学部4年の時に初めて心理統計学の教科書を開いて, それから数年間たちました。 統計学は独学できないと言われるけれども, 私も,周りに頼る人がいない中,色々とまわり道しながら自習しています。 本文章は,昔の自分への手紙です。
目次
はじめに
心理学を専攻する方は統計学が苦手な方が多いです。私も,その一員ですので,決して得意ではありません。
それでは,「統計学の勉強を一切しなければいいじゃないか」と淡い主張をしてみたくなりますが,そのような異論を放つことは,普通はできません。多くの研究論文は,統計学の知識がないと読めもしないのですから… そのため,多くの学校では,心理統計学や生物統計学の授業が少なくとも1コマは必修として課せられています。
そこで,「なぜ,統計学の勉強をしなければならないのか」ということは自明であるとして,
「どのようにすれば,効果的に統計学の学習ができるのか 」を考えてみたいと思います。
あくまで,心理学を専門とする統計ユーザーの立場から,「論文を批判的に読めるようになるにはどうすれば良いのか 」を考えたものです。
ここで紹介するのは,教授法の効果研究の成果(例えば,向後千春先生のご研究 )ではなく,あくまで私の学習事例を報告するだけです。
学習事例の報告ですが,初学者に取っては有益となる情報もあると思います。私の学習法の場合は,以下の3つ段階を踏むようにしています。
Step1: 理論の学習
Step2: 事例の学習
Step3: 注意点の確認
Step1: 理論の学習
第1に,理論の学習から始めます。理論の学習の際には,以下の2点を最重視します。
可能な限り資料に掲載されている数値例を完全に追計算すること
可能な限り資料に掲載されている数式は理解すること
つまり,資料に掲載されている数値例を,統計ソフト (たとえばR) で追計算したり,
数式の展開が理解できなければ,自分で式展開に証明を加えたりします。
これにより,「メンドクサイカラ式を読み飛ばしてしま う」という怠惰を避けることができます。目安としては,論文1本,教科書1章読了するのに,10-15時間程割くことを覚悟します。
このときに用いる資料の特徴は以下の5点を充たすことです。
比較的新しい教科書 or 学術論文(可能な限りホームページの情報は利用しない )
教科書であれば1章30〜50ページ,論文であれば10〜30ページの分量があること
数式が丁寧に記載されていること
追計算可能な数値例が掲載されていること
高校数学で習うことより高度な数学は出てこないこと
習得したい統計手法,現在持っている知識によって,上の条件を充たした教科書は変わりますが,初めて学習する人には,以下の3冊を読了することをお勧めします。
統計学は積み上げ式の学問なので,基礎的な統計学の知識がない段階では,初学者向けの教科書を1冊,しっかりと理解することが何よりも必要になります。
補足: 資料の探し方
理論を学習する必要がある場合,資料を探す作業がとても大事になります。
資料の探し方は,大きく4通りあります。
専門家や詳しい人に聞く
論文で頻繁に引用されている資料を探す
例えば,交互作用項を考慮に入れた重回帰分析ならば以下の教科書が頻繁に引用されている。
Cohen,
J., Cohen, A., West, S., & Aiken, L. (2003). Applied
multiple regression/correlation analysis for the behavioral
sciences (3rd ed) Mahwah, NJ: Erlbaum
Aiken,
L. S., & West, S. G. (1991). Multiple Regression:
Testing and interpreting interactions. Thousand Oaks:
Sage.
