がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜
雨音(前編)
海に面し、背後を高い山に遮られる地形のためなのか、それとも……ニブルヘイムに近いためなのか。
霧の国は相変わらず無彩色に景色を曇らせ、太陽の光も届かない。
ただ、霧というのは低地に漂うものだ。
ある程度の標高まで登れば霧雲よりも上になる。
山の麓を緩やかに登りながら二人はミストラントを北へ抜けた。
この先の山肌に広がるのは都市同士の争いがいよいよ本格化し始めた中央高地だが、都市や町を名乗れぬほど小さな集落ならそれらとは無関係だ。
風光明媚な田舎の小さな町を転々とし、久しぶりの青空を眺めながら二人は森の小路へ分け入った。
しかし。
朝は爽やかな陽気だったのだが、昼前辺りから結局は雨。
「痛、痛たたたたた、たたぁっ!?」
絹糸のような雨が、深い緑を静々と濡らしていたのは先程まで、もはやレナスの瀑布のごとき豪雨が殴り付けるように降り注いでいる。
連続してビンタを食らうような音を立てて攻撃してくる雨粒に、ラヴェルはふっくらした頬をさらにぷっくりと腫れ上がらせながら山道を急いでいた。
もうじき日暮れ、霧の巻く森の中の道を早く抜けたいところだが、霧よりもこの土砂降りのために視界が利かず、ぬかるむ足下にラヴェルの歩みは遅い。
前を無言で歩くレヴィンの歩みはしかし速く、無意識に急いでいるようにすら感じられた。
聞こえるのは滝のような雨の音と彼方でとどろく遠雷の響きのみ、薄暗い森と煙る山の雰囲気もあいまってひたすら不気味な夕暮れである。
「さっさと歩け、山の天気は変わりやすいと言っただろう」
「そんなこと言われても……」
森の中、激しく叩きつける大粒の雨にラヴェルの柔肌は赤く腫れ上がっていた。
痛む頬をさすりさすり、ラヴェルは連れ……レヴィンの後をついて渋々歩を進めている。
「レヴィンは顔とか痛くないのー?」
「別に」
「そっか」
激しい雨を気にもせず濡れるに任せて淡々と歩き続ける相棒を、ラヴェルは半ば呆れながら見つめていた。
顔の皮が厚いもんねー……と心の中で皮肉りながらラヴェルは二、三歩ほど歩いて……思わず足を止めた。
雨の音の中、それは確かに聞こえた。
「……バーストフレア」
しまったと思うまもなく、ラヴェルは地面ごと炎に吹き飛ばされていた。そのまま勢い良く顔面から泥に突っ込む。
「どうだ、濡れていたのが乾いただろう?」
「〜〜〜〜っ!!」
何でも考えたことを読み抜くレヴィンが意味もなく爽やかにこちらを振り返った。
だいたい悪魔なんて怒った顔よりも笑った顔の時の方が怖いものだ。
それからどれ程歩いただろうか。
時間にすればさほど長い時ではなかっだろうが、ぬかるんだ道に雨、すでに落ちた日の暗さからくる疲労から、夜通し歩いたような気分である。
「あ、あそこ!」
ラヴェルはあるものを見つけて指差した。
木々の奥、森の左手のがけ下に細い道が見える。
それに沿って視線を動かせば、その道が上り、この森の出口と重なる付近に家が見える。
「雨宿りさせてもらえるかな? 行ってみようよ」
「……あまり気が進まんが」
森が僅かに開け、高台になったところに一軒の古びた屋敷が建っていた。
この地形では今日のような天気も珍しくないのだろう、家は頑丈なれんが積みで、窓の上には霧よけの庇がしっかり張り出している。
明かりがついているのだから留守ではあるまい。
雨脚は次第に強くなってくる。
風も吹き、雷も近づいたのか稲光と雷鳴が絶える事がない。
「御免くださーい?」
近づいてみればその家はかなりの屋敷だった。
この辺りの山持ちか、あるいは裕福な者の別荘か、そんな雰囲気の建物である。
「はい?」
中から声がした。
「少々お待ちくださいませ。今開けますので」
足音が玄関へ向かうのを聞きながらラヴェルは雨に濡れる庭を眺めた。
森の迫る庭は狭く、作りこまれている訳でもない。
それでも薄暗がりの中には濡れる芝が光り、草花が植えられていた。要所要所には凛々しい騎士の像が置かれ、館の主のセンスが感じられた。
