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 がんばれ吟遊詩人! 〜ラヴェル君の場合2〜 
第8話:失明(前編) 
 アルスターの青空は北国の凍った湖のような神秘的な輝きだ。 
 城を辞すと三人は街の食堂で時間を潰すことにした。 
 この町からは大陸へ戻る船が出ている。 
「お前らはどうするんだ?」 
「そろそろ向こうに戻ってみるよ」 
 赤スグリのソースを掛けたパンプティングを頬張りながらラヴェルは答えた。 
「行き先は特に決めてないけどね」 
 南西大陸という土地もあるが、ケルティアとの間に航路はなく、どの道、一度は北大陸に戻らなければならない。 
「俺はどうするかな。お姫様にも断られちまったしな」 
 エールのグラスを軽くあおると、ファーガスは紺色の瞳を窓の外に向けた。 
 港の船の帆が家並みの隙間に白く見える。 
「ふーん、見知らぬ大陸で腕試しってのも悪くないか」 
「うん、それもいいかもしれないよ」 
 結局、遍歴騎士と別れぬままラヴェルは共に船へ乗り込んだ。 
 ディアスポラ南西の港に着くと、とりあえずラヴェルは故郷の国を目指した。 
「なぁ」 
 渡された地図と無駄に広い草原を交互に眺めながらファーガスはラヴェルに声を掛けた。 
「こんなに何もないところを何で迂回するんだ?」 
「……ちょっとね」 
 交通の要所であるディアスポラはどこも街道が整備され、迂回が必要となるような危険なルートはない。 
 だがラヴェルはあからさまにある地帯を避けて遠回りをしていた。 
 ディアスポラの中心部、教団の中央教会がある付近である。 
 ケルティアの国王クヤンが、聖騎士そして最高司祭として勤めていた場所だ。 
 鮮やかな緑の平原に、遺跡の残骸が純白に輝いている。 
「それにしても平和げな風景だな。ケルティアにはマンスターでさえこんな場所ないぜ」 
 ただただ広い草原をファーガスは半ば呆れたように見渡したが、やがて空を見上げた。 
 その視線には言葉とは裏腹にどことなく警戒の色が見て取れるが、何も見つからなかったのか、またすぐにファーガスは視線を降ろした。 
 案内をされる役に回ったファーガスを連れ、ラヴェルは北東に歩みを進める。 
「とりあえず、まずは僕の故郷を案内するよ。森と湖ばかりだけど、いい所だよ」 
「へぇ、そいつは楽しみだな」 
 どことなく慎重にディアスポラの地を突っ切ると、シレジアへの国境はもうすぐ目の前だ。 
「…………」 
 日を追うごとにファーガスが空を見上げる回数が増えた。 
 彼ほどの騎士が慣れない大陸でホームシックというわけではあるまい。 
 だんだん表情が険しくなってくる様子に気付き、ラヴェルは足を止めると遍歴騎士に尋ねてみた。 
「どうしたの?」 
 紺の瞳はまた空を睨み上げている。 
「……ヴァハが飛び交ってやがる……どうしたんだ?」 
「……何?」 
 警戒するように声を上げたのはレヴィンだった。 
 戦場を飛び交う不吉な鳥ヴァハは、冠ガラスだとも、いや、渡ガラスだとも言われているが定かではない。 
 死霊じみた妖精もしくは戦の女神の使いとされ、人の目に姿をさらす時は不幸の予兆として現れるという。 
 常ならば真っ先にそのような存在に気付くレヴィンだが、彼の目には空を飛び回るものが映っていないらしい。 
 ラヴェルも空を見上げてみたがやはり何も見えなかった。 
「よくわからないけど……とにかく先を急ごう。どこでもいいから町へ行くよ」 
 ファーガスは精霊使いではないがその言葉を聞ける人物だ。 
 ラヴェルはその勘を信じることにすると歩みを早めた。 
 周囲に木立が多くなり、やがて目の前には丈夫な樫で組まれた柵が姿を現した。 
