンなら」
 ラヴェルの挙げた名前にファーガスは銀色の頭を掻いた。
「そういやそうだったな……しっかしお前、なんでそんなデカブツばかり知り合いなんだよ?」
 問われてラヴェルはしばらく考え込んだ。
「うーん……腐れ縁?」
 悩んだ末に出した情けない答えに、ファーガスは納得したように軽く手を挙げた。
「……りょーかい」
 フィィと突然澄んだ音が空気を裂いた。
 蒼銀色の空を黒い何かがこちらに向かってくる。
 ファーガスの口笛に姿を現したのは、一羽の巨大な冠ガラスだった。
 ラヴェルには何も聞こえなかったがファーガスは何か語りかけているようだ。
 使い魔のように飛び去っていくそれを見送るとラヴェルはファーガスに尋ねてみた。
「カラス?」
 騎士が好んで相棒にするのは鷹などの猛禽類だ。
 訝しがるラヴェルに、ファーガスはさらりと答えた。
「まぁな。ああ見えて賢いんだぜ? 丈夫だし」
「……性格悪そうな……」
「何か言ったかな?」
「ううん、何でも!!」
 妙ににこやかなファーガスに慌てて首を振るとラヴェルは率先して霧に煙る野を歩き始めた。



 黄昏の薄墨に染まったような景色の中、ラヴェルは近づいてくる村のシルエットを黙って見ていた。
 ケルティアには大きく分けて五つの地方がある。
 荒涼としているが幻想的でもあるミーズ地方はケルティアでは南西部にある地域だ。
 泥炭に厚く覆われた黒くぬかるむ大地をヒースの薄紫の花が覆っている。
 妖精界に迷い込んでしまったかのように幻想的な景色のコマネラの野を過ぎ、ゴロウェイ近くのコングという村にラヴェルは辿り着いた。
 素朴な造りの宿の上を、大きなカラスが円を描くように飛んでいる。
「ファーガスさん、あのカラスは友達なの?」
「まぁね。さ、行こうぜ。あの宿がそうらしい」
 しわがれた声を上げてカラスが屋根に降りた。
 それを見届けるとファーガスは宿の扉を開けた。
 土埃の匂いの中に、微かにウィスキーの香りがする。
 遍歴騎士の背後からラヴェルが内部を覗くと、むき出しの泥壁と、太く黒ずんだ梁が見えた。
 食堂の椅子に、土色のマントを羽織った逆毛の男が背を向けて座っている。
 その向かい合いでは、空色の髪の若者が几帳面そうにパンを小さくちぎって口に運んでいる。
 ラヴェルが近づくと、逆毛男が振り向いた。
「おう、やっと来たか」
 背にグレートソードを負い、テーブルの脇にはごつい槍を立てかけ、そこへいたのは猛犬と呼ばれるホリンだった。
「……珍しいな。あのインケン野郎はどうした? 使い魔なんざよこしやがって、何があった?」
 ラヴェルの背後にいつもいる青い影が今日はいない。
 その身代わりというわけでもないだろうが、流れの騎士らしき男……ファーガスがラヴェルと共にいる。
「うん、実は……」
 ラヴェルはレヴィンがここへいない理由を話した。
 クヤンの幻影のような一団に襲われたこと、瞳を撃ち抜かれたこと、傷が頭にまで達しているらしいこと、眠ったまま目覚めないこと……。
「……にわかには信じがたいですね」
 パンを置き、フィンがポツリと呟いた。
 全くだとでも言いたそうにホリンがうなずく。
「死ぬだろ、フツー」
 フィンはレヴィンが瀕死の重傷を負ったということが信じられないようだが、ホリンはホリンで、レヴィンがそれでも生きていることが信じられないらしい。
「いや、レヴィンは普通じゃないし」
 答えになっていない咄嗟の答えにフィンはぽんと拳を打った。
「ああ、確かに!」
「……納得すンなよ……」
 頭痛でもするかのようにホリンは額にごつい手を当てたが、それでも同意するように何度も首を縦に振った。
 その間ファーガスは黙って見つめていたが、やがて言葉を発した。
「奴の体力は普通じゃないが、手当てしている奴の魔力も普通じゃない」
 組んでいた腕をほどき、ファーガスは椅子を引いて座った。
 ホリンは今の状況を打開するカギを握っているのがこの男だと気付くと、顎で続きを促した。
