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がんばれ吟遊詩人! ~ラヴェル君の場合2~ 第14話:風(前編)
路地のように見えてもれっきとした大通りだ。 |
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ラヴェルがクレイルに視線を向けると、クレイルはどこか面白がるような光を目に映していた。 |
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我は貴きカリブルヌス 「王子、それは?」 「僕が拾った剣に刻まれていた言葉だよ」 そう答えるとクレイルは目を細めた。 「いや~僕もやっぱり魔道士だねぇ。魔法の武器とか見るとさ、つい色々調べたくなっちゃうんだよ」 びっしりとメモが書き込まれた紙をクレイルは机の下から引っ張り出した。 「剣がふさわしい主人を選ぶっていうけどね。あの剣に触れてみればわかる。妙な気が流れ込んでくるんだ。敢えて言うなら魅了もしくは……傀儡の術。ふさわしい持ち主に従うどころか持ち主を操ってしまう、そんな力を感じたよ。あの剣は都合の良い持ち主を求めているんだろうね。それに」 お茶をおかわりするとクレイルはさらに続けた。 「あの剣ね、大幅に鍛え直された形跡があるんだ。使われたのは灰色銀……妖精の金属と噂される幻の鉱物なんだ。刻まれた言葉からして銘はカリブルヌス。伝説で湖の剣といわれる武器だね」 「湖の貴婦人がかつての王に与えたエクスカリバーだな」 元の所持者である女であれば当然、岩から剣も抜けるだろう。 「どうもあの王女、クヤンが死んでからこの世界に姿を現したように思える」 「いえてるね」 クレイルは同調して何かの書類をめくった。 「初めて公に姿を現したのがあの円卓会議なんだ。それ以前は名前すら知られていない」 しかしケルティアでは、以前からその存在があり、クヤンの後をついでアルスターを仕切っているのは極自然だというように受け入れられている。 「クヤン様の人気を考えれば、それまで知られていなかった彼女を民がすんなり受け入れるとは思えないんだよねぇ。不自然なくらい静かだよ」 まるでケルティアの国全体が沈黙と傀儡の魔法にかかっているようで気味が悪い。 ファーガスが感じたらしい異常な雰囲気はどうやら本物であるようだ。 「それと」 茶で口を休めるとクレイルは物騒な事実を告げた。 「妙な噂があるんだ。ケルティアの勇士名士が次々と倒れたり死んだりしてるってね。調べてみたらその通り。しかも」 大きく息を吸うとクレイルはラヴェルとレヴィンを交互に見やった。 「例の円卓会議のメンバーを覚えているかな? 元々伏せることが多かったクール卿は完全に寝たきりだって言うし、威勢の良かったコナル君も寝込んでるんだって。ロンフォール卿に至っては、ついさっき入ってきた情報なんだけど、親友に加勢するためにディアスポラに渡って、内乱に巻き込まれて亡くなったってさ」 「えっ!?」 そういえばファーガスが、その後にはホリンも、ケルティアで高名な戦士達が寝込んでいるようなことを言っていたか。 どこか憮然としたような表情をレヴィンが浮かべる。 「ふん、ではあの会議に出ていて無事なのはニニアとホリンだけというわけか」 「フィンは?」 「奴なら大丈夫だろう。代表はまだ親父だし、フィン自身も腕は確かだがまだ新米扱いだからな」 ラヴェルはケルティアの知人を片っ端から思い浮かべ、あることを思い出した。 「そういえばホリンが、コナルさんの件は呪いじゃないかって噂が立つ始末だって言ってた。病気で寝込むようなやつじゃないって。ファーガスさんもフィンにクールさんのは呪いだって断言してたよ」 胡散臭いものでも見るような視線をレヴィンはラヴェルに投げかけた。 「……おおかたあの女の仕業だろうよ。奴は相当な精霊使いだ。城に泊まったときに確かめた。ただの人間ではないのは間違いないだろうな」 レヴィンはニニアを妖精の女王ではないかと疑っているようだが、ラヴェルもまた一つの仮定が頭に浮かんだ。 「……ねぇ、幻の女王じゃなくて、ヴァルキリーということは考えられないかな?」 大神の使いともなる女神ヴァルキリー。 女神という言葉の美しさと裏腹に彼女は災いや死をもたらす。 天の神の一人でありながらも、呪いという禍々しいものにも長けている存在だ。 ラヴェルはそもそもエインヘリヤルと化したクヤンに関わるとすれば、幻の女王よりは戦女神のほうが近いのではないかと思った。 「どうだかな」 どちらにしろ、真相は人間にはわからないことだ。 天上界が手を伸ばしてきたのか、それとも妖精界か。 「クヤンを使って何を企んでいるやらな」 確めようにも天国へ逝くわけには行かない。 いや、行くのは度胸さえあれば簡単だが二度と帰ってこられまい。 だが今は確めなければ先へ進めまい。 「ヘルなら行ける」 低く呟いたレヴィンの声にラヴェルは顔を青ざめさせた。 「……余計行きたくないんですけど」 霧と夜の国ニブルヘイムの地に冥府があるという。 全ての死を視るという女王ヘルが住む場所だ。 女王ならクヤンの死も見ているはずだ。 彼女ならば何か知っているだろう。 次にどこへ向かうのかを本能的に悟りながら、ラヴェルは押し黙ったままレヴィンの青い背中を見つめた。 |
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やせ細った森林が囲む険しい山岳をラヴェルは抜けていた。 |
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