 シレジアとディアスポラとの国境だ。 
「何か変わったことはありませんでしたか?」 
 通行手形にサインをしながらラヴェルは守備兵に尋ねてみたが、兵士は首を横に振った。 
「何もなかったよ」 
「そっか」 
 関所を抜けるとそこはもうシレジア王国だ。 
 ベーメンと呼ばれるこの地方は国王の直轄する地である。 
 国内では開けた場所であるが、それでもやはり深い森が多い。 
「シレジアは平和な所だから、安心していいはずだよ」 
 そう仲間に告げたものの、さすがのラヴェルも何か胸騒ぎを感じ始めた。 
「ねぇレヴィン、ヴァハって鴉の仲間だったよね?」 
「ああ、そうだが」 
 森の中は小鳥のさえずりが心地よく響いている。 
 レヴィンの答えにラヴェルは半分呻き声を漏らした。 
 鴉の類が騒ぐのは悪い前兆だという。 
 しかも、それは災難が降りかかる本人には聞こえず、周囲の者にしか聞こえないという。 
「レヴィンはヴァハが見えている?」 
「いや」 
 不機嫌に答えたレヴィンにラヴェルは溜息をついた。 
「ちなみに僕にも見えてないんだけど」 
 それは、災難が降り掛かるのはラヴェルとレヴィンだということを意味しているだろう。 
 姿も鳴き声も二人には感じられないが、ファーガスの警戒は本物だ。 
「近いぜ。気をつけろよ」 
 騎士の手はすでに剣の柄に掛かっている。 
 いつでも抜ける体勢のままファーガスは歩みを進めた。 
 小鳥の鳴き声がぴたりとやんだ。
 
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「来やがった!」 
 空気を引き裂く音に反射的にファーガスは剣を薙いだ。 
 小枝が散り、破れた木の葉が乱雑に宙を舞う。 
「ルフトドルック!」 
 レヴィンの手から魔法が放たれた。 
 弾丸のような衝撃波に、飛来したものがまとめて地面に叩き落される。 
 仕掛けられたのは弓矢だった。 
「ディアスポラ教団!?」 
 木陰にちらつく白い衣服にラヴェルは悲鳴を上げた。 
 ここはもうシレジアの領土だ。 
 そこまで入り込んで追って来るとは、油断したとしかいいようがない。 
 弓矢が収まれば今度は剣や槍を手にした神官戦士が木陰から襲い掛かってくる。 
「俺に任せな!」 
 大剣を大剣と思わせぬ素早さで繰ると、ファーガスは襲撃者に悲鳴を上げさせる間すら与えずに切り捨てた。 
 突きこまれた槍は柄を切断し、間合いを崩すと突き飛ばす。 
 剣同士で火花を散らすも直後には切り伏せ、敵をラヴェルとレヴィンには近寄せない。 
「おい、こいつら何なんだ?」 
「ちょっとね……」 
 ラヴェルはレイピアで間合いを計りながら言い澱んだ。 
 先のケルティア王でディアスポラの最高指導者でもあるクヤンはある魔物を追っていた。 
 彼はそれを倒したかに思えたが、実際は返り討ちに等しく、最終的には消え果てた。 
 その事件はラヴェルも目の前で目にしているし、レヴィンに至ってはクヤンと並ぶ当事者の一人だ。 
 ケルティアで何の動きもないことは怪しいが、ディアスポラもこの半年近く沈黙を保ってきた。 
 だがやはり事態は見えぬ場所で深刻化していたようだ。 
 これから始まるのは魔物狩りだ。 
 にじり寄ってくる聖職者の群れをファーガスが切り払っているが、このままでは彼まで狩り取るべきモノの一味ということにされてしまいかねない。 
 黄金色の刃を小さく回し、刃を返すとファーガスはまた一人無造作に切り捨てた。 
 この力量の差では、神の加護がある戦士達ですら相手にならぬ。  
「我紡ぐは言霊の壁」 
 何か見つけたのか、森の奥をレヴィンの赤い目が睨み据えた。 
 彼が目に見えぬ壁を打ち立てたのと同時、目を開いていられぬ凄まじい白光が視界を焼いた。 
