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がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜

第二話:災いを招く者(前編)

 小高い丘を森が黒々と覆っている。
 その中にずっしりと重量感を漂わせながら建っているのは世界中に勇名をとどろかせている赤枝戦士団の居城ナヴァン・フォートである。
 砂岩の積み上げられた壁を朝日の中に眺めているラヴェルの視界の隅に、見慣れぬ影が入り込んだ。
 周囲にいる戦士達とは服装が違う。いや、歩き方などの雰囲気にいたってはまるきり異なっている。
「お客さんかな?」
「あれはアルスターの騎士の服装だな」
 調弦していた手元からちらと視線を上げるとレヴィンはまたすぐに手元に目を戻した。
 ケルティア最北部アルスターはこの国の王都がある場所だ。そこから騎士が来たということは、王城から何かしらの使いなのだろう。
 事実、しばらくするとホリンが魔の槍を担いで出てきた。
「おう、おめぇら、おれはこれからアルスターまで出かけるが、どうする?」
 ここコノート地方はケルティア王国最南端でケルティア王国では最も田舎である。
 海岸付近の地形が合わず、港はない。
「うーん……どうしようか?」
「どのみちマンスターかアルスターまで行かないと大陸に戻れんしな」
 島国であるケルティアは船に乗らないとまず他の国への移動は出来ない。すでにここへ来るまでに最北部のアルスターから国を縦断してきたわけでもあるし、そろそろ大陸に戻っても良いだろう。
「じゃぁ、途中まで一緒について行くよ」
「おう、そうしな」
 王都から来た使いは他にも行くところがあるようで一足先に発って行った。
 鬱蒼と茂る森の小路を降りる間、ホリンは苦虫を噛み潰すような表情を崩さなかった。
「ったく、面倒臭ぇ話だぜ。大体アルスターの連中が来る時は面倒な揉め事を持ち込むか、いちいちいちゃもんをつけに来るか、どっちかだからな」
 ケルティアは今でこそ一つの王国だが、昔は部族社会で、各地の部族ごとに長を王と呼び、その地方ごとを治め、別の地方の部族と争うことも少なくなかったという。
 その名残か、今でも地方へ行けばその地方の首領がいて、その影響力は国王並みに強い。
「まぁとにかくよ、厄介ごとを持ってくる連中なんだよ、あいつらは」
 丘を降りた先は、砦付近の緑が嘘のような荒地だった。
 ケルティアの南部はこのような荒涼とした土地が続き、その気候風土のせいか、住む者達もどことなく荒っぽい。
「ところでホリン、その話の内容は何なのかな?」
「ああ?」
 足を止め、ホリンは大きな肩を投げやりにすくめて見せた。
「王様が死んだろ。その後をどうしようかって話らしい」
 ラヴェルは思わず蹴躓いた。
 レヴィンも音もなく足を止める。
「……何か俺達の話は出たか?」
「いや」
「……そうか」
 ケルティア国王崩御にラヴェルもレヴィンも深く関わっている。
 かの聖騎士が狩り取ろうとした相手はレヴィンの中に巣食っているモノだ。
 その存在は人間はおろか、それを宿しているレヴィンにすら受け入れ難い存在だ。
 かといってその存在を討ち取れば、それはすなわち宿主であるレヴィン自身にも取り返しが効かぬ傷を負わせることを意味している。
 どこか重苦しい沈黙の中、三人は誰ともなく再び歩き始めた。

 道中襲い掛かる妖精獣を撃退しつつ、コノートから北東に道を進むと、ミーズを経由せずに直接マンスター地方へと入る。
 これが本当にコノートと同じ島の中かと疑いたくなるほど、マンスターの土地は暖かく、どこも柔らかな緑に覆われていて風すらも優しく感じる。
 王都すら凌ぐ賑わいを見せるマンスターの港町は草花に覆われ、優しい華やかさに満ちていた。
「……え?」
 その穏やかな景色の中、ラヴェルはとてつもなく珍妙なものを発見した。
 美丈夫の多いケルティアの人波の中に、ラヴェルと同じくらい低い背丈のマッシュルーム頭が歩いているのだ。
「あれって……」
 それははっきりと見覚えのあるシルエットだった。
 ヘーゼルのキノコ頭、くすんだ緑色のローブ、いまどき珍しい木靴、そして手に握られている古い杖。
 隣にいたレヴィンが睨みつけるような目でラヴェルに振り向いた。
「おい、何でヤツがここにいる?」
「僕に言われても……」
 ラヴェルは困惑して立ち止まったが、どうやら向こうも気づいたらしい。大きく手を振っている。
「おーい、ラヴェル〜〜!」
「あーーやっぱり……」
 手を振っているのはラヴェルの故郷、シレジア王国の新王クレイルだ。
 つい先日に父が勇退したのに伴い即位した元王子である。
「いや〜〜こんなところで会うとは奇遇だねぇ」
「……ご無沙汰しております」
 ラヴェルはこれでも貴族の端くれ、一応このクレイルとは昔からの友人である。
「でもどうして王子……じゃなかった、陛下がこちらに?」
「王子で良いよ〜ん」
 はたはたと手を振ると、クレイルはニコ目で別の人影を指し示した。
「うん、実はねぇ、アルスターの王城まで皇太子と一緒に行くところなんだよ。お呼び立てがあってね」
「はぁ……?」