 怪しい鳥を使いに遣したのがレヴィンではなくこの男だということも。
「で、どこへ行くんだ?」
 その問いに、ファーガスはとんでもない答えをキッパリと告げた。
「ティル・ナ・ノグだ」
「ぶはっ!?」



 琥珀色のウィスキーを盛大に吹き出し、ホリンは口元を慌てて拭った。
「死んだ奴が行くところだろう、フツーはよ」
「妖精以外はな」
 常若の国ティルナノグ。
 ケルティアの妖精達の楽園は死者達の永住の地ともされ、妖精界アールヴヘイムの一部、もしくは異名だともいわれている。
 通常、人間の目には見えず、感じ取れることもない、どこにあるかさえもわからない異郷の地。
 ただ一つはっきり言えることは、人間が容易く行って帰って来られる場所ではない、ということだ。
「入り口は?」
 行く、行かないを決めるより早くフィンが尋ねた。
 その質問にもファーガスはよどみなく答える。
「マグ・トゥレドの古戦場跡を使う」
「?」
 何度か旅をして、ある程度はケルティアの地名を覚えたラヴェルだが、聞き覚えのない地名に首をかしげた。
 補足するようにフィンが囁く。
「古い言葉でモイトゥラの野のことですよ」
 モイトゥラは古の時代に、光の神と闇の神や魔族が戦ったとされる場所だ。
「マグ・トゥレドでは二度の戦いがあった」
 まるで見てきたかのようにファーガスは語り始めた。
「光の神の一族はその二つの戦いでケルティアの支配を我が物にした。一度目の戦いではフィルボルグ族を滅ぼし、二度目の戦いにおいて……」
 ファーガスは他の三人を順番に見つめ、しばしの黙考を経て続きを口にした。
「二度目の戦いにおいて滅ぼしたのが、フォモール族……インデッハやテスラ、そしてバロールがその戦いで殺された」
 忌まわしき名に、ラヴェルは咄嗟に顔を上げてファーガスを見た。
「バロール……魔眼のバロールだね?」
「そうだ」
 レヴィンに取り憑いている、常にレヴィンの魂を食おうと狙っている魔性の存在、それがバロールだった。
 レヴィンが常に隠していた片方の瞳、それこそバロールの証である魔眼であった。
「なるほど、モイトゥラなら異界の入り口があってもおかしくねぇな」
「もちろん他の場所にも入り口はたくさんあるが、出来得る限り関連がある場所を使ったほうがいいからな」
 窓の外には上がりかけた半月が雲を灰銀色に透かし輝いている。
「で、どうするよラヴェル」
 ホリンのぎょろ目がラヴェルに判断を促した。
 夜は様々な異形の生き物に遭遇する時間だ。
 本来であれば、特にケルティアではこの時間の活動は避けるべきだろう。
 しかしラヴェルはマントを羽織り直すと仲間達を見渡した。
「今すぐ行こう。どうせ妖精界へ行くんだから、怪物と遭遇することに変わりはないよ」
「決まりだな」
 夜風が冷たく埃を巻き上げる。
 月が見下ろす中、ラヴェルは戦士達と共に妖精の野へ向かって歩き始めた。



 沈みかけた月が、殺風景な夜の野を余計に寒々しく照らしている。
「明け方になると入り口がいったん消えちまう。急ぐぜ」
 銀色の髪を冷たく光らせ、ファーガスは足早にモイトゥラの野を案内した。
 人の目に触れぬことのない夜咲きの花が咲き乱れる様子は、既に妖精郷へ迷い込んだかのような錯覚を呼び起こす。
「――――」
 ファーガスの聞き取れぬ言葉がうっすらと風に乗る。
 やがてどこからか、嗅いだことのない芳しい香りが流れてきた。
「なんだろう、この香り……」
 何かの花だろうか。
 見回すと、遠くの木立の下に何か輝いている。
 淡い燐光がゆっくりと舞う中、丘に孤独にそびえる木の下へ辿り着けば、白い花が妖しく輝いていた。
「着いたぜ」
 ファーガスが指したのは、輝く白い花そのものだった。
「ここが入り口さ。覚悟が出来たら入りな」
 風に白い花が揺れている。
 輪になって咲くそれは、妖精の輪……異界への入り口であった。
「……入るよ」
 ごくりとつばを飲み込み、ラヴェルは花の輪をまたいだ。
 踏み込んだ瞬間、身体が浮く感覚がし、やがて激しいめまいに襲われる。