 差すような光を伴う魔力が壁を消し去り、立て続けに飛来した光が爆破するかのように炸裂する。 
「おおっと」 
 素早く身をかわしたファーガスの横をすり抜け、こともあろうにその光はラヴェルを直撃した。 
「ううううう」 
 幸いダメージはほとんどなく、地面に打ちつけた顔面をさすりながらラヴェルは身を起こした。 
 レヴィンの声に微かに歯軋りが混じっていることに気付き、ラヴェルは森の奥から現れた姿に目をやった。 
「どこかで見た顔だな」 
 レヴィンの身体を膨大な魔力が包んだ。 
 久々に見る本気の臨戦態勢だが、ラヴェルはその理由を考えるまでもなく理解していた。 
 さすがのファーガスが驚きの表情で向こうにたたずむ白い影を見つめている。 
「おいおいおい、王様じゃねぇか……死んだんじゃなかったんかよ」 
 返事の代わりに神聖魔法が襲い掛かる。 
 その光から身をかわし、ファーガスは剣の切っ先をわずかに上げた。 
 その向けられた先にいるのは……崩御したはずのケルティア国王、聖騎士クヤンだ。 
 端正な顔には何の表情もなく、冷たい声が無愛想に部下に命じた。 
「殺さずに生け捕りにしなさい」 
 死者の声のようなそれを耳に捕らえ、レヴィンは皮肉そうな笑みを浮かべた。 
「おや、方針転換か?」 
 かつて全力の死闘を繰り広げた相手だ。 
 常に彼を滅ぼそうと襲い掛かってきたクヤンだが、今度は生きたまま捕らえるという。 
 レヴィンの赤い目に冷たさが増す。 
 襲い掛かる神官勢に、レヴィンは掲げた腕をゆっくりと動かした。 
「ツェーバオト!」 
 帯電した空気が嵐のように一団に襲い掛かる。 
 一瞬で黒焦げになるようでは追っ手として何の役にも立たない。 
 彼らにレヴィンを生け捕りにせよというのは無理な命令だろう。 
 加えてファーガスという厄介者までその場に居合わせている。 
 森の精気が熱気に乾いて揺らぎ、ちぎれた小枝や葉が炎を上げる間もなく蒸発して消えていく。 
「大地より来たりて大地へと帰れ……シュタイン!」 
 揺れと共に地面からせり出した岩石が尖った飛礫となって敵に襲い掛かる。 
 砕けた瓦礫や土埃の隙間を縫い、刃が鋭く獲物を捉えていく。 
 褐色に霞む景色の中、ファーガスの赤いマントと銀色の髪が激しく揺れ動く。 
 長身に似合わぬ素早さで大地を蹴り、大剣を薙ぎ、敵を突き崩す。 
 遍歴騎士と敵の間合いを探り、大技ではない分、素早くかつ絶え間なくレヴィンの手から魔法が放出されていく。 
「フランメ」 
 炎の塊が幕のように広がり、レヴィンが指を鳴らすと同時に四方に飛び散って引火する。 
 神官戦士達を火達磨に変え、それを更に突風で吹き飛ばせば、後方に控えている僧侶達までも巻き込んで焼き尽くす。 
「……やむを得ませんね……」 
 クヤンの声が森の中に幻影のように響いた。
 
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 相手を生け捕りにするというのは所詮無理だと悟ったのだろう。 
「やはりそのフォモールはここで倒さねばならないようですね」 
「フォモール人……?」 
 ファーガスが訝しそうに眉根を寄せる。 
 だがすぐに何かに気付いたようで、剣をクヤンに向けたままファーガスは視線だけレヴィンに向けた。 
 レヴィンの手が額から包帯をむしり取った。 
 隠すように降ろされた前髪の下から、禍々しい瞳が瘴気とも魔力ともつかぬ濃いものを光らせている。 
「マジかよ」 
 半分呻くような声をあげ、それでもファーガスは剣の向き先を変えなかった。 
「だからってこの王様が本物とも限らねぇしな。死人がでしゃばるなよ」 
 投げつけられた光を耐え抜くと、ファーガスは神官の群れと間合いを一気に詰めた。 
