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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜

第12話:暗き波の下で(後編)

 かつて群雄によって赤く染まったといわれる砦は黒々とその威容を湿った風の中にさらしている。
 アルスター城……以前はエマイン・マハと呼ばれた名城だ。
「お通しすることは叶いません。お引き取りを」
 堀の上に衛兵の抑揚のない声がむなしく響く。
「そこをなんとか……」
 今まで幾度となく出入りしたアルスター城だが、今日は何故か入城を拒まれた。
 門衛とはすでに顔なじみになっているのだが、何度頼み込んでも埒が明かない。
 無表情の衛兵は首を横に振り続ける。
「許可できかねます。どうかお引き取りを」
 にべもなく拒絶され、ラヴェルは困ったように溜息をついた。
「うーん……じゃぁ、謁見はいいから、とりあえず城内の見学だけさせてもらえないかな? 邪魔はしないよ。ちょっとエクスカリバーとか見られればそれでいいから」
 ラヴェルの頼みに、門衛はやはり首を縦には振らなかった。
「なりません。エクスカリバーは我が王国の至宝。ニニア様の許可がなければお見せすることは出来ません」 
「じゃぁ、ニニア様に会わせてよ。ここでいいからさ。会って話せばきっと許可をくれると思うんだ」
 その提案にも門衛は否定的だった。
「ニニア様は各地の視察にお出かけでございます。どうしてもというならご自身で会いに行ってください」
「どこへ出掛けているの?」
「お答えしかねます」
「…………」
 どうしたものかとラヴェルが考え込むと、レヴィンがその肩を引いた。
「……戻るぞ」
「え?」
「いいから戻れ」
 何か腑に落ちないものを感じつつもラヴェルはうなずいた。
 町の宿屋へ戻るとベッドに腰掛ける。
「いつもはもっと簡単に通してくれるのになぁ」
「どうも妙だな」
 窓際に立ち、黒味を帯びた町並みに見えぬ視線を投げながらレヴィンは幾つかの疑問点を並べた。
「門衛の様子がおかしい。生きた人間の気配が全く失せている。口調も平坦だった」
「うん、そういえばそうだね」
 門衛の様子を思い出すとラヴェルは同調した。
「すごく淡々としてたね。いつもすごく厳ついのに」
「ああ」
 窓を降ろすとレヴィンは室内を向いた。
「恐らく魔法で操られている。背後にいる奴は俺達を城内へ入れたくないんだろうよ。つまり、俺達が城内へ入ると都合が悪い何かが、あの中にあるってことだ」
「何か?」
 ラヴェルが聞き返すと、レヴィンはつまらなそうにまた外を向いた。
「それが何か……は、中に入らないとわからない」
 そういうとレヴィンは顎をしゃくった。
「もう一度城へ行くぞ。来い」