「く……」
 耳鳴りと頭痛に耐え、何とかそれらが収まるとラヴェルはようやく辺りを見回した。
 代わり映えのしない夜の野が広がっている。
「ここは本当に……?」
「ティル・ナ・ノグ。間違いない」
 夜風に髪をなびかせ、ファーガスは答えた。
 その腰には黄金色の剣が妖しく輝きを放っている。
 己の立っている場所を確めるようにホリンが槍で地面をつついている。
「で、この先はどうするんだ? 案内できるんだろうな?」
「心配するな」
 乾いた羽音と共に、黒く巨大な鳥がファーガスの肩に舞い降りた。
 不気味に一声啼くと、闇色の空に再び消えていく。
「そういや、お前の名前を聞いてないんだが」
 ホリンに胡散臭そうに問われ、ファーガスは肩をすくめた。
「ファーガス・マクロイだ」
「……ファーガス・マクロイ……?」
 眉間に皺を寄せ、ホリンはかなり真剣に考え込んだ。
「どこかで聞いた名前だぞ……どこだったっけかな……」
「まぁどこだっていいさ。行くぜ」
 空が薄墨色にぼやけ、やがて朝日が差し込んだ。
 露が輝き、眩い光に草葉が鮮やかに葉を揺らしている。 
「これが……」
 光り輝く喜びの野を前にラヴェルは立ちすくんだ。
 妖精の庭、まさしく言葉通りの光景だ。
 空も雲も、霞む山も緑の野も、足元に揺れる草花も、この世とは思えぬ彩りで、自分の立っている足の感覚すらもおぼつかない。
「常若の国、妖精達の楽園さ。ティル・ナ・ノグ……二度と来たくなかったがね」
「え?」
 言葉の最後は半分独り言のようだったがラヴェルは敏感に聞き取り、思わず聞き返した。
 だがファーガスは首を横に振っただけで何も答えなかった。
「それでどうに進めばいいのでしょう?」
 空を見上げていた視線を下ろし、フィンが尋ねた。
 無理もない。
 彼らにとってここは未知の土地なのだ。
「案内する。ついて来な」
 柔らかな草を踏みしめ、ファーガスは北西に歩き始めた。



「人知れずひっそりと咲く花がある」
 ゆるい風を受けながら、ファーガスは語り始めた。
「月光のように輝き、夜気に揺れる白い花。妖精すら住まぬ山奥に、満月の夜にだけ咲くという……幻想の花」
 フィンが足を止めた。
「幻想の花……聞いた事があります」
 どこか憂鬱そうにフィンは視線を足元に向けた。
「どんな病も怪我もたちどころに治す力があるそうです。子供の頃、何度も探したことがあります。今まで見つけたことは一度もありませんが……」
 何故探したのかフィンが語らぬのに、ファーガスは憐みを感じさせつつもどこか冷めた声で答えた。
「お前の親父のは呪いだ。たとえ花を見つけても治らんよ」
「……そうだったのですか」
 フィアナの騎士団長クールは名高い英雄でありながら、身体の不調がたたって伏せていることが多いらしい。
 病気かそれとも昔の古傷のためかすらわからないまま多くの名医を呼んでは診てもらっているが、未だに治らない。
 それが呪いであるのであれば確かに医者には治せまい。
 年を重ね、クールはますます萎えてきている様子すらうかがえる。
「そういやよ」
 何か思い出したかのようにホリンがラヴェルに振り向いた。
「お前、会議にいたコナルって戦士覚えてるか? あのミーズの体力バカも最近寝込んでるらしいぜ。しかも原因不明らしい。どう考えたって病気になるような奴じゃねぇから、呪いじゃねぇかって噂が立つ始末だ」
 コナルというのは確か円卓会議でニニアとケンカ腰になっていた男だ。
 確かに患うような身体には見えないし、ホリンと並ぶ猛者であり、そう大きな怪我を負うとも思えない。
「どうでもいいが、お客さんみたいだぜ」
 ファーガスは話を遮ると柄に手を駆けた。
 獣のうなる声がする。
「バーゲストだ」
 地面に四足の爪跡が幾つもついている。
 妖精獣は色々いるが、これは相当の大きさだ。
 地響きと共に、黒い群れが草原を疾駆してきた。
 それぞれが得物に手をかける。
「おら、行くぜ!」