 ばさぁっ!

 突然視界をファンファーレとともに鮮やかな花びらが大量に舞い踊った。


 陽光を浴び、淡い金色の髪を緩やかにかき上げ、それは朗々と声を響かせた。
「ふ! 我いざ参らん妖精の庭へ、美しきエメラルドの谷へ! はっはっは、栄えあるヴァレリア帝国の名誉と誇りにかけ、白百合の君たる我シベリウスここに見参ッ!」
 高らかに名乗りを上げる若者の脇を、巻き込まれてたまるかというような表情の通行人がそそくさと通り過ぎていく。
 いつの間にかクレイルの背後に異様なまでにきらびやかな白衣の男が立っていた。
 ヴァレリア帝国の皇太子シベリウスだ。
 どこからともなく表れた黒い影が彼に大量の花吹雪を見舞っている。
「はっはっは、我が友よ、ご機嫌いかがかな? クレイル国王陛下のおっしゃるとおり、これから麗しき妖精の国の城へ参るところである」
 この白い男はどうやら誰でも友にしてしまうらしい。
「うむ、ご苦労」
 彼が労うと、黒い影がササッと消えた。
「……なんだありゃ?」
「ああ、皇太子がいるところにはどこでも出現するんだよね……」
 おもわず呆れたホリンに、ラヴェルは溜息をついた。
 この白い勘違い男にはクレイルの引き合わせで幾度か会った事がある。
 帝国の白百合の異名をとる皇太子は淡い金髪をかき上げると青い視線を遥か北へ向けた。
「うむ。なんでもクヤン先王の崩御に伴い、次期国王を誰にするか、我々に第三者としての意見を求めたいとか」
「行き先は一緒ってかい」
 耳をほじっていたホリンが胡散臭そうな目でシベリウスを眺めた。
「おれはコノートの代表でホリンつーモンだ。ケルティアは五つの地方に分かれていることくらいは知ってるな? 前の王様にゃ子供がいねぇ。そこで円卓会議……おれ達各地方の代表が対等に話し合って決めようって寸法なんだが……ふーん、第三者の意見も聞こうってことかい。アルスターの連中にしちゃ珍しく良い姿勢じゃねぇか」
「おおぅ、これはこれは、かの名高きホリン殿」
 怪しい従者隊が花びらをせっせと二人に撒いている。
 有名な英雄に会えて感激しているらしいシベリウスを横目に、クレイルは丁度脇にあったベンチに腰掛けた。
「ラヴェル、丁度良いや、アルスターまで護衛してくれないかな? いや、国から護衛さん連れて来るの面倒くさくてね、二人だけで抜け出てきちゃったんだよ」
「……それってまずくないですか?」
「気にしない気にしない」
 後生大事に抱えていた袋から、こともあろうかお茶セットを取り出すと、クレイルは一人でお茶を飲み始めた。
「うん、まぁ参ったよ。僕も皇太子も旅慣れてはいるんだけどねぇ、船が出ないのばかりはいかんともしがたい」
 ここは青空だが、北部の海上は荒れているらしい。
 大陸からアルスターへの航路が使えないようで、港方面には北へ帰る者が足止めを食い、またアルスターを迂回してマンスターへ立ち寄る者でもごった返している。
「あの、王子」
「んー?」
 ラヴェルは控えめに話しかけてみた。
「こんなことお願いするのも気が引けるんですけど、あの、護衛代ってもらえます?」
「ああ、また路銀に困ってるんだね!」
「……また、ってなんですか」
 溜息を深々とつくとラヴェルはクレイルの前でくるりと回って見せた。
 リンクスに引っかかれ、一応は繕ったのだが服が傷みきっている。
「ありゃまぁ! またレヴィンに吹き飛ばされたのかい?」
「……ルフトドルック」
 圧力を伴った空気にクレイルが突然吹き飛ばされた。
「だからって吹き飛ばさなくても」
「ふん」
 花壇に頭から突っ込んでいた若い王がやがて石畳の上を這って戻ってきた。
「んー要するにラヴェル、服を着替えたいから護衛代を前借りしたいってことだね?」
「……はい」
 指同士を突っ突いているラヴェルにクレイルはぽんと金袋を渡した。大金ではないが服を揃えられるくらいは入っていそうだ。
「じゃ、お金は渡すけど……服はアルスターで見繕ったほうがいいよ〜。向こうの織物は質が良いからね」
「はい」