 堀の冷たい水に玄武岩の黒い城影が映りこんでいる。
 一周して城の外周を確めると、レヴィンとラヴェルは城を囲むような五カ所を頂点とする星型に歩いた。
「黒く小さき友よ、汝働く者、我に続きて道を作れ。道を作り、穴を掘り、続く異界に我をいざなわん」
 レヴィンが何か唱えながら歩くと、その足跡を追うように地面から湧き出た黒いものが道を作っていく。
 蟻の妖精ムリアンだ。
 城の外周を黒く蠢く星が囲む。
「そこにそれを撒け」
 その五箇所の頂点に、ラヴェルはレヴィンに言われるがままに白い花を撒いた。
「絡める網を解け」
 レヴィンの命ずる声に、城を覆っていた何らかの魔法結界がほどける。
 そのほつれを縫うようにレヴィンが駆けた。
 ラヴェルが慌てて追えば、衛兵の視界に入っているように見えながらも、いとも簡単に城内へ侵入することができた。
「さて、行くか」
「うん」
 城壁と城館の間の通路から通用口を使って廊下へ入り込む。
 冷え切った空気が漂う城内を、二人は注意深く進んだ。
「確かこの先に……」
 その扉を開ければ、中庭へ出た。
 光の妖精の礼拝堂の影が差している。
 その先端には、ヒビの入った大岩が重々しい図体を地面に押し付けていた。
「エクスカリバーがないね」
「やはりな」
 王の器がある者以外には岩から抜けないといわれる剣。
 ホリンが力任せに抜いてしまったようだが、すぐに岩に刺し戻して逃げた。
 あれ以来、剣は岩に刺さったままになっているはずだった。
 それがないということは……
「誰か抜いた奴がいるということだ」
「……クヤン様ってこと?」
 探るようにラヴェルが問えば、レヴィンは懐疑的なようだった。
「確かにクヤンなら剣を抜き取れるだろう。とすれば、だ。奴はこのアルスターに戻っていることになる。しかしだ、あんな会議をしたんだ、奴が死んだことは知られている。そこへ生きて戻ってみろ、今頃大騒ぎになっているはずだ」
「……そうだよね」
 もしクヤンが生きていればアルスターはおろか国中、いや、ディアスポラも含めて大騒ぎになるはずだ。
 それがないということは、クヤンはここには戻っていないということになる。
「うーん、何がなんだかわからなくなってきたよ」
 ラヴェルは頭をかき回しながら記憶の整理を試みた。
 シレジア国境でクヤンに会った。
「つまりクヤン様は生きていて、剣は彼が持ってると思っていいんだよね」
 視線の先にはただの大きな岩が転がっているのみだ。
「剣は王の器たる人間にしか岩から抜けないから、クヤン様が持っていることは極自然なんだ」
 岩をよく見れば、剣が刺さっていた形跡のヒビが見て取れる。
「でも、クヤン様はアルスターでもディアスポラでも死んだことになっている」
 ラヴェルは中庭をぐるぐると歩き回った。
 それをレヴィンはしばらく気配で眺めているようだったが、やがて問題の大岩に腰掛けた。
「妙だな」
「何か引っかかるんだけど僕にはわからないよ」
 ラヴェルも並んで岩に腰掛けた。
 それを感じ取るとレヴィンは薄紫の視線を横に向けた。
「クヤンは一度死んで、女神の手先、死した英雄エインヘルヤルになった。これは確かだ。
エインヘルヤルになった存在には炎の剣が与えられる。ここで一つ疑問が生じる」
 ラヴェルが視線で問いかけるとレヴィンは続きを自分でも確認するような様子で話し始めた。
「クヤンは女神の使徒、このケルティアを出てまでディアスポラの聖騎士を勤めた奴だ。例え王者の剣といえど、女神の手先になったクヤンから見れば、それは下らぬ俗世の剣に過ぎない。恐らく俗世での王の証としての意味合いしか考えていなかっただろう」
 一度言葉を区切るとレヴィンはしばし考え。また続けた。
「そのクヤンならば、ましてヴァルハラの手先になったのなら王者の剣よりも女神の証……炎の剣を優先するはずだ」
「なるほどね」
 ラヴェルはシレジアの国境近くで争ったときのクヤンを思い出した。
 そのときのクヤンの手に炎の剣はなかった。
 あれほどまでに女神に心酔していたクヤンがなぜ、エインヘルヤルとなった後にエクスカリバーを手にしていたのか。
 ラヴェルは一つの仮定を導き出した。
「クヤン様に見えたけど、実は違うんじゃ?」
 ファーガスもクヤンに関して疑わしそうな様子だった。
 ラヴェルの言葉にレヴィンは微かにうなずいたようだった。
「俺もそう思う。そもそも奴がタスラムを使えるとは思えない」
 魔弾タスラム。
 ケルティアの光の神ルーが使ったという魔法の投擲武器だ。
 実際には何らかの魔力の塊らしい。
 女神だけを唯一絶対として崇めるクヤンが、ルーの証の魔法に手を染めるだろうか?
「そもそも、エクスカリバー自体本物なのかどうか疑問だな」
 エクスカリバーには幾つもの説があるという。
 長らくエクスカリバーとされてきた王者の剣。
 それに疑問を持ったことがある者などいるだろうか?
「……奴に聞いてみるか?」
「誰?」
「クレイルさ」
「あ」
 今アルスターに存在しているはずの剣はクレイルが拾ったものだった。
 かつてクヤンがアルスター北の岬の海底神殿で倒れた時、異界から戻ったクレイルが落ちていた剣に気付いて拾ったのだ。
「奴なら実際に剣を見ている。しかもしばらく預かっていた。何か気付いているかもしれん」
「戻って聞いてみようよ」
「ああ……衛兵に気付かれないうちに帰るぞ」
「うん、行こう」
 歩みだそうとし、去り際にラヴェルは振り向いた。
 中庭の真ん中にヒビの入った大岩が転がっている。
 それだけの景色なのだが、何故かそこだけが伝説の向こうの世界に見える。
 足裏で地面を確め、自分が今現世にいることを確認してようやくラヴェルはその場を後にした。



 かつてケルティアは群雄割拠、騎馬が駆け巡り、あちこちで時の声が上がっていた。
 戦の誉れ高い国、それが妖精の庭とも言われるケルティアのもう一つの顔でもある。
 もし大陸で戦に縁が深い国があるとすれば、それは文句なしにかのヴァレリア帝国であろう。
 大陸の覇権を握る帝国はその影響力を高めるため、以前は各地に出撃を繰り返していたものだ。
「かなり戦火が広がっているって言うぜ」
 嵐を避け、ラヴェルはマンスターへ南下してから船に乗った。
 マンスターの港は、大陸……つまり船の着く先の港を抱えるディアスポラの噂で持ちきりだった。
「なんでも教団と地元豪族の間でかなり本格的な内乱に陥っているらしい」
「それを助けにいったんだろ?」
「ああ、古い友人がいるんだそうだ。地元の有力豪族らしい」
 マンスターは例えばコノートの赤枝やレンスターのフィアナのような大規模な土着の戦士集団は持ち合わせていない。
 そのかわり領主を頂点とした騎士団を擁している。
 マンスター領主のロンフォール卿は自身が高名な騎士であり、クヤンの良き友でもあったらしい。
 その領主が、やはり友であるディアスポラの豪族の下へ救援に向かったとのことで、領民達の噂はその話ばかりだった。
 大きくうねる波に船が揺れる。
 十数年前に帝国の戦が収まったと思ったら今度はディアスポラや中央高地が戦乱になっているようだ。
「つくづく争うことが好きな生き物なんだな、人間は」
 風にちぎれて薄れ行く雲をレヴィンは光のない瞳で眺めている。
 潮や風の匂い、彼になら感じ取れる精霊の息吹が、青い景色を彼に伝えているのだろう。
「レヴィンに言われてもね……」
「何か言ったか?」
「ううん! 何でも!」
 慌てて首を振るとラヴェルもまた空を見上げた。
 見えぬほどの空の高みには滅びた都が幾つも浮いている。
 この大地が天空と同じ運命を辿らぬよう祈りながら、ラヴェルはただ青い景色に身を任せた。

つづく

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