がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 目次 Novel Illust MIDI HOME <BEFORE NEXT> |
がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 第二話:災いを招く者(後編)
聖剣エクスカリバー。 |
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「ここは良い天気なのに」 翌朝、アルスターの港は良く晴れていた。 「海上はわからんぞ」 北航路の船は相変わらず欠航したままだ。 船が再開されるまでの時間、ラヴェルは町で時間を潰すことにした。 クレイルとシベリウスは宿屋で一休みするつもりらしい。 ラヴェルはレヴィン一人を伴って黒っぽい石の積み上げられた町家を眺めながら辺りを散策した。 散策している間、レヴィンは何か考え込むような表情を浮かべていたが、何かの気配を察したかのように突然振り返った。 釣られてラヴェルも振り返れば、人影が揺れて柔らかな声が掛けられた。 「こんにちは」 港へ続く道端で声を掛けてきたのは若い女性だった。長い髪をゆるく編み、草花を身につけている姿は一見すると村娘風だが、その支度は旅に出る服装だ。 短いとはいえ外套を羽織り、襟元をシロツメクサをかたどった飾りで留めている。 その姿には手にしているツタの絡みついた素朴な杖が良く似合う。 ラヴェルも今はケルティア風の衣装とはいえ、やはりその言動に大陸の匂いを嗅ぎ取ったのだろう。 女性はそのままラヴェルに問いかけてきた。 「大陸の方ですか?」 「ええ、これから帰るところです」 うなずきながらラヴェルは答えた。 アルスターまでという話だったが、結局ラヴェルはクレイルとシベリウスの帰国の旅にも付き合うことになった。 そのため、どうしても大陸へ戻らなければならない。 鼻に届いた微かな匂いに、ラヴェルは目を細めた。 女性からふんわりと優しい草の香りがする。 「船が出なくて大変ですわね……私も大陸へ渡ろうと思っておりましたの。よろしかったらそこのお店で少しお話を伺えませんか?」 「ええ、喜んで」 ラヴェルが快諾すると女性はにっこりと微笑んだ。 幾分たれ目の瞳がほんわりと輝く。 昼もだいぶ過ぎた食堂は空いていたが、時間潰しをするにはもってこいだ。 黒ベリーの飲料を頼むとラヴェルはその女性と向き合って座った。 「大陸のどちらへいかれるんですか?」 「実はまだ決めてませんの」 そういうと女性は少し困ったような顔をした。 「私、ディドルーといいます。少し精霊使いの勉強をしていて、修行というわけでもないけれど少し国外で旅をしてみたらと師匠に勧められたんです。ケルティアは妖精や精霊が多いから精霊魔法を使うことは苦労しないし、使えて当たり前だけれど、他の国はそうでもないから、そういった環境に身をおくこともかえって修行になるからといわれて」 「精霊使いさんなんだ、すごいなぁ」 この世界には多くの系統の魔法があるが、精霊魔法はそのうちでは難しい部類に入る。 誰でも修行すれば身に付けられるものではなく、ある程度の素質が必要らしい。かといって素質があれば誰でも使えるというものでもないらしい。 「……大陸は」 ラヴェルの横でリュートの調弦をしていたレヴィンが面白くもなさそうに口を挟んだ。 「妖精も精霊も決して少ないわけではない。だが、それらに語りかける言葉が連中に届きにくいのは確かだ。ケルティアは妖精界に近い特殊な場所だ、その環境に慣れてしまっているなら大陸では苦労するぞ」 「そうですか……」 ディドルーと名乗った女性はますます困った顔をした。 「でも、とりあえず国から一度出てみようと思っているんです。ただ、行き先を決めていないから、どこへ行こうか迷ってしまって」 「んー、でも旅なら特に行き先決めなくてもいいと思うよ。