 マンスターはケルティアでは最も豊かで穏やかな土地だ。
 故にこの地方に住む妖精たちも気性が穏やかである。
 しかし、さすがに野では襲撃を受けた。
 土くれや草むらから妖精鬼がわらわらと姿を現してくる。
「ふ、出て参ったか」
 どこからともなくファンファーレが響き渡り、バラの花びらが辺りを舞う。
 つと前へ進み出てレイピアを抜き放ったのはシベリウスだった。
 勇ましく宣言する。
「誇り高き我らに立ち向かうとは、不届き千万! 異形の者め、双頭の鷲の名誉と栄光にかけて、このシベリウスの心の友が我に代わって成敗してくれようぞ! さあ覚悟!!」
 ……言葉は勇ましいがどうやら自分で戦う気はないらしい。
 長口上を完全に無視し、レヴィンとホリンは無言で怪物の始末を始めている。
「やぁ、護衛を頼んで正解だったよ」
 土煙と草の切れ端が宙を舞う中、クレイルはのんびりと火を焚いていた。
 目の前には湯気を上げるポットが鎮座している。
「うむ、さすがは我が敬愛してやまぬ賢者にて未来の義兄クレイル殿の心の友たるお方、熊殺しの英雄殿。戦いも豪胆であられる」
 回りくどく感嘆しているシベリウスの手には、クレイルが入れた紅茶のカップがちゃっかりと握られている。
 二人とも自分で戦う気はさらさらないらしい。
 しかもその周囲には黒子の従者までがご相伴に預かっているではないか。
 従者は置いて来てしまったのではなかったのだろうか。
「おい詩人ども、あそこの変態もついでに斬っていいか?」
「ふん、斬り捨てるまでもない……バーストフレア!!」
 爆風の魔法はゴブリンの群れではなく、帝国皇太子とシレジア国王を容赦なく吹き飛ばした。 
 護衛のはずの者から攻撃され、二つの悲鳴が放物線を描いて遠ざかっていく。
 くだらぬ戦いを繰り返しつつも、一行が数日をかけて陸路でアルスターへ北上すると、嵐の名残か、渦巻く霧が冷たく漂っていた。
 クレイル達が宿を確保している間、ラヴェルは仕立て屋を覗き込んでみる。
「これなんてどうかね?」
 仕立て屋のおばちゃんが好意で見繕ってくれたものを目にし、ラヴェルは笑みが引き攣るのを自覚していた。
「あの……僕、男なんですけど」
「あれぇ、ごめんよ」
 シンプルなワンピースを下げると、今度はまた可愛らしいカーディガンとズボンを出してくる。
「……あの、僕、これでも成人してるんですけど」
「あれまぁ、そうかい」
 どう見ても子供用の服をしまうと、女主人は店内を指し示した。
「じゃぁ適当に見繕っておくれ」
 深々と溜息をつくとラヴェルは店内を物色した。
 折角ケルティアに来ているのだし、アルスター高地地方風の意匠を感じられる服を選ぶとやっと買い求め、先ほどまで着ていた服はそのまま直しを頼んでおく。 
「やぁお帰りラヴェル」
 宿へ戻るとクレイルとシベリウスはお茶にしていた。奥ではレヴィンとホリンがそれぞれ得物の手入れをしている。
 ……楽器を鈍器と認めてよいならばの話だが。
「じゃ、一息ついたら行こうか」
 荷物を宿に置くと一行は黒い城へ向かった。