 白い衣服の群れの中、赤いマントが不気味なほどに鮮やかに翻る。 
 大胆な、それでいて荒っぽさを感じさせない剣捌きは激しい舞踊にも似て、流れるようにファーガスは大剣を切り結んだ。 
 精霊への呼びかけを解するためか、レヴィンの放つ魔法をうまく読んで身を捌く。 
「四方より来たれ炎の奔流、我が意のままに」 
 舐めるように、水の流れのように炎が揺らぐ。 
「イグニス・ストリーム!」 
 レヴィンの指の動きに従い、燃え盛る炎が次々と獲物に襲い掛かる。 
「おい、減ってねぇぞ」 
 異変に気付いて声を上げたのはファーガスだった。 
 魔法で焼き滅ぼしても、剣で切り裂いても、敵の数はなぜか変わっていない。 
 切りつけたときにも魔法を放ったときにも手ごたえはある。 
 これが幻影でないのは確かだ。 
 しかし妙だ。 
「確めたほうがいいな……伏せろ。炎の中に魂よ帰れ、ファンタズマゴリア」 
 素早く唱え、レヴィンは幻覚を伴う炎を吹き荒らした。 
 本物の炎熱と幻影の炎熱が重なり合って燃え盛る。 
 その炎に構わず、聖職者達が襲い掛かってくる。 
「ちっ」 
 舌を打ちながらファーガスは飛び退った。 
 軽くいなし、体勢を突き崩すと刃の餌食にする。 
「こいつら幻を見破ってるぜ」 
 それだけではない。 
「本物の炎も恐れないってか」 
 今まで何度も炎の魔法は繰り出されているが、どんなに火で焼いても構わず突っ込んでくる。 
 恐れという感情が彼らから全く感じられない。 
 何かに操られているのか、それとも最初から意思など持たないのか、あるいは……狂っているのか。 
「みんな人間じゃないかも」 
 嫌な不安感に駆られ、ラヴェルはレイピアを構えなおした。 
 視線を前に向けたままレヴィンに話しかける。 
「それにクヤン様おかしくない?」 
 いくら周囲に配下の者がいるとはいえ、彼が最後方でただ様子を見ているというのは今までにありえないことだ。  
 姿を現した当初こそ魔法を撃って来たが、今は不気味に沈黙を保っている。 
「剣にしろ魔法にしろ、クヤン様って、自ら最前線に出てくるタイプだったはずだよ」 
「確かにな」 
 クヤンは戦いというものに対して非常に積極的だ。 
 ディアスポラの神聖魔法とケルティアの聖剣という大きな力を所持することがその後ろ盾になっているのだろう。 
「他の連中を全部ふっ飛ばせば出てくるかもしれん」 
 レヴィンの両腕が何かを宙に描き始めた。 
「ファーガス、時間稼ぎを」 
「了解」
 
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 遍歴騎士が剣を構えなおし、敵の群れに一人切り込んだ。 
 乱戦に持ち込み、その間を縦横無尽に駆けて撹乱する。 
 注意を彼がひきつけると、レヴィンはそれをおもむろに唱え始めた。 
 いつもは古代語で唱えている詠唱を精霊語で唱える。 
「明けと宵とを彷徨いし、流れゆく全ての魂魄よ……」 
 言葉を理解できるのは恐らくレヴィンとファーガスだけであろう。 
 これでは他の存在には呪文から魔法の発動のタイミングを計ることは不可能だ。 
「我が内に秘められしもの、目覚むれば淡く揺らめく炎となりて共に永久の時を巡らん」 
 いつもどこか余裕を感じさせる表情を浮かべていたファーガスが顔を引き攣らせて飛び退った。 
 魔力ではなく膨大な精気が圧縮されて熱を帯びる。 
「アストラルフレア!」 
 空気が妙に軋んだ。 
 森の精気が悲鳴を上げる。 
 淡い朱鷺色に染まった視界を、透ける薄い炎のような球体が巨大化して横殴りに炸裂する。 
 視界よりも精神的な眩しさにラヴェルは思わず目を閉じたが、瞼の有無に関わらずその光は見えぬはずの視界を焼き尽くす。 