気が向いた方向に歩いていけば」 ラヴェルに特に旅のあてはない。 行き当たりばったり歩いているだけだ。 もちろん、それはラヴェルがであって、横にいるレヴィンがどう思っているかはわからない。 「あの、あなたは詩人さんですよね?」 「ええ」 ラヴェルが脇に抱えていた竪琴を見、やがてディドルーはちょっと上目遣いでラヴェルの表情を探った。 「あの、もしお邪魔でなかったら少し同行させていただけませんか? 私、旅に出るの初めてでちょっと心細いんです」 大きな目をうるわせ、指を組んで必死に顔を覗いてくるその乙女の様子に、ラヴェルは頭がなぜかぼーっとしたが、すぐにうなずいた。 「ああ、それはぜひ。僕らでよろしければ。ね、レヴィンもいいでしょ?」 レヴィンは調弦の手を一瞬止めたようだったが、すぐにまた指を動かし始めた。 「好きにするといい」 「ありがとうございます」 旅の醍醐味の一つは行く先々での人との出会いだ。 こうして共に少しの間を旅するのもなかなか良いものだ。 「そうそう、僕はラヴェル。こっちはレヴィン。よろしく」 「よろしくおねがいしますね、お二人とも」 娘はほっこりと柔らかな笑みを浮かべた。 気づけば外の通りが賑わいを見せている。 どうやら航路が再開されたようだ。 「宿屋に仲間があと二人いるから、君は先に港で待っててくれるかな?」 「はい」 「じゃ、ちょっと行って来るね」 クレイルとシベリウスを呼んでくると、ラヴェルは船に向かった。 行く先は大陸、久々の故郷の大地だ。 |
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青い海と空に、純白の帆がよく映える。 船に乗ろうというその時になってラヴェルは足を止めた。 「あ、宿に忘れ物! ちょっと取って来るね」 「ああ、行っておいで〜。先に乗ってるよ」 たいしたものではないが出航までまだ間があるし、ラヴェルは仲間を舟に先に乗せ、取りに戻ることにした。 ディドルーだけがラヴェルについてくる。 「今日はいいお天気ですわね」 「そうだね」 明るい日差しは町の景色をより活き活きと見せる。 目的の物を取り戻すとラヴェルは近道しようと路地へ踏み込んだ。 界隈の雑多な音が遠ざかり、急な暗がりに一瞬視界が効かなくなるがすぐ慣れる。 「ちょいと待ちな」 声を掛けられたのは突然だった。 何気なく足を止め、ラヴェルはすぐにしくじったと思った。 せめて立ち止まらなければよかったのだが、もう遅い。 「……何か用かな?」 仕方ない、覚悟を決めるとラヴェルは声のしたほうに向き直った。 暗がりに騎士崩れのような身なりの男が三人ほど立っている。 「ああ、ちょいと困っててね」 ラヴェルを囲むようにさりげなく立ち位置を変える男を視線で確め、ラヴェルは聞かずともわかる続きを促した。 「それで?」 「簡単さ、ちょっと金を貸してもらいたいんだよ」 そらみろ、と思いながらラヴェルは一歩下がった。 背後ではディドルーがただオロオロとしている。 それを庇いながらラヴェルは首を横に振った。 「うーん、生憎だけど貸せるようなお金は持ってないな」 貸すどころかこっちが借りたいぐらいだ。 返さなくても良いならなおありがたい。 悪漢が短剣を抜き放つのを見て取ると、背後でディドルーが小さな悲鳴を上げた。 そのまま娘はラヴェルを引っ張ると、こともあろうか背中からぎゅっと抱きしめ、ごろつきどもに声を上げた。 「なんですの、なんですのっ! ダメですわよ、こんなかわいい子をいじめては!」 「あの、放し……」 抱きつかれたままではレイピアも抜けない。 いや、むしろこの体勢ではディドルーがラヴェルを盾にしているようにすら見えなくもない。 悪漢がにじり寄ってくる。 ディドルーは悪意はないのだろうが、ますます腕に力を込めてくる。 「おう、やっちまえ!」 「ぎゃー! 