「はい、どちらさまでしょうか?」
中から現れたのは赤い髪の美しい婦人だった。
歳の頃は物腰から察するに、三十代半ばといったところだろうが、幾分若く見える。
「まぁ、お濡れになって。どうぞ、お入りくださいませ」
「すみません」
旅人の雨宿りをその婦人は快く迎え入れた。
「こちらへどうぞ。暗いですから足下に気をつけてくださいませ」
婦人が動くと、香がたきしめられているのだろう、ふわりと、山百合に似た、それよりもごく控え目な香りが漂った。
婦人の持つろうそくに、うっすらと屋敷内部が浮かび上がる。なかなかに洒落た建物のようで、天井近くには漆喰彫刻が施されているようだ。
きしむ床を踏み締めながら見回してみると、玄関ホールから奥へ伸びる広い廊下には、両脇に鎧人形が数体置かれ、壁には肖像画がかけられている。
暗闇の中にほのかに灯るろうそくの火に浮かび上がるそれらの影は、炎のゆらめきとともに時折大きく揺らぐ。
やがて二人は応接室らしき部屋に通された。
地方貴族の屋敷なのだろうか。
こじんまりした部屋ながらも、壁には狩りで仕留められたらしい鹿の頭の剥製がかけられ、剣や紋章も誇らしげに輝いている。
「少しお待ちくださいませ。部屋を空けて参りますから」
「ありがとうございます」
温かでほんのり甘いミルクティーを勧めると、婦人は招かれざる客人のために部屋を片付けに出て行った。
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手拭いを借りて水気をふき取ると、暖炉の前で温まる。
外の雨は激しさを増している。
「このままやみそうにないなぁ」
「山の天気は激しいからな」
館の主は彫刻が好きなのか、玄関からここに至る通路、また、この部屋にも等身大の石像が飾られている。
繊細な服のひだや戦士達の勇ましい表情、まさに今、剣を振りかぶった様子など、繊細かつ生き生きと動きすら感じられる逸品ばかりがそろえられている。
「素晴らしい石像だね」
ラヴェルは暖炉脇の石像を感心して眺めながら温かいミルクティーを口元に運んだ。
一方のレヴィンは全く石像には関心がないようで、チラッと一瞥しただけだった。
温かいミルクティーが心地好い眠気を呼び起こす。
外はますます暗く、雨はいっこうに上がる気配が無い。遠かった雷も近付いてきたのか、時折よろい戸の隙間から鋭い光が差し込んでくる。
婦人の足音だけが静かに屋敷を動いて回っている。
「お食事が出来ました」
何度か薪をくべた頃、婦人が二人を呼びに来た。
古びた食堂へ向かえば、そこには温かな料理が並べられている。
「うん、おいしい」
冷えた身体には暖かい食べ物がありがたい。
舌鼓を打ちながら、ラヴェルは室内を見回した。
床の絨毯のすれ具合や壁のタペストリーの色あせ具合から見て、この屋敷は相当古いらしい。
調度は品がよく、なかなか好感が持てる。
婦人以外には人の気もなく、むしろどこかうら寂しい雰囲気すらするこの屋敷だが、なかなかに快適なものだ。
食事の最中に話を聞いてみると、この屋敷はもともと麓の村の一つを治める領主の別荘だったらしい。
その領主が亡くなった後、その本宅の屋敷や財産は弟が継ぎ、領主の妻……この婦人がこの屋敷一つを与えられてひっそりと暮らしているらしい。
「この辺りは街道にも近くて、今夜みたいな天気の日はあなた方のような旅の方もたまには宿を借りに見えますのよ」
食事を終えると二人は古びた屋敷内を奥へ案内された。
埃の積もった床、天井から下がる蜘蛛の巣、飾られている甲冑や石像……。
玄関ホールからの廊下の右奥にはどうやら風呂があるらしく、水の漏れる音が響いている。
更に進むと、通路の突き当たりはちょっとしたホールになっていた。
床には真紅の絨毯が敷かれ、天井には真鍮のシャンデリアが下がっている。
やがて西の個室に辿り着くと、二人はそこへ腰を落ち着けた。
優雅な手摺のある階段の間の、一階の西奥にある部屋だ。
古いもののようだが床には薄い絨毯が敷かれ、カップボードには長年使われていない白磁のティーカップが伏せられている。
