がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜 目次 Novel Illust MIDI HOME <BEFORE NEXT> |
がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合〜 第二話:災いを招く者(前編)
小高い丘を森が黒々と覆っている。 これが本当にコノートと同じ島の中かと疑いたくなるほど、マンスターの土地は暖かく、どこも柔らかな緑に覆われていて風すらも優しく感じる。 王都すら凌ぐ賑わいを見せるマンスターの港町は草花に覆われ、優しい華やかさに満ちていた。 「……え?」 その穏やかな景色の中、ラヴェルはとてつもなく珍妙なものを発見した。 美丈夫の多いケルティアの人波の中に、ラヴェルと同じくらい低い背丈のマッシュルーム頭が歩いているのだ。 「あれって……」 それははっきりと見覚えのあるシルエットだった。 ヘーゼルのキノコ頭、くすんだ緑色のローブ、いまどき珍しい木靴、そして手に握られている古い杖。 隣にいたレヴィンが睨みつけるような目でラヴェルに振り向いた。 「おい、何でヤツがここにいる?」 「僕に言われても……」 ラヴェルは困惑して立ち止まったが、どうやら向こうも気づいたらしい。大きく手を振っている。 「おーい、ラヴェル〜〜!」 「あーーやっぱり……」 手を振っているのはラヴェルの故郷、シレジア王国の新王クレイルだ。 つい先日に父が勇退したのに伴い即位した元王子である。 「いや〜〜こんなところで会うとは奇遇だねぇ」 「……ご無沙汰しております」 ラヴェルはこれでも貴族の端くれ、一応このクレイルとは昔からの友人である。 「でもどうして王子……じゃなかった、陛下がこちらに?」 「王子で良いよ〜ん」 はたはたと手を振ると、クレイルはニコ目で別の人影を指し示した。 「うん、実はねぇ、アルスターの王城まで皇太子と一緒に行くところなんだよ。お呼び立てがあってね」 「はぁ……?」 ばさぁっ! 突然視界をファンファーレとともに鮮やかな花びらが大量に舞い踊った。 |
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陽光を浴び、淡い金色の髪を緩やかにかき上げ、それは朗々と声を響かせた。 「ふ! 我いざ参らん妖精の庭へ、美しきエメラルドの谷へ! はっはっは、栄えあるヴァレリア帝国の名誉と誇りにかけ、白百合の君たる我シベリウスここに見参ッ!」 高らかに名乗りを上げる若者の脇を、巻き込まれてたまるかというような表情の通行人がそそくさと通り過ぎていく。 いつの間にかクレイルの背後に異様なまでにきらびやかな白衣の男が立っていた。 ヴァレリア帝国の皇太子シベリウスだ。 どこからともなく表れた黒い影が彼に大量の花吹雪を見舞っている。 「はっはっは、我が友よ、ご機嫌いかがかな? クレイル国王陛下のおっしゃるとおり、これから麗しき妖精の国の城へ参るところである」 この白い男はどうやら誰でも友にしてしまうらしい。 「うむ、ご苦労」 彼が労うと、黒い影がササッと消えた。 「……なんだありゃ?」 「ああ、皇太子がいるところにはどこでも出現するんだよね……」 おもわず呆れたホリンに、ラヴェルは溜息をついた。 この白い勘違い男にはクレイルの引き合わせで幾度か会った事がある。 帝国の白百合の異名をとる皇太子は淡い金髪をかき上げると青い視線を遥か北へ向けた。 「うむ。なんでもクヤン先王の崩御に伴い、次期国王を誰にするか、我々に第三者としての意見を求めたいとか」 「行き先は一緒ってかい」 耳をほじっていたホリンが胡散臭そうな目でシベリウスを眺めた。 「おれはコノートの代表でホリンつーモンだ。ケルティアは五つの地方に分かれていることくらいは知ってるな? 