助け……」 悪漢が短剣を腰だめに構えるのを見てラヴェルの顔は引き攣った。 「ルフトドルック!」 路地にこだまする声と共に突風が駆け抜けたのはそのときだった。 衝撃波に吹き飛ばされた樽や木箱が壁に激突、あらぬ方向へ跳ね返るとうろたえた悪漢を直撃し、打ちのめしながら転がっていく。 「レヴィン!」 「まぁ大体こんなことだろうとは思っていたがな」 涼しい顔をして現れた相棒にラヴェルは安堵の溜息をついた。 レヴィンにもたまには良い所があるというものだ。 「でもおかげで助かっ……ぎゃんっ!?」 礼を言いかけたラヴェルの頭を何かが直撃した。 「まぁラヴェル様、ラヴェル様、しっかりしてくださいな」 土埃の積もった石畳の上にラヴェルは突っ伏した。 どうもケルティアにいると災厄に見舞われる。 鈍い音を立てながら彼の脇に転がったのは、突風に煽られて落下してきた植木鉢だった。 |
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北大陸とケルティアの間には二本の航路が存在する。 一つは大陸とアルスター、もう一つは大陸とマンスターとを結ぶ線だ。 「……うっぷ」 空と海がこれでもかというくらいに青い。 しかしその見た目の爽やかさとは裏腹に、波は大風の置き土産か、まだ荒れたままだ。 ラヴェルは船員に野菜の酢漬けをもらって口にするが、胃の不快感は治まりそうにない。 すっかり船酔いしているラヴェルだが、酔っているのは彼だけではなさそうだ。 「ふ……果て無き青空、うねる青き波頭。波間を滑る船上にまばゆく白き大輪の花一輪、ああ、かくも芳しき白百合、我、カサブランカたる純白の花は青に染まらず」 向こうでわけのわからぬ歌を吐いているのは自分に酔っている皇太子シベリウスだ。 激しい揺れに当てられ、ほとんどの客は船室に引っ込んで寝ているが、寝ているのも気分が悪くラヴェルたちは甲板で外の潮風を吸っている。 「まぁラヴェル様、お具合は大丈夫ですの?」 ことことと足元を鳴らしながら近づくとディドルーはラヴェルの背をさすった。 「もう、こんなにおとなしくされて。ますます可愛らしいですわ」 「いや、えーと」 はああと溜息をつきながらラヴェルは頭を抱えたが、ディドルーはなぜか嬉しそうだ。 激しく揺れる船が更に異常な揺れに襲われたのはそのときだった。 「横潮か!?」 船員が慌てて海面を覗き込む。 つられてラヴェルも海を見たが生憎彼には潮の流れはわからない。 「何だ、ありゃ?」 船員の一人が波間を指差した。 見ると海の向こうから何か近付いてくる。大きな渦の中から、なにやら巨大な背びれが見えた。 「な……まさかリヴァイアサンか!?」 見たこともない巨大な背びれに船員達がパニックに陥った。 リヴァイアサンというのは、伝説によると海王だの海の主だのいわれる、ワニのような魚のような海蛇のような生き物で、とにかく巨大だと伝えられる。 「冗談じゃねぇ、逃げろ!」 進路を変え、手近な島に向けて舟は動きだすが、相手が追いつく方が早い。 リヴァイアサンと決まったわけではないが、とにかく怪物であるのは間違いない。 あっという間に船の縁まで来た黒い渦の影から、鱗に覆われたものがとうとう鎌首をもたげた。 「よかった、こいつは違う、ただのサーペントだ……って、ちっとも良くねエーーッ!」 どうやら伝説の化け物ではないようだが、それなりに厄介なものではあるらしい。 ざっと見たところ、近くの島を一巻きできるくらいの巨大な海蛇が、まるで獲物を定めるように船に向けて首を動かしている。 「ばばば、バカ、何しやがる!」 とっさに放ってしまったのだろう、誰かが矢を放った。 しかし硬い鱗にはじき返される。 しかも逆に相手を興奮させてしまったようだ。相手の目が赤く色を変える。 チロチロと舌を出しながら、それは甲板の人間達を選んでいるようだった。 