その少し離れた横には暖炉がしつらえてあり、その暖炉前には小さなテーブル。揺らぐ炎が見える位置には長椅子。テーブルの上には銀の燭台がローソクの灯を幾つか掲げている。
壁際には古ぼけた机と小さな書架。その前にはやはり小さな肘掛け椅子。
暖炉と向き合った壁の下には、長椅子の背と暖炉を見ながらベッドが置かれ、幾分薄めだが柔らかな毛布がかかっていた。
「それではごゆっくり」
煤のついていない暖炉に火を入れると、女主人は自分の部屋に戻って行った。
赤々と燃える暖炉の火に、室内が赤銅色に染め上げられている。
濡れた衣服を暖炉の前に広げ、ラヴェルはシャツ一枚で長椅子に寝転んだ。
森を歩いたせいか、虫刺されがひどく痒い。
全身をかきむしるラヴェルに対して、レヴィンは涼しい顔をしている。
この男には蚊すら寄り付かないらしい。
雨の湿気のためだろうか、古い屋敷独特の、湿った土埃のような匂いがどことなく漂っている。
冬ではないが、こうして雨に濡れる夜は冷える。
「お風呂はいかがですか?」
しばらくすると婦人が様子を見に来た。
「じゃぁお借りします」
遠慮なく好意に甘えると、ラヴェルは立ち上がった。
「お風呂に行って来るね」
「ああ。気をつけてな」
「いや、家の中だし」
一体何に気をつけろというのだろうか。
苦笑するとラヴェルは婦人の後をついて歩いた。
屋敷は相当広く、また、かなり古いようだ。
「美術品が御好きなんですね」
「ええ、死んだ主人の趣味で」
屋敷のあちこちに白い石像が据え置かれている。
どれも勇壮な表情で、そのほとんどが剣士や騎士の像だ。
ただ手入れはさほど行き届いていないらしく、一部の像には埃が厚く積もっている。
「…………」
案内された風呂の湯加減は調度良かった。
時折水滴の落ちる音が響き渡る。
燭台の明かりの中、一人でゆっくり温まるが、なぜか落ち着かない。
何かに見られているような気配を感じて振り向くと、そこにも石像が据え置かれている。
亡くなった主人は相当なコレクターであったらしい。
「うーん、ここまでたくさんあると不気味なんですけど」
一人で部屋へ戻る途中、ラヴェルは何度も足を止めて振り返った。
暗い屋敷内の石像は表情が豊か過ぎてなんだか怖い。
しかも屋敷内には生活臭というか、人の気配というものを全く感じないのだ。
天井のシャンデリアには一本もろうそくがなく、たまに壁の燭台に小さな炎が揺れているだけだ。
「ひっ……」
よく響く音にぞっとして振り返ると、バケツが置いてあった。
上を向いて目を凝らせば、天井に染みが幾つもできている。
どうやら雨漏りをしているらしい。
はねた水が床の赤絨毯を濡らし、なんだか血のようにすら見える。
「レヴィン〜〜〜〜!」
耐え切れずに駆け出すと、ラヴェルは借りた部屋に飛び込んだ。
「……なんだ、その情けない顔は」
潤んだ目と青ざめた顔、わななく口元というラヴェルの表情に、レヴィンはあきれ果てて溜息をついた。
「だって怖いんだもん! 石像がリアルすぎるよ。たくさんあるし」
「そうか? こんなもん俺だって簡単に作れるが」
さらっと言ってのけるとレヴィンは細い薪を炎の中へ放り込んだ。そのまま無言で火を見つめる。
暖炉の前に薄緑の髪と青い衣の縁を赤く浮かび上がらせる姿を眺めながら、ラヴェルは眠気に任せ、雨と雷の音を子守歌に瞼を閉じた。
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赤い、ただ赤い景色。
ラヴェルは体を横たえ半ばまどろんでいた。
定かではない意識の中、何かが身体にまとわりついてくる。
なまあたたく、湿った空気。
つと、何かが頬に触れる。
濡れた何かがゆっくりとなめるように頬を伝っていく。
思わずラヴェルが指でそれを探ると、そこにはぬめっとした……
「うきゃー! な〜め〜く〜じ〜!!」
「うるさい!!」
奇妙な感触に飛び起きたラヴェルの指先に……恐らくどこかの隙間から室内に入り込んだのだろう、ナメクジがくっついている。
「うわーうわーうわー!」
「お前な、いちいちナメクジぐらいで騒ぐな」
「だって、顔を這われたんだよ!?」