 堀の水面に玄武岩の城影が揺れている。
「ようこそいらっしゃいました」
 現れた影にラヴェルははっと息を飲んだ。
 出迎えたのは見たこともないくらいに美しい女性であった。
 幾分目じりが下がっているが眼光は強い光に満ち、凛とした威厳が漂っている。
「私、前国王クヤンの姉に当たりますニニアと申します。もう他の皆様お揃いでございます。どうぞこちらへ」
 香を焚き染めているのか、ニニアからはなんともいえない花のような香りが漂っている。白くシンプルなドレス、高く結い上げた長い髪、ケルティアの平和を象徴するというクローバーをかたどった緑のブローチ。
 どれをとってもいかにも貴婦人といった雰囲気で、ラヴェルはどぎまぎしながらその後ろをついていった。
 案内された部屋には円卓が組まれていた。全員の顔が見渡せ、席に上下の序列のないというケルティア独特の方式である。
 そこに揃っていたのはそうそうたる顔ぶれであった。
 各地方の首領が勢ぞろいしている。
 このメンバーで次期国王を誰にするか話し合うということだが、実質的にはこのメンバーこそ、次期国王の候補者その人だといっていいだろう。
 アルスター代表で前王の姉という貴婦人ニニアを筆頭に、レンスターからは誇り高きフィアナ騎士団首領のクール、マンスターからは公爵であり騎士としても名高いロンフォール、ミーズからはこれまた勇名をとどろかす戦士コナル、そしてコノート代表はホリン。
 ここへ外部の意見番としてヴァレリア帝国皇太子のシベリウスとシレジア国王であるクレイルが同席するのだ。
「……なんか場違いな気がするなぁ」
「黙って見ている分には構わんのだろうよ。半分は顔見知りだろう?」
「そうだけど……」
「大丈夫ですよ」
 安心させるように声を掛けてきたのはレンスター代表のクールの補佐としてやってきていた若い騎士フィンだった。
 ラヴェルの養父がシレジアで騎士をしている縁で、以前から顔見知りである。
 部外者が静かに見守る中、ケルティアの新しい国王を選ぶ会議はスタートした。
 口火を切ったのはやはりニニアだった。
「さて、わかってると思うけど、国王となれば品格も必要です。まず、武勇だけでは足りないということを肝に銘じておいて頂きたいわね」
 関係ないなとばかりに半分寝ているホリンの横でミーズの有名な戦士コナルは眉を吊り上げている。
「それはともかく」
 穏やかに口を挟んだのはマンスター公ロンフォール卿だ。
「他にも必要な資質があるはずですね。皆さんはいかが思われますか?」
 少し考え、レンスター代表の騎士クールが意見を述べる。
「皆を惹きつける強烈な個性とカリスマ、でしょうな」
「必ずあるべきだとは思わないが、あって悪いもんじゃないな」
 吊り上げていた眉を平らに戻し、コナルが頷く。
「ケルティアという国は」
 論争に加わらず眺めていたシベリウスが口を挟んだ。
「部族ごとの社会ではあるものの、こうして王権が存在し、これだけの城と騎士たちがいる以上、封建国家でもある。国を運営していくときにこのような城独特の社会に無縁ではいられません。ある程度貴族社会に慣れていることも必要かと」
「その点はご心配なく」
 ニニアが少し鼻を上に向けた。
「おいおい、お姫様、自分が女王になるつもりでいねぇかい? あんた今まで何もしてないだろ。オレ達には積み重ねてきた戦績というもんがあるんだぜ?」
 勝利のコナルとニニアの視線がぶつかり合って火花を散らしているところへ、控えめにクールが提案した。
「ケルティアの都は元はタラの丘にありました。各部族が寄り合い、うまくやっていたといいます。そこへ戻るというのはどうでしょう?」
「あら、控えめそうに聞こえるけど自分が王様になりたいのかしら?」
「いえ、そういうわけではございません。あくまで当時の統治方法の話です」
 古代のケルティアがまだ部族社会であった頃、各地の頭目達はタラの丘に集って議論を交わし、全ての取り決めは彼らの話し合いによって行っていたという。
 タラの丘はレンスター地方にある遺跡だ。
 草原の広がるレンスターを守るフィアナ騎士団は、南の赤枝戦士団と並び称される武人達の集団で、大陸にも名をとどろかせ、数多の英雄を輩出している集団でもある。
「自薦はやめましょうよ。他薦、そのほうが正しい評価が下せると思いますが」
 クレイルの提案に、いきり立っていたニニアとコナルが渋々椅子に座りなおした。
 苦虫を噛み潰したような顔をしてコナルが腕組みをする。
「ケルティアは昔から戦士の国だ。古来より多くの部族が争ってきた。それらをまとめられる強さとたくましさが必要だ」
「そうは言うけど国王たるもの気品と美しさも必要よ。野蛮人に用はないわ。品格があって誇り高いことが条件よ」
「誇り高いことと他人を見下すことは同義ではありませんよ、レジーナ?」
 野蛮人、という言葉にシベリウスは王女をたしなめた。
 大帝国の皇太子という大物に言われてはニニアも大人しく引き下がるしかあるまい。
「じゃぁこうしようか」
 クレイルは手にしていた細長い布包みをといた。
「昔のケルティアの伝説に習って、これに決めてもらおうよ」
 クレイルの手元に現れた輝きに室内が静まり返った。
つづく

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