研究者のホームページやシラバス(syllabus)を確認する
文献検索データベースを利用する。
Step2: 事例の学習
理論の学習が済むと,次に,事例の学習をします。具体的には,「当該分析手法の説明を別の資料で学習する 」という手続きを取ります。
多くの教科書に出てくるt検定といえども,教科書によって書き方は様々です。効果量の区間推定まで説明している教科書から,ソフトウェアの使い方しか説明していない教科書もあります。ですので,なるべく,3〜5つ程度の資料を,Step1と同様の手続きを踏んで学習します。
Step1の資料の質が高ければ,Step2の学習は,それほど時間が掛かりません。おそらく,1資料あたり,5-10時間程度あれば完了します。
Step3: 注意点の確認
最後に,注意点の確認の学習をします。
ここでは,以下の2点を学習します。
分析する際の注意点(仮定など)の確認
論文/レポートに報告するべき統計量の確認
ここでの学習は,「完了」することはありません。常に,「継続」することになります。
ここでの学習は,以下の5つの資料に頼ります。
APA Publication manual
APAが発刊している投稿要綱 を確認することが重要です。例えば,因子分析の場合,以下のように記載されています。
For correlational analyses (e.g., multiple regression analysis,
factor analysis, and structural equation modeling), the
sample size and variance-covariance (or correlation) matrix
are needed, accompanied by other information specific to
the procedure used (e.g., variable means, reliabilities,
hypothesized structural models, and other parameters) (APA,
2001, p.23)
相関研究(例えば,重回帰分析,因子分析,構造方程式モデル)の場合,標本サイズと分散-共分散行列(または,相関行列)を報告せよ.さらに,分析手法に特有の情報も報告すること(例えば,変数の平均値,信頼性係数,想定した構造方程式,その他の母数)。
ここでは,「分析手法に特有の情報」が一体何を意味するのか不明瞭であるが,具体的な事例が,pp.147-173にある程度掲載されている(ただし,因子分析に関しては記載されていない).
投稿要項に準ずる資料
投稿要項に即して記載されている資料を確認します。 たとえば,下記の6つの資料は,便利です。
Nicol,
A.A,M., Pexman, P.M., & APA (2010) Presenting Your
Findings: A Practical Guide for Creating Tables. American
Psychological Association
Nicol,
A.A,M.,& Pexman, P.M. (2010) Displaying Your Findings: A Practical Guide for Creating Figures, Posters, and Presentations . American Psychological Association
Lang,
L.A., & Secic, M. (2007) How to Report Statistics
in Medicine: Annotated Guidelines for Authors, Editors,
and Reviewers. Amer College of Physicians
Tabachnick,
B.G., & Fidell, L.S. (2006). Using Multivariate Statistics
(5th Edition). Allyn & Bacon
Tabachnick,
B.G., & Fidell, L.S. (2006). Experimental Designs Using ANOVA. Duxbury Pr; Har/Cdr
Hancock G.R., & Mueller, R.O. (2010). The reviewer's guide to quantitative methods in the social sciences. Routledge.
Step1とStep2で利用した資料
理論の学習の際に利用した資料を再確認することも重要です。
先に示した,Fabrigar et al. (1999) は,【心理学研究における探索的因子分析の使用法の評価】という, ユーザー(研究者)に向けた因子分析マニュアルを提供しています。残念ながら,本論文では,「何の統計量を報告すべきか」明記されていませんが, 本論文で記載されている情報を全て報告すれば,間違いはないことは推察できます。
具体的には,標本サイズ,共通性,各項目の歪度と尖度,固有値,適合度指標,因子パタン,因子間相関などの情報を掲載すれば良いでしょう。このように,英語論文を読んでおくと,報告すべき統計量まで確認することが楽にできる。
投稿要綱が推奨するguideline
第4に,投稿要綱が推奨するguidelineを読むことも重要です。
例えば,APAのタスクフォース (Wilkinson et al., 1999) では,方法と結果のセクションを書く際に,どのような情報を含めるべきか,重要な論文を提出しています。
また,学術雑誌である`Educational and Psychological Measurement' が投稿前に一読を薦めている各種ガイドラインも重要な情報が記載されています
(Fan, 2001; Thompson, 1994, 1995; Thompson & Daniel, 1996)。
Fan, X., & Thompson, B. (2001). Confidence intervals
about score reliability coefficients, please: An EPM guidelines
editorial. Educational and Psychological Measurement, 61 , 517-531.
Thompson, B. (1994). Guidelines for authors. Educational
and Psychological Measurement, 54, 837-847.
Thompson, B. (1995). Stepwise regression and stepwise
discriminant analysis need not apply here: A guidelines
editorial. Educational and Psychological Measurement, 55 , 525-534.
Thompson, B., & Daniel, L. G. (1996). Factor analytic
evidence for the construct validity of scores: A historical
overview and some guidelines. Educational and Psychological
Measurement, 56 , 197-208.
Wilkinson, L., & Task Force on Statistical Inference
(1999). Statistical methods in psychology journals: Guidelines
and explanations. American Psychologist, 54 ,
594-604.
Q & Aが書かれた資料
最後に,当該分析手法に関するQ & Aが書かれた資料を確認することも重要です。学術雑誌の特集号と言う形で,特定の分析手法の使い方が紹介されていることも多いです。
例えば,以下の3つの資料は有用です。
補足: 統計ソフト
この文章では,「どのようにすれば,効果的に統計学の学習ができるのか」を考えて来ました。
ここで,「統計ソフトの使い方」に関して記載していないことが気になるかもしれません。基本的に上述している学習法は,「Rを使っていること」が前提となります。なぜなら,「可能な限り数値例を完全に追計算する」ためには,SAS/SPSS/EXCELでは,極めて面倒だからです。実践例は,無料統計ソフトRで心理学 をご覧下さい。
慣れないうちは,「統計ソフトを使えるようになること」が「統計学の学習」だと勘違いしてしまいます。
しかし,統計ソフトの学習と言うのは,基本的な文法さえ覚えれば,さほど難しいものではありません。初めて統計ソフトを使う人は,以下の3つの手続きを取れば,1ヶ月もあれば,かなり使えるようになります。
概論書を読む
概論書に出てくる全ての関数のマニュアルを読む
使用したい分析手法に関するマニュアルを読む
統計ソフトの使い方に捉われて,統計ソフトが吐き出すoutputを理解せずに,「ご神託」のように受け入れることだけは避けなければなりません。しっかりと,統計ソフトの使い方を学ぶためにも,理論の学習が不可欠なのです。
補足: 教科書
上で述べた学習法を,学部1年生が取り入れるとすれば,かなりの確率で失敗すると思われます。おそらく,Step2とStep3がネックとなります。
ですので,慣れるまでは,Step1だけを行えば良いのです。つまり,統計学の教科書に掲載される数値例を可能な限り追計算することです。
上でも紹介いたしましたが,以下の教科書は初学者にお勧めです。可能ならば,南風原(2002)をマスターすることを目標とすると良いでしょう。
次に,この手の概論書を読み終えた後の方を想定します。心理学の場合は,統計的検定と多変量解析の理解が重要になります。もちろん,上述した概論書でも,統計的検定と多変量解析は紹介されています。しかし,今後の学習をスムーズにするためにも,以下の2冊は,学部3年生に読んで頂きたい資料です。
補足: 数学
上述した初学者向けの教科書は,数式が出てきます。当然ですが,ユーザーであっても統計学を学習する以上,最低限の数学の知識(高校生程度)は必要となります。
しかし,文科系である心理学の学生の多くは,義務教育で数学を習っていても,高校で数学を殆ど勉強していないのが現状です。また,勉強していたとしても,忘れているのが,自然の摂理でしょう。
以下の教科書は,統計学を学習するに際に,必要となる数学の知識を補うために有用です。
もちろん,このような数学から勉強すると,挫折する可能性もあります。
ただでさえ,苦手な統計学を勉強するのに,もっと苦手な数学を勉強しなければいけないのですから…
そのような人は,別の手段として,数学から丁寧に記載されている教科書を使って,
統計学に入門する方法も考えると良いでしょう。
以下の2冊は,数学的な素養を養いつつ,統計学の勉強をする際に,役立つ教科書です。
補足: 何の統計手法をマスターするべきか
(改編中)
補足: 学習態度
最後に,学習態度について触れます。統計学の学習と言うのは,おそらく,「勉強時間」に比例して確実に力が付く領域です。つまり,勉強量を確保していない場合は,統計学の力が身に付かないことになります。
よく,以下のような言葉を耳にします。
「私は統計学を 知らないから〜」
「私の専門は 統計学じゃないから〜」
「私は統計学は 初心者だから〜」
このような言葉を発したくなる気持ちはわかりますが,とても,恥ずかしいことを言っていることを自覚する必要があります。心理学の多くの領域では,実証性が求められているのですから,心理学を専攻している以上,統計学の知識を十分に身につけていて(身につけようとしていて)当然です。もしも,身についていなければ,論文を批判的に読むことなど,できないのですから…
つまり,上のような言葉を発することは,
「私は,私の専門知識もないので(アイデンティティがないのだから),統計学も知りません。」
と自虐的なことを言っていると受け取られても仕方ありません。
専門の勉強と統計学の勉強は,車輪の両輪です。ですので,常に学習を継続する「態度」が,重要となります。「統計学は独習できない」と言われることが多いですが,学習し続ける態度を保つためには,「統計学は独習するしかない」と感じています。
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