ラヴェルの奇声にレヴィンが不機嫌そうに振り向いた。
恐らく夜更けなのだろう。
雨に夜の森の動物もなりを潜めているのか、雨音以外は静まりきっている。
暖炉の火に室内は赤く染め上げられ、閉め切られた室内の空気も妙に暖かい。
激しくはないが底から沸き上がるような低い音を立てて雷がうめいている。雨は幾分収まったようだが、それでも屋根をたたく音はたえることがない。
その湿り気と混じり、室内には古い建物独特の微かにすえたようなにおいが流れ込んでくる。
「レヴィン」
ナメクジを窓から捨てると、ラヴェルはちろっと青い影を見た。
「トイレ行きたいんだけど……」
「行って来ればいいじゃないか」
暖炉の番をしているレヴィンの答えはそっけなかった。
ラヴェルはやがて覚悟を決め……燭台を手に取った。
小さな明かりを便りに夜の暗い館内を歩き始める。
ろうそくの赤く頼りない炎に、等身大のはずの石像の影がやたらと巨大に揺らめく。
しかも雨漏りの水音がやたらと響いて聞こえる。
さすがにトイレについてきてとは、成人した男として言い出せなかった。
それにしても…異常なまでに眠い。
まるで悪夢でもみているようだ。
「……うう、気味悪……」
頼りないろうそくの灯に、壁の剥製の影が揺れ動く。
耳鳴りのように雨の音が続く中、屋敷の中の音はどこかで水の漏れる音に自分の足音、時折ろうそくの芯があげるジジジという音だけ。
古く擦り切れた赤い絨毯は湿っぽい。
背後が気になり、振り向いて灯りで照らしても、見えるのは石像とクモの巣くらいだ。
たまに遠くで雷が鳴り、向こうの窓が稲光に一瞬輝く。
湿気の放つ独特の臭気と、古い建物の匂いが余計に不安感を煽る。
並んだ鎧人形の姿が雷光に浮かび上がる。
案内されていた時ならいざ知らず、一人でこうしていると、この人形が動きだしてくるのではという錯覚に囚われる。
ぴちょん……
「ひっ」
遠くで水の滴り落ちる音がする。
古い室内の独特の匂いはますます濃い。
のし掛かってくるような暗さ。
たまに光る稲光。
その度に、所々に置かれた石像の姿が不気味に浮かび上がる。
まるで生きた人間のようにリアルな表情やポーズをとるその石像は、収集した人物の趣味なのか、ほとんどが戦いの最中の男性の姿。
ゆらり、ろうそくに揺れる自分の影までもが化け物じみて見えてくる。
忘れられたほどの距離をおいて、壁に作られた灯皿に微かに炎が揺らめいている。
それらに照らされ、ラヴェルの足下には自分の燭台の作り出す影の他にもうっすらと彼の影が揺れている。
その影が二重にぶれた。
「ひいいっ!」
思わずラヴェルは悲鳴を上げ、尻餅を突いた。
ごくりと唾を飲み込み…目茶苦茶な鼓動を打つ胸を押さえ、一拍置いてから背後を振り返る。
そこには赤い影が揺れていた。
「あら? どうなさいました?」
気配の主はこの屋敷の婦人だった。
「もう屋敷内の灯りを消しますけれど、よろしいかしら?」
柔らかなハスキーボイスに、ラヴェルの跳ね上がった鼓動は何とか落ち着きを取り戻した。
取りあえず自分の後ろにいたのが化け物ではないことを確認するとラヴェルは大きく安堵の溜め息を付いた。
「え? あ、はい、もう寝ますので」
「そうですか。おやすみなさい」
どうやら婦人は寝る前に屋敷内を見回っていたようである。
ほっと胸をなでおろし、振り向けば廊下の灯火が消されていく。
階段の下をくぐり、何とか部屋へ辿り着くと相棒は既に寝ているようだった。
遠雷が時折鈍い輝きを放っている。
暖炉の明かりに真っ赤に揺れる室内をしばらく見回し、やがてラヴェルは毛布を頭からかぶった。
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砂がこすれるような音がする。
幾分雨は収まったようだ。
夜も更けた頃、目を覚ましたのはレヴィンだった。
目を開ければ、赤みを帯びた色に染まる暗い天井が見える。
昼間に冷えたせいか、それとも坂道や森を長く歩いたせいか、身体が重い。
「…………」
暖炉の火が頼りなくなっている。
そろそろ薪をくべないと明け方の冷え込みが辛いだろう。
(はて……?)