 重量のある黒い槍をホリンは振り回した。
 金属の激突音を響かせ、異形の群れを豪快になぎ倒す。
 大半の獣はそれだけで大地に突っ伏すが、わずかにかいくぐった獣は大地を蹴り、鉤爪を光らせながら飛び掛る。
 フィンが青く輝く剣を脇で構えた。
 手首を上げ、逆に切っ先を下げるとその反動を利用して剣を回すように切り下げ、同時に強く踏み込む。
 完全な喧嘩殺法と訓練された騎士剣術と、両極端な二人に妖精獣の群れはあっという間に霧散させられていく。
「出番なさそうだな、こりゃ」
 剣から手を離すとファーガスは辺りを見回した。
 遠くに山が霞んで見える。
「あの山を通過するぜ」
 魔物を追い払うと、一行は再び歩き始めた。



 岩石質の地層が重なる崖を、透けるようにまばらに草が覆っている。
 轟音を立てて流れ落ちる滝を過ぎ、浅い森を潜り抜け、頂上に登ればそれは山というよりも丘のようになだらかな頂だった。
 だがかなりの高度があり、見下ろせば登ってきたのとは違う深く暗い森が麓を覆っている。
「……おや」
 風に空色の髪を揺らしながらフィンが足を止めた。
 その横ではホリンがぼさぼさの頭をかき乱している。
「おいおいおい、戻っちまったじぇねぇか」
 眼下に広がっているのは見慣れたケルティアの大地……人の住むミドガルドの風景だ。
 その景色を確認するように注意深く見渡し、フィンは振り向いた。
「ここはベン・バルベンですね」
 魔の山、ベン・バルベン。
 彼らはいつの間にかその頂に立っていた。
 ケルティアにそびえる山、つまりここは人間達の住むミドガルドだ。
 だがファーガスは首を横に振った。
「いや、場所は合っている。元々この山は二つの世界の重なる場所だからな」
 地上から見るベン・バルベンはそれ一つだけの山だ。
 だが彼らが背後を振り返ればすぐ後ろに、地上界からは見えなかったまた別の急峻な登り斜面が続いているではないか。
「まだ上がある……?」
 幻のように濃い緑が霞み、揺らいでいる。
 魔の山にふさわしいその景色の中、思い切って山道に足を踏み入れていく。
「……またティルナノグですか」
「そうさ」
 めまぐるしく風景が変わる。
 野山の風景が入れ替わり、霧が渦巻き、かと思えば陽光が降り注ぎ、湖が鏡のように輝き消えていく。
 もはや時間の感覚もわからない。
 妖精獣や鬼と遭遇しては切り結び、やり過ごして乾いた山道をひたすら登っていく。
「妖精界っていうのはな」
 歩きながらファーガスはぼそりと呟いた。
「人間界に最も近い場所にある。あちこちで接しているから、たまには迷い込んじまう奴もいる」
 道が開けた場所でファーガスは立ち止まった。
「一度迷い込むと帰るのは難しい。たとえ帰れても、時代が変わってる。だが、迷い込んだわけでもないのに、妖精界に住んでいる人間も少なからずいる」
「?」
 怪訝そうにラヴェルはファーガスの顔をのぞき込んだ。
 同時、ファーガスの手が再び剣の柄に掛かった。
 黄金色にきらめく剣を引き抜く。
「……妖精に魅入られ、その騎士として仕えさせられている者。自らの意思に関係なく、妖精のために戦わなければならない……手ごわいぜ。奴らには妖精の絶大な力が与えられているからな」
 何らかの力が作用しているのか、その先に進もうとしても誰も前に出られなかった。
 足を踏み出しても腕をつき伸ばしても見えない壁が弾力を持って彼らを押し返している。
「出て来いよ、いるんだろう、妖精の騎士たる者」



「!?」
 この山道を守っているのだろうか。
 ファーガスの呼びかけに、ぼんやりと人影が浮かんだ。
 銀色の鎧を胸に当て、あでやかな紫のマントに身を包む、表情に乏しい若い男。
「哀れだな、妖精に捕らえられたままなんだ。こいつらはよほどの幸運に恵まれなきゃ束縛から脱することが出来ないんだ。もしくは……死ぬか。生きて脱する方法はこいつらにはないのさ」
 妖精騎士の剣が精気を帯びて靄のように輝く光を纏った。
 鋭利な切っ先をファーガスに向ける。