前の王様にゃ子供がいねぇ。そこで円卓会議……おれ達各地方の代表が対等に話し合って決めようって寸法なんだが……ふーん、第三者の意見も聞こうってことかい。アルスターの連中にしちゃ珍しく良い姿勢じゃねぇか」 「おおぅ、これはこれは、かの名高きホリン殿」 怪しい従者隊が花びらをせっせと二人に撒いている。 有名な英雄に会えて感激しているらしいシベリウスを横目に、クレイルは丁度脇にあったベンチに腰掛けた。 「ラヴェル、丁度良いや、アルスターまで護衛してくれないかな? いや、国から護衛さん連れて来るの面倒くさくてね、二人だけで抜け出てきちゃったんだよ」 「……それってまずくないですか?」 「気にしない気にしない」 後生大事に抱えていた袋から、こともあろうかお茶セットを取り出すと、クレイルは一人でお茶を飲み始めた。 「うん、まぁ参ったよ。僕も皇太子も旅慣れてはいるんだけどねぇ、船が出ないのばかりはいかんともしがたい」 ここは青空だが、北部の海上は荒れているらしい。 大陸からアルスターへの航路が使えないようで、港方面には北へ帰る者が足止めを食い、またアルスターを迂回してマンスターへ立ち寄る者でもごった返している。 「あの、王子」 「んー?」 ラヴェルは控えめに話しかけてみた。 「こんなことお願いするのも気が引けるんですけど、あの、護衛代ってもらえます?」 「ああ、また路銀に困ってるんだね!」 「……また、ってなんですか」 溜息を深々とつくとラヴェルはクレイルの前でくるりと回って見せた。 リンクスに引っかかれ、一応は繕ったのだが服が傷みきっている。 「ありゃまぁ! またレヴィンに吹き飛ばされたのかい?」 「……ルフトドルック」 圧力を伴った空気にクレイルが突然吹き飛ばされた。 「だからって吹き飛ばさなくても」 「ふん」 花壇に頭から突っ込んでいた若い王がやがて石畳の上を這って戻ってきた。 「んー要するにラヴェル、服を着替えたいから護衛代を前借りしたいってことだね?」 「……はい」 指同士を突っ突いているラヴェルにクレイルはぽんと金袋を渡した。大金ではないが服を揃えられるくらいは入っていそうだ。 「じゃ、お金は渡すけど……服はアルスターで見繕ったほうがいいよ〜。向こうの織物は質が良いからね」 「はい」
マンスターはケルティアでは最も豊かで穏やかな土地だ。 |
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堀の水面に玄武岩の城影が揺れている。 「ようこそいらっしゃいました」 現れた影にラヴェルははっと息を飲んだ。 出迎えたのは見たこともないくらいに美しい女性であった。 幾分目じりが下がっているが眼光は強い光に満ち、凛とした威厳が漂っている。 「私、前国王クヤンの姉に当たりますニニアと申します。もう他の皆様お揃いでございます。どうぞこちらへ」 香を焚き染めているのか、ニニアからはなんともいえない花のような香りが漂っている。白くシンプルなドレス、高く結い上げた長い髪、ケルティアの平和を象徴するというクローバーをかたどった緑のブローチ。 どれをとってもいかにも貴婦人といった雰囲気で、ラヴェルはどぎまぎしながらその後ろをついていった。 案内された部屋には円卓が組まれていた。全員の顔が見渡せ、席に上下の序列のないというケルティア独特の方式である。 そこに揃っていたのはそうそうたる顔ぶれであった。 各地方の首領が勢ぞろいしている。 このメンバーで次期国王を誰にするか話し合うということだが、実質的にはこのメンバーこそ、次期国王の候補者その人だといっていいだろう。 アルスター代表で前王の姉という貴婦人ニニアを筆頭に、レンスターからは誇り高きフィアナ騎士団首領のクール、マンスターからは公爵であり騎士としても名高いロンフォール、ミーズからはこれまた勇名をとどろかす戦士コナル、そしてコノート代表はホリン。 