レヴィンは身を起こそうとしたが身体が重い。
寝ぼけているだろうか?
しばらく待ってみるが、妙なだるさは変わらない。
雨はだいぶ小降りになったようだ。雷も過ぎ去ったらしい。
ラヴェルのやたらと深い寝息が聞こえている。
(妙に寝苦しいが……)
暖炉の炎に、大きく黒い影が揺れる。暗く赤い室内。影の揺れる床、壁。
完全に覚醒した訳でもなく、半ばまだ焦点の定まらない目に、赤い、ただ赤い室内がぼんやりと写る。
抗いがたい眠気に、レヴィンはすぐにまたゆっくりと目を閉じた。
部屋の中に炎の影が揺らぐ。
どこからか微かに芳香が漂ってくる。
ベッドの下には手入れの途中で忘れ去られたリュートが転がっている。
薄い毛布を無意識のうちに引っ張ると、レヴィンはそれを頭から被った。
その時、手が何かの感触に触れた。
暖かい。
「…………」
疲労か、それとも冷えか。
激しいだるさに身体がが重く感じられる。
まるで何かにのしかかられているようだ。
(……寝ぼけているだろうか)
半分まどろんでいると、何か柔らかいものが毛布に触れたような気がした。
微かに空気が流れる。
朦朧とした意識が微かに何かを嗅ぎとった。
悪い香りではない。
庭ではなく、野山の茂みの隅にひっそりと咲く花のような。
その芳香の中に……微かに鉄錆臭が混じった。
何かの擦れる音がレヴィンの耳に微かに届く。
ラヴェルが寝返りでもうったのだろうか。
毛布をもう一度手探りで探り寄せ、襟元まで寄せると首筋に何か触れた。
トゲでも刺さったのか、首筋に微かに何か異物が触れる。
半分眠りながらも無意識に手がそこに行き……濡れたものに触れた。
(……ナメクジじゃないだろうな?)
それを動きの鈍い手で何とか払い除け……触れた感触にレヴィンは息を止めた。
血だ。
反射的に飛び起きかけ、凄まじい頭痛に襲われる。
どうやら寝ぼけているのではなく、催眠を掛けられ、動きを封じられかけていたようだ。
一気に意識が覚醒する。
咄嗟に己に破幻の魔法を掛けて催眠を解くと、レヴィンは振り向きもせずに自分の身体のすぐ側に拳を食らわせた。
耳元で凄まじい悲鳴がしたかと思うと、それは床に転がった。
それを片目で見やると、レヴィンは視線を指先に移した。
赤いものが付いている。
試しに首筋に手をやってみれば、そこから微かに出血したようだった。
それが自分の血だと確認すると、レヴィンは視線を床でもがくものに投げ、それが何だか確認した。
どうやら拳はそれの腹部を直撃したらしい。
「……なんだ、蚊か」
寝ている間に血を吸われたようだ。
己のベッドの上には大量のうろこが散っている。
殴られただけにしては異常なまでの苦悶に床でのた打ち回るそれを冷たく見下ろすと、レヴィンは毛布を被ってそのまま朝まで寝てしまった。
つづく
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