「周りを頼むぜ」
 ホリンとフィンに目配せをすると、ファーガスはキッパリと告げた。
「こいつは俺がやる」
 どこかで聞いた言葉にラヴェルは思わず視線をファーガスに向けた。
 それに構わず、ファーガスはわずかに腰を落とした。
 下段脇の構えから間合いを一気に詰めると敵と交差する瞬間に身をわずかに捻りこみ、水平に裏刃で切り返すと、下段のまま剣をわずかに引き、下から一気に切り上げる。
 相手の動きもまた素早かった。
 刃を横に避け、振り下ろす剣でファーガスの腕の中を狙ってくる。
 ファーガスは剣を前面に振ってそれを弾き返し、再び襲ってきた刃を刃で押し返す。
 火花とはまた違う光が激しく飛び散る。
 その様子をホリンのぎょろ目が面白くなさそうに見やる。
「手出しは無理だな……まぁ必要もなさそうだが」
 頭をかくとホリンは周囲の森に横目を引っ掛けた。
「ま、ザコで我慢してやるとするか」
 茂みの中、一斉に大量の目が光った。
 岩を削るような音を立て、鉤爪がうなりを上げる。
「おりゃああああああ!!」
 大音声の雄叫びと共にホリンが魔の槍を振るった。
 黒い魔力を放ち、飛び出してきた魔獣の群れを散り散りに引き裂く。
 血臭の漂う中、武器が妖しく閃き、幾つもの叫びが山を揺らす。
 吠える声、絶叫、断末魔の叫び。
 傍らではこだまのように響く金属音を立て、ファーガスと妖精騎士の剣が交差する。
 攻撃を終えたときには既に次の構えになり、そこから連続して技を繰り出していく。
 流れるように連続する刃の動きに、ラヴェルの目はついて行けない。
 レイピアを抜いたまま、ただ見惚れるしかない。
 そのラヴェルを庇うようにフィンが剣を薙いだ。
 水平の防御から攻撃に転化し、鉤爪を弾き返して獣の頭を叩き割る。
 戦士達に切り捨てられ、胴体を裁たれ、手足を切り飛ばされ、獣の死体が山のように折り重なっていく。
 それらはやがて煙のように、あるいは土のように崩れ、薄れて消えていく。
 稲妻のような火花がファーガスの剣から散った。
 一瞬睨む目が合い、二人の騎士は同時に踏み込んだ。
 間合いが一瞬で消滅する。
 刃がぶつかり合った。
 互いの勢いに押し返され、弾き飛ばされ、その反動を使って再び剣を繰り出す。
 擦過音と共に火花が流れた。
 剣の中ほどで受けた刃をファーガスは押し込んだ。
 妖精騎士はそれを受け流し、カウンターを狙う。
「右を下ろせ!」
 ホリンが怒鳴った。
 内側に突きこまれた剣をファーガスは咄嗟に右腕を下げ、身を左に投げるように避けた。
 首筋に触れかけた刃を紙一重で避ければ、髪を結わえていた紐が切断されて宙を舞う。
 銀色の髪が乱れなびいた。
 下ろした右手首をファーガスは返した。
 切っ先を上げ、左半身を前に踏み込み、裏刃で切り上げると敵の脇をすり抜けざまに剣を逆手に変えて身を捻る。
 中上段に水平に薙がれた刃を相手は剣の先で跳ね返した。
 しかし勢いは返しきれない。
 剣に身体の動きと重さを乗せたままファーガスは刃を押し込んだ。
 再びぶつかり合った剣が火花を散らし、刃同士が擦れる。
 防ごうと己の剣でそれを受けた妖精騎士は耐え切れなかった。
「この場で眠りな!!」
 名も知らぬ妖精騎士は押し込まれたファーガスの刃を弾き返せず、防ごうと受け止めた己の刃までもが自らに押し込まれる。
 激しい血飛沫が大地を叩いた。
 重い音を立て、自分の剣で切断された妖精騎士の首が地面に転がった。
 妖精の束縛が解け、重ねてきた年月の重みに人間の体が耐え切れず、見る間に皺枯れ、ミイラのように干からびると塵と崩れ果てる。
「恨むなよ、解放してやったんだ」
 独り言のように呟き、ファーガスは大剣を鞘に収めた。
 行く手を阻んでいた見えない壁が解けて消えるのを感じる。
 幻のような遠吠えの声に、残っていた獣の姿も霧のように消えていった。

つづく

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