 ダン、と強い足音を立ててファーガスが着地した。 
 その足元には神官が数名切り伏せられている。 
「どうなった!?」 
 半分怒鳴るようにファーガスが振り返れば、クヤン以外の聖職者が軒並み姿を消している。 
「よし、あとは本体だけだ」 
 だが、彼らの視線の先でふっとクヤンの姿が消えた。 
「消えた!?」 
 警告するようなラヴェルの叫びと同時、もう一つの叫び声がすぐ側で空気を裂いた。 
 誰の目にも何も捉え切れなかったが、焼け付くような音が低い唸りを立てて飛来したのは微かに聞き取れた。 
 ファーガスの剣が反射的に振るわれたが空振りしている。 
 同時に何かひび割れたような音声が鼓膜を引き裂く。 
 振り向けば背後でレヴィンが膝を折り、そのまま倒れこんだ。 
 聞いた事がないような悲鳴がレヴィンのものだと理解するまでラヴェルには相当な時間が掛かった。 
 青いマントが地面に乱れ広がっている。 
 動きを止めたラヴェルの肩をファーガスが掴んだ。 
「逃げろ、今のは人間技じゃねぇ!」 
「タスラム……」 
 うわごとのようにレヴィンの口から擦れた声が漏れた。 
「え? 何?」 
 ラヴェルは聞き返したがそれ以上レヴィンは何も言わなかった。 
 呻き声すら聞こえてこない。 
 一度は全滅したかのように見えた聖職者の群れが泡立つようにまた姿を現してくる。 
 数を増したように見える神官の群れがにじり寄ってきた。 
 その最後部には再び幻影のようにクヤンが姿を現している。 
 これではきりがない。 
 無表情な聖職者の群れとその後ろに立つ者を、紺色の瞳が真っ直ぐ睨み据えた。 
 金色の刃がすっと宙を薙ぐ。 
「……アヴァロンへ帰りな!」 
 ファーガスは大剣を頭上に掲げた。 
 刀身を荒っぽく振って一回転させる。 
 それが招き寄せたのか、天が割れるかのような轟音が響いた。 
 空気を切り裂き、焦がし、凄まじい雷撃が光と圧力をばら撒いて敵の一群を押し潰す。 
「なっ……」 
 剣の一振りで全てを一瞬で消滅させ、ファーガスは絶句したままのラヴェルの足を蹴った。 
「いいから逃げろ!」 
 もはや何の反応も見せないレヴィンを担ぎ上げ、ファーガスはラヴェルと共に森の中を駆け抜けた。 
「くそ、どこまで追って来る!?」 
「こっち! こっちへ来て!」 
 ラヴェルは急に方向を変えると道を外れ、森の茂みを北へ突っ切った。 
 空気や大地からぼこりぼこりと聖職者の形の何かが再び生まれ出ては追いかけてくる。 
 ラヴェルは城に出仕していないが、養父と弟が騎士隊に所属している。 
 国内の部隊の配置は頭に入っている。 
 国境の森北部の駐屯地にラヴェルは飛び込んだ。 
「中隊長、ちょっとかくまって!」 
「ベルナール殿?」 
 東部隊の隊長の息子を視界に認め、中隊長は腰を上げた。 
 追っ手を嗅ぎ付けるとそれを部下の騎士と共に取り囲む。 
「どこの者だ、ここは光り満つるシレジア王国の領土と知ってのことか」 
 国境侵犯は軽い罪ではない。 
 ディアスポラ教団を示す衣服を着ていては彼らも言い逃れは不可能だろう。 
 隣国の守備隊に罪を問われ、追っ手は森の中に逃げ散った。 
「柵の向こうまで追い返せ」 
 国境の向こうはディアスポラの地だ。 
 神の国を自任する彼らは、光の伝説を受け継ぐシレジアには相応の敬意を持って接してきた。 
 その国とは諍いを起こしたくないのが本音だろう。 
 いつの間にかクヤンの姿も消えている。 
 馬を借り、ラヴェルはレヴィンを担いだファーガスを連れてブレスラウの王都へ駆け込んだ。
 
つづく
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