ここへ外部の意見番としてヴァレリア帝国皇太子のシベリウスとシレジア国王であるクレイルが同席するのだ。 「……なんか場違いな気がするなぁ」 「黙って見ている分には構わんのだろうよ。半分は顔見知りだろう?」 「そうだけど……」 「大丈夫ですよ」 安心させるように声を掛けてきたのはレンスター代表のクールの補佐としてやってきていた若い騎士フィンだった。 ラヴェルの養父がシレジアで騎士をしている縁で、以前から顔見知りである。 部外者が静かに見守る中、ケルティアの新しい国王を選ぶ会議はスタートした。 口火を切ったのはやはりニニアだった。 「さて、わかってると思うけど、国王となれば品格も必要です。まず、武勇だけでは足りないということを肝に銘じておいて頂きたいわね」 関係ないなとばかりに半分寝ているホリンの横でミーズの有名な戦士コナルは眉を吊り上げている。 「それはともかく」 穏やかに口を挟んだのはマンスター公ロンフォール卿だ。 「他にも必要な資質があるはずですね。皆さんはいかが思われますか?」 少し考え、レンスター代表の騎士クールが意見を述べる。 「皆を惹きつける強烈な個性とカリスマ、でしょうな」 「必ずあるべきだとは思わないが、あって悪いもんじゃないな」 吊り上げていた眉を平らに戻し、コナルが頷く。 「ケルティアという国は」 論争に加わらず眺めていたシベリウスが口を挟んだ。 「部族ごとの社会ではあるものの、こうして王権が存在し、これだけの城と騎士たちがいる以上、封建国家でもある。国を運営していくときにこのような城独特の社会に無縁ではいられません。ある程度貴族社会に慣れていることも必要かと」 「その点はご心配なく」 ニニアが少し鼻を上に向けた。 「おいおい、お姫様、自分が女王になるつもりでいねぇかい? あんた今まで何もしてないだろ。オレ達には積み重ねてきた戦績というもんがあるんだぜ?」 勝利のコナルとニニアの視線がぶつかり合って火花を散らしているところへ、控えめにクールが提案した。 「ケルティアの都は元はタラの丘にありました。各部族が寄り合い、うまくやっていたといいます。そこへ戻るというのはどうでしょう?」 「あら、控えめそうに聞こえるけど自分が王様になりたいのかしら?」 「いえ、そういうわけではございません。あくまで当時の統治方法の話です」 古代のケルティアがまだ部族社会であった頃、各地の頭目達はタラの丘に集って議論を交わし、全ての取り決めは彼らの話し合いによって行っていたという。 タラの丘はレンスター地方にある遺跡だ。 草原の広がるレンスターを守るフィアナ騎士団は、南の赤枝戦士団と並び称される武人達の集団で、大陸にも名をとどろかせ、数多の英雄を輩出している集団でもある。 「自薦はやめましょうよ。他薦、そのほうが正しい評価が下せると思いますが」 クレイルの提案に、いきり立っていたニニアとコナルが渋々椅子に座りなおした。 苦虫を噛み潰したような顔をしてコナルが腕組みをする。 「ケルティアは昔から戦士の国だ。古来より多くの部族が争ってきた。それらをまとめられる強さとたくましさが必要だ」 「そうは言うけど国王たるもの気品と美しさも必要よ。野蛮人に用はないわ。品格があって誇り高いことが条件よ」 「誇り高いことと他人を見下すことは同義ではありませんよ、レジーナ?」 野蛮人、という言葉にシベリウスは王女をたしなめた。 大帝国の皇太子という大物に言われてはニニアも大人しく引き下がるしかあるまい。 「じゃぁこうしようか」 クレイルは手にしていた細長い布包みをといた。 「昔のケルティアの伝説に習って、これに決めてもらおうよ」 クレイルの手元に現れた輝きに室内が静まり返った。 つづく |
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