やがてそれは、隠れるように甲板と船室との壁に寄り掛かっている、小柄でふっくらとした美味しそうな獲物を食事に選んだ。 サーペンとの巨大な目と、ラヴェルはばっちりと目が合ってしまった。 「えええええええええっ!?」 鶏が餌をついばむように、サーペントの首がラヴェルにむけてたたき付けられる。 辛うじてよけるが、海蛇の頭突きのせいで船に衝撃が走った。 「むむっ、これはいかに。我が友の窮地なるぞ!」 今頃騒ぎに気づいたのか、自己陶酔から現実に戻ったシベリウスが表情を引き締めた。 物陰から大量の花びらが舞う。 「ええい怪物め、栄えある帝国皇太子の友たるものに襲いかからんとは不届き千万! 我がしとめてくれようぞ! さぁ怪物め、いざ尋常に勝負い……ぐはぁっ!?」 いずこからともなく響くファンファーレの音が突如途切れた。 大見得切ってラヴェルの前へ進み出たシベリウスを、海蛇はためらうことなく尾びれで叩き飛ばした。 大きな放物線を描いて空中遊泳した皇太子は、甲板後方に退避していたクレイルの頭に落下、直撃した。 聞くに堪えない悲鳴が二つ響いたかと思うとやがて沈黙する。 邪魔者を排除すると海蛇は再びラヴェルに狙いを定めたようだ。 「うわあああっ! たっ、助けてぇー!」 無意識にラヴェルはレイピアを抜いたがそれが悪かった。 光るものを見て、海蛇は余計に興奮したようだった。今度は横なぎに尻尾が襲いかかってくる。 「まぁラヴェル様、危ないですわ!」 揺れる上に飛沫で滑る甲板をディドルーは全力で駆け抜けた。 ラヴェルを避けさせるため、思いきり突き飛ばす。 「いたあああああっ!?」 自分と同じくらいの体格のディドルーに力任せに突き飛ばされ、ラヴェルは甲板に思い切り叩きつけられた。 そのまま揺れる床の上をごろごろと転がるとやがてマストの根元に激突した。 動きの止まったラヴェルをここぞとばかり海蛇が襲う。 船酔いをした揚げ句に海蛇の餌とはひたすらついていない。 よけきれずに吹っ飛ばされたラヴェルは、あろうことか顔面からレヴィンに突っ込んだ。 「……俺に何か恨みでもあるのか?」 「ないないない!!」 ラヴェルはサーペントよりもレヴィンの方が怖い。必死で首を横に振る。 潰すような音を立て、海蛇の尾びれがラヴェルの脳天を直撃した。 目から星をちらちら飛ばしながらダウンしたラヴェルを見て、レヴィンは渋々腰を上げた。 「やれやれ、仕方のない奴だ。ん? 俺を食うのか? 自分で言うのも何だが、不味いと思うぞ」 青い袖が何かを放り投げた。 情けない悲鳴が暗がりに落ち込んでいく。 おいしそうに見えたラヴェルを船室に放り込まれ、海蛇は甲板に残ったレヴィンに狙いを変えた。 「船酔いしたわけではないが、生憎虫の居所が悪くてな……運がなかったと思ってあきらめてくれ」 背後の壁の奥から何かが転がり落ちる音がする。揺れる船体に、ラヴェルが転がっているらしい。 挑発するように前に立つレヴィンを排除しようと、サーペントは首を高くもたげた。 同時。 「……天空より舞い降り来たりて……ライトニング!」 光ったと思った時にはすでに鼓膜が破れそうな音が響いていた。 激しい光が炸裂すると、地響きにも似た音を立てて海蛇は頭に開いた穴からぶすぶすと黒煙を上げながら波間に沈んでいった。 「ま、雷の時には姿勢を低くしているのが一番だ」 巨大な海蛇を一撃でしとめてのけた魔力の前に、船員達が凍り付いている。 「……古の精霊魔法……?」 ぽつりと呟いたディドルーの声が波音にかき消える。 空気の凍りついた甲板の上を涼しい風が吹き抜けていく。 レヴィンはヒョイと肩をすくめると壁際に腰を下ろし、何もなかったかのように居眠りを始めた。 そんなレヴィンをディドルーはじっと見つめていたが、やがて船室から聞こえるラヴェルのうめき声を聞き取ると駆